第22章
それから3日後。本社から巨大な箱が届いた。
みんなはドキドキしながら、稀一さんが箱の蓋を開けるのを待った。
蓋が開いて、みんなそぉ~っと箱の中を覗いてみると、そこには巨大なウンタンの頭部が入っていた。
「き、着ぐるみ??」
私達はビックリして叫んだ。稀一さんは中からウンタンの頭部と胴体、そして足の部分を次々に取りだした。
「どうだ?人気キャラ、ウンタンの着ぐるみだぞ?すげーだろ~!!」
稀一さんがウンタンの頭を被りながら言った。
「僕、ウンタンだよ~よろしくね~!!」
稀一さんが手を振る。
頭はウンタンだが、身体は稀一さんのままだから何ともマヌケくさい図になっている。
みんな、ドン引きしながら稀一さんを見つめた。
「ウンタンと一緒に呼び込みをしながらチラシを配り、ウンタンと一緒に読み聞かせ会に参加しよう~!!みたいな感じでやるのはどうだ?」
稀一さんが言った。
いつまで被ってんの?この人。
「稀一さん!!ありがとう!!俺の為に~!!」
青登さんが稀一さんに抱きつこうとしたが、ウンタンの頭部にぶつかって、2人共ダメージを受けていた。
…バカだ、こいつら。私は軽くため息をついたが、でもこの人気キャラ、ウンタンの存在は確かに大きいと思う。何とかこれで読み聞かせにお客様が集まってくれたらいいのだが…私はそう思った。
問題は、そのウンタンの着ぐるみに誰が入るか、だ。ウンタンの大きさからして間違いなくうちの高身長の男性陣は入る事は無理だろう。
となると、必然的に女4人の誰かという事になる。とりあえずローテーションでやってみる事にした。
視界が悪くウンタン単独では危険な為、青登さんが付き添いをしながらウンタンと共にロックタウン内を歩き回り、チラシを配る、という事になった。
まずはジャンケンで負けた祭から着ぐるみの中に入る事になった。
やはり大人気なウンタンは男女問わず大人世代にも人気があり、
「写メ撮っていいですか~?」
と代わる代わる若い男性が至近距離に寄ってくる。その密着に耐えきれず、祭はついにその場で失神してしまった。
青登さんが倒れたウンタン(祭)をおぶって帰ってくるという、はたから見るとヒューマンドラマのような結果になった。
次は、実凛さんが入る事になったのだが、まぁ着ぐるみはしゃべらない設定だから、口の悪い実凛さんも大丈夫だろうと誰もが思っていた。
しかし歩き方もなぜか貫録があり、これから闘いにでも行くのか?というぐらいの堂々とした歩きっぷりで、しかも元気のいい子供達がやってきてウンタンのヒゲやシッポなどを引っ張ったり、
「どうせ中に人が入ってんだろ~?」
と、顔を覗こうとしたりして、とうとう実凛さんの怒りに触れてしまった。
ウンタン(実凛さん)は腕で子供の首を絞めたり、手で思いっきり頭を叩いたり足蹴りしたりとプロレス会場と化してしまったようで、青登さんから取り押さえられながら、暴力ウンタン捕獲、的な雰囲気で帰ってきた。
次は苑子さんだけども、そこは何気にお嬢様なので頭部の重さに一歩踏み出すのもヨタヨタし、しかも内またで事務所のドアに頭を強打したり、視界の悪さで前のめりに転んでみたりと、店を出る前に死んでしまうと判断されやもなく断念する事となった。
残るは私なのだが…高校時代に学園祭で一度着ぐるみを着た事があるせいか動きもスムーズで、青登さん的にも安心してチラシが配れるという事で、私がウンタンの中に入る事が消去法で決定してしまった。
なんかいつも貧乏クジを引いてるような気がするのは気のせいだろうか…。うん、気のせいだろう、気のせいに違いない。
喜ぶ青登さんを見ながら自分に言い聞かせた。
それから数回、店の外に出て色んな人にチラシ配りをしたのだが、やはりウンタン効果は相当なもので、今回はかなりの手ごたえを感じた。なんか沢山人が来てくれそうな気がする。そんな気がする。しかし…。
私はウンタンの頭を手で押さえながら歩く。
何気にこのウンタンの頭部が重くて仕方ない…。しかもウンタンの中は暑いし臭い。ムチ打ちになったら労災とか降りるのだろうか?
