第6章
何日かして、仕事が終わってからいつものように隣の休憩所で休んでいると、咲真さんがニコニコしながら入ってきた。
「沙和ちゃんお疲れ」
「…お疲れさまです」
「はいこれ、沙和ちゃんに」
咲真さんは、紙袋を私に手渡した。
「なんですか、これ」
「俺からのプレゼントだから、開けてみてよ」
プレゼント?咲真さんが私に?
何かしら嫌な予感がする。
私は恐る恐る紙袋を覗きこむと、そこには黄色の物体が入っていた。
なに、これ。
私はしばらく中を覗いていたが、ゆっくりと取り出してそれを広げてみた。
それは、胸の所に【本】というワッペンが貼られたヒーロー戦隊みたいな感じの服だった。
しばらくそのド派手な衣装に見入っていたが
とりあえず、一体これが何なのかを訪ねてみる事にした。
「咲真さん、あの、これ…」
「あ、これ?勿論俺が作ったんだよ。
どう?俺の芸術的センス&ミシンのテクニックは!
男にしとくの勿体ないでしょ?うん、よく言われる姉貴っから♪
だってさ、俺小学校の時から裁縫が得意でさぁ、もうね、ボタン付けなんか目をつむってでも出来るもん。」
「イヤ、そうじゃなくて…」
「中学高校って、家庭科オール5だったしね、
特に、ミシンを使わせたら右に出るものはいないっつーぐらい上手かったし、だからみんな俺の事、ミシン王子って呼んでてさ~」
咲真さんは自慢げに意気揚々と過去の栄光を話し続けた。
誰も、あなたの家庭科ヒストリーなど全く聞いちゃいないんですが。ミシン王子だろうがミカン王子だろうが知ったこっちゃない。
私が知りたいのは、この黄色の物体が一体何なのか、ただそれだけですから。
私は咲真さんの話が途切れるのを見計らってまた訪ねてみた。
「で、ようするにこれは一体何なの?」
「えっ!見て分かんない?嘘だろ?」
咲真さんがビックリした顔をする。
ウソだろ?って言われる事の方が嘘でしょ?
「本当ですけど」
「マジか~。俺の腕もまだまだだなぁ」
咲真さんがフッと浅いため息をついた。
イヤ、腕の問題ではないと思うのですが。
「だから、これは新刊イエローの衣装!沙和ちゃんの体型に合わせて、ウエスト緩めにお作りしておきました!」
咲真さんはスカートを広げるとウエスト部分を横にビローンと引っ張った。
「…意味分かんない」
私は呟いた。
「えっ?ゴムの方が良かった?」
「そういう事じゃないです」
咲真さんはハッとした顔で私を見つめる。
「もしかして…イヤだった?」
「当たり前です」
「そっかぁ…やっぱ新刊ピンクの方が良かったかぁ~」
「そういう事言ってるんじゃないんです!」
私は思いっきり叫んだ。
根本的にこの人には話が通じない。
「だから、大体イエローとかピンクとか、そもそも新刊なんとかってのが意味分かんないって言ってるんですよ!」
「あ、俺は勿論新刊レッドね、一応リーダー」
「人の話を聞け!レッドが誰とかどうでもいいっつってんの!!」
私は大声で叫んだ。
私のただならぬ形相に、咲真さんは怯えながらも私をなだめた。
そしてこれが売上アップに繋がる作戦なんだとか、色んな意味不明な説明を延々とされ、時々イラッとしつつも最終的には反論できなくなるぐらい言いくるめられてしまった。
「でも今時こんなんで子供が喜ぶんですか?」
私は衣装を眺めつつ深いため息をついた。
「もしかしたら、最初は笑われるかも知れない。イヤ、ドン引きされるかも知れない。最悪の場合石を投げられるかも知れない」
「どんだけ嫌われてんですか、このヒーロー」
「とにかくだ!とにかく、こういうヒーロー物は、回を増すごとにだんだんと受け入れられて定着していくもんなんだよ」
咲真さんは力説する。
回を増すごとに?…という事はつまり一回では終わらないって事?一体何回やる気でいるんだろうか。
「毎月1日と20日はお客様感謝デーにちなんでヒーローデー!」
咲真さんは陽気に叫ぶ。
イヤ、ちなむ意味が分からない。大体うちの店にはお客様感謝デーなど存在しないのですが。
「とにかく実行あるのみだよ、頑張ろうよ沙和ちゃん!イヤ、新刊イエロー!!」
咲真さんは私の肩に力強く手を置いた。私はそんな咲真さんを胡散臭げに見つめた。
「沙和ちゃん…、まだ納得してくれてないのかい?やっぱり本当はピンクの方が…」
「イエローで結構です!!」
私はたまらず叫んだ。
ああもう、この人には何を言っても話が通じないのだ。
私はとっとと話を終わらせたいい一心でこれ以上は何も言うまいと心に誓った。
シンカンジャーの催しは意外にも好評で、沢山の人が集まった。
最後までレッドの座を巡って咲真さんと青登さんが揉めていたが、最終的にジャンケンで勝った咲真さんがレッド役に決まった。
グリーン役の祭だけは、絶対に素顔を出したくないと言い張り、なぜかパンダの被り物をかぶって登場。
敵なのか味方なのか微妙な感じになってしまった。
勿論、ピンクは苑子さん。やはり苑子さんは何を着ても可愛らしく、子供達以上にオタク達の心をくすぐっていた。
なぜ私がイエローなのかと聞いてみたら、イエロー役にはお調子者で単純な性格が多い、と言われ一気にやる気を失ったが
もう今更後戻りはできなかった。
太郎は一人敵の役で、本を読まないテレビ大好きの頭の悪い怪人を演じる事になったが
「あはははは…俺はテレビがあれば生きていけるんだ、本なんか全部燃やしてしまえ」
「シンカンジャーめ、お前らも本を読めない身体にしてやるぞ」
と、お前には演技力というものは存在しないのか?と言わんばかりの棒読みで、お経並みの抑揚の無さに唖然としてしまった。
ま、人前で演じる事などあまり経験はないんだろうが、ここまで酷いと切なくなる。
動きはロボット並みに堅い。即やられそうな弱々しい敵に同情したくなった。
このヒーローショー(?)は30分程度で終わったのだが、意外にも子供達にバカ受けで、
その親達も咲真さんや青登さんのイケメンぶりに、ウットリしながら写メを撮りまくっていた。
その後は、その服装のまま咲真さん達がレジに入り、握手と共に本を売っていた。
何だろう、あのヒーローぶった爽やかな感じ。しかも超スペシャル笑顔で手まで振っている。
私は呆れた顔でそれを眺めていた。
売上は相当伸びたに違いない、と、あの盛況ぶりに稀一さんも超スペシャル笑顔だったが。