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第8章

「ったく、お前ら情けないぞ!!特に太郎!!あんなジジィにやられてどうするんだ!!」


次の日、稀一さんは、朝礼で説教を始めた。


お前が言うな、お前が。


きっと誰もが内心そう思っていたに違いない。


「だって、あの時トイレに入ってたんだもん俺は」

青登さんがぶつくさ言う。


「お前は腹が弱すぎんだよ!!何かあったら絶対に真っ先に食われるタイプだな!!」

稀一さんが青登さんを指差して叫んだ。


一体、何に食われるというのだろう。相変わらず稀一さんの言う事は理解できない。


「大変だったのねぇ」

苑子さんがしみじみと言った。

「でも、沙和は偉かったぞ!!」

稀一さんが言う。

「もう何も言わないでください」


「あの走りっぷりは、一瞬カール・ルイスかと見間違うぐらいの速さだったもんなぁ、

いや…確実にカール・ルイスは抜いてたな!!」


抜いてないから。確実に。


「カール・ルイスって、今どき古いですよ。それを言うなら、今はボルトでしょ、ボルト」

青登さんが言う。


「ボルトか~!!そうだな、ボルトといい勝負だったよな、タイム的にはな!!」


私、100mを9秒台で走った事ありませんけど。世界記録保持者と並んでどうする。


私は冷ややかな目で稀一さんを見つめた。


「とりあえず、少しでも怪しいと思う客がいたら、みんなに知らせて包囲網を敷くんだ!!

周囲の客に悟られないようにする為には、緻密なサインが必要となる。

そこでだ!俺が考えたサインがあるんだが、いいか?よーく見て覚えろよ。」


そう言って、稀一さんは姿勢を正すと


「左肩!手首!耳!もう一度左肩!右肩!おでこ!はい!その次に手で触った場所が目なら女!鼻なら男!口なら子供!

どうだ?この計算されつくしたサインは!」

自信満々に次々に自分の右手で身体のあちこちを触っていく。


計算されつくした?…一体どんな計算をしたらこんなことを思いつくんだろうか。


「…普通に言葉で教えてもらった方がいいと思うわ」

苑子さんが苦笑いして言う。


「多分、伝えてる間に逃げられると思う」

太郎が言う。


「ってか覚えきれない」

青登さんが言った。


「そうかぁ?俺的にカッコイイと思ったんだけどな~。なんか野球監督っぽいじゃん?」

稀一さんは一人でサインの練習をしている。


ただ単に、監督の真似してみたかっただけって事じゃないですよね?


私は疑いの眼差しを稀一さんに向けた。


「ま、いいや。じゃあ、怪しい奴が居たらこっそり伝達な?とりあえず、大きなバッグを持ってる客がいたら要チェックだぞ。しかも、バッグのチャックが不自然に開いてたら要要要チェックな!!」

「は~い」

私達は大きく返事をした。


苑子さんのミニスカ脚立タイムは今も変わらず大好評を博している。

すっかり顔なじみになった常連客というか、苑子さんファンの男の客達が、その美脚にウットリと見とれている姿を常に見かけるようになった。


美脚を眺めてるだけでも幸せそうな顔をしているのに、その上苑子さんと目が合い、女神のような笑顔を向けられたりなんかしたら、余りの嬉しさにいつもの倍以上、本を買っていく傾向にあるようだ。


ま、芸能人の握手会と似たようなものがあるのだろう。本人と目が合ったり触れたりすると、異様なまでにテンションが上がって、買わなくてもいいようなグッズまで買ってしまった…的な。

まさしくそんな感じなのではないかと思う。


このまま売上が上がれば、いつの日か稀一さんも苑子さんグッズを売り出しかねない。そんな勢いだ。


私は、売上が上がって上機嫌な稀一さんを見ながらそう思った。


休憩時間になり、私と苑子さんが休憩に入る。


「ねえ、沙和ちゃん」

苑子さんが、急須にお湯を注ぎながら声を掛けた。私は隣でレンジで弁当を温めている。


「なんですか?」

私はレンジの中の弁当を見ながら聞いた。


「なんかね、私、盗撮されてるみたいなの」

「へー盗撮ですかぁ。凄い人気ですね~」

盗撮されるほど人気があるって事ですよねー、って違うだろっ!?


「と、盗撮っ!?」

私はレンジのチーンの音と同時に叫んだ。


「今、チンって言ったわよ、沙和ちゃん」

苑子さんがにこやかに言う。


「あ、はい、ありがとうございま~す…って、そんなチンなんかどうでもいいんですよ、苑子さん!!

