第3章
勤務時間を終えて夜のバイトの子達とバトンタッチしてから私達は店を出た。
うちの店の隣には元々おもちゃ屋の店舗があったのだが、今は閉店して空き店舗になっている。
それで、ある日苑子さんが休憩場所が欲しいと言いだし、家のご両親に頼んだようで、他の店舗が決まるまで、その空き店舗を貸してもらえる事になった。
そんな事を平気で頼める苑子さん家ってどんだけ凄い家なんだろう。苑子さんが同僚で本当に良かった。
私達は店から出るとすぐにおもちゃ屋の中に入って行った。
中は、レトロな雰囲気を醸しだした喫茶店のような空間になっている。ここにあるソファーや椅子、テーブル、家電等は全部苑子さんが持ってこさせたものだ。
外から見えるとマズイので店内を半分にしきって、奥の部分だけを使用している。
中に入ると、朝礼後に茫然としながら帰って行った咲真さんと青登さんが椅子に座って待っていた。
みんな個々に合いカギを持っている。
「おつかれ~」
青登さんが言った。
「お疲れ様です~、2人とも来てたんですね」
私と太郎は真ん中のテーブルを挟んで置かれている椅子に、青登さん達と向かい合って座った。
祭だけは、1人離れて壁際に置かれているソファーにちょこんと座る。
苑子さんは、いつもみんなに美味しいコーヒーを入れてくれる。勿論インスタントではない。
苑子さんの入れるコーヒーは、そこらへんの喫茶店で飲むコーヒーよりもずっと美味しいと思う。
「どうする、これから」
咲真さんが言った。
「どうするって言われても、俺コミック以外何も詳しくないし、頭も良くないし高卒だし資格も持ってないし雇ってくれるとこがあるかどうか」
太郎が深くため息をついた。
「俺だって、大学中退だもんね~だ」
青登さんが言う。
「俺だって同じようなもんだよ」
咲真さんは両手を頭の後ろで組みながら言った。
私だって、高卒だし何も資格持ってないし、ただでさえ不景気なのに、私みたいな何の取り柄も無いようなのを雇ってくれる所なんか絶対にない。
せめてもう少し美少女だったら良かったんだけど、ごくごく一般的な顔立ちだし乳もこじんまりしてるし…ってそんなの関係ないか。
私もみんなと同じように深いため息をついた。
「そ、そんなっ…」
いきなり祭が叫んだので、私達は一斉に祭の方を向いた。
「こっち見ないでください!」
祭が真っ赤になって叫んだ。
私達は、一斉に視線を元に戻した。
「そんなっ…」
また祭が叫んだので、また祭の方を向くと
「だからこっち見ないで!見ないで聞いてください!でないと殴りますよ!!」
「分かったから早く話せって」
青登さんが今朝顔面パンチされた箇所を押さえながら言った。
私達はまた視線を祭から外して、不自然に色んな場所に視線を向けた。
「そんなネガティブな事言ってないで、辞めないで済む方法を考えたらいいじゃないですか!!」
祭のマトモな発言にみんなはビックリする。
でも、誰も祭の方を見ようとはしなかった。見たら殴られそうな勢いだからだ。
「そうだよ。まだ決まった訳じゃないんだもの。何とかして売上げを伸ばすように頑張ればいいんじゃないのかな」
苑子さんがコーヒーを持ってきてテーブルに置きながら言った。そして祭にはコーヒーを手渡した。
そうか…そうだよね。まだ閉店するって決まった訳じゃないんだもん。これからウナギ登りに売上げを伸ばしていけば閉店は免れるかもしれない。
私は、朝に稀一さんがしていたウナギ登り~のジェスチャーを思い出しながら、熱いコーヒーを一口、口に入れた。
「お疲れ~」
稀一さんが入ってくる。
「お疲れ様でーす」
私達はみんな声を合わせて言った。
「苑ちゃ~ん、俺にもおいすぃ~コーヒー入れてくれる~?」
稀一さんは炊事場の所で後片づけをしている苑子さんに一言叫ぶと、椅子に座ってる私をシッシッと手で追い払った。
私は渋々自分の椅子を明け渡すと、代わりに稀一さんがドカッとそこに座った。
お前には口がないのか、口が。
一言、『座らせてください』とか、『自分年寄りなものですから足腰が弱くて…』とか何か言えってんだ。
私は軽く不満を持ちながらも、自分のコーヒーカップを持って祭の隣に移動した。
「うちの店がさぁ、もっと売上げアップすれば閉店しなくて済む訳?」
咲真さんが稀一さんに聞いた。
「ま、そんな簡単な事じゃないんだけどな。
うちの場合、年間通してずっと売上げが悪かったからさ、一過性的に売上げアップしてもたまたま扱いされて終わるんだろうしさ。
その売上がこれからもずっと続く、っていう確証がない限りは難しいだろうな」
稀一さんは、ポケットからタバコを取り出す。
「あれ?稀一さん、禁煙したんじゃなかったっけ?」
苑子さんがテーブルに稀一さんのコーヒーを置きながら言った。