私は子供に手を振りながらもそんな事を考えていた。
すると、向こうから別の着ぐるみが歩いてきた。
あれは…酒田のゆるキャラ手長足長コンビではないか。鳥海山に住んでいると言われている妖怪で手長さんと足長君でワンセット、みたいな、2匹のカップルみたいな感じでいつも出現する着ぐるみだ。
その姿は異常にキモイので、小さい子供達にとっては秋田のナマハゲ同様、見たら泣き叫ぶぐらいのキャラなのだが、いつも2体でいる為、大人にとっては夫婦円満とか恋愛成就的な感じの象徴になっている。カップルの間では見かけたら相撲取りのように身体に触るとご利益があるという言い伝えになってるようだ。
果たして本当に効き目があるのだろうか。こんなにキモイキャラなのに。
ってか、ゆるキャラなどという立場ではないだろう。
かなりハードなキャラだ。
「おい、沙和。向こうが手を振ってんぞ?お前も手を振れ」
青登さんがそっと呟いた。
「手を振ってるのは、やはり手長さんの方かな?」
私はそう言いながら手を振り返した。
「イヤ、手を振ってるのは足長君の方だろ。
手長さんは、手が長くて手を振ったら凶器になるからな」
青登さんも笑顔で手を振りながら言った。
なるほど…そう言えば手の長い方は足のくるぶしぐらいまで手があるから振れそうにもないな。
私達はどんどん近付いて行って、ご対面状態になった。
「どうもどうも、手足口長コンビです。今日は、向こうで婚活イベントやってまして。ブックス未来屋さんも何かのイベントですか?」
手長足長に付き添っているロックタウンを管轄している責任者さんのような人が言った。
「あ、うちも読み聞かせ会をするんで、そのチラシ配りです」
青登さんがチラシを見せながら言った。
私は、ずっと手長足長の2人を見つめている。向こうの着ぐるみは、私以上に中に入るのがしんどそうな感じだなぁとしみじみ思った。
なんか足長君の方が肩で息をしているのが分かる。
うんうん、切ないだろう…分かるよ、足長君。
しかもウンタンと違って、頭部がきつそうだから…息が苦しいんじゃないだろうか。
と、思った瞬間…足長君がフラッと倒れた。
危ない!!そう思った瞬間、手長さんが足長君を支えた。
「しっかりして、足長君!!」
「俺はもうダメだ…。手長さんだけでも生き延びてくれ、頼む」
「何言ってるの!!私達は2人で1つなのよ!!イヤよ、死なないで足長くーん!!」
と、何も発してはいない2人だが、きっと心の中ではこのような会話を交わしているに違いない。
素敵な妖怪愛ではないか!!まるで韓国ドラマのようだ。
禁断の愛…実は兄妹だったなんて!!みたいな?片方が重い病気にかかり片方は黙って身を引く…ああ、純愛!!まさしく純愛!!
私は勝手に感動して悶え苦しんでいた。
「どうした沙和、おしっこ出んのか?」
青登さんがモジモジしている私を見て不審そうに言った。
「出ませんよ!!」
私は叫んだ。この人には、この純愛さが分からないのか。
あ~だから恋愛に疎い人は困る。
私はヤレヤレのポーズを取った。
手長足長の付き添いの人は焦って
「おい、大丈夫かっ??とりあえず頭を取れ!!」
そう言って、手長君の頭部を取った。そこにはハゲたオッサンが入っていた。
あぁ…純愛が…崩れ去って行く…。私は青登さんの肩に頭をうな垂れた。
ってか、こんな公共の面前で頭を取るだなんて、しかも中身がハゲたオッサンだなんてみんなに知れたら、恋愛成就のご利益も何もあったもんじゃない!!