それって大変な事じゃないですか、本当ですかっ?」

確実に当の本人よりも私の方が大慌てしている気がする。


「そうなの。うちの庭師の子がね?たまたまそういう盗撮サイトを見てたら載ってたみたいなの。」

苑子さんがお茶をカップに注ぐ。


たまたま盗撮サイトを見た?たまたまじゃないだろ。お気に入りにでも入れて毎日見てたんじゃないの?という疑惑はひとまず置いといて…。


「でも、何を盗撮されたんですか?顔とかを撮られたってぐらいの事じゃないですよね?」

「そうなの。スカートの中の下着だけだったから良かったわ」

苑子さんはニッコリと笑った。


そういう問題じゃないような…。顔が出てないから良かったわ、的な?

どんだけポジティブなんだ、この人。


「でも、よくその庭師もそのパンツ姿が苑子さんだ、って分かりましたよね」

「なんかね、山形県S市M本屋の店員って記載があったみたいで、うちのエプロンも少し写ってたみたいなの。」

「うわー最悪…」


私と苑子さんはテーブルの方に移動してお弁当を広げる。

苑子さんのお弁当はいつも豪華で、毎日が運動会並みだ。

この量を平然と平らげる苑子さんにも驚くが、それでも太らない体質が本当に羨ましく思う。


「いただきまーす」

私は、ウインナーを1つ口に運んだ。

苑子さんも両手を合わせてから食べ始める。


「でも1つ気になる事があってね。その一枚だけじゃないみたいなの。毎週欠かさず投稿してるみたいで、私がミニスカートを穿き始めてからずっと続いてるようなのよ。」


「本当ですかっ?じゃあ、その盗撮犯はこの近辺に住んでるって事ですよね、毎週来れるんだから」


「多分そうだと思う。私以外の人の盗撮写真も毎週投稿してるみたいだから、この辺の色んな店でやってる常習犯だと思うの。

その人達、気付いているのかしら…自分が盗撮されてるって事。本当に許されないわ」


苑子さんが初めて怒りの表情を見せた。


自分も当事者だというのに見ず知らずの人達の為に怒るなんて苑子さんらしいな。

私はそう思った。


休憩時間が終わる少し前に、私達は稀一さんにその事を報告しに行った。


稀一さんは「マジかよ!!(汗)」

と、だいぶ焦りながら、事務所のパソコンで苑子さんの庭師の人に教えてもらった盗撮サイトを覗いた。


私と苑子さんも一緒に脇から覗く。


色んな場所で盗撮されたと思われる写真が沢山投稿されている。

駅の階段を登ってる女子高生のスカートの中とか、電車に乗ってる女性のスカートの中など、見れば見るほど怒りがこみ上げてくるような写真が次々と載っている。


で、その投稿された写真に対して、色んな人が褒めちぎるようなコメントを付けているのが更に怒りを増幅させる。


世の中には、こんなくだらない写真を撮って喜ぶ人や、それを見て喜ぶ人がこんなにも沢山いると思うと、本当に世の中おかしいってつくづく思う。

実に不愉快で気持ち悪い。


私の苛立ちは頂点に達していた。


「あ、これ私!!」

苑子さんが画面を指差した。


私と稀一さんは、一瞬食い入るように見ようとしたが、なんせスカートの下から撮られたパンチラ写真だから慌てて目を逸らした。


「どうやって撮ったのかしら、こんなの」

苑子さんが首を傾げている。


「ま、今は色んな盗撮グッズがあるし、ケータイでも簡単に撮れるしな。

小型カメラをカバンに仕込んでおいて、シャッターだけ手に持って撮る、

ってな感じが多いのかな。…って、テレビでそうやってたのを見た事あるだけだからな!!警察24時!!

俺はやった事ないから分かんないけどっ!!」


稀一さんが慌てて言う。

誰も何も言ってないのに慌てる所がまず怪しい。


「投稿者、庄内男だって。やっぱり私以外の人の写真も連続投稿してるわ。」

苑子さんが画面をスクロールさせながら言う。


私と稀一さんはチラリと画面を見ると、

庄内男という人が何枚も連続して投稿しているのを確認した。


「あ、これはそこのパチンコ屋の制服だ」

稀一さんが指差して言う。


「やっぱ、ここら辺の店員を狙ってるって事は…庄内近辺に住んでるんですよね、

(庄内男)って名乗ってるだけあって。

あーあ、マジでキモ過ぎるし…」


私は言った。


「大丈夫大丈夫。沙和の事は金を積まれても狙わないと思うから」

稀一さんが軽快に私の肩を叩く。


「どういう意味ですか、それ」

「だって、ここまで女のオーラを消せるのって沙和ぐらいだよ?凄い特技だじゃん!!」


「イヤ、別に消してるつもりは更々ないんですが。特技にする気も一切ございません」

私は稀一さんを睨みつけた。


「ねえ、見て。私気が付いたんだけどね。過去の投稿もずっと見てたら、この人必ず水曜日に撮って水曜日に投稿してるみたいなの。」

苑子さんが言う。


えっ?マジで??

