家族って何だろ◇キオウの天敵
仮に、まーくんがこの場に100匹いたとしよう。
あなたはその中から本物のまーくんを見つけ出すことができるだろうか?
「というわけで、こんなんしてみたワケだ」
「…。それで?」
「いや、だから、この中から本物のまーくんを」
ひょいっ
「…師匠。あんた、つまんねぇ」
「悪かったな」
通常の世界と鏡合わせに在る――精霊や霊獣達が生まれ暮らす世界。その中心に位置する白亜の神殿。
こんな時間に起きている知人と会えるのは此処だけだろう、と遊びに来たのだが…、もっと考えてからにすべきだったかもしれない。
大理石の床にひしめく99匹のまーくんを見つめて、ため息。
「なぁ師匠…」
「なんだ」
「…。いや、なんでもない。違う相手を捜すから。
御伽のは起きてるかな、それとも」
「青柳の」
「はい?」
「もう少し大人になれ」
「余計なお世話だね。そもそも、まだまだガキだった上に世間知らずの俺を『さまざまな経験を積め』ってカイに託したのは、あんただろーが」
「ふん…」
「とにかく、俺はもっと夢のある大人に会いに――…あ」
空に輝く最高に大きな月。
その月光のチカラを手繰り寄せた光の粒子で魔法陣を作り、まさかの「アイツ」がやってきた。
直接ここへ来ればいいものを、何故か一度近くの森に降りてから、のこのこと徒歩でやってくる。
「………明星の」
「あはは。そんなげっそりした顔はしないで欲しいなぁ、青柳の」
外見年齢は30代前半。長い金髪、碧眼。とてつもなく愛想のいい笑顔の青年。
明星の賢者と呼ばれるスィード導師である。
「ご希望どおり、秋津のよりも夢ある大人が来たんだ。もう少しは喜びなさいな」
「俺は嘆く。心の底から嘆く。アンタにだけは会いたくなかった」
うんざり顔で頭を抱えるキオウ。月光がその銀髪を神秘的にキラキラと煌めかせている。紺色のローブも銀髪を際立たせる役割を果たしているといえよう。
ちなみにスィード導師の本日の衣装は、見た目に暑苦しいフード付きの黒いローブ。しかしどうやら通気性はいい素材らしい。
そしてオプション品は、左腕に掛けた木の籠。…布が被されているために、中身は不明である。
「ところで青柳の、この丸い魔法生物の群れはなんだい?」
「俺の小間使いの幻影」
ふむふむと頷き、手をパンパンと叩くスィード。
フッ…!
キオウの幻影により大量発生していたまーくんが一瞬で消えた。残るはむなしく床に転がる本物のみ。
…そういえば、先ほど本物のまーくんを容易につまみ上げた初老の紳士がいなくなっている。
「おーい師匠、いつの間に消えたんだよ…」
「ご老体は夜更かしが苦手なんだろう」
「単に逃げただけな気もする。アンタから」
「さすが弟子だ、あの秋津の考えがわかるんだね。いやぁ素晴らしい師弟の絆だ。さて青柳の、暇つぶしがしたいのかい?」
「眠れねぇんだよ。自分で自分に眠りの術かけても、いつの間にか自分で解いてるし」
「ではこの私が直々に」
「…アンタが術をかけると、俺は二度と目覚めない気がする」
怪訝なキオウの視線が楽しいのか、声をあげて笑うスィード。
「君の父君は風邪だってね。治してあげないの?」
「薬だけ渡した。文句あるか?」
「いいや? 君は親思いのいい子だよ。親は生きている間に精一杯孝行してあげなさい。親が死んで、さらに転生までされちゃうと、さすがにちょ~っと遅いからね」
「年寄りの発言だな…。アンタいくつだよ?」
「ご想像にお任せするね」
「…自分の年齢、わからねぇんだろ?」
「大まかにならわかるよ。私より秋津のが問題だろう。そういうことには無頓着な性格だからね、自分の年齢なんてわからないんじゃないかな? あはは」
「大まかにでもいいから教えろよ」
「イヤだなぁ。前世のお前の方がまだ可愛げがあったよ」
「そういう発言がジジイだっつってんだよ」
そもそも、前世まで持ち出すか?