「禁煙?苑ちゃん、俺の辞書に禁煙と禁欲という言葉は存在しないんだよ。
何人たりとも俺を禁ずる事はできない…なぜなら、俺はカリスマ店長だからだ!」
稀一さんは椅子から立ち上がると、自信満々に高笑いした。
そのカリスマ店長の店が潰れそうってどういう事なのでしょうか。
しかも禁煙はともかく、禁欲ができないって単なるエロいオッサンって事ですよね。
私達は無視してコーヒーを飲んだ。
稀一さんは椅子に座りなおすと、タバコに火をつけた。
「ま、禁煙の話はどうでもいいとしてだな、この店を閉店させない為には、ワースト8位から15位になったぐらいではダメだって事。
劇的に一気に売上げベスト10位に入るぐらいの勢いじゃないとさ。
このトカゲのしっぽ切り的な話は、全店舗に知れ渡っているから、他の店も今まで以上に必死になってくるんだろうし、簡単にはいかないだろうな」
稀一さんはタバコを吸いながら言った。
「でっ…でも、頑張ってみなきゃ分からないじゃないですかっ!!」
祭が壁に向かって叫ぶ。
「なぜ壁に向かって話してる?」
稀一さんが尋ねる。
「みんながこっちを見るからです!!」
祭は後ろ向きでソファーに正座をしながら叫んだ。
稀一さんはタバコを吸い終わると、持ってきたファイルを取り出した。
それをテーブルに広げる。
「うちの売上げを部門別に見ていくと、コミックとティーンズ文庫は結構いいんだよ。
これは全国の支店の中でもなかなかの上位の売上げだと思う。とりあえず、これはこのまま伸ばしていくとして、後は他の部門をどうするかだな。
実際、置いてる本に関してはどこも似たり寄ったりだからさ、要はどうやって客を増やすか、って事になるな」
私達は、テーブルに置かれてるファイルを覗き込みながら話を聞いている。
「とにかく、全国的に売上げがいい支店ってのは、ショッピングセンター内にテナントとして入ってる場合が多いんだよ。あとは大型スーパーが隣接してるとか、客が集まる要素のある店が周囲にあるってのが最大の武器になる。
残念な事に、うちの店は立地条件としては最悪。市内から外れてるからここに来る客は限られているし、市内に住んでる奴らはショッピングセンター内の本屋に行くか、市内中央にある本屋に行くのが多いだろうしな。そういう客をいかにうちの店に来させるかが問題だな。」
稀一さんは、腕組みしながら真剣な顔で語っている。
私達は稀一さんの事をじーっと見ていた。稀一さんはハッと私達の視線に気が付くと
「なっなんだよ」
焦って叫んだ。
「イヤ~、なんか稀一さん、いきなり店長っぽいな~と思ってさ」
青登さんがニヤニヤして言う。
「今まで一緒に働いてきて、こんなに真剣な稀一さんは初めてみたような気がする」
太郎も凄く感心して言った。
「お前ら、俺をバカにしてんの?」
稀一さんはひきつり笑いしながら言った。
「そんな事ないですよ、みんな真剣に聞いていますから」
苑子さんがにこやかに言った。
どうすればお客様が来てくれるか。お客様が来るにはどうすればいいか。それが分かれば苦労しないっつー話だ。
私は色々考えてはみたが良案が浮かばない。
「よし!」
青登さんがイキナリ立ち上がる。
何か名案が??
私達は一斉に青登さんを見つめた。
「明日から、沙和・苑子・祭は全員、高校ん時の制服着用だ!!」
は?
私と祭は目が点になる。
「オタク心を刺激する作戦か、それはナイスアイディアだな!!」
稀一さんがエラく納得している。
「コミックの売上げの傾向としては、うちの店にはかなりマニアックなオタク達が沢山来ていると思われるので、その作戦いいかも知れないっす」
太郎が賛同する。
「バカかあんたらは!!ド変態!!死ね!!」
私は叫ぶ。
「死んでやる、舌噛み切って死んでやるぅうう!!」
祭が顔面蒼白で叫んだ。
「わぁ、制服なんて何年ぶりかしら~」
苑子さんだけはウキウキしながら言った。
なんで着る気満々なんですか、苑子さんは!!
「ま、やっぱ最初からコスプレはハードルが高いからさ、それは追々やっていく事にして…とりあえず女子は毎日ミニスカ着用って事でどうかな?」
咲真さんが笑顔で提案する。
何マジメな顔でバカな提案してんの?この人。
でも一瞬だけ『あぁ良かった、単なるスカートならまだましか』ってホッとしてしまった自分に驚いた。危ない危ない…まんまと作戦に引っ掛かる所だった。
「賛成の人、挙手~!!」
稀一さんが手を挙げると、男全員手を挙げた。
あーバカだバカだ。バカばっかりだ。
私はニコニコしながら挙手してるバカ共を呆れた顔で黙殺した。
もう一人、笑顔で手を挙げている苑子さんを見て、私は静かに首を横に振った。
苑子さん…あなたって人は。
大きく1つため息をついた。