理解すること◇接点という運命
後方から馬が駆ける蹄の音が響いてきた。目をやると、土埃を立て凄まじい勢いで駆けてくる馬が見える。
黒と白の毛並みの駿馬に騎乗しているのはシュウだ。涼しい顔で常識離れした速さの馬を駆り、あっという間に自分達の馬の隣につく。
「…はやっ」
唖然と呟くジーク。呆気にとられた弟に、シュウはにこやかに笑いかける。
「ただいま。すぐに戻る、って言ったろう? アリカムと仲良くしてたかい?」
「…」
「ありゃ、放心してるの?
ならアリカム、ユウはいい子でいたかい? 僕が目を離した隙に消えないかと心配だったんだよ。君が相手なら、ユウは確実に叩きのめして逃げただろうから」
「ひ、ひどいッ」
さめざめと泣くアリカムにシュウは笑う。――…この様子なら、どうやら弟は素直に待っていてくれたようだ。
自分は黒蛇の襲撃とユウガ発見の報告のために蒼へと一度戻ったのだが…。あらゆる可能性を考えつつも、弟は自分を信じておとなしく待っていてくれた。もう嬉しくて笑みが止まらない。
そんなニヤニヤしっぱなしの兄を、げんなりと見やるジーク。
「…お前、マジで一度戻ったのか?」
「うん。父上に『朱に行く』って言ったら、朱の総裁宛に手紙を頼まれちゃった」
「蒼からここまでを7日で往復ッ!? 最短でも国を2つ越えるだろーがッ」
唾を飛ばして驚愕するジークだが、シュウはにっこりと笑う。
「速いでしょ? この馬は蒼で一番の駿馬なんだ。僕の自慢」
本当に馬か、と呟くジーク。
「父上がヘコんでいたよ? お前が僕と一緒に帰って来なかったから。可哀想に」
「………。知るかよ」
そうは言いつつも…、シュウは無理に自分を連れ帰る気はないらしい。
――兄が本気でその気になれば、自分は今頃蒼の中だ。
「俺は長居はしねぇからな」
「わかってるよ。仲間を待たせるわけにはいかないもんね。
…でも、大丈夫? かれこれ10日、お前は行方不明ってことだ。お前の仲間が心配をしていないか、僕は心配だよ」
「連中は非情だから」
あの反則賢者サマなら今頃は「ジークなんて待っていないで行っちゃえ〜」と船を出しているかもしれない。キオウに頼めば距離など無関係で帰れるのだから問題ない。…が、少し腹は立つ。
苛立ちにジークが「おいアーリー!」と声を張り上げると、幼馴染みはすぐに隣に馬をつけた。
「お前“探求のレイヴェイ・グレイド”のファンだろ?」
ジークの嫌みたっぷりな問いに、パッと顔を輝かせるアリカム。
「そうそう! よく覚えてたねぇユウガっ」
「なーんであんなのが好きなんだか」
「あんなのとは失敬な。彼とは実は同郷でさっ。ま、おいらがクレイバーにいたのは赤ん坊の頃だけだから面識はないけど。でもさ、生家は彼の実家の近くらしいんだっ。
向こうはおいらの1歳上だけど、3歳でクレイバーの霊峰を制覇したっていうから驚きだよね! でもね。彼を本当に有名にしたのは、かの有名なキャプテン・クラックの財宝の大発見! 聞いてビックリ12歳での大手柄…! これで彼の名前が伝説化しないワケがないよねー。あ、その号外記事もおいらは持ってるんだ。ユウが蒼に戻る機会があったら見せてあげるね。ちなみに、記事の内容はアタマにばっちり入ってるよ。ワクワクするんだよねぇ…!
