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第16章


「じゃ、後はよろしく」

稀一さんはそう言うと、バタンとドアを閉めて行ってしまった。

咲真さんは入り口付近から動こうとしない。

お父さんは椅子から立ちあがって、ずっと咲真さんの方を見つめていた。

恐ろしく張りつめた沈黙が周囲に流れた。


口に入れたどら焼きも呑み込んではいけないぐらいの、今、呑み込んだらゴックンという音が大音量で響き渡るんじゃ?ってぐらいの静けさだ。


稀一さんめ。カッコつけてつれて来るだけつれてきやがって。

…後はよろしくだと?ふざけんな、一体私にどうしろと言うんだ。


私はとりあえず口に入っていたどら焼きを呑み込むと、1つ咳払いをした。


「とりあえず、咲真さん。そんな、廊下に立たされた小学生みたいにボーッと立ってないで、まず座って座って。ささ、お父さんもお座りになって」


私は無理矢理、咲真さんを引っ張ってきて私の座ってた椅子に座らせた。

お父さんもゆっくりとまた椅子に腰を下ろした。


「咲真さんもコーヒーいかが?お父様もおかわりいかがですか?」

私は、炊事場の所に行きながら声を掛けた。


なんか、私…お見合いをセッティングしてるおばさんみたいな感じになってない?

内心そう思いながら、咲真さんのコーヒーを持って戻ってくる。そして咲真さんの前にそっと置いて、私も咲真さんの隣の椅子に座った。

また急激に一気に静まり返った。


「あ、えっと…、咲真さんは料理、手芸などの担当をしていまして、さすが担当してるだけの事はあってすっごく料理も手芸も上手なんですよっ!!ねー咲真さん」

私は笑顔で話を振った。


「まぁね…中学の時から家の家事全般を全部たった一人で俺がやってたからね。そりゃ上手くもなるよ」

咲真さんはボソッと呟いた。


おっと、いけない話題に踏み込んでしまったか?私とした事が!!


「えっと…そう、あと、シンカンジャーっていううちの店オリジナルの戦隊ヒーローをやってるんですが、そのリーダーが咲真さんで、子供にも大人にもすっごく人気あるんですよ!!

あ、ちなみに私はイエローなんですけどね?特別に着て見せちゃいましょうか?あはっ」


私はこの状況を打開する為の己のキャパを遥かに超えていたようで、自虐行為に及ぼうとしていた。


「俺は、男というものは頼れる存在であるべきだと思ってるから。命がけで誰かを守ったり優しく手を差し伸べたりする、それをしないで逃げるような男は、男として最悪だ」

咲真さんはお父さんの顔を真っ直ぐに見つめながら言い放った。


ひーッ!!辛辣な言葉をいとも簡単に投げかけてくれるじゃないか、咲真君!!全てお父さんに対する嫌味や批判にしか聞こえないのは一体なぜなんだー!!

私は心の中で頭を抱え込んだ。


ダメだ。もう手に負えない。私の力ではもう無理だ。

私は覚悟を決めてスクッと椅子から立ち上がった。

「で、ではここからは、当事者のお二人にお任せして、邪魔者のわたくしはこれにて失礼を…」

あくまでもさりげなく最後までお見合いの世話役のオバサン風に振舞いつつ退散しようと試みた。


「沙和っち。ここに居てくれ…頼む」

咲真さんは真剣な目で私を見て言った。

「あ、はい…」

私は小さく返事をすると、シュンとしてまた椅子に腰を下ろした。


沙和っち、ここに居てくれ、頼む…。

あーあ、こんな状況で言われたんじゃないのなら、メチャクチャ、キュンとくるセリフに違いないのに。


私は小さくため息をついた。

ひたすら沈黙が流れる。


私のどら焼きを食べる音しか聞こえない。

これで3個目だ。お前はドラえもんか?って話だ、全く。でも、食べてなきゃ身が持たない。


「じゃあ、私はこれで。咲真、仕事中に悪かったな。沙和ちゃんもありがとうな。2人共、元気で」

お父さんは意を決したようにコーヒーを全部飲み干すと、椅子から立ち上がった。


咲真さんは目も合わせようとせず、じっと座ったまま動かない。

「持ってきた物、全部持って帰ってください。能天気にお土産なんて買ってくるあなたの気が知れない」

咲真さんはズバッと言い放った。


「そうだな。申し訳なかった」

お父さんはお土産の紙袋を持ち上げた。


えっ‼私のBBクリームはっ??

