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序章◆あの夜のこと

「…俺は、アンタのなんだよ?」

 荒波となって押し寄せた様々な感情。抑えきれないそれらに動かされ、これまでに培ってきた知識を騒動して塔を抜け出し、無意識のうちにここへと来ていた。

 感情に制御が利かなくなった原因は、昼間にこの人とした口論。この人は自分が放った決死の問いに対し、微かに眉をしかめている。

 ――そんな小さな動きひとつですら、今の自分には苛立ちとなる。

 爪が手のひらに食い込むほどに強く拳を握り、再度問う。

「答えてくれよ。俺は、アンタのなに?」

「お前は私の息子だろうが」

「そういうことじゃなくて…」

 自分が求める答えをこの人は気付いている。そう思い…、感情の炎に油を注ぎ込まれた気分になった。

 懸命に感情を抑える自分に対し、この人は開いていた本を閉じてため息をつく。

 …まるでこのやりとりが面倒だとでも感じているかのように。

「何時だと思っている。私は寝る。今回は見逃してやるから、お前はさっさと塔に戻れ」

「……俺は…アンタのなんなんだよ…」

 不覚にもこみ上げてきた涙。少し狂った声音に、この人はまたため息をつく。

「何を泣いているんだ。早く寝ろ」

「…」

「くだらんことにこだわるな」

 くだらないこと――。

 何気なく放たれたであろう言葉が、無情にも胸に突き刺さった。それを払うように髪を掻き乱して首を振る。

「…家族って、なに?」

 嗚咽をこらえ、声をしぼり出す。

「答えろよ。家族ってなんだよ」

「お前もしつこい奴だな」

「俺わかんねぇよ。家族ってなんだよ…。

 辞書で調べたりもした。でも、簡単に数行書いてあるだけで…。俺、よくわかんねぇよ…。俺……」

 言葉を出す度に涙と感情がこみ上げ――、自分が何をこの人に訊きたいのか、そして自分がどうしたいのかさえわからなくなってきた。

 それでも、今一度問う。

「俺はアンタのなんだよ? 答えろよ」

「…早く戻って寝ろ。いいな?」

「答えないのかよ」

「…」

 自分が必死に投げた問いを無視するように、この人は黙ったまま視線を外した。


 途端――…、もう何もかも全てがどうでもよくなった。


「わかったよ。

 ――――もう、いい」

 何もかもが吹っ切れたような思いで踵を返した自分に、この人は「寄り道せずに戻れよ」と声を掛けた。

 返事は、しなかった。



 ――…闇夜に身を委ねて武器庫から剣を盗み出し、警備をかいくぐって《外》へと出た。

 生まれて初めて踏んだ外の土。足を踏み出した瞬間にカサリと鳴った落ち葉。コロコロという虫の鳴き声。冷たい夜風さえ《中》のそれとは違って感じる。

 これまでに経験したことがない開放感。とてつもない高揚感。高鳴る心に口元が緩む。


 そして――。


 初めて得た自由を前に、自分はひたすらに走り出した。


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