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第17章

私は妙な客に捕まっていた。妙な客と言っても、うちの店の常連客で名前は土田さん。捕まると猛烈に話が長い。しかもエロい。


エロコミックを10冊以上、作業台に並べ吟味中だ。


「うーん、どうしようかな。こっちの胸のラインはいいんだけど、顔がイマイチなんだよな~。」

コミックの女性の絵について、何かしら気に入らないようだ。


私は、吟味している土田さんの脇にただただボーっと立ってるしかない。

早く選んでくれ、頼むから。


土田さんは、それぞれのコミックの表紙に描かれたやたらと乳がデカイ女性を見比べながら相当悩んでいる。


「ねえ、上仲さん。君はこっちの胸とこっちの胸、どっちが好みだい?」

土田さんは2冊の本を手に持つと、私の目の前に印篭のごとく差し出した。


私、女なんですけども…私に聞いてどうするんだ?っつー話ですよ。

私は、2冊の本を交互にガン見する。


「私的には…右側の方がいいような…」

どちらも似たような乳で、善し悪しがサッパリわからない。適当に答えてみた。


土田さんは、フッと呆れたような顔をして私を見た。

「上仲さんには、難しかったかな?どう見ても左の女性の胸のラインの方が、こう…滑らかな曲線というか、芸術的な膨らみ感があって男心をそそるじゃないか。」

土田さんは、手で滑らかな膨らみ感を表現しつつ熱く説明する。


…どうでもいい。そんな説明。

私は内心苛々していたが、顔はひきつりながらも「へ~」みたいな感心したような顔をして聞いていた。


「ま、上仲さんぐらいの貧相なこじんまりしたカップのサイズじゃ…膨らみの重要さなんか分かりっこないか。ゴメンね、こんな質問しちゃって」

土田さんは、私の胸をチラッと見て気の毒そうな顔して言った。


なぜ、謝る。なぜ人の乳を見て同情的な感じになってるんだ?

どうせ、膨らみ感なんてこれっぽっちも感じない貧相な乳の持ち主ですよ。悪ぅございましたねぇ。

私は、背中で拳を作った。

耐えろ。耐えろ、私。


「じゃ、特別に俺の好みの女性のタイプを教えてあげよう」

土田さんは得意げに言った。

結構ですけど。ってか、マジで興味無い。


「…はい、是非~」

ひきつり笑いを浮かべながら心にもない発言をしてみた。

私もやればできる。大人の対応ぐらい簡単だ。


「俺の理想の女性は、やっぱメーテルだね!!」

声高らかに言い切った。


…2次元ですか?間違いなくあんな黒ずくめの女、現実にはいませんよ?

葬式帰りぐらいしか。ってか、せめて生きてる女性でお願いできませんか?どうリアクションしたらいいか、サッパリ分からないんですが。


私は、言葉に詰まる。

「いいよねメーテル。女の中の女って感じ」

「…はぁ」

「上仲さんとは、真逆のタイプね」


やかましいわ!!

私は陰で舌打ちした。


真逆で結構。あなたのタイプじゃなくてラッキーってなもんですよ、逆に。


私の献身的な接客が功を奏したのか、土田さんは上機嫌でエロコミックを6冊買って帰って行った。私が選んだ乳の方のコミックも買って行ったので、あんだけ人を小馬鹿にしといて、結局巨乳なら何でもいいんじゃん、と

