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再会は突然に◇会えない

 二日酔いで沈没中のジークである。

「……うー…やべぇ……」

「ごめんごめん、手加減し忘れちゃった。水はいる? それとも胃薬?」

「…」

「大丈夫? だめ? 洗面器は? いる? いらない? え? なに?

 あっ、まさか『出ていけ』って言ったの? 酷いなぁお前は。ここは僕が泊まっている宿だよ? その僕を追い出」

「だから――…うるせぇんだよお前はッッッ!! 頼むから静かにし――ッ!!

 ……うー…」

「うーん…、わかったよ。ごめんね。

 じゃあ、お兄ちゃんはちょっと買い物に行ってくるよ」

 ガキ扱いすんな、と怒鳴る余力はさすがになかった。

 気遣いながら静かに閉められるドアの音。ジークはめまいに瞼をきつく閉ざす。

 港から離れた郊外の宿。…この3ヵ月の間ずっと聞いてきた波の音がなくて、なんだか妙に落ち着かない。

 ――…それほどにデスティニィ号に慣れている自分が、少しおかしかった。

「…」

 窓から入ってきた微かな潮の香り。平和な昼の街の賑わい。

 ため息をついて身じろぎすると、左手の甲に覚えのある感触が触れた。一瞬「またかよ…」と思ったジーク。

 しかし。はた、と我に返って「…はぁッ!?」と勢いよく布団をめくる。

 まーくんがいた。

 いつもと同じ糸目の顔をこちらに向け、いつもと同じようにゆらゆら揺れている。

「な、なんでお前がここに…ッ!?」

 めまいと吐き気と頭痛をこらえて、まーくんを観察するジーク。

 まーくんの後ろには無色透明な液体入りの小瓶。手にしてフタを開けると、胃がスー…ッとする爽やかな香り。

 …間違いない。仲間が二日酔いでダウンしたときにキオウがくれる、ジークにはお馴染みの二日酔いの薬である。

 まーくんは飼い主に代わって薬の配達に来てくれたらしい。

「………」

 どうして俺が二日酔いだってわかりやがったんだ、あの賢者サマ…。

 疑問も浮かんだが、ジークはためらいなく薬を一気に飲み干した。キオウが作る薬の多くは苦味が少なくて飲みやすい。

「ほれ」

 空の瓶をまーくんの前に置き、再びのめまいに目をつむるジーク。そうして再度まーくんを見ると…、瓶がなくなっている。

 食ったのか!? と本気で思った。

「…お前、口からメシ食えるのか?」

 まーくんはマリモ、植物だ。光合成をしている。

 めったに鳴かないまーくんだが、発声中も微動だにしない口を以前ジークは目撃した。

 常に開けっ放し状態の口だが…、無意味に存在しているワケじゃないよな、とふと思った。やはり経口摂取もできるのだろうか?

「肉食ってツラじゃねーよな…。草食なら共食いになるのか」

 そんな想像につい笑ったが…、やがて表情は真顔になる。


 …まーくんはここにいるが、キオウはいない。

 ということは――…。


「…俺の《運命》とやらはまだ、ってことか」

 キオウが言っていたソレは、シュウとの再会ではなかった。…ならば、なんなのだろう?


 避けられない《運命》とは――。


「………」

 もし(あお)に帰ることが《運命》ならば…、もうあの船には戻れないのだろうか?