私は無理矢理頭部をかぶせた。
「何やってるんですか!!」
付き添いの人が叫んだ。
「ただでさえキモイキャラなのに、中に入ってるのがオッサンだとバレたら、間違いなくドン引きされてカップルどころか誰も婚活イベントになど来やしませんよ…いいんですか?」
私は悪代官に告げる越後谷状態で付き添いの人の耳元で囁いた。
「確かに…。よし分かった、じゃあ、このままで一旦事務所に連れて行こう!!しっかりするんだ、宮沢さん!!」
付き添いの人が叫んだ。
思いっきり名前叫んでますけど?宮沢さんって。
足長君は、担架で運ばれて行ったが足が長いので担架からはみ出しており、ブラブラと引きずられているのが凄く痛々しかった。
その傍らには手長さんが付き添って歩いていたが
手を握りたくとも手が長くて握れず、しかも足元が見えなくて自分の手を踏んで転びそうになってみたりと、こちらも実に痛々しかった。
でも、はたから見れば絆の深い純愛な感じに映っているから、恋愛成就の象徴としての支持率はアップしてるに違いない。
ま、私的にはあんなハゲたオッサンが中に入っているのを知ってしまったので、複雑な気持ちでいっぱいになりながら見送っていたが。
読み聞かせ会当日になり、青登さんはいつになく朝からそわそわしていた。開始時間の30分前には敷いてあるゴザが子供達でいっぱいになり、急きょ敷物を拡大させたりと、予想外に大勢の子供達が参加してくれた事に私も青登さんもビックリしつつ、とても嬉しかった。
読み聞かせ会が始まり、青登さんは子供達を相手にとても張り切って絵本を読んで聞かせていた。子供達は青登さんの読み聞かせに真剣になって見入っており、目をキラキラさせて時には大声で笑ったりととても楽しそうに聞いていた。青登さんはノリノリで読み続けた。
ウンタンの私はというと、青登さんのすぐ近くに子供達と向き合う形で椅子に座っていた。最初は、子供達の反応に合わせて大袈裟に驚いてみたり笑うしぐさをしたりしていたのだが、店内の異様な熱気と着ぐるみ内の暑さ、それに加え元から沁みついている汗などのニオイで、どんどん気分が悪くなってきた。
あまりの気持ち悪さに、脂汗まで出てきた。
ヤバイ…このままじゃ吐いてしまうかも知れない。でもこの状態で吐く訳にもいかないし…思いきってトイレにでも駆け込むか?
私は事務所の方をチラッと見た。
イヤでも…こんなにも子供達が沢山いる前で
突然私が立ちあがったてトイレに駆け込んだりしたら、せっかくみんな夢中になって青登さんの話を聞いてるというのに、きっと私に注目してしまうに決まっている。
そしてザワザワし始めて、
「ウンタンがウンコしに行った~!!」
とか、どこかのクソガキが言い始めて、ウンタン、ウンココールが沸き起こるに違いない。
そんな事したら、ウンタンの可愛いイメージが台無しになるではないか。
それ以上に頑張って読み聞かせている青登さんを悲しませる事になってしまう。それでいいのか、私!!
私は肩で息をする。
もう少しだ…もう少しで終わる。頑張れ…頑張れ私。負けるなウンタン!!
私は座ってるだけで精一杯だった。多分はたから見たら、明日のジョーのように椅子に座って燃え尽きてる感漂ってるウンタンの姿に見える事だろう。
そんなの知ったこっちゃない。動いたら吐くのだ。頑張れ私…とりあえず心を無にするのだ。
私は一ミリも動かないで椅子に座っていた。
読み聞かせ会も大盛況に終わり、青登さんの顔には達成感が満ち溢れていた。反対に私はというと、椅子から立ち上がる気力もなく脱力していた。そんな事など知るよしもない子供達は、次々に私の横に立ってそれを親が写真を撮る、という状態になっていた。
「ウンタン握手して~」
と、数人の子供が無理矢理ウンタンの手を握っていたが、もうどうにでもしてくれって感じだった。
私の異変に気付いた太郎は
「おい、沙和…じゃなくウンタン、どうした?」
と近くに駆け寄ってきてくれた。
「太郎…吐きそう」
「マジかよ」
私の死にそうな声に驚いて慌てた太郎は、私を自分の背中に背負うような形にして
「ウンタン疲れて寝ちゃったみたいだ~。じゃ、じゃあまたね~!!」
そう言いながら、引きずりながら事務所へと入って行った。
事務所のドアを閉めてから
「おい!大丈夫か!!早く脱げ!!」
慌ててウンタンの頭部を引っ張って取ってくれた。取った瞬間一気に吐き気が込み上げてきて
「ヤバイ…吐く」
そう言って、私はトイレに駆け込んで思いっきり嘔吐した。
太郎は大丈夫かと声を掛けながらずっと背中をさすってくれた。
そこにご機嫌な青登さんが入って来て
「いや~ウンタンのおかげで大成功だよ~!!