キオウは口を「への字」に曲げた。
「お前は前世も身長低かったよね」
「どーせ父上も母上も身長低いですよーだ」
「アゼルスもエリエスも確かに高い方ではないね。レウアスは少し低めだったかな。アシャも低めだったけど、マアグルは母親似で高めだったよ」
聞き慣れぬ名前はそれぞれ、キオウの母、祖父、曾祖父、高祖父である。
「俺のひいひいじーさんまで持ち出すなよ。年寄りめ」
「ちなみにそのひいひいおじいさんは、君の歳で急逝したんだよ。遺伝性の病。君は大丈夫?」
「………」
「あら、ヘコませちゃったかな? まだまだ子供だねぇ。しっかりなさい、父親だろう?」
時間が止まった。
「おいこら待てぃッ! 俺がいつ父親になったって!?」
「え? ああ、間違えた。君じゃなくて、前世の君の話だよ。なにせ同じ魂だからね、一瞬区別がつかなかった」
「………そーですか」
「そんなに冷や汗をかいて。もしや、身に覚えがあるのかな?」
頭の血管が切れそうになった。
「ねぇよッッッ!!」
「全力で否定しなくてもいいじゃないか。今のお前は素敵な出会いをしていないのかい?」
「アンタに言われたくねぇよ」
「いやぁ、私はトシだからねぇ。最近は曾々々(略)々々孫が産まれ――…ん? ケタが少ないかな?」
「あぁそうだな。アンタはもうよぼよぼジジイだもんな」
「酷いなぁ。私がよぼよぼジジイなら、秋津のは見事な白骨死体というか化石じゃないか。生きる化石、なんだかいい響きだね。ちょっと気に入ったよ。それに100年か200年後には君もそのジジイの仲間入りだよ、青柳の」
「うわ、今すっげー悪寒がッ!」
「さーて、お前の《絶対》は何時かなぁ〜?」
スィードがのほほんと『未来詠み』の体勢となり、キオウはすかさず「勝手に人の《絶対》を視るなッ」と杖で殴りかかった。
若き同僚の攻撃を余裕でフワリと交わすスィード。
「私はもう私の《絶対》を知っているからねぇ、それまでは気ままな賢者ライフを堪能するよ。君ももう少し齢を積んだら、自分から視ておくんだよ? 早めに余生プランを立てることをオススメするね」
自分より何十倍は生きている先輩の助言だが…、21歳のキオウはさすがに少しヘコんだ。
「アンタなぁ…」
「あ、そうだ。おみやげをあげようか?」
言って、籠の中にガサガサと手を入れる明星の賢者。
スィード導師のおみやげレパートリー。
その1。
「はい、飴ちゃん」
「………。いらねぇ…」
「貰えるものはなんでも貰う。向けられた好意は見返りなく素直に受け取りなさい。人生を楽しく明るくするコツは喜びだよ。ありとあらゆるモノに向かって喜び感謝してごらんなさい」
「一見するとリンゴ飴だけど、リンゴの部分がまーくんにそっくりな飴なんて絶ッ対にいらねぇ!」
「お前の本物の遣いならそこに――…ん? なんで怯えているんだろう?」
飼い主の右足に一生懸命にくっつき、ブルブルと震えているまーくん。…無理もない。もしも不可解なポーズをした自分のドッペルゲンガーが夏祭りの露店で飴細工となり売られていたら、あなたはどう思うだろうか?