ツッこもうかとも思ったが、逆に倍以上ツッこまれ兼ねないのでグッと呑み込んでみた。





「って感じだったんだよ、もう最悪」

私は、休憩が終わったばかりの太郎に愚痴りまくっていた。


「ご苦労さんだったな。ま、あの人の場合は女性店員と話がしたいっていう別の目的もあるみたいだから、男の俺には声すら掛けないもんな。」

太郎は、コミックを袋に入れながら苦笑いした。


「ってかさぁ、大体…太郎が休憩とかに入ってる時に限って、聞いた事もないような『河童村のカパ吉さん』ありますか?みたいな、

何だそれ?って感じでさぁ、コミック探すの大変なんですけど」

私はブツブツと文句を言いながら、モップで平積みされている文庫の埃を取った。


「じゃあ、俺に休憩するなとでも?」

「うん」

「うん、って軽く言うなアホ」

太郎は軽く睨む。私は笑った。


「あ、そうだ」

「なに?」

「河童村のカパ吉さん、は向こうの棚な?」

「知ってるっつーの!!必死で探したっつーの!!」

私は太郎をひと睨みしながら叫ぶと、モップを持って店内を巡回しようと歩きだした。と、急に私の目の前に稀一さんが現れる。


「わっ!!ビックリした~。急に出てくるのやめてくださいよ、変質者かと思ったじゃないですか~!!」

私は心臓を押さえながら叫んだ。


「こんなカッコイイ変質者がいるか。」

稀一さんはキッパリと言い切った。

その満ち溢れた自信が一体どこからやってくるのか、一度追求してみたい衝動に駆られる。


「ってか、何ですか?私マジメに仕事してますよ」

私は、手に持ったモップをこれ見よがしに稀一さんに見せつけた。


「お前がマジメだった試しは一度もない」

「はっ!?」

私は断言された事に驚いた。


「そんな事はまずどうでもいいんだ。やっぱなぁ、俺も前々から考えてたわけよ。この膨大なコミックを太郎一人で管理すんのは難しいんじゃないかって。」


稀一さんは、太郎のブックトラック(※本を運ぶ為のワゴンのような物)

に乗せてあるコミックを手に取りながら言った。


「俺は大丈夫っすよ」

太郎がシュリンクをかけながら言う。

「大丈夫じゃねーだろ。お前、少女コミックの売上げ最悪じゃねーかよ。

男のコミックばっかに力入れてるから女の方にまで手が回らないんだ。

違うか?」

「そ、それは…」

太郎はシュリンクをかける手が止まる。


「それは…何だよ?言ってみ?」

稀一さんは腕組みしながら言った。


太郎は俯き加減で口を開いた。

「それは…少女コミックの表紙を見ただけで心臓がバクバクしてきて、顔が赤面してしまい、その場から逃げ出したくなるからです」

「根本的に担当者失格じゃねーかよ、お前」

稀一さんは呆れながら苦笑いをした。


「分かる。太郎、分かるよその気持ち。私も少女コミック見てるとさ?

好きだの何だの、先輩だのクラスメートだの幼馴染だのって、学校に何しに行ってんだお前ら!!勉強しろ勉強!!って叫びたくなるもんね。

100%恋愛な内容?あーうっとおしい!!ってか、そんなのありえないから!!ありえない展開に虫唾が走るっつーの。ねえ、太郎?」


私は横から、太郎の気持ちを代弁するかのごとく熱弁を振るった。

「お前…高校時代に何か嫌な思い出でもあるのか?先輩にもクラスメートにも幼馴染にも相手にされなかったとか?

可哀想な青春時代を過ごしたんだな…気の毒に」


稀一さんは同情的な目で私を見つめた。

「か、勝手に決め付けないでくださいよ!!私の高校時代なんてねぇ…

もうね、少女コミックなんてお子様の絵本か?っつーぐらいの、比べ物にならない濃い体験しまくってますからね?ハッハッハッ」

私は腰に手を当てながら高笑いをした。


「負け犬の遠吠えって、こういう事を言うんだな…」

稀一さんは、更に切なげな目で私を見つめた。

「辛すぎて凝視できない…」

太郎は、私から目を逸らすと伏し目がちに言った。

「んもう!!稀一さん!!太郎!!」

私は叫んだ。


「とにかく、沙和の虚しい過去なんかどうでもいいんだ。

やっぱ、太郎には、少女コミック担当は荷が重いんじゃねーかと前から思ってたんだ。それに、太郎が休みだとコミックの問い合わせがあってもどこに何があるか分からなくて、捜すのに相当手間が掛かるしな。」