 みんなにも…。

「いや、違うよな…!」

 まーくんがここにいるのだ。もし自分がデスティニィ号と二度と関わらないのだとしたら、キオウはこんな真似はしないはず。

 またあの船に帰られる。

 帰る場所が自分にある。

 …少し、泣きたくなった。

「………。なんだよ?」

 恥じらうようにじりじりと寄ってきたまーくんが、頭らしき部位でジークの腕をグリグリしている。

 甘えの行動というよりも、この感じは…。

「泣かないで〜っ。よかったね〜。このこの〜っ♪」

 こんな感じであった。

「…っ!? 余計なお世話だボケマリモッ! さっさと飼い主んトコに帰れッ!!」

 まーくんを乱暴にひっつかんで窓の外へ投げたジーク。まーくんはいつもの「の〜ん」とした表情のままキラーンと星になった。

 ぜー…ぜー…と息を乱していると、ドアが開いてシュウが帰ってきた。驚きから出た少し高い声で「ユウ、どうしたの?」と目を大きくしている。

「…。なんでもねーよ」

 ぽふっ…、とベッドに寝ころんだジーク。シュウは「オレンジ買ってきたよー」と紙袋から出したそれをフリフリ見せる。

「…酸っぱそうだから、いらねぇ」

「二日酔いには効くんだよ。お兄ちゃんが皮を剥いてあげようねー」

「いらねぇっつーのッ」

「照れない照れない」

 ダガーを取り出し、鼻歌混じりにオレンジへ刃を入れるシュウ。

 …ジークは静かに寝返りを打った。

「ねぇユウ、結局夕べは話が頓挫しちゃったけど…。このまま僕と(ウチ)に帰ろうよ」

「やだ」

「言ったろう? 黒蛇(くろへび)はお前にちょっかいをかける気だ」

「…俺は連中に荷担する気も、とっ捕まるヘマもしねぇから。お前だけでさっさと帰って、あの人にそう言え」

「父上はお前に会いたがっているんだよ?」

「そもそも、俺は大罪人だぜ?」

 シュウは手を止めて弟を見る。

「俺は9年前に蒼を脱走しました。その際に仲間である蒼の追っ手どもをバッサバッサと斬り殺しました。これは捕まったその場で即刻ぶっ殺されるほどの重罪です。

 そんな俺が堂々と蒼の要塞の正門をくぐれるでしょーか? 答えはノーだ」

「父上と僕ら腹心五人衆だけが知る秘密の出入り口があるんだ。そこからなら」

「嫌なモンは嫌だ。それに――」

「それに?」

「…イズベル(ここ)から離れたくない」

 窓の外を眺めて腕を頭の後ろで組むジークは、無意識のうちにぼんやりとそう呟く。

 街のざわめきと鳥のさえずり。窓からの穏やかな風――…。室内に実に静かでやわらかな空間が成立した。

 ――その10秒後。おっとりと首を傾げるシュウ。

「ユウ、お前…、この街に住んでいるのかい?」

「は?」

「あっ、結婚したのっ?」

 顎が抜けそうになった。

「!? それは絶対に…ッ、絶ッ対に違うわッ!!」

 ガバッ! と飛び起きて全力で否定するジーク。

 弟の反応にシュウは「おやおや…」と呑気に笑い、捌き終わったオレンジを皿に置く。

「…でもねユウ、お前はこれから本当にどうするの? このまま無意味に生きていくのかい?」

「は?」

「このまま生きたその先に、お前に何がある?

 最近はお前の――“真空のジーク”の噂は聞かない。…でも、いつかは」

 ジークは何度か瞬く。

「…何が言いたい?」

「僕はお前にあんな真似はしてほしくない。父上も同じはずだ。

 お前は心の優しい子だからね…、本当は殺しなんてしたくない。そうだろう?」

「………」

「お前はためらいなく殺しはできないはずだ。仕事をする度に、お前は傷ついていたんだろう?」

「…。別に」

「嘘をつくのかい?」

「――…もう…、お前もあの人も俺なんてほっときゃいいだろッ」

「ほっとけ?

 ――――ユウガ」

 これまでとは明らかに違う――…強く冷たい口調。

 兄の変化に驚いて見ると、シュウは冷淡に口元を歪ませる。

「お前は大罪人だ。お前の意思など関係なく連行しようか? お前の足が折れようが腕がもげようが構わない。

 ――それが、本来の〔組織〕のやり方だ。忘れているのなら、思い出させてあげようか?」

「ッ!」

 にこやかではあるが、明らかに違う気配。

 ギクリとするジークに、シュウは恐怖の笑みを深めていく。

「…お前は破格の扱いだということだよ。通常なら僕は強引にお前を連れ戻している――いや。本来ならば、お前は見つかった時点で打ち首だ。…だが、総裁がそれを許さない。

『ユウガを見つけても殺すな。生かして連れ戻せ。そして自分の前に連れてこい』

 ――そう命じたのは、総裁である父上だから」

「………」

 ジークは眉間にしわを寄せ、目をつむる。

「どんなに嫌がっても、お前は蒼の現総裁ユギハ・ティスカルの息子だ。父親である総裁を嫌おうが、黒蛇(へびども)から逃げきる自信があろうが、関係ない。自分の立場を知りなさい。

 ――…“真空のジーク”が蒼の総裁の息子であることを知る〔組織〕がいくつあると思う? そのジークは仕事でいくつの〔組織〕の人間を殺した? その事実を父上が何度もみ消したと思う? 他の〔組織〕からお前を守るために、ウチがどれほどの労力を費やしたと? 考えたこともないだろう?」

「………」

 動揺がちらつくジークの瞳。

 その揺れる不安を捉え、シュウは静かに表情を緩ませた。

「…お前が父上を憎むのは当たり前だ。僕はお前に『父上を許せ』と言える立場じゃない。

 でも…、お前がそうして憎んでいる相手は、お前を必死に守っている。それだけはわかって欲しい。

 …そんな甘い総裁を批判する声が、蒼の中にないわけじゃない。謀反を防いだこともある。父上も辛いんだ。だから、ユウ…」

「……そんなの…、俺は…」


 ――…やばい…。なんか俺…、震えてる……。

 これは…、恐怖? 畏れ? 怯え?


