第25章
「おはようございま~す」
私は裏口から店の中に入って行った。
「おはよう~沙和っち」
咲真さんがパソコンを弄りながら言った。
「あれ?咲真さん今日出勤でしたっけ?」
私はタイムカードを押しながら聞いた。
「なんか稀一さんからメールが入っててさ~
重大発表があるから全員朝だけ集合~だってさ。せっかくの休みなのにさ」
咲真さんは何かのサイトを見ながら文句を言った。
「ふうん…」
私は上着を脱ぐと、ロッカーに入れてエプロンを取り出した。
今日は誰が休みで誰が出勤だっけ…。
テーブルに置いてある勤務表をチェックする。
と、その時突然トイレから青登さんが勢いよく飛び出してきた。
「ううう…腹痛てぇ…。沙和、助けてくれ。
昨日から下痢が止まんねぇんだよ。俺、胃潰瘍かも知れねえな。
イヤ、もしかしたら胃がん…なのか?ああ、沙和っち、俺はまだ死にたくねぇよ!!」
青登さんはそういうと私によろよろと近づいてきた。
「はい、すぐ手洗う!!即行手を洗う!!」
私は流しを指さした。
「昨日、寒鱈祭に行って白子食いまくったらしいよ」
咲真さんが平然と言い放った。
「そりゃ腹も壊すっつー話ですよね」
私は冷たい視線を浴びせ掛けた。
「白子をバカにすんじゃねーぞ!!白子はなぁ?食べると精力アップするんだぜ、ギンギンだぞギンギン!!」
青登さんが自慢気に言う。
一体何がギンギンなのかは聞かないでおこう。
「精力アップした所で、それを披露する場はあるのでしょうかね」
私は軽くトドメを刺してみた。
「お、お前のそういう言葉が、俺のナイーブな胃を破壊して胃潰瘍にするんだよバーカ!!
いた…いたたたた。また腹が」
青登さんはまたトイレに駆け込んで行った。
間違いなく、あなたほど胃潰瘍になるぐらいのストレスと縁遠い人はいないと思われますが。
私は無視して事務所を出て行った。
私はレジの方に歩いて行くと、祭と苑子さんの姿が見えた。
私はふと立ち止まる。
この光景…前にもあったような…。稀一さんがメールで全員に集合をかける。これってあの…悪夢のXデーと同じではないか。
パソコンの所にいる咲真さん、トイレの中の青登さん…まさしくデジャヴ?
私は妙にドキドキしてきた。
「沙和ちゃ~ん、おはよう~どうしたの?」
苑子さんがレジの所から手を振っている。
「あっ…おはようございます~」
私は小走りにレジに駆け寄って行った。
「また全員集合なんですよね?今日」
私は少し焦りながら言った。
「うん、私今日休みだったんだもん」
祭が手を挙げて答えた。
「なんかこの間みたいに嫌な報告とかだったらどうしよう~!!こういうのって、あの日を思い出してしまってビビるんですけど~!!」
私は胸を押さえながら言った。
「良い報告かも知れないではないか、ボーナスが出るとか。」
実凛さんがやって来て言った。
「おはよう実凛さん」
苑子さん達が言った。
「ボーナスっ!?」
私はハッとした顔をした。
そうか…ボーナスか!!それは思いつかなかったな、不覚だった。
確かにこの半年以上、死に物狂いで頑張ったし、売上も相当伸びたに違いない。思い起こせば色んな事をやった、うん、やったなぁ。
その頑張りが認められてボーナス支給か?あ~バカバカ、私のバカ。
何でもネガティブに考え過ぎちゃうなんて、おバカさん。
私は、自分の頭を可愛く1回コツンと叩いてみた。
「ボーナスじゃねーから」
稀一さんが表の入り口から入ってくる。
「なっ…何でいきなりそんな事をっ??」
私はビックリして言った。
「お前の声、デカイんだっつーの。ボーナスっ!?って、外まで聞こえたっつーの」
稀一さんは呆れた顔して言った。
「またまた~…大袈裟な」
私は苦笑いをする。
「イヤ、マジで聞こえたし」
稀一さんの後から太郎が入って来る。
「うるさいよ、この遅刻魔が!!早くタイムカード押してこいっつーの!!」
私は叫んだ。
「あ、太郎君、俺押しといたよ」
向こうから門次郎が笑顔で言った。
門次郎は相変わらず優しい気の利く男だ。
「ありがとうっす門ちゃん!!」
太郎が小走りに走って行った。
これで全員が揃ったという訳か。一体今から何の報告があるというのだろう。淡いボーナスの夢は儚く消え去ってしまったし…。でも一概にも悪い事ではないかも知れない。そうだ!!閉店撤回が決まったとか??それだ!!