私はその紙袋をガン見した。


「それじゃ…」

お父さんは、入口の方に歩きだした。


ち、ちょっと待って…私のBBクリームぅ!!

「ちょっと待ってください!!」

私は立ちあがって叫んだ。咲真さんのお父さんが振り返った。


「何、2人して良い子ぶっちゃってさぁ!!いつまでもイケメンぶってんじゃないっつーの!!」

「別にイケメンぶってるつもりはないけど」

咲真さんが言う。


「ま、イケメンぶらなくても元々イケメンなんだけどね?イヤ、そういう問題じゃなくてさ、なんなの?男らしくないよねぇ?

咲真さんもお父さんに言いたい事があんならズバッと言っちゃえばいいじゃない!!言いたい事いっぱいあるんでしょ?

ってかさぁ、小学生のクソガキじゃあるまいし、もう立派な大人なんだからさぁ、昔は理解できなかった大人の事情も今は理解できるんじゃないの?


大体さぁ?咲真さんの作ってる卵焼きって、お父さんが作ってくれてた卵焼きと同じ味だって知ってた?知らないでしょ?ねえ?」

私は多少アルコール入ってるかのごとく、咲真さんに噛みついた。


「嘘だ。父さんが卵焼きなんか作るはずがない。いつも卵焼きを作ってくれてたのは母さんで、俺の卵焼きは母さんの味に似せて作ってるんだから」

咲真さんが否定する。


「あ、そう。じゃあ、ちょっと待ってて。そのままの状態でしばらくお待ちください!!」

私は、テレビの放送事故のような言葉を残して、休憩所から飛び出して行った。


それから10分後。私はレジ袋をぶら下げて休憩所に戻ってきた。

お父さんは椅子にも座らず、立ったままの状態で待っていてくれた。


「はい、卵買ってまいりました!!」

私はレジ袋を高々と掲げた。2人共、えっ?というような顔をして私を見た。

「今から2人に卵焼き作って頂きます。前に一回咲真さん、ここで卵焼き作った事あったよね?だから調味料関係はぜーんぶ揃ってるはずだから作れるはずだよ。

咲真さんの作った卵焼きが、お父さんの作ったのと同じ味だったら、昔食べてた卵焼きはお父さんが作ってたという証拠になる。

卵焼きって、その家その家で味が違うから、すぐに分かるんじゃない?


まずはお父さんから作ってもらいましょう。咲真さんのを見て真似して作ったとか言われない為にもね。いいですか?お父さん」


私は、レジ袋から卵を取り出して、半ば強制的に卵を手渡した。


「お土産は預かります」

手に持ってた紙袋をすばやく奪い取った。

お帰り。私の…BBクリームちゃん。

私は心でガッツポーズを取った。


お父さんは、少し戸惑いながらもジャケットを脱いで壁際のソファーに置いた。そして、軽く中に着ていたシャツの腕をまくる。


いやーん、カッコイイ~。私は腕まくり姿に悶える。

シャツの腕まくり姿…。私の萌えポイントだわ。私は一人顔を赤らめていた。


「フライパンは、これを使っていいのかな?」

お父さんは、そこにあるフライパンを手に取る。

「あ、はい。それ、苑子さんが持ってきてくれた高級フライパン、1個2万円もする品物でーす」

私は聞かれてもいない事まで無駄に説明する。


「後は、調味料は全ておいてありますからご自由にお使いください。」

私はそう言うと、チラッと咲真さんの方を向いた。

咲真さんは立ちながらお父さんの姿をじっと見ていたが、私と目が合うと慌てて椅子に腰をおろして背中を向けた。

私も咲真さんの隣に座る。


「こんな事して、沙和っちのやる事は意味不明過ぎる」

咲真さんはそう言うと、箱からきんつばを取り出した。

「咲真さんて…小さい頃甘い物食べれなかったんだってね」

私はニンマリして言った。


「えっ?…そういやそうだったかも。何で知ってんの?」

「さっき、お父さんから聞いた」

「…。」

咲真さんは、無言できんつばの袋を剥くとガブッと豪快に食べ始めた。

小さい頃の記憶って、本当に曖昧なんだな。

自分のいいように記憶がすり替わってる。


私ももしかしたら、間違った記憶を持ったまま生活してるのかも知れない。うちの両親が全く違う親だったとか。私はもしかして大富豪のお嬢様だったりとか?やーん、どうしよう。

