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第20章

次の日、仙台で東北支店の大会が行われた。

秋田の代表としては、やはり本荘店が勝ちあがってきており、例の中村、小川ペアは来ていなかったからホッとしたが、俄然やる気が出てきた。

売上げでは今の所、到底本荘店には太刀打ちできそうにないが、こういう事でだったら勝つ事ができるかもしれない。

あの小川の…あの猫耳女をギャフンと言わせるいいチャンスだ。

本荘にだけは絶対に勝ちたい。私は勝手にライバル心むき出しで大会へと臨んだ。





「イヤ~お前らマジすげーよ!!よくやったなぁ!!」

稀一さんがご機嫌で言った。

私達は、東北大会で全ての部門オール1位で見事優勝を果たした。

朝礼で結果報告をした私達だったが、私の頑張りにみんなビックリしていた。

「何だよ、沙和~!!お前やればできんじゃん!!」

青登さんが私の背中をバシバシ叩きながら言った。


「ありがとうございます…ってか、痛いんですけど。」

私は背中を押さえながら青登さんを横目で見て言った。


「努力したのね、いっぱい。頑張ったね沙和ちゃん。実凛さんも頑張ったわ」

苑子さんが、優しく褒めてくれた。今日は門次郎は休みだ。

仙台までの行き帰りの運転で疲れてただろうから休みで良かった。


「全く頑張ってないお前らに、特別に土産を買ってきてやったから、ガツガツと食い漁るがいい。」

実凛さんはお土産を苑子さんに手渡した。


「わ~、これ好きなの。ありがと…う」

苑子さんはお土産を受け取ると、急に神妙な顔つきで実凛さんの手を見つめていた。

実凛さんは慌てて手を引っ込めた。

苑子さんも実凛さんのヤケドに気付いたのかな?本当に痛々しいもんね。

私はそう思っていた。





「えっ?」

私は苑子さんと休憩を取っていた。

昼ごはんを食べ終えて、苑子さんの持ってきた抹茶のロールケーキにフォークを刺しながら私はビックリした声を出した。


「実凛さんの手首が腫れてる?本当ですか?」

苑子さんは2人分のコーヒーを持ってきてテーブルに置いた。

「うん…。私もチラッと朝に見ただけだけど、相当腫れてたような気がするわ。」

苑子さんは椅子に腰を下ろしながら言った。


「実凛さん、昨日も別に何も言ってなかったし…気付かなかったな、私。

今日も普通に仕事してましたよね?」

私は実凛さんの仕事ぶりを思い出しながら言った。


「あ、でもそう言えば…実凛さん、さっき左手首に黒のリストバンドしてた。朝はしてなかったのに。」

私は思いだしたように言った。


「うん。なんか仕事もいつもよりペースが遅いっていうか…あんまり左手を使ってない気がしたの」

苑子さんは心配そうな顔をして言った。


実凛さん、頑張りすぎて怪我しちゃったんだろうか。私は心配になった。


しかし、苑子さんは本当に人を見る目があるというか、観察力が優れている人だ。みんなの事を注意深く見ててくれるし、人の気持ちも思いやる事ができる。

苑子さんがサッカー日本代表の監督になったら間違いなく優勝できる気がする。イヤ、是非なって欲しいものだ。グラウンドで指示する苑子さんを見てみたい。選手もきっとやる気倍増するに違いないのに。