私は一人納得して頷いた。
私達は、朝礼の時のように稀一さんの目の前に一列に並んだ。人数が多くなったので一列に並ぶと結構長くなるという事に今日気がついた。
普段全員集まるって事がないからなぁ。
稀一さんは私達の顔を一人一人眺めている。
早く言えっつーの。何勿体ぶってんだか。私はこの沈黙に耐えられないでいた。
「えー諸君。うちの店が閉店の危機にあったって事は知ってると思うが、うちの他に閉店通告された店はすでに閉店になっているのは知っていたか?」
稀一さんがようやく口を開いた。
「えっ?マジで?知らなかった」
咲真さんが言った。
私も知らなかった。うちの店を含めて10店舗が閉店宣告されて、うち以外の9店舗はもう閉店したって事か。となると、うちの店はいまだ閉店してないって事はつまり、やっぱそういう事??
私は胸が高鳴る。
「じゃあさ、うちの店だけまだ閉店してないっつー事は、もしかして…売上あがって全国ベスト10に入ってるとか??」
青登さんが言った。
稀一さんは、人差し指を立てると「チッチッ」と言いながら横に振った。
「残念ながら…うちは26位。」
26位!!この間まではワースト10まで入ってたというのに、上から26番目とは何と言う躍進!!
「じゃあ稀一さん、私達…閉店しなくて済むのね?」
苑子さんも目をキラキラさせながら両手を組んで言った。
「イヤ…。今月で閉店」
稀一さんが笑顔で言った。
みんなしーんと静まりかえった。
今、何とおっしゃった?
今月で閉店って…。閉店?閉店…へ…
「閉店―ッ!?」
みんな同時に叫んだ。
「イヤ、意味がわかんない!!売上あがってんじゃん!!売上全国26位って凄いじゃん!!なのになんでっ??」
私は思わず叫んだ。
「しかも都会の店舗じゃなく、こんな田舎で26位って凄い快挙じゃないっすか!!それなのになんで!!」
太郎が稀一さんを真っ直ぐに見つめながら言った。
「俺だって、これで免れたと思ったんだよ!!
全国26位なんてスゲー頑張ったなーって思ってさ。なのに…なのに上の奴ら、一度決まった事だからこれで取り止めたら周囲の店に示しがつかないとか言いやがって。あいつら何も分かっちゃいねえ…」
稀一さんが珍しく怒りを身体から滲ませながら言った。
みんな黙って稀一さんを見つめる。
「結局あいつらは、うちみたいな個別に建っている店舗が気に入らないんだ。ショッピングモールにテナントとして入っている店舗の方が何もしなくても集客が見込めるし売上もいいんだ。
うちの店みたいに独自で客を集めないといけないような店は…みんな閉店に追い込まれてる。でも、実際売上が悪いから仕方ないんだけどな」
稀一さんが深いため息をついた。
「26位でもダメってんなら…やっぱ10位内に入らなきゃダメだったって事か」
青登さんが呟いた。
みんな黙り込んだ。
あと一カ月で閉店。もうこの店とも、このメンバーともお別れ?そんなの嫌だ。
「稀一さん、何とかならないんですか?」
祭が重い口を開いた。みんなは一斉に稀一さんを見つめた。
「上の決定は…絶対だからな。社長が決めた事は簡単には覆せないだろうな…」
稀一さんが呟いた。
「社長って、確か去年就任したばっかのペーペーじゃないかよ!!そんなヤツに勝手に決められてさ…俺らの何が分かるってんだよ!!」
咲真さんが怒鳴った。いつも温和な咲真さんなのに、相当な怒りを表している。
「あの社長はなぁ…利益優先、無駄は省くってのが経営理念だからな。
前の社長だったらまだ融通は利いたのかも知れないが、今の社長はダメだ」
稀一さんは茫然自失としながら首を横に振った。
「そうだ!!苑子さんのお父さんに何とかして貰えないのかな!!日本のトップクラスの人なら、うちの社長とも対等に話し合いが出来るかも知れないし!!」
私は思いっきり良い案を閃いて、苑子さんに言った。
苑子さんは少し困った顔をして
「ゴメンなさい…それは無理だわ。うちのお父さんは日本のトップクラスの人間ではあるけども…陰の方のトップなの」
そう言うと、小さく笑った。
陰の方のトップ。…陰?
私はハッとする。もしや…まさか背中に模様が入っている方達のトップでしょうか?