って、ウンタンどうしたっ!?何してんだっ?」
吐いてる私を見てビックリして叫んだ。
ウンタンじゃないから。吐いてるのは私だよ、私。内心そう思いながら吐いていたのだが。
吐き終わってトイレからフラフラして出てくると、青登さんが心配そうな顔で私を見ていた。
「沙和…お前大丈夫か?」
「大丈夫です大丈夫です、少し休めば…」
私は心配させまいと気丈に言った。
「お前まさか…。おめでたか?」
「アホか!!んな訳あるか!!」
私は舌打ちした。
なぜそっちに想像が及ぶのか意味が分からん。
こんなヤツの為に頑張ったなんて…なんかムカツク~!!
「とりあえず、今度焼肉奢るからな。」
青登さんが笑顔で言った。
焼肉?マジで?
「…トガシ焼肉店で?」
「店を指定すんじゃねーよ。」
「私頑張ったのにな…はぁ…頑張りすぎて気持ち悪くなっちゃった。」
私はこれ見よがしにロッカーに寄りかかって具合の悪さをアピールする。
「わーったよ、わーった!!トガシ焼き肉店でいいよ!!ったく」
青登さんが仕方なく了承した。
やったね。私は心でガッツポーズを取った。
この世で一番好きなのは焼肉だ。焼肉さえあれば生きていけそうな勢いだ。私は焼肉とカリフラワーが大好物なのだ。ま、余計なプチ情報だが。
私は、ウンタンの下半身を脱ぎながら焼肉の事を考えていた。
「さっきまで吐いてたくせに…現金なヤツ」
太郎が呆れた顔で言った。
「あ、太郎。さっきはありがとう。本当に助かった」
私はお礼を言った。
「じゃあ、お前は俺に焼肉奢れ」
「は?なんでそうなんの?自腹で食べにいきなよ」
私は怪訝そうな顔で拒否した。
「お前、焼肉食べ過ぎると妊娠3カ月みたいな腹になんぞ?」
太郎がニヤッと笑った。
「悪かったわね、妊娠3ヶ月で!!」
私は叫んだ。
「妊娠3ヶ月??やっぱお前そっち?もしかして太郎の子?」
青登さんが売り場からゴザを片付けながら事務所に戻ってきて言った。
「違います!!」
私と太郎は同時に叫んだ。
「違うって何が?太郎の子じゃないって事?それとも妊娠自体が?」
「どっちも!!」
私は叫んだ。
あーもう…また具合悪くなってきた。青登さんが変な事ばかり言うから。
私はため息をついた。
でも、子供達…あんなに夢中になって真剣に聞いてくれて本当に良かった。やっぱり面白い本は誰が読んでも面白いのかも知れない。
小さい頃に読んでもらった本って忘れないもんな。
今日集まった子供達の心に絵本の楽しさが残っていればいいけど。
私はそう思った。
「お疲れ~」
稀一さんがジュースを買ってきてくれた。
「ありがとうございます」
私はジュースを受け取ると、イスに座った。
「大盛況で良かったな。お前具合悪くなったんだって?大丈夫か?」
稀一さんが心配してくれる。
「あ、もう大丈夫です。ジュース頂きます」
私はペットボトルの蓋を開けると、炭酸が勢いよく吹きだした。
「うわっ!!」
私はのけ反った。
「あ、悪い。思いっきり振ったかも」
稀一さんがニヤリと笑いながら言った。
悪魔の目だ。絶対に故意的に違いない。
私は疑いの眼差しを稀一さんに向けながら、テーブルにこぼれたジュースをティッシュで拭いた。
その時、一人の3歳ぐらいの女の子が事務所の入り口の所に立っていて、じーっと中を見ているのが見えた。
「ん?どうしたの?トイレかな?」
私は優しく声をかけてみた。
「ウンタン…いない。」
女の子が悲しそうに言った。
「ウンタン?」
「うん。ウンタンもういない…お店に来たらウンタンいるって聞いた」
私と稀一さんは顔を見合わせる。
稀一さんは女の子の所に歩いて行ってしゃがむと
「ゴメンな~。ウンタンもうおうちに帰っちゃったんだ~」
笑顔で女の子の頭を撫でた。
女の子は稀一さんの顔をじっと見つめるとハッとした顔をした。
「ん?どうした?」
稀一さんが優しく尋ねた。
「…パパ!!」
女の子はそう言いながら稀一さんの首に抱きついた。その勢いで稀一さんが床に尻もちをつく。
パパっ??