「沙和ちゃん、どうしたの?」

苑子さんは妄想している私を横から覗きこんだ。

「あ、イヤ、なんでもないですなんでもないです。」

私は手を横に振って、笑いながら言った。




私達の休憩が終わり、次に実凛さん達が休憩に入り

2時になって休憩から戻って来た実凛さんの動きを気付かれないように観察した。


棚の陰から、家政婦は見た状態で半分顔を出して実凛さんを見つめる。

変わった様子は…ないような…。


「…地縛霊か貴様。そこに居るのはわかってる。速やかに出てこい愚か者め」

実凛さんは隠れている私に声を掛けた。


なぜバレたのだろう。こんなにも完璧に隠れてたのに。

私は恐る恐る棚の陰から出てくる。

「お前のウザいほどの存在感は、消そうと思ってもウザいぐらいに消えんぞ」

実凛さんはフッと笑った。


ウザいを2回も連呼しなくても…。

でも、一応存在感を褒められたのだろうか?うん、そういう事にしておこう。

私は自分自身を納得させた。


私は実凛さんの方に歩いて行った。実凛さんの左手を見ると、やはりリストバンドをしている。私はそれをジッと見つめた。

「な、なんだよ。なんか用事か?」

実凛さんは私の視線に気付いたのか、さりげなく左手をシュリンク台の陰に隠した。


「実凛さん、そのリストバンド…いつもしてないよねぇ?」

私は聞いてみた。実凛さんは一瞬ドキッとした顔をしたが平然と仕事し始めた。

「まぁな。勝利の証というか…ま、特に意味はないがな?沙和にもあげようか?カッコイイだろ?」

左手をチラッとあげて見せるとすぐに隠した。


「実凛さん…もしかして手首どうかしたの?」

「な、なんでそんな事聞くんだ?」

実凛さんは焦って言った。


「だって、全然使ってないじゃん。いつもなら凄い勢いで動かしてるのに」

私は隠してる左手を見ながら言った。


「イヤ…昨日頑張りすぎてちょっと痛めただけだ。こんなもん唾付けとけば直る。お前に心配してもらうとは私も落ちぶれたものよのぅ」

実凛さんはいつも以上に自信満々に笑った。

怪しい。恐ろしく自信満々な所が怪しい。


私はニッコリと笑って

「そうなんだ。ちょっと痛めただけなんだ。ふーん」

そう言うと、店内に響き渡る声で

「稀一さぁ~~~ん!!ちょっとぉ~!!」

稀一さんを呼んだ。


「な、なぜ呼ぶ?…私、ちょっとパソコンで発注を…」

実凛さんは慌ててこの場から立ち去ろうと歩きだした。


「逃げるな!!逃げると撃つぞ!!両手を挙げて止まれ!!」

私は叫んだ。実凛さんはビクッとして立ち止まると両手を挙げた。


「なんですか~、イケメン店長稀一君が来ましたよ~ん」

稀一さんが呑気に歩いてきた。

イケメン店長?自分で言うか?普通。

まぁいい。そんなくだらない事に突っ込んでる暇はない。


「稀一さん、実凛さん手を怪我してるっぽい。

すっごい腫れてるみたいなの」

私は稀一さんにチクッた。


「なっ…何言ってんだ貴様!!相変わらず目が死んだ魚のように腐ってるな!!節穴か?お前の目は節穴か!!森に帰れ!!愚か者め!!私は手など全く痛くもかゆくもないわ!!」

実凛さんは焦りながら叫んだ。


なんか日本語デタラメなんですけど。

「実凛、手見せろ」

稀一さんは実凛さんの所まで歩いて行くと、実凛さんの左手を掴んだ。

「痛てっ…」

実凛さんが思わず口に出した。


触るだけで痛い?それじゃ相当酷いんじゃ…。

稀一さんは、しばらく実凛さんの手首を見ていたが

「よし。沙和、ちょっと抜けるから後は頼んだ。」

実凛さんの襟首を掴んで歩きだした。


「了解しました~!!」

私は敬礼する。

「ち、ちょっと!!人を猫みたいな扱いしやがって、離せドS店長が!!

どこ行く気だ!!事務所に連れ込んでエロい事しようと思ってやがんなっ?

この変態野郎が!!離せって!!おいーッ!!」

実凛さんは引っ張られながらギャーギャーと喚き散らしていた。


可哀想に…稀一さん。思いっきり周囲の客、ドン引きしてますよ~。

ドSで事務所でエロい事しようとしてる変態野郎のレッテルを貼られる事間違いなしでしょう。ご愁傷様。

私は、拝みながら頭の中で「チーン」という鐘の音を鳴らした。





数時間後、稀一さんと実凛さんは病院から戻ってきた。

「腱鞘炎っ!?」

私達は稀一さんの報告を受けてビックリした。


「で、腱鞘炎って何ですか?」

私はコッソリと苑子さんに尋ねた。

「知らないのに驚いたのか、お前」

青登さんが呆れて言った。


「だって、なんか恐ろしげな名前だから…。

って、青登さんは知ってるんですかっ?」

私は逆に聞いてみた。

「あったりめーじゃん。腱鞘炎ってのはな?