ここ5年くらいかな? 彼の噂はパッタリ聞かなくなっちゃったのは。でも、それが逆に面白い。謎の失踪だからね、いろんなゴシップがあるんだよ。とある渓谷に探索に向かって消えたとか、冒険の女神に見初められて拐かされたとか、寺に出家したとか、実は田舎に帰って子だくさんの父親になったとか、それから――」
――…この男。レイヴを語ると、かなり長い。
これでしばらくは兄から話し掛けられなくて済むと考えて話題を振ったのだが…、予想外かつ突拍子のないレイヴの噂には思わず吹き出してしまった。
あのレイヴが坊サンや子だくさんのオヤジに? …いやいや、そんなの全然想像がつかないぞ!?
船に帰ったら馬鹿にしてやろう。ジークは密かな楽しみを持った。
「ユウ、レイヴと知り合いなの?」
「あぁ――――…へ?」
不意に話し掛けてきた兄に無意識に答え、ハッとする。
「…アニキもあいつと知り合いなのかよ?
今お前、『レイヴ』って…」
あははっ、と笑うシュウ。
「僕はね、これまでも仕事とかで蒼から出たら、必ずお前を捜していたんだよ。そのときに寄った酒場で偶然隣になって、ちょっと会話がはずんでね。えーと、6年前かな?」
「…」
意外な接点、発見。
そういえば以前、レイヴが「ジークを捜す〔組織〕の人間と会ったことがある」と話してはいたが――…否、レイヴは“真空のジーク”を捜す人間など腐るほど出会ってきただろうし、シュウもレイヴに「“真空のジーク”は弟だ」とは告げてなどいまい。
「えー? ふたりともいいなぁ~」
羨望の眼差しを向けるアリカム。…だが、今はそれ以上の問題がある。
ジークは頭を抱えた。
「…シュウ、なんで俺があいつと知り合いだってわかった?」
「だって『なんであんなのが』って言ったろう? よく知る人物でなければ言えない言葉だ」
「………」
――…こういう人間なのだ。
ジークは兄をチラッと見た。シュウはアリカムの質問責めをお得意のスマイルで交わしている。
シュウは蒼の中枢にいる人間だ。あんなにささやかな会話の中からでも要点を察する能力がある。
この数ヶ月で平和ボケした頭を切り替えなければ、迂闊な発言から墓穴を掘りかねない。…否、もしかしたら無意識の内にもうすでに掘りまくっていたのかもしれない。
「ユウはどうやって彼と知り合ったの?」
「…ヘマして警官に追われていたのを助けてもらった」
事実である。
クスッ、と笑うシュウ。
「そっかぁ、レイヴに助けてもらったんだ…。
世間では『孤独を好む一匹狼』って言われているけど、打ち解けるととっても楽しいよね。お兄ちゃんは彼とウイスキーをジョッキで早飲み競争しちゃったよ、あははっ。1勝2敗で負けちゃったけどね、あははっ」
ウイスキーをジョッキで早飲み競争。
――とてもとても笑い事ではない。
「死ぬだろ…」
「大丈夫。ストレートじゃなくて、水割りだから!」
――そういう問題でもない。
ジークの兄を見る目が冷たい。
「いちいち割って早飲みするなら、ビールで早飲みしておけよ…」
「うーん…、なんでウイスキーを選んだんだろうねぇ? 自分でもわからないや。酒場の魔力、ってヤツ?」
「…てか、勝ったのかよレイヴ…」
「うん。また会いたいなぁ。今頃はどこにいるんだろうねー?」
「…。さぁな」
――…ちなみに、今レイヴは「賞品付き雑巾がけレース」の優勝景品であるインパス特製ケーキを前に「や~っ、僕も食べる食べるの~っ。くれないと泣くっ」とチビキオウに喚かれていたりするのだが。
ふいにシュウが見つめてきた。
「――…ふぅん…、そっか」
「な、なんだよ?」
「ううん。よかったね、ユウ。お兄ちゃんは安心したよ」
「………」
――この凄まじい洞察力はもはや脅威だ。
この兄にレイヴが仲間であると知られたからと実害はないだろうが…、どうもやりにくい。
ジークはしばらくダンマリを決め込み、空の雲を睨んだ。