みんなは怯えた目で苑子さんを見つめた。
「私のお父さんとうちの社長が会うなんて事になったら、間違いなく…うちの閉店だけじゃなく未来屋全店舗廃業ね」
苑子さんがニッコリと微笑んだ。
こ、こわッ!!
「い、今の話聞かなかった事にします…」
私は苑子さんの肩にそっと手を置いて呟いた。
もう打つ手なし…なのか。
私達は愕然とした。
「悪いなお前ら。店長の俺が不甲斐ないばっかりに。本当にゴメン」
稀一さんが頭を下げた。
「稀一さん…」
私達は何も言えずただそんな稀一さんを見てるだけしか出来ないでいた。
「貴様が悪い訳ではない。不甲斐なくて頼りにならん貴様もそれなりに頑張ったのだし、ここにいる脳みそ足りない奴らも全員それなりに頑張ったのだ。全国26位…凄い結果ではないか。みんな、脳みそ足りないなりに頑張った結果がこれなんだ。私も、短期間ではあったがお前らと同じ穴のムジナになれて楽しかった。とにかくもう一ヶ月もあるんだ。楽しんで働こうじゃないか。」
実凛さんが言った。
マトモなようでマトモじゃないようで…でも凄く良い事を言った気がする。
「そうよ。もう一ヶ月。最後の悪あがきでも何でもいいからもっと売上伸ばして、惜しい店を無くしたって後悔させちゃいましょ」
苑子さんがみんなに向かって笑顔で言った。
「そうだな…よし。シンカンジャーショーやろうよ。やり収めって感じかな。」
咲真さんが張り切った声で言った。
「最後に俺にリーダーの座を譲って最終回ってのはどうだい、レッド!!」
青登さんが咲真さんに提案している。
「それより、最後は敵がウンタンってのはどう?」
太郎が私を見ながらニヤッと笑いながら言った。
「はぁっ??ウンタンを敵にしてどーする!!
国民的人気キャラだよ?ったく最後までろくな提案しないよね、太郎って」
私は呆れて言った。
「お客様に最後まで出来る限り丁寧な接客するよ」
門次郎が言った。
「そうだね…私も頑張ってみる」
祭も同意した。
「みんな…ありがとな。よっしゃ!!じゃあ、有終の美を飾れるよう、頑張ろうな前向きに!!」
稀一さんが言った。
「りょうかーい!!」
私達は全員口を揃えて笑顔で叫んだ。
落ち込むもんか。私達は…今まで精一杯やってきたんだもん。今までやってきた事が無駄だなんて思いたくない。頑張ったんだもん…みんな。
私はみんなの顔を見つめながらそう思った。
私達は、定期購読をしているお客様に対して一ヶ月で閉店する事を告げ、閉店後の定期をどこか他のお店に引き継いでもらうようにお願いした。
お客様は全員とても驚いてて残念がってくれた。
閉店のお知らせはなるべくしたくはなかったが、それでは逆にお客様に失礼になるのでは?という事で早めに閉店のお知らせの張り紙を入り口に貼った。
私達は色んなお客様から辞めないでくれと言われたが、その度に本社の意向だから仕方ないという事をお伝えした。
沢山のお客様からそう言って貰えて、私達は本当に嬉しかった。
今まで一生懸命頑張ってきた甲斐があったなーと心から思った。
そして、最後まで頑張ろうとまた心に思うのであった。
「沙和ちゃん見て!!」
祭が庄内小町を持ってやってくる。
「ん?今月号?なんかイケメンでも載ってる?」
私は本を覗きこんだ。
すると、そのページには大きく
「ブックス未来屋閉店に存続の嘆願の声多数!!」と書いてあり、イケメン店員として咲真さんと青登さんの顔写真が載ってて、本誌に投稿されたと思われる読者の皆さんからの「辞めないでほしい」とのメッセージが沢山載せてあった。
庄内小町を発行してる出版社の皆さんとは、前に数回記事を載せて貰ったりして交流があり、閉店の事も親身になって心配してくれた。
だから、このような記事を載せてくださったのだろう。本当にありがたい事だ。
「こう見るとさ…青登さんも凄くイケメンに見えるよね」
私は、青登さんの写真を指差しながら言った。
「確かに…。黙ってればイイ男なんだよね。写真のようにね」
祭は、遠くでヘラヘラ笑いながら子供と戯れてる青登さんを見ながら言った。
納得。ま、でもヘラヘラしてる青登さんも、それはそれでイイ男なんだけどね。
私は青登さんを見てクスッと笑ってそう思った。
でもこういう記事が載ると、あぁ本当に閉店するんだな~って実感してしまう。
私は複雑な気持ちになりながら記事を眺めていた。