ま、手首に限らず短期間に無茶して酷使すると炎症を起こして痛くてどうしようもなくなるんだよ。」

青登さんは自身たっぷりに答えた。


「へー!!青登さん詳しいんですね」

私は何気に少し感心する。

「だって俺、なった事あるもん。メチャクチャ痛くてさ~」

「えっ?仕事のし過ぎで?」

「ううん、ゲームのし過ぎで!!あん時、夜通しやってたからなー」

青登さんは自慢げに言った。


感心した私がバカだった。ゲームで腱鞘炎?

笑えない。それが人生の汚点だと言う事に本人が全く気付いていないのが笑えない。


「で、どうなんですか?」

私は稀一さんに尋ねた。稀一さんの隣には手首に包帯をグルグルと巻かれ、ブスッと頬っぺたを膨らました実凛さんが立っている。


「2週間は無理は禁物。よって、今週の全国大会には出られない。」

稀一さんがキッパリと言い切った。

みんなは唖然として言葉も出てこなかった。

大会に…出られない?


「私はできる!!あのヤブで役立たずの医者の診断が間違っておるのだ。

あのカワウソ顔の妖怪みたいな顔した医者に、ろくな診断など出来るはずが無い。日本海に沈めるしかない。だからお前ら、鼻血が出るほど喜べ。

私は大丈夫だ」

実凛さんは、わざと左手でピースサインを作った。

実凛さんの手が震えてる。本当は痛いに違いない。


「とにかく、ダメなもんはダーメ。お前は頑張り過ぎなんだよ。

あんな手の使い方してたら、いずれこうなるって分からなかった訳じゃねーだろ?とにかく普通に仕事はできるんだし、無理しなきゃいいだけなんだから。

ちゃんと治しておかねーと、後々癖になって何回も繰り返して発症しちまうからな。今は大人しくしとけ!!」

稀一さんは実凛さんの背中をバシッと叩いた。


「…よし、明日私は湯野浜温泉に行って来るぞ。温泉に入れば1日で良くなるはずだ」

実凛さんはニッコリと笑った。


「ならねーから」

「湯野浜温泉の威力を知らぬな?もう、腰が痛くて痛くて死んだも同然の腐れ切ったババァが温泉に入ったら、あら不思議!!生き返ったそうだぞ?

もうスキップして帰ってったらしい。どうだ?凄いだろ?だから私も…」

「ババァが生き返ろうがスキップしようが、ダメなもんはダメ。諦めろ」

稀一さんは腕組みして少し困った感じで実凛さんに言った。


すると、実凛さんの大きな青い目から大粒の涙がポタポタと溢れだした。

み、実凛さん…。

皆は実凛さんの涙に釘付けになった。


「うえーん!!」

実凛さんは泣きながら走って行った。

「み、実凛さん!!」

私は叫んだ。

レジに入っている、苑子さんも心配そうに見つめている。


「おい、沙和。行ってこい」

稀一さんが親指で実凛さんの方をさしながら言った。

「あ、うん」

私は、実凛さんの後を追って走って行った。



実凛さんはトイレに立てこもって、わーわーと泣いていた。

私はトイレをノックする。

「は、入ってますかー?」

「入ってるに決まってるだろ、バカかお前は。

頭腐ってんのか?うえーん!!」


な、泣いてる割には辛口ですね。

私は少しグサッと傷付いた胸を押さえた。


「実凛さん、とりあえずトイレから出てきてこっちで話そうよ」

私はトイレをトントンとノックした。

中からは実凛さんの泣き声だけが聞こえてくるだけで返事はない。


「実凛さーん。私、おしっこ漏れちゃうよー」

私はまたトイレをノックした。

「うっとおしい!!外でしてこい、外で!!ってか、その場で思う存分放尿するがいい!!このションベン垂れ女が!!」

またトイレの中から罵声が浴びせ掛けられる。


「まだ垂れてないし!!」

私は慌てて叫んだ。

ションベン垂れ女…店内に聞こえてないだろうな?

私は事務所から顔を覗かせて、周囲を誰も歩いていないのを確認した。

よし、いない。良かった。

私はホッとしてまたトイレの前に戻った。


「大丈夫?青登君からレジ代ってもらってきたの」

苑子さんがやってきた。

「苑子さん、実凛さんがトイレから出てこない」

私はトイレを指さして言った。

苑子さんはトイレのドアをじーっと見つめている。中からは相変わらず実凛さんの鳴き声が聞こえてきていた。


「実凛さん、苑子だけど。あのね、この大会にうちの店は初めて参加した事知ってるでしょ?