私は唖然としてその光景を眺めていた。
「え」
もっと唖然としていたのは稀一さんで、イキナリ抱きつかれ、しかもパパなどと言われ頭が真っ白になったと思われる。
「パパ!!」
女の子はまた叫んだ。
「き、稀一さん…まさか…隠し子??」
私はドン引きした目で稀一さんを見つめた。
「ないないない、断じてないから!!」
稀一さんは抱きつかれたまま、必死で否定する。
「ね、ねえお嬢ちゃん?お兄さんはパパじゃないでしょ?よーく見てごらん?」
稀一さんはひきつった笑顔で言った。
自分の事をお兄さんなどとヌケヌケと言ってのける所が図々しい。
私はひそかにそう思ったが今はそれどころではない。
女の子はじーっとまた稀一さんの顔を見つめて
「パパ」
と笑顔で言い放った。
いよいよ怪しくなってきたぞ。果たしてこの世の中に、自分の父親を間違える子供がいるのだろうか?例えまだ小さくても区別はつくはずだし、もしや単身赴任で滅多に帰って来なくて本当に勘違いしてるか…。
「イヤ、だからよく見て?パパじゃないよ?」
「パパ!!」
稀一さんも心底困り果てていた。
すると、一人の女の人が事務所の中を覗いた。
「千恵理!!」
その女の人が叫ぶと、女の子が振り返った。
「ママ!!」
女の子は女の人の所に走って行った。
「どこに行ってたの!!心配したでしょ!!」
女の人は女の子を抱きしめた。
「ママ、パパいる」
女の子は稀一さんを指さした。
「だからパパじゃないって…」
稀一さんは呟いた。
「稀一君?」
女の人は稀一さんを見て名前を呼んだ。
えっ??知り合い??私はビックリした。
名前を呼ばれた稀一さんはもっとビックリしたようで、女の人の顔をしばらく見ていたが
「古都美っ??」
思い出したかのように名前を呼んだ。
やっぱりこの2人は知り合いなのか!!という事は…まさか本当に稀一さんの子供っ!?
私は慌ててロッカーの陰に隠れた。イヤ、隠れる必要性もないんだけど、どうしよう…私こんな所に呑気に同席してていんだろうか?
「やっぱり稀一君のお店だったんだね。噂で店長やってるって聞いたわ。凄いね」
女の人が言った。
「そんな凄かねーけど…それよりも、この子は?」
「うん…妊娠してたみたいなんだ。居なくなってから気付くなんてホント…バカだね。」
2人はしんみりと話している。
ああああ…居たたまれない。ってか、私という存在を忘れてるんじゃないんだろうか?
「さ、さーてそろそろ…仕事に戻ろうかなー」
私はわざと大きな声で叫んだ。
「具合良くなったのか?」
稀一さんは尋ねた。
「も、もう~バッチリチリ味ですよ!!さ、さ~て仕事仕事…と」
私はくだらないギャグを入れつつ事務所から出ようとした。
「沙和。お前本当に妊娠してねーんだろうな?太郎の子」
稀一さんがニヤリと笑って言った。
な…何言っちゃってんの、こんな状態で!!妊娠とか話題に出しちゃマズイでしょ、あなたが!!
「してませんよ!!ヤル事もヤッてないのに妊娠なんかする訳ないじゃないですか!!聖母マリアじゃあるまいし!!」
私は叫んだ。
おっとヤバイ。ヤッたとかヤッてないとか…
今そんな事を話題にしてはいけない状態だった。私も空気読め!!バカバカ!!
「じゃ、仕事してきま~す」
私はそそくさと売り場に走って行った。その後、店にいるみんなに今起こった状況を私の想像を交えつつ説明しまくった。
みんなは相当驚き、そして相当ドン引きしていたが。