稀一さんは腕組みしながらコミックの棚を眺めながら言った。


確かに太郎が休みの日は本当に困る。コミックは種類が膨大過ぎて、問い合わせがあっても、どこの出版社の何の雑誌に連載されてるコミックか、まで聞かないとなかなか探し出せず時間が凄く掛かったりするもんな。


私は、稀一さんの話に小さく頷いた。

「で、考えたんだが。コミックの担当をもう一人増やそうと思うんだ」

稀一さんの言葉に私と太郎はビックリする。


太郎は私の顔をじーっと見つめた。


「えっ?まさか私??イヤイヤ、無理ですってば!!私はティーンズ文庫だけで精一杯だし、それに少女コミックなんか見ただけで反吐が出るっていうか」

私は焦って両手を顔の前でブンブンと振った。


「健忘症気味のお前に、コミック担当が務まるとは思ってないから大丈夫だ。」

稀一さんがキッパリ否定する。


健忘症気味で悪ぅございましたね。

私はホッとした反面、最高に稀一さんを後ろから蹴り飛ばしたくなった。


「少女コミックもそうだけど、店の売上げがだんだんと伸びてる中、ちゃんとした担当者がいない『美容・健康』部門の売上げもイマイチなんだよな。だから考えたんだ。コミック担当者を1名と美容・健康担当者を1名を新たに採用しようかと思ってな」

稀一さんは思い切った決断を告げた。


新たに採用?つまり…2名店員を増やすって事?

私と太郎はビックリして稀一さんを見つめた。


「イヤ、でも…今採用した所で、仕事に慣れるまでは相当時間掛かるだろうし、そうなると売上げが伸びるまでになるには、かなりの時間がかかるんじゃないっすか?」

太郎がもっともな意見を言った。


「そうですよ、稀一さん。っていうか、稀一さんはコミックにも美容とか健康にも全部に詳しいんだから、稀一さんが居れば別に問題ないじゃないですか」

私は言った。私の発言に稀一さんは鋭い視線を向けた。


「じゃあ、お前は一生俺が独身でもいいと言うのか?」

「…は?」

言ってる意味が分からない。


「イケメンで男気溢れるこの俺がだよ?彼女いない歴何年か分かるか?

ひとえに休みが少ないが故に出会うきっかけがないからじゃないか。

こんな所で働いてたって、苑ちゃんは良いとしても、男嫌いの女と、男みたいな女の部下しかいない俺に素敵な出会いはあるのかい!?」


「…男みたいな女って一体誰の事ですかね?」

私は不服ながらも聞いてみた。


「とにかくだ、」

スルーかよ!!

人の質問を華麗にスルーした稀一さんに舌打ちしたくなった。


「とにかく、俺は働き過ぎなんだよ~。もっと合コン行きたいんだよ~。彼女欲しいぃ~!!」

駄々っ子のようにジタバタしながら言う稀一さんを冷ややかな目で見つめた。


この人がうちの店で一番トップに立っているのかと思うと、本気で潰れるのも時間の問題のような気がしてきた。

私は深いため息をついた。


「でも、まぁ…お前達の心配もよく分かる。すぐに物にならなかったら意味が無いっつーんだよな?その点は抜かりはない。もう大体の目星は付けてあるんだ、タイタニックに乗ったつもりでどーんと任せておけ!!」

稀一さんは自信満々に胸を叩いた。


…大船に乗ったつもりで、と言う意味でタイタニックを引き合いに出したのだろうが、タイタニック…沈んでますからね?真っ二つに折れて。


私は自信満々に胸を張っている稀一さんを見て猛烈に不憫に思った。

頭が良くても知能の低い人って存在するんだね。可哀想に。

でも…新人が2人入ってくるのか。どんな人達だろう…楽しく仕事できればいいな。

私はちょっぴり楽しみに思った。



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