私達も画面を覗いて、今まで投稿してきた日時に注目してみる。


「本当だー!!全部水曜日に撮って投稿してる!!」

私は近くの壁にかけてあるカレンダーと照らし合わせながら確認した。


「ははーん分かったぞ!!」

稀一さんが叫んだ。


「えっ?犯人に心当たりがあるんですかっ?」

私と苑子さんは稀一さんに注目した。


「水曜日と言えば!!」

「水曜日と言えば??」


水曜日定休のお店を知ってるとか??

私は生唾を飲んだ。


「水曜日と言えば…週刊サンデーの発売日だ!!

犯人は恐らく週刊サンデーを買いに来てる客に違いない!!」


「…週刊サンデー、絶対関係ないと思いますよ。」

「えっ?じゃあ、週刊マガジン?」

「どっちでもいいですよ、そんな事。」

私は舌打ちしたくなる衝動に駆られた。


なぜ、そんなどうしようもない予想しか頭に浮かばないのか、逆に問いただしてみたい。


「水曜日って言ったら…」

「あっ…今日じゃん!!」

私と稀一さんが顔を見合わせて叫んだ。


じゃあ、今日これから盗撮魔が来るのだろうか…。

撮影時間を確認すると、全て4時前後という事が分かった。

その時間帯は学生客が増えてきつつある時間帯。

多分、そのぐらいに犯人も来店するに違いない。


学生で賑わっていた方が店員の目をそちらに向ける事が可能だからだ。


太郎達の休憩が終わった時点で、みんなで作戦を練った。事情を聞かされた太郎達は、同じ男としてそんな卑劣な行為をする奴は許せんと激怒していた。


とりあえず苑子さんは3時半頃から雑誌の整理整頓を始め、その様子を稀一さんが防犯カメラでチェック。


その他の3人はさりげなく苑子さんを監視する事となった。


本当に現れるんだろうか、盗撮犯は…。


4時10分になり、今の所怪しい客は見当たらなかった。

今日は来ないのだろうか…。


誰もがそう思い始めたその時、オレンジ色のジャンパーを着た男がゆっくりと苑子さんの方に近づいていった。


男は中ぐらいのスポーツバッグを持っており、意味無くチャックが開いている。間違いなくチャック同様、怪しさも全開だ。


苑子さんは、男性ファッション誌の棚を整理している。私はすぐ近くの釣り雑誌の棚の方に移動して男の動向を窺った。


年齢からして40歳前後。背丈は中肉中背。

でも、いくらなんでもあのオレンジ色のジャンパーはありえない。

お前はミカンか?イヨカンか?って感じだ。目立つにも程がある。


私はチラチラと男に気付かれないようにチェックしていた。

太郎と青登さんも、この不審人物のミカン男を陰から監視体制に入っている。


コイツが少しでも不審な行動を取ったら、即声をかけて捕まえる。

万引きとは違って、やった時点で現行犯だ。


ミカン男が、不自然に苑子さんの足元に自分のバッグを置いた。間違いなくスカートの中が見える位置だ。

手には何かリモコンのような物を握っている。


よし!!太郎、青登さん、今だ行け!!…と思った瞬間、ピンポーンとチャイムが鳴った。レジが混んできた時や用事がある時に鳴らすチャイムだ。


ったくなんでこんな時に!!

太郎がレジに走って行く。青登さん1人でミカン男の所までやって来ると、


「お客様。ちょっとこのバッグの中確かめてもいいですか?」

と、イキナリ背後から声を掛けた。男はビクッと身体を震わせた。


苑子さんは男の方を見ると

「今、シャッターの音が聞こえたんですけど、何か撮ってらっしゃいましたか?」

と、訪ねた。


「ってか、その手に持ってる物なんですか?」

私もミカン男の近くに歩いて行って声を掛けた。


男は真っ青な顔をして額から脂汗を滲ませている。挙動不審になりながら私達3人の顔にキョロキョロと視線を泳がせると、次の瞬間

とっさに自分のバッグを持ち上げ、中からナイフを取り出した。


「どけ!!どかないと刺すぞ!!」

ナイフを私達に向ける。


「苑ちゃん、危ない!!」

青登さんが苑子さんを引っ張って自分の背後に隠す。


ってか、私は一人野放しですかっ!!放置ですか!!