少なくとも、指をビシリと差してゲラゲラ笑い転げたりはしないだろう。
キオウは頭を抱えた。
「んー。じゃあコレは?」
スィード導師のおみやげレパートリー。
その2。
「はい、これはなんでしょう?」
「………」
「あ、今お前『絶対コイツ何か企んでいやがる』って思ったね? 読心したからわかるよ。ほらほら答えてよ青柳の、コレなぁに?」
「リンゴ」
「そのとおり。叡知の実、禁断の果実、初恋の味、のリンゴだよ。座布団1枚あげたいね。でもね、このリンゴはただのリンゴじゃないんだよね。ほらほら、君が小さい頃に『砂雪姫』って童話を父君に読んでもらったろう? 実はあのリンゴを再現したモノがコレなんだよねぇ」
「………。おい」
いかにも魔術師といった黒いローブ。片手には毒リンゴ入りのバスケット。そして、森の中からのご登場。
つまり、彼の中では「そういう設定」だったらしい。
「今ならタダだよ。味は普通のリンゴと変わらないよ?」
「アンタ頭は大丈夫か?」
「あ、酷い発言。それに質問を質問で返すとは感心しないな。ハムハム法典って知ってる? 『目には目を』ってヤツ。つまり『目を潰されたら目を潰し返せ』ってことだよね。いやはや恐ろしい。でもさ、目を潰されたら相手の目が見えないんだから潰し返せない、と思わないかい?」
「んなの知るかよ」
「じゃあ今度は確率の話だ。君に子供が出来たら身長はどうなるか。前世の坊や達は小さくて可愛かったよね。そういえばこの間、君の前世のお兄ちゃんに会ったよ。最近仕事が忙しいってぼやいてた。弟子として憐れみを感じたよ。手伝ってあげたらどうだい?」
「嫌だ」
「ならば賢者らしく四大神について。絶対なる理性を持つあの多いなる存ざ」
「はいストップ! 俺は語らないからな」
「なら青柳の、ちょっとでいいからこのリンゴに興味を持ってよ。綺麗な赤だろう? それから青リンゴね。私は普通のリンゴよりも青リンゴが好きだよ。それからほらほらコレを見てよ青柳の、正真正銘の『青リンゴ』だよ。コレもなかなかいい味なんだ」
黒リンゴ。白リンゴ。桃リンゴに橙リンゴ。
――そして極めつけは。
「ほらほら見てよ青柳の! 透明だよ透明! 中は一体どうなっているのか非常に気になるだろう? ほーら、欲しくなーる欲しくなーる」
「…とか言いながら、実にさりげなく俺にリンゴの籠を持たせようとするアンタを、俺は心の奥底から苦手だと言える」
「あらま、バレたか。お前がその気になるようにと暗示をかけていたのになぁ。さすがは賢者、若干強い耐性があるね」
常人には見えない暗示の煙をパタパタと払い、キオウは素早く移動の魔法陣を広げた。
…嗚呼、静かな環境に帰りたい。
「もう帰るのかい、青柳の。つまらないなぁ。私の話に付き合ってくれる賢者はお前だけなんだけどなぁ」
「長話は壁に向かって言っていやがれ」
「おみやげはー? ほらコレ見てよ青柳の、見事なツートンカラーのリンゴで」
「いらんッ!!」
キオウがどんなに話を切り上げようともがいても、起き上がりこぼしのように復活してくる明星の賢者スィード。
床に置いていたリンゴの籠をすかさず持つと、キオウの魔法陣に土足でズカズカと入り込む。
「ああっ、馬鹿ッ。座標がズレたぞッ!」
「私なんかが入っただけで狂うヤワな魔法陣を作るだなんて。やれやれ、お前も賢者だろうに」
「俺より軽く400年は余計に生きているジジイに言われたくねぇッ!」
「400…! お前は私がまだ400ちょっとだって思ってるんだね? いやはや嬉しいなぁ。ほら持ってよ青柳の。孫におみやげ持たせるのが年寄りの生き甲斐でありささやかな楽しみなんだから」
「誰がいつアンタの孫になったあああぁぁッ!」
「ほらほらそんな意地悪言わないで。効果はバツグンだよ? なにせこの明星の賢者が自分の神殿の庭で種から育てたリンゴの樹から採ったリンゴで作ったんだからね。そのレア物をなんとビックリのタダで貰えるんだからお得だよ。この際だから君が苦手な人に食べさせちゃいなよ」
「それに該当する人物はまさしくアンタだッ。さぁ今すぐこの場で食いやがれッ」
「私にはもうすっかり耐性があるからねぇ、普通に美味しくいただいちゃうね。ああ、そうそう。一応言っておくけどね、その一番下の意味不明で毒々しい色のマーブル模様なリンゴが一番殺傷力高いからね。他のは多分お前なら食べても大丈夫。あくまでもお前ならだけど。そしてあくまでも多分だけど。わかった? じゃ、ばいばーい」
「……っ!? いつの間に俺の手に持たせやがったんだよアンタはーーーッ!?」
意味不明なスィードスパイラルに見事ハマったキオウであった。




