再会は突然に◇カイとキーシ
「あああっ、もうっ。キオウさんはまたいなくなるし、インパスさんとレイヴさんは買い物に行っちゃうし、ラティは帰ってこないし、ジークさんもいないし、すっっっごくヒマーーッ!!」
「キーシ…、少しは落ち着いたらどうだ?」
こんなに近くでキーキー騒がれては、集中して海図を描くことができない…。だが、デスティニィ号に自分とキーシだけ、というのは確かに珍しい。
カイの傍らで漁に使う網の補修をしながら喚き続けるキーシ。
「カイさんっ、ラティどこに行ったの? 連れ戻すからっ」
無茶である。
「俺も詳しくは聞いていない。居場所が知りたいのならキオウに訊くんだな」
「キオウさんもどっかに行っちゃったもん…!」
「留守番が嫌なら、インパス達と買い物に行けば良かっただろう」
「どうしてこのあたしが、あんな男達と一緒に仲良くショッピングしないとならないの!?」
このあたし。
あんな男達。
――不機嫌なキーシは何を言うか想像がつかない。
「なら、まずはしっかり網を直すんだな」
カイは口数が多い男ではない。無愛想には聞こえても、彼は怒っているわけではないのだ。
カイにたしなめられて不満顔のキーシだったが、おとなしく網をさばき始めた。
平和な潮風。幾重にも響くカモメの鳴き声。太陽の光を浴びた洗濯物が、気持ち良さそうにはためいている。
「退屈だなぁー…。カイさん、網これでいいー?」
「ああ」
いよいよすることがなくなったキーシ。網を脇に押し退けてると、つまらなさそうに口を尖らせた。
「カイさんは退屈なときってなにをするの?」
「今がまさにそうだな」
「海図描き?」
「ああ」
短く答え、インクボトルにペン先を突っ込むカイ。
「新聞読むか? ガヌアスの状況が変わっていて面白いぞ? もうじき革命軍と王国軍との戦は終結するだろうな」
「あたし興味ないもーん」
「なら、見張り台で辺りを眺めたらどうだ? そのうちラティが見えるかもな」
初めは興味のなさそうな顔をしたキーシだったが、最後の言葉に気を変えてメインマストへと向かっていった。…やれやれ、と失笑するカイ。
そろそろ昼だ。買い物から戻ったインパスがエプロン片手に厨房へ入り、レイヴは品物の整理を始める。朝食より睡眠を優先したキオウも帰ってくるだろう。
そしてラティだが――…、実は部屋で爆睡中だったりする。一晩中泣いていた彼をキオウが拾い、今は静かに寝かせているのだ。
ラティが帰っていることは、キオウとカイだけの秘密である。もしキーシの耳に入れば、間違いなくラティはゆっくり眠れない。
何はともあれ、もうすぐ賑やかな時間が戻ってくる。それが待てないとは、キーシもまだまだ幼いものだ。
「…?」
足に「コツン…ッ」と何かが当たり、カイはテーブルの下をのぞき込む。
…まーくんだ。飼い主に置いていかれたらしい。
「膝に乗るか?」
カイの言葉に嬉々と揺れるまーくん。つかみ上げて膝に乗せると、カイの腹にグリグリと頭(?)を押しつけて甘えてきた。
そしてお次は「の〜ん」とした顔をテーブルに向ける。どうやらテーブルに乗りたいらしい。
「自分で乗れ」
海図に集中するカイがそう呟くと、フッ…、と膝の重みが消えた。
顔を上げると、海図の右横でゆらゆら揺れるまーくんの姿。
「………」
まーくんのテレポーテーション。
――デスティニィ号の七不思議のひとつである。
「海図には乗るな。インクボトルにもさわ」
ごとん…っ!
「…」
フリーズするカイ。
カイの忠告など聞く耳持たずに転がっていたまーくんが、いきなりインクボトルをなぎ倒したのである。
テーブル上にみるみる広がる黒い水たまり。…インパスお気に入りのテーブルクロスが敷かれていなかったのが唯一の救いである。
「お前なぁ…」
とっさに海図を避難させたカイ。怒りよりも呆れた心境でたしなめると、インクでまだら模様と化したまーくんは、キョトンとカイを見上げてきた。…無邪気なものである。
雑巾を…、と腰を浮かせたカイだったが、まーくんの次なる行動に再びフリーズした。
ごろごろごろごろごろ
ぐりぐりぐりぐり
「…まーくん。絶ッ対にテーブルから降りるな。床を汚すな。もし汚したら、貨物室に押し込むからな」
光合成で生きるまーくんを真っ暗な貨物室に押し込む。
これすなわち「ごはんのおあずけ」なり。
ピタッ、と静止するまーくん。全身が見事に真っ黒である。
カイはしばし悩んだ後、テーブル上の被害のないエリアに新聞を広げた。
「これで遊んでいろ」
新たな遊びを提示されたまーくんは、嬉しそうに新聞の上をごろごろし始めた。
ほっと息をついたカイが視線を外した瞬間に――正確には視線を戻した瞬間に、まーくんは新聞の中央にピタッと止まっていた。転がって移動した形跡はない。
魚拓。
そんな感じであった。
「キオウが帰ったら片付けさせるか…」
ため息をついていると、上から降ってくるキーシの嬉しそうな怒声。そして船室の方からは、まだまだ眠そうな情けない少年の声。
…寝ぼけて部屋を出てきたところを発見されたらしい。
「キーシもこれで元どおりだな…」
魚拓ごっこをするまーくんを残して甲板に向かう。
凄まじい勢いで綱ばしごを降りてきたキーシと、キーシから逃げ惑う寝ぼけ眼のラティ。
――どうやら、デスティニィ号らしい時間が戻ってきたようである。