私は一人、ニヤニヤと笑っている。


「…何一人で笑ってんの?不気味だよ」

「ほっといてください」

私はプク~ッと頬っぺたを膨らませた。


部屋中に甘い匂いが漂ってきた。うーん、良い匂い。うちのお母さんが卵焼きを作ってる時もこれと大体似たような匂いがしてくる。


咲真さんは神妙な顔つきでお父さんの方を見つめていた。お父さんの料理している姿を見て、咲真さんは何を思っているのだろう。

私は、お父さんを眺めている咲真さんの横顔をじっと眺めていた。


「できたけど、どの皿を使えばいいのかな?」

お父さんが声を掛けた。

「あ、皿はですね…」

私はそう言いながら立ちあがろうとすると、先に咲真さんが立ちあがって炊事場の方に歩いて行った。そして、棚から皿を1枚取りだすと、お父さんに手渡した。


咲真さん…。私はビックリしながらその光景を見ていた。

「あ、ありがとう」

お父さんも驚きの表情を浮かべながら皿を受け取ると、フライパンの卵焼きを皿に移し替えた。


「じゃ、次は俺が作りますんで。向こうで座っててください」

咲真さんはそう言うと、お父さんと同じように軽くシャツの袖をまくった。


やーん。咲真さんもカッコイイ~!!やっぱ、男は腕まくりだわ…。間違いなく萌えポイント決定だわ!!

私は両手で頬っぺたを押さえながら、一人悶えていた。


お父さんは、自分の卵焼きを持ってテーブルの所まで来ると、それをテーブルに置いて椅子に腰を下ろした。


お父さんの座ってる場所からは、炊事場が丸見えなので咲真さんの料理する姿も自ずと目に入る。お父さんは、感慨深げにその姿に見入っていた。


咲真さんの料理する姿を見て、お父さんは一体何を思っているのだろうか。咲真さんの成長を実感しているのかも知れない。

私は、お父さんを見つめながらそんな事を考えていた。


と、その時思いっきり入口のドアが開いた。

「咲真!!パパ!!」

叫びながら入って来たのは、紗弓さんだった。


「紗弓さん!?」

「紗弓、どうしてここに?」

私とお父さんは同時に叫んだ。


「どうしたもこうしたもないわよ。急にパパが帰って来たと思ったら、いきなりメールで今から咲真の職場にお土産を持って行ってきます、なんて言うんだもん、もうこっちが焦っちゃったじゃない。

追い返されて意気消沈してるんじゃないか、とか、慌てて早退してきたんだからね、私!! 

お店に行ったら店長さんがココに居るからって案内してくれたの。あ~もう疲れたぁ」

紗弓さんは一気に話して、壁際のソファーに腰を下ろした。

すると卵焼きの匂いに気がついたみたいで、鼻をクンクンさせた。


「ん?この匂い…。あれ?咲真何してるの?」

紗弓さんは炊事場にいる咲真さんを身を乗り出して覗いた。

そして視線を再びお父さんの方に戻すと、テーブルの上に卵焼きが乗ってるのに気がついた。


「それって…卵焼き?」

紗弓さんはソファーから立ちあがると、こっちの方に歩いてきてテーブルの上を覗きこんだ。


「お待たせ」

咲真さんが卵焼きを持ってやって来る。そして皿をお父さんの皿の脇に置いた。

どちらの卵焼きもキレイな黄色をしていて、一口サイズに切ってある。

多少、咲真さんの方がキレイに盛り付けしてあるがさほど変わりのない出来栄えだ。


紗弓さんは訳の分からないような顔をして、2つの卵焼きを眺めていた。

「一体なんなの?」

紗弓さんが尋ねる。


「こっちの卵焼きは、お父さんが作ってくれた物で、こっちは咲真さんが今作った卵焼きなんです。咲真さんは自分の作ってる卵焼きは、お母さんが作ってくれた卵焼きに似せて作ったと言ってるけど、それは本当はお母さんではなく、お父さんが作ってくれてた卵焼きの味だと証明する為に、2人から作って貰ったんです。