 それとも――。


「…戻りてぇ…」

 勝手に震える体。安心させるようにその背を撫でるあたたかな手を感じつつ、ジークは無意識にそう呟いた。

「帰ろう、ユウ。僕と一緒に」

「…そうじゃなくて…、蒼にじゃなくて……」

 自分の中の困惑にさまよう瞳。窓から流れる風が髪を撫でた。

 そんな弟から何かを感じたのか――…、シュウは神妙な顔つきで弟を見つめる。

「ねぇ、ユウ…。お前は今、ひとりなのかい?」

「え…? だから、俺は結婚なんて」

「違うよ。お前はひとりで暮らしているのかい?」

 どのように答えるべきか、ジークは悩む。

 ――…だが、正直に答えた。

「違う」

「友達が――仲間がいるんだね?」

「ああ」

「そうなんだ…」

 ふ…っと和らいだ表情。穏やかな笑み。

 ――優しい兄の顔。

「仲間の元に戻りたい――、とっさにそう思ったんだね?」

「…俺は…」

 デスティニィ号の生活は無意味に思えても、実際はまったく違う。――ジークは今、そう強く思った。

 だって…、少し前までの俺なら、絶対にシュウに会おうとはしなかった。その自分が過去を思い起こすきっかけを自分から引き寄せた。自分を考えるようになった。

 …他者を真に信頼し信用する心を知った。

 そんな事実など認めたくないと思う気持ちすら、不安定ながらも受け入れている自分がいた――…。

「お前がこんなにも心を許している仲間、か…。少しだけでいいから会ってみたいな」

「駄目だ」

 弟の即答にシュウは悲しげな表情を浮かべ…、やがてそれはやわらかな失笑へと変化する。

「…そうだね。僕は〔組織〕の中枢の人間。仲間に危険が及ぶかも、って思うのは当然だよね」

 自分はそんな意図で拒否したのだろうか…、ジークは困惑して瞬く。

 ――キオウがいるのだ。そんな危険はない…とは思う。

 でも、俺は…、確かにあいつらを庇おうと、した……?

「…」

 そんな自分が、なんだか嬉しい。

 両手の手のひらをポカンと見つめる弟。シュウが安堵に目を細める。

「…正直に言うとね、僕はお前を捕らえて連れ戻そうと考えてた」

「…おい」

「大丈夫。警戒しないで。

 ユウに心を許せる友がいて、活きた心で今を生きている。――…そうわかったから。

 だから僕はもう『無理に戻れ』とは言わない」

「…」

 複雑な感情で視線を泳がせていると、シュウは「…でもね?」と優しい声音で続けた。

「ユウ、ひとつだけお願いだ。

 ――…父上に会って」

「…っ」

 …予想していた言葉だったが、言われた瞬間に息が止まってしまった。

 シュウがまっすぐと見つめてくる。

「会話もしなくていい。ほんの一瞬、顔を見せるだけでいい。お前が無事なんだって、自分の目で確かめさせてあげて。

 ユウ…、父上にはもう――…」

「…?」

 抑えていても伝わってくる必死な想い。

 キョトンとすると、兄は言いかけた言葉を一度飲み込んで、悲しげに微笑んだ。

「…父上にはもう、お前を塔に閉じ込めるとか、そういう考えはないよ。お前が自由でいたいと望めば、父上も残れとは言わない。だから、ユウ…」

「俺は…、会えない」


 ――『会いたくない』とは違う。

『会えない』のだ。


「俺にもよくわからねぇけど…。とにかく、そんな気持ちなんだよ」

 この自分がこんな風に考えるとは…。あの賢者サマの影響だな、と失笑してしまう。

「…父上を許してくれるのかい?」

 シュウが向ける痛ましい眼差し。

 しかし、ジークは首を横に振る。

「そういうのは抜きで考えた結果だ。

 …俺はあの人には会えない」

「………」

 シュウは目を伏せてジークの言葉を聞き…、静かに目を開けた。

「こんなことを言うと、またお前に嫌がられるだろうけど…。

 ――…やっぱり、ユウは父上に似てる」

「………」

「ねぇユウ…、お前には悩みを相談できる人はいるかい?」

「…。いるよ」


 ――星が輝く夜の海上に。


「…その人は、お前の生い立ちを知っているのかい?」

「ん…。まぁな」

 そっか…、とやわらかく微笑むシュウ。暖かな日差し。ふわりと揺れるカーテン。


 とてもやわらかな時間――…。


 …その17秒後。シュウがおっとりと首を傾げた。

「ところでユウ、二日酔いは?」

「………へっ?」

 ベッドを離れ、窓辺で流れる雲をアンニュイに見つめていたジークは、兄の言葉に「そういえば…」と我に返る。

 やはり、賢者の薬は効果テキメンであった。

 疑問符をいっぱいに浮かべる兄の反応がおかしくて、つい苦笑してしまう。

 ――そこに「コンコン」と響くノックの音。

 宿の親父が来たらしい。

「ダンナぁ、お客さんが来てますよ?」

 間延びした親父の言葉に、兄弟は顔を見合わせる。

 …客?

「人違いじゃないかい? 僕には来客の予定なんてないよ」

「いえいえ、確かにダンナにですよ? ダンナの名前も年格好も合ってますし」

 聞くうちに険しく変わるシュウの表情。

 シュウがその都度に使い分けている偽名を言い当てるなど――…。


 同じ蒼の人間か、それとも…?


 シュウは無言のままベッド脇のジークの剣を視線で示す。万が一に備えろ、という意図だ。

 頷いたジークが確かに剣を手にしたのを見て、シュウは少しだけドアを開け、宿の親父と会話する。

 その後にチラリとジークに向けたのは、なんとも言いがたい複雑な表情。

 そして、部屋を出ていった。


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