実凛さんともんちゃんが仲間に入ってくれて、だから大会に出れる事になって、私はそれだけでも凄く嬉しかったの。しかも全国大会に進めたなんて嘘みたいな話だわ。

でもね、これはただの1つのイベントにしか過ぎないの。

私達にとったら、こんな大会で実凛さんが無茶して手を傷める方が辛いわ。一番大事なのは、楽しくみんなで仕事する事よ?大会の勝ち負けなんて重要じゃないわ。」

苑子さんは優しく、そして淡々と話した。トイレの中で泣いていた実凛さんの泣き声がいつの間にか止まっていた。


「ね、実凛さん。あなたが無理して大会に出て、実力を出せなくてもあなたは満足なのかしら?それこそ沙和ちゃんやもんちゃんに申し訳ないと思わない?

それだったら中途半端にじゃなくて潔く欠場して、他の2人の頑張りを応援してあげた方がいいと思うわ。大会は今年だけじゃないもの。来年、万全な態勢で出場してみんなで優勝しましょう」

苑子さんはトイレの前でニッコリと微笑んだ。


すると、ガチャッと鍵の開く音がしてゆっくりとトイレのドアが開いた。

そして目を真っ赤にした実凛さんがゆっくりと出てきた。


「実凛さん、こんな怪我させるまで無理させちゃってゴメンね。でも、今度からは何かあったらキチンと報告して。だって私達、みんな仲間でしょ?」

苑子さんは、ギュッと実凛さんを抱きしめた。


「わーん!!ありがとう、苑子。わーん!!…おい、そこでボーっとつっ立ってないでティッシュ持ってこい。鼻水垂れてきたではないか、相変わらず気が利かない女だ、お前は。わーん」

泣きながら実凛さんが私に言った。

泣きながらその暴言ですか?ある意味私も泣きそうですけど。

私は心で泣きそうになりながらティッシュを取りに行った。




それから数日後。東京で全国大会が行われた。

北海道、東北、関東、など7つのブロックの優勝店が集まっての最終決戦だ。

全国を勝ち抜いてきた強豪店が集まってる中、私達はシュリンク部門の実凛さんが棄権となった為、私と門次郎の2人で戦う事になった。

大会には勿論実凛さんも同行し、稀一さんと共に私達の戦いを固唾を飲んで見守っていた。


トーナメント戦で、私達は1回戦は何とか勝ち抜いたものの、準決勝で負けてしまい3位という結果に終わった。

実凛さんだけはまた号泣していたが、私と門次郎は精一杯やり抜いた達成感でいっぱいだった。


優勝は出来なかったが、門次郎のポップの出来の良さは本社のお偉いさん達や他店の人達から大絶賛され、それだけでも私達の支店の名前は全国に知れ渡ったに違いないと思った。


どうせなら、実凛さんのシュリンクのプロ技も全国に知らしめたかったのだが、それは来年の楽しみに取っておく事にしよう。


私は泣いてる実凛さんに

「実凛さん。ここまで来れたのは実凛さんの力が大きかったよ、ありがとう。来年は、成田店からあの優勝トロフィーを奪い取ろうね」

微笑みながら肩にそっと手を乗せた。


「優勝トロフィー…。そんな物より金だ、金をよこせ」

実凛さんは、成田店の人が持っている100万円の目録を恨みの籠った目で見つめていた。

あ…そっちでしたか。そうですよね…。トロフィーなんか何の役にも立ちませんもんね。

「じゃあ…来年は100万頂きましょうね」

私は苦笑いをした。


「よし。じゃあ、お留守番のあいつらにお土産でも買っていくか」

稀一さんが言った。

「その前に、少し寄りたい所があるのだが…。」

実凛さんが少し照れながら言った。


「まさか、お前…ディズニーランドとか言うんじゃねーだろうな?ミッキーに会いたいとか言うなよな、そのキャラで」

稀一さんがビックリした顔で実凛さんを見て言った。


「あんな巨大ネズミに会ってどうする!!

あのウザい動き…後ろから何回蹴り飛ばした事か」

実凛さんは怪訝そうな顔をして言った。


世界的愛されキャラを巨大ネズミと言い放つ人がいるなんて驚きだ。

しかも蹴った?あの可愛らしい動きのミッキーを後ろから?