この2つが同じ味ならば、お父さんが作ってくれてたという証拠になります」

私は、紗弓さんに説明した。


「そっか。そういう事なの。じゃ、咲真。パパの卵焼き食べてみなよ」

紗弓さんが言った。咲真さんは黙ってお父さんの卵焼きを見つめている。


私は炊事場から割り箸を何本か持ってくると、1本を咲真さんに差し出した。

「はい咲真さん。どうぞ」

咲真さんは黙って割り箸を受け取ると、しばらく割り箸を見つめていたが、思い立ったかのように箸を割るとお父さんの卵焼きを摘まんで口に入れた。


最初ゆっくりと噛んでいたが一瞬ピタッと口の動きが止まり、またゆっくりと噛み始めた。

「どう?咲真」

紗弓さんが尋ねた。


咲真さんはゆっくりと箸を置いて、お父さんの方を見つめた。

「父さん。俺の卵焼き…食べてみて」

咲真さんが言った。


「あ、ああ」

お父さんは咲真さんの割り箸を使って、咲真さんの卵焼きを口に入れた。

「どう?」

咲真さんが聞いた。

「うまい。凄くうまいよ、咲真」

お父さんは味を噛みしめながら笑顔で答えた。

笑顔のくせに、目は涙目になっている。


「沙和っちも食べて。姉貴も」

「じゃあ、頂きまーす」

私はそう言うと最初に咲真さんの卵焼きを食べて、次にお父さんの卵焼きを食べた。

多少の違いはあるものの、甘さといい味加減といいほとんど同じ物だった。どっちも物凄く美味しい。


「うん、おいしいおいしい。どっちも昔ながらのうちの味がするわ」

紗弓さんが2つの卵焼きを食べながら満足そうに言った。


「ホント、凄く美味しいです2つとも。でも正直、私のお母さんの作る卵焼きの方が美味しいですけどねっ♪」

私はキッパリと言いきった。すると3人が一斉に私の方を見た。


「あ、いや…だって、やっぱ自分ちのが一番美味しいじゃないですか。

小さい頃からずっと食べてきたんだもん。おふくろの味、ってやつですかね?」

私は焦りながら釈明した。


「お袋の味か。うちの場合は…父さんの味だったんだな」

咲真さんが呟いた。


「咲真。この際だから言っておくわね。今までパパの話をすると、すぐに嫌な顔して全く聞こうとしなかったけど、パパはママや私達を見捨てて出てった訳じゃないのよ。仕方なかったの」


紗弓さんはそう言って、お母さんの病気の事、大きな手術や治療費に莫大なお金がかかった事。自分が家族と一緒にいる事よりも、お母さんの命を優先させた事などを説明し、お父さんがいかに家族の為に今まで必死で頑張ってきたかを語った。

病気がちのお母さんの代わりに家事のほとんどもこなしてきたという事実も告げた。


家族でもない私が、この場でこんな重大な話を聞いててもいいのだろうかと内心思ったが、今更席を立てる雰囲気でもなく、ただただ咲真さん同様、黙って聞いてるしかなかった。


紗弓さんが全部話終えると、しばらく沈黙が続いたがゆっくりと咲真さんが口を開いた。

「さっき、卵焼きを作ってる父さんの姿を見ていたら、なんか懐かしい感覚がしたんだ。

なんか、いつも父さんの背中を見てたような、そして料理してる父さんにまとわりついて、味見させてもらってたような気がする。そんな思い出が全部お母さんとの思い出にすり替わってたんだな。

父さんが好きだったからこそ、父さんがいなくなって捨てられたような気持ちになってたのかも知れない。父さんはたった1人で頑張ってたというのに…。母さんはそれを知ってたんだよな。だから母さんも、一生懸命病気と闘ってた。離れてても気持ちは二人三脚だったのかも知れないな」

咲真さんは、穏やかな口調で淡々と話をした。


その言葉を聞いて、私はなぜか真っ先に大号泣していた。一番の赤の他人だというのに。


「わー(泣)咲真さんのバカ~!!私、動物と老人の話だけは弱いのに~!!」

「…俺の話に、老人も動物も登場してないんだけど」

「えっ?あ、そっか」

私は、近くにあったティッシュを取ると思いっきり鼻をかんだ。


「父さん…今まですいませんでした」

咲真さんが頭を下げた。

お父さんはさりげなく涙を手でぬぐいながら

「バカだな。お前は何も悪くない。お前一人に家の事や母さんの事を背負わせた俺が悪いのだから。子供だと思って何も説明もなく海外に行ってしまった俺の責任だ。もっとキチンと説明してから行くべきだったんだ。俺の方こそ、すまなかったな、咲真」