私は1歩後ずさりした。


ミカン男は、バッグを小脇に抱えると、ナイフを持ったまま入口に向かって走り出した。


に、逃げる気っ!?

私は、ミカン男の後を追いかけた。


レジにいる稀一さんと太郎は、とにかく他のお客様に危害がないように必死に避難させている。


ヤバイ、このままでは逃げられる!!

そう思った瞬間、入口から祭が入ってくる。


「おはようございま~す。なんか昨日ケータイをロッカーに置き忘れちゃって…」


「祭!!そいつ盗撮犯だから!!ってか、ナイフ持ってるから危ない!!」


私は犯人の背後から走りながら叫んだ。ミカン男は祭の目の前まで迫ってきていた。


「どけ!!」ミカン男が祭に向かって怒鳴りながらナイフを突き付けた。

「イヤぁああああああああああああああ!!」


顔面蒼白になった祭は大絶叫しながらも、その犯人の持ってるナイフを中段突きでふり払うと、鮮やかな上段蹴りを見事ミカン男の頭部に命中させた。


ミカン男は、隣に置いてある新刊台まで吹っ飛ぶ。そしてピクリとも動かなくなった。


確実に死んだな…。私達は誰もがそう思った。

でも、お客様達からは拍手が沸き起こり、皆、祭の勇敢な行動を称賛した。


みんなの注目を浴びた祭もまた、余りのショックに犯人同様、気を失った。


「とりあえず…警察が先か、救急車が先か悩む所だな。」

稀一さんは、床に落ちているナイフを拾いあげると、気を失っているか、死んでいるか、どちらかであろうミカン男を見ながら呟いた。


その後警察が来て、ミカン男を連行して行った。昨日に引き続き2日続けての引き渡しで警察の人も驚いていたが。


祭はしばらく隣の休憩室で横になって、一体全体何が起きたのか把握できないままボー然と帰って行った。






それから数日後。


盗撮犯の事は大きくニュースで取り上げられた。

あのミカン男は現役の高校教師で、水曜日はいつも歯医者に行くとかで、ここ数ヶ月は部活の指導も休んでいたらしい。


奥さんも子供もいる40代教師。

男の全てがこういうんじゃないとは分かってるが、男って…本当にバカな生き物だ。欲求の為に自分の人生全てを棒に振ってしまうなんて。


私は残された家族の事を考えると切なくなった。でも、悪い事をしたのだから仕方がない。

遅かれ早かれこうなる運命だったんだから、と自分に言い聞かせた。




一方、祭の事だが、犯人逮捕に貢献したという事で警察署から表彰される事になった。


祭は猛烈に拒ばみ、あたかも自分が悪い事をして出頭させられた、ぐらいの勢いで稀一さんと青登さんにガッツリ両腕を捕まえられながら警察署まで連行?された。


警察署の会議室のような所に通された祭達だったが、そこにはローカルテレビの取材記者とカメラが数台来ており、それを見た祭は半狂乱となったらしく、急きょ、私がシンカンジャーの衣装を持って駆けつけるハメになった。


なんで、この衣装が必要なんだろう、と不思議に思いながら持って行った訳だが、

とりあえず祭は顔は出したくないと言い張ったらしく、あの得意のパンダの被り物を被っての取材ならオッケー、との稀一さんの案で祭も渋々納得し、ついでにシンカンジャーの衣装も着ちゃおうか、という事になったようだ。


シンカンジャーの衣装を着て、頭はパンダの女が、警察署長から感謝状を贈られている姿は…実に滑稽な図だった。


感謝状を受け取った際、祭が大きな頭でお辞儀したせいで、前にいた所長の頭部を強打した時には、笑いを堪えるのに一苦労だった。周囲のカメラマン達も笑いを堪えていた。


この様子が夜のローカルニュースで「お手柄、パンダちゃん」

と報道され、私達全員、「ただのパンダじゃねぇよ」

と各自突っ込んだのは言うまでもない。





その報道以来、シンカンジャーも更に人気が増し、これぞ棚からぼた餅現象とでも呼ぶべきか、来客数と共に売上も確実に伸びて行った。祭だけは複雑そうではあったが。


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