第2章
稀一さんは腕組みしながら私達の顔を一人一人じっと見つめる。
私達も稀一さんの顔をじっと見つめ返した。
しばらくそのままの状態で沈黙が流れる。すると突然稀一さんが今までに見た事もないような優しげな微笑みを浮かべた。
それを見た私達はビクッとして、みんなその不気味な微笑みにクギ付けになった。その状態でまたしばらく時が過ぎた。
何だろう、この無駄な沈黙。しかも、何このキモイ笑顔。バイクで事故って頭でも打ったのだろうか。
私はゴクリと1回生唾を飲んだ。
チラッと隣に立っている太郎を見ると、太郎も私の方をチラッと見ていた。
「かなりキモイな…。」
太郎が小さい声で呟いた。私は小さく頷いた。
向こうでは咲真さんと青登さんが
「お前、コレなんとかしろよ…」
「お前こそ、この状態何とかしろって」
お互いを肘で突き合っている。
その時、イキナリ稀一さんが肩の所で両手をグーに握ると
「みなさぁ~ん。おっはー」
そのグーにした両手をパッと広げた。
みんなは余りの衝撃に身体を後ろにのけ反らせた。
「さあ、みんなもご一緒に。おっはー!!」
また手をグーにしてパッと広げた。
「お、おっはぁ…」
私達は、言われるままに恐る恐る稀一さんと同じように手を開いた。
祭だけは、あまりの恐ろしさに白目になってピクリとも動けなくなっている。
なんだろう、この妙なハイテンション。恐ろしい…実に恐ろしすぎる…。
私達は怯えきっていた。そんな私達を尻目に稀一さんは更にこれ以上ないってほどの笑顔を向けながら
「皆さんにご報告がありまーす。実は、この
未来屋ブックス酒田店は、なんと閉店リストにノミネートされちゃいましたー!!」
最後まで妙な微笑みを絶やさずに一気に言い放った。
さっきのおっはーも、もの凄い衝撃だったが稀一さんの口から出た言葉は、それ以上の衝撃を私達に与えた。
「閉店リストにノミネートされた店は、一年以内に確実に閉店となりまーす」
「なっ…なんで急にそんな事になるんだよ、稀一さん!!」
青登さんが叫んだ。
「しゃーねーじゃん。こないだ行った本社の会議で言われちゃったんだからさぁ。」
稀一さんは、近くに置いてあるアイドルの写真集をペラペラと弄りながら言った。
「俺だってマジびっくりしたっつーの。イキナリ、売上が悪い10店舗は閉店対象とします、みたいなさぁ。
半分寝てたのに飛び起きたっつーの。うちの店ハンパなく売上げ悪いもん。確実にその10店舗に入ってたし。」
稀一さんは写真集のアイドルの胸の所をなぞりながら愚痴った。
うちの店はチェーン店で、全国各地に100店舗以上出店している。その中で売上ワースト10店舗の中に、うちの店が入っているらしい。
「でも、だって結構人入ってるじゃないですか、うちの店!コミックだって凄く売れてるし」
太郎が必死で訴える。
「それはそうなんだけどさぁ。うちも売れてるけど他の支店はそれ以上に売れてたって事じゃないの?
大体ホラ、うちの店の近くに古本屋が出来ただろ?あれがまずかったわ。あれが出来てから更に売上落ちたしな」
稀一さんが淡々と話す。
「じゃあ、俺達みんなクビってわけ?」
咲真さんが言う。
「ま、そういう事になるわな」
がーん…。
クビ。せっかく仕事も覚えて毎日楽しくやってきたというのに、クビ。
あああああ。おしっこ漏れそう。
私達はみんなガックリとうなだれた。
「やっぱ朝の下痢は不吉な下痢だったんだ!俺は歩くビフィズス菌だったのに!ああぁ、また俺のビフィズス菌が暴れだしたようだ、お腹が…お腹がぁ!!」
青登さんがお腹を押さえてうずくまる。
俺は歩くビフィズス菌だった、ってお前はいつから菌だったんだ?
「ま、決定までもう少し期間があるから、例えば…例えばだよ?それまでの間に売り上げがこうウナギ登りに上がっていけば、閉店は免れる…かも知れないけどな」
稀一さんは腕を斜めに上げて、ウナギ登りを表現する。
私達は全員、その稀一さんの伸ばした手の先を眺めていた。