咲真さんの頭をクシャっと撫でた。


「私だけ、役立ってない」

紗弓さんがウルウルした目で呟いた。


「バカだな。お前が居てくれたからこそ、心が折れずに頑張ってこれたんじゃないか。遠い地でお前から、お前や咲真の話を聞くのだけが楽しみだったんだから。

人は自分の為だけには頑張れないんだよ。守るべき大事な存在があるからこそ、人は頑張れるんだ。紗弓や咲真がいなかったら、俺はもう母さんの所に逝ってたよ」

お父さんは隣の椅子に座っていた紗弓さんの肩を抱き寄せて、頭をポンポンと叩いた。


「そうだよ、姉貴。俺は姉貴が居てくれたからこそ今まで頑張ってこれたんだ。姉貴がいつも明るくしてくれたからこそ親がいなくても寂しくなく生きてこれたんじゃないか。ありがとう、姉貴」

咲真さんが言った。


「うん。じゃ、2人共、私にもっと感謝しなさいね」

紗弓さんが笑った。

そして、その発言にみんなも笑った。


「じゃあ、咲真。うちで待ってる。家でゆっくり話そう。」

お父さんが脱いであったジャケットを羽織りながら言った。


「ああ。仕事が終わったらすぐに帰るから。」

咲真さんが少し恥ずかしそうに言った。


私は、微笑ましい親子の姿に、うんうんと一人頷いている。


「あ、そう言えば…沙和ちゃん。シンカンジャーのイエロー役の衣装、着てる所見たいなぁ。それはいつ見れるんだろう?」

お父さんはいきなり思い出したかのように言い出した。


えっ…。今、このほのぼのとした場面で、そこに着地するの?もう忘れてもいい所ですけど、それ。


「えっと…。あ、咲真さんがリーダーのレッドなので、家でレッドの衣装着てもらってください!!咲真さんが作った咲真オリジナルですから!!超似合うんですよっ、ねっ?咲真さん」」

「イキナリ、俺に振らないでくれ」

咲真さんは焦った顔で言った。


「あはは。じゃあ、今度シンカンジャーをした時にでも写真撮って送ってもらおうかな」

「そ、そうですねっ!!さほど大した物でもないんですがっ!!あは、あははっ」

私はひきつり笑いをした。


咲真さんのお父さんは、最後に店に寄って稀一さんに丁寧にお礼を言うと、笑顔で紗弓さんと共に帰って行った。

私は、紗弓さんの車が見えなくなるまで手を振って見送った。咲真さんは穏やかな表情をして隣に立って見送っていた。


「あっ!!」

私は何かを思い出したかのように叫んだ。

「ん?どうした沙和っち」

「お土産…お土産のBBクリームが…」

私は、その場に4つんばいになってうな垂れた。


お土産の紙袋…お父さん手に持ってた気が…ああああ。

「沙和っちは、そんな物使わなくても、可愛いから大丈夫」

「そんな慰め結構ですよ!!心にもない事をよくもまぁヌケヌケと…」

私は咲真さんをキッと睨んだ。

「あー怖い怖い。」


「どうした2人共。とっとと仕事しろ」

稀一さんが店から出てきて叫んだ。

「ん?何?犬のマネ?」

稀一さんは私の姿を見て言った。

「違いますよ!!」

「…豚?」

「稀一さん!!」

私は立ちあがって叫んだ。


「ジョーダンだよ、ジョーダン。咲真、悪いなぁ、あんなに沢山お土産貰っちゃって。親父さんにお礼言っといてくれな」

「あ、はい」

稀一さんと咲真さんは話しながら中に入って行った。


え?お土産貰った?

私は目をパチクリさせた。もしや、お父さん、稀一さんに手渡しした??

「ま、待ってくださいよ、2人共ー!!私のクリームー!!」

私は慌てて2人を追いかけて中に戻って行った。


その日、咲真さんとお父さん、そして紗弓さんは夜通し色んな話をしたらしい。咲真さんの色んな思い違いが、雪のように溶けだして仲が良かった時の昔の家族に戻れたようで本当に良かった。


その後のシンケンジャーショーで、5人全員の写真を撮ってお父さんに送ってあげた。お父さんは最高に喜んで自分のデスクに貼っているらしい。…やめて欲しい気持ちは山々なのだが。

その隣には、咲真さんと紗弓さんの写真も飾られてるようで、できればそっちだけにして欲しいと思うのは私だけだろうか?


驚く事はまだあって、咲真さんのお父さんの意向でプロダクションで購入してる月に何10冊もの日本の雑誌、本を全てうちