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再会は突然に◇再会は突然に

 窓から差し込んだ夕日が、室内を赤く染めている。

 窓辺に浅く腰掛けたジークは、ベッドを横取りした人物を睨むように観察していた。

「…生きてんのか?」

「僕に会うまでは、少なくとも二本足で自立していたよ」

「…半ば死んでねぇか?」

「ああ、そうだね

 ――…だからユウ、そんなにピリピリしないで」

「………」

 片膝を抱えながらも、ジークは剣を放さない。

 殺気立つジークとの間合いを計りつつ、居場所をこまめに変えているシュウ。檻の中でうろうろしている黒豹のようだ。

「…なんでソイツを部屋に入れた?」

「捨て置いて死んだら、宿の親父さんに迷惑がかかる。騒ぎになれば目立ち、黒蛇(くろへび)にも見つかりかねない」

「……なんでこんな怪我していやがるんだ?」

「訊きたいのは僕の方だよ。

 ――…ねぇ、ユウ」

 間合いのギリギリに立ち、シュウはため息をついて首を振った。

「大丈夫だよ。そんなにピリピリしないで」

「俺はお前も信じない」

 ――何かあれば、ためらいなく剣を抜いてやる。

 緊張と不信。剣を握る手につい力がこもった。

「ユウ、僕はお前の味方だ。お願いだから、僕を信じて」

「――…嘘つき」

 え? と瞬くシュウ。

「……だってお前…、夕べは『僕ひとりだけ』って言っていたくせに…ッ! この八方美人ッ!」

 信じてもいいと思った矢先に裏切られた――…!

 そう思うとショックと怒りが込み上がってきて、我慢が出来なくなりそうだった。握りしめた手に食い込む爪。

 ――しかし。

「………?」

 殺気立つジークとは正反対に、不思議そうに首を傾げてしばし考え込むシュウ。

 やがて、ポン、と平和にひとつ手を打つ。

「…ああッ、そういうことか!

 ユウ、夕べの言葉は嘘じゃない。僕が(あお)から連れてきた人間は4人だけど、その中でイズベルに来たのは僕だけなんだ。

 ねっ? 嘘じゃないだろう?」

「…。じゃあ、コイツはなんだよッ!?」

「連れてきた4人の1人だよ。4人は隣町のフラフで情報収集をさせていたんだ。僕はこの街で単独行動。だって連れて歩くのが邪魔だし、足手まといだし」

 まっすぐと向けられた真摯な眼差しに偽りはない。

 …が、その言葉には妙に棘がある。

「…」

「ユウ、頼むから敵視しないで。もし僕の条件反射が出ちゃったら、お前を怪我させちゃうよ。僕はお前を傷つけたくないよ」

「…」

 何やら雲行きが怪しくなってきた。

 ジークの背中を冷や汗が伝う。

「ユウ…、お兄ちゃんはお前と仲違いしたくない。この彼の存在が僕とお前の仲を壊すなら、今すぐ彼を始末するから。

 だから、ね? 落ち着いて?」

「…。いや、あの、お前こそ落ち着け」

 この兄はガチで言っている。あっさりと。平然と。しかも、実力を伴って。

 ――…そういえば、シュウはこういうヤツだった…。ガックリと脱力するジーク。

 先ほどは情動に流されてつい「八方美人」と口走ってしまったが、シュウが本当に争いを避ける人間はこの世で2人――自分と(あのひと)だけだ。シュウのヒエラルキーでは、自分達(かぞく)以外の「その他大勢」は「ぶっちゃけどうでもいい存在」に位置し、自分達(かぞく)に仇なす人間は「生きる価値ナシ」となる。

 ある意味で究極のブラコンでありファザコン。そして「やる」と言ったら「やる」男。――それがシュウ・ティスカルという人間なのである。

 失笑混じりのため息をつき、ジークは剣を握る手から力を抜いた。

「わかったよ。…悪かったな、アニキ」

 消えそうな小さい声で詫びると、シュウはいつもの笑みで「いいんだ」と首を振る。

「お前が警戒するのも無理はない。むしろ、黒蛇(へびども)が狙う今だからこそ、どんなことにでも警戒をしないと」

 にっこり笑顔。

 先ほど物騒な言葉を平然と吐いた人間とは同一人物に思えないスマイルである。

 ――…敵にしたくねぇタイプだな…。

 苦笑いのジークは、ベッドに目を向けた。

「てか、そもそもの問題はコイツか…。

 マジで生きてんの? フラフでこの怪我を負ったなら、化け物じみた体力だな」

「ユウ、それは違うよ。化け物なら、今こうしてノビてはいないよ」

「しかも丸々半日、な」

 レイヴを彷彿とさせる赤い髪。

 今は閉じているが、瞳は確か黒だったはず。

「ユウはこの彼とは親しかったね」

「あー…、かもな。俺の遊び相手っつったら、アニキかコイツだったし」

「アリカム・クケイン。歳もお前と同じだったね」

 幼馴染みである人物が、今ここで見事にダウンしている。

 はたしてこれは、偶然か必然か。

「《運命》に向かって爆走中、って感じだな…」

「?」

「なんでもねぇ。独り言」

 室内が暗くなってきた。

 ランプのすぐ傍で何かを呟き、指を「パチンッ」と鳴らすシュウ。小さな火花。灯るランプ。

 明かりの初級魔法である。

「…よく出来るよなぁ、ソレ」

「コレしか芸がないけどね」

 頬杖をついてぼやく弟に、にっこりと応えるシュウ。

〔組織〕の中でも魔導の素質があるごく一部の者は、こうした便利な初級魔法を身に付けている。ジークは「お前には不向き」と言われ、結局は習得出来なかった。

「ティスカル家を遡ると、魔法剣士の血筋になるらしいよ。父上なんてヘタな魔術師以上の実力だし。お前だって猛練習すれば出来るかも」

「努力は嫌い」

「言うと思った」

「ソレの習得に、指の皮を何枚剥いたんだ?」

「ん、アレは演出だから。本来は指パッチン不要なの」

「…そーですか」

 明かりの魔法を使える兄だが、医療の知識もある。この酷いアリカムの怪我を、実に鮮やかに手当してみせた。

 思わず「医者になる気か?」と遠回しに褒めるジーク。シュウは「ディンや父上に仕込まれたからね」と(あお)の軍医の名を持ち出して笑う。

「…まだ起きねぇな」

「だね」

 しばしアリカムの寝顔を眺める兄弟。

 シュウに伝えねばならぬ話があるのだろうに…、完全に意識を失っている。

「ダメなヤツ…。変わってねぇな」

「手厳しいね。仲間にもそうなの?」

「連中は図太いからな」

「仲良しなんだね」

「…なぁ、蹴り起こしてもいいか?」

「お好きにどうぞ。ただし、怒られても僕は知らないよ」

 苦笑するシュウ。

 ニヤリと笑ったジークは窓辺を離れ、かつての友に近寄る。そして。

 ガツン…ッ!!

 剣の柄で気持ちよく頭を殴った。

「! い…ッ」

「あ、生きてた」

「………うっ」

「あ、死んだ」

 うめきと共に沈没した頭を「寝過ぎると腐るぞー」と木魚のようにポクポクと殴るジーク。

 シュウは苦笑して「いじめちゃ駄目だよ」と弟をたしなめる。

 ――次の瞬間。

 がば…ッ!!

「ユウガッ!? どーしてお前がいるんだよッ?」

 跳ねるように飛び起きたアリカム。

「いや、だって、アニキが」

「そもそもはお前から声を掛けてきたんだよ、ユウ」

「帰るっつってる俺を引き止めてんのは、お前だろーが」

「本気で嫌なら、どんな手を使ってでも消えるだろうに。それでも、お前はここにいる。いやぁ、僕は嬉しいよ」

「勝手にひとりで喜んでいろよ」

 総裁の息子達に何度も何度も視線を往復させて「えっ? えっ?」と混乱するアリカム。

「こ…っ、ここどこッ!?」

「宿屋」

「じゃなくてっ」

「ここは僕が泊まっているイズベルの宿だよ。

 君は今日の昼間に僕を訪ねてきたけど、僕の顔を見た瞬間に安堵して気絶しちゃったんだ」

 言葉不足の弟に代わり、シュウは苦笑しながら説明をした。

 そんなシュウの穏やかな姿に落ち着いたのか、アリカムはようやく動きを止める。

「さて――…。フラフにいたはずの君が何故ここに? 他の3人は?」

「…」

「死んだんだろ」

 あっさり切り捨てるジーク。苦笑するシュウ。

「こらユウ。彼らに仲間意識はないのかい?」

「ない」

「やれやれ…。でも、お前は仲間にはかなり信用と信頼をしているんだね。ますます会いたくなったなぁ」

「会ってどーすんだよ?」

「純粋に感謝と礼を伝えたいんだ。『僕の愚弟がお世話になっています』って」

「んなモンは不要だ、不要。そもそも、その3人って誰か知らねぇし」

「イル・ティワ。レザー・ペイテン。デイジン・マロウ。お前も知っているはずだよ」

「名前だけだと記憶にねぇな」

「ありゃ。なら、お前の記憶にある蒼の人間の名前って?」

「お前とコイツと、あの人と――」

「それだけ?」

「いや…? 医者のディンはわかる。あとは…、クルテンっていたよな?」

「父上の腹心であり一番の親友だ。お前がいた当時の腹心五人衆の中では、一番お前に馴染みがあった人物かな」

「あ。お前、五人衆入りしたんだっけ?」

「うん。最年長のマックルが他界してね。

 ところで、話を続けても?」

「ご自由にどうぞ、親愛なる兄上」

「ご丁寧にどうも、我が最愛の弟。

 ――それで? 何があった?」

 仲良く会話を展開させる兄弟にポカンとしていたアリカム。しかし「キリッ」と真顔に切り替えたシュウに迫られ、ビクッとたじろぐ。

 ちなみにその間に兄の鞄を勝手にあさり、小さな酒のボトルを見つけて「あ、俺好み」などと呟くジーク。

「…わ、わからない」

「わからない? 4人で行動していたんだろう? それとも、単独でいるときに襲撃を?」

 アリカムは首を横に振る。

「単独行動をした後、人気のない早朝の広場に集合して――…そこで」

「マヌケなこった」

 深々とソファに身を沈めたジーク。酒のボトルに直接口をつけて飲みつつ、実にデカい態度でバッサリと言い放つ。

「少し不機嫌になってきたね、ユウ。

 ところでソレ、美味いかい?」

「フツーだな」

「うん、最高の賛辞だ。あげるよ」

「そりゃどーも」

 開き直りともとれる態度の弟に苦笑した後、シュウはアリカムに話の先を促す。

「…相手は黒蛇(へび)だよ。10人はいたと思う。劣勢になって…、散り散りになったんだ。だから3人の安否はわからない…。

 おいら達がフラフにいるってバレた理由もわからないから…、シュウが1人でイズベルにいることも知っているかも知れない。そう思って――…」

「…困ったね」

 シュウは呟いてひとつ瞬くと、真剣な眼光を弟に向けた。

「ユウ、やっぱり帰ろう。このままお前を1人には出来ない。お前が心配だからだけじゃない。

 …夕べの話、覚えているだろう?」

「俺は帰らない」

「お前に手荒な真似はしたくない。

 でも――…いざとなったら、僕はどんな手を使ってでもお前を連れ戻すよ?」

「その場合、俺もお前を兄とは見ない。お前相手に剣を抜くことをためらわないかと言われれば――…、多少は無理をしていると俺は答える。

 けど…、それは前も同じだ」


 ――…俺は…、喜んで人を殺していたワケじゃない。


 それで手に残ったのは、大量の金。

 耳に残ったのは、標的の最期の声。言葉。嗚咽。叫び。


 脳に焼きついた、最期の瞬間――。


 返り血で赤く染まった衣服は、灰になるまで燃やさねば気がすまなかった。

 それほどまで人を殺めることを忌み嫌いながら、生きるために自分が持つスキルは――…人を殺めることだけだった…。


 複雑な表情のジークに、シュウは痛ましげな眼差しを向ける。

 夜風に窓がカタカタと鳴った。

「――…正直に話すとね、僕はお前を捜す目的で来たわけじゃないんだ。

 ガヌアスの近況を知っているかい?」

「…?」

 怪訝な顔をする弟に、シュウは静かに息を吐く。

「この大陸の北にある、あのガヌアス王国だよ。貴族や王族の陰口を少しでも言おうものなら即座に首が飛ぶ――そんな国だ。

 でも、今のガヌアスを操っているのは王じゃない。宰相バイシュだ。彼を退けるべく、そして国の変革をすべく、民は起った。

 その革命軍の指導者が今回の(ウチ)の依頼者で、宰相側が対抗して依頼したのが黒蛇(へび)だ。

 ――もうすぐこの革命戦争は終結する。約4週間後、我々は一気に王都を叩く。

 僕はね、アリカム達を連れてガヌアスに向かう途中だったんだよ」

「…そんなことを俺に言っていいのか?」

 一気に警戒を高める弟に、シュウは淡く笑って首を振る。

「ユウ…。(ウチ)に帰るのが嫌なら、ひとつ提案だ。僕と一緒においで」

「はぁッ!? お、俺は厄介事には関わらねーぞッ…!」

「そうじゃなくて。

 ガヌアスへの道中で寄る場所に、一緒に来て欲しいんだ」

「…?」

 アリカムまで訝しげな顔をする中、シュウはニコッと笑う。

「僕は父上から言われているんだ。お前に渡したい品がある、って。お前が戻ることを断固拒否した場合はそれだけでも渡してくれ、って。

 お前がそれを手にしたら――お前を自由にして構わない、って」

「!?」

 跳ねるように顔を上げた弟と、シュウは静かに目を合わせる。

「一緒に来て欲しい場所は――…(あか)の要塞だ」

「…朱、って…」

 蒼と友好関係にある巨大な〔組織〕。

 その現総裁は――…、面識はないが、父ユギハの兄だったはず。

 シュウはじっと真剣な目をジークに向ける。

「ユウ、僕を信じて。あの人はお前を捕らえたりしない。そんなことは、僕が断じて許さない。まかり間違った事態が起きた場合は、僕がお前を絶対に助ける。

 だからユウ…、頭を下げて頼むよ。

 一緒に朱に行こう。父上があの人に預けた品をお前が手にしたら、僕はお前の自由を確実に確保して、そしてガヌアスに行く」

「…おいら達は元々、朱に寄ってからガヌアスに行く予定だった…」

 それまで沈黙を守っていたアリカムが呟く。

「まさか――…、総裁はユウガがこのイズベルにいることを知っていた…?」

 アリカムの呟きに、シュウは少し困ったように笑った。

「イズベルに寄り道したのは僕の独断だよ。

 それに…、父上がユウの居場所を本当は知っていたとしても――」


 ――…わざとその場所を避けるように指示したかもしれない。


 シュウは寂しげにそう呟いた。


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