私は、ミッキーが後ろから蹴り飛ばされてすっ転んだ場面を想像して恐ろしくなった。


「じゃあ、どこに行きたいってんだよ?銀座とかじゃねーだろ?」

稀一さんが腕組みしながら聞いた。すると、また実凛さんは少し頬を赤らめた。


「どうしても…どうしても私は、すもうとりを見てみたいのだ。だから両国に寄ってくれ!!」

「断る!!」

稀一さんが即却下した。

「なっ…なぜだ!!」

「なぜ、この俺様がわざわざ男の裸を見なきゃいけねーんだ!!ざけんな、バーカ」

稀一さんは完全拒否の体制に入る。


「裸ではない、キチンと浴衣を着ておる!!大体、お前のチンケで貧相な肉体と違ってあの素敵な肉体美、見る価値はあるだろう!!」

実凛さんが稀一さんの身体を上から下まで見渡して鼻で笑いながら言った

「おっ…お前…俺だってなぁ、脱げば凄いんだぞ!!お前は知らないだろうけど、結構いい身体してんだからな!!脱ぐか?脱いじゃうか?ここで!!」

稀一さんはムキになって服の裾に手を掛けて脱ごうとする。

裾が持ちあがって稀一さんのへそが見えた。

げっ!!見たくもない物を見てしまった…。

私は片手で目を覆った。


「そんな気の毒な裸、見たくもないわ!!通報されたくなかったらそこで止めるんだな、このド変態貧弱野郎が!!」

実凛さんは腕組みしながら叫んだ。

稀一さんはショックを受けたような顔をして手で口を押さえると、まくり上げた裾がスルスルと落ちてきた。私はホッとして目から手を離した。

ま、手の隙間から見えてはいたけど。



それから、駄々をこねる実凛さんを引きずるようにして飛行機に乗り込み、東京から山形へと帰ってきた。






次の日、私達は店の皆に結果の報告と共にお土産の舟和の芋ようかんと東京バナナを渡した。

稀一さんは一人、

「東京と言ったら、土産はひよこだろう!!」

と最後まで言い張っていたが、結局ジャンケンで負け、拗ねた稀一さんは自分用にひよこを購入したようで、ひよこのお菓子を両手に取り、

「お母さん、ここはどこかしら?」

「ここは山形県よ。私達、稀一さんというイケメン店長に買われたのよ、幸せね~」

と、ひよこを使って会話を楽しんでいた。

それを見て、みんなドン引きだったのは言うまでもない。

キモイ…実にキモ過ぎる。残念な人だ。私は稀一さんの楽しげな姿を見て切なくなった。


結局すもうとりを見れなかった実凛さんは、機内でずっとふくれていたが、うちの死んだじーちゃんが昔、現役の千代の富士を撮った生写真があるのを思い出し、あげる約束をしたら超ハイテンションになり、稀一さんに恐ろしいぐらいの暴言を吐きまくっていた。


実凛さんがそんなにも相撲取りが好きだったなんて、意外過ぎてビックリした。

もしやデブ専だったり?という疑問も浮上したが、聞く勇気もないので封印する事にした。


一方の門次郎だが、県予選、東北大会、全国大会…どの大会でもやはりイケメンオーラと、誰に対しても優しい笑顔と甘い言葉で数々の女をノックアウトさせてしまった。

おかげで色んな支店の女店員から、店のパソコンに門次郎宛のメールが沢山届くようになった。


それを見た青登さんは、来年は絶対に俺が出るからな!!と叫んでいたが。


今回の大会が私達によって利益があったのか否か…それは分からない。

でも、おかげで門次郎や実凛さんの色んな面を知る事が出来て、

前よりもずっと深く親しくなれたような気がする。


このメンバーで働いていきたい。この店でずっと一緒に。

私は一人一人の顔を見ながら、売上増加への意欲をまた高めた。


「何、アホ顔してボーッと雑草のように突っ立ってんだお前。お前もミッキー同様、後ろから蹴られたいのか?」

実凛さんが背後から仁王立ちしながら言った。


雑草…扱いですか、今度は。

私はグサッと傷付いた胸を両手で押さえながら、こうなったら雑草のように踏まれても踏まれてもめげずに立ちあがってやる!!と、心に誓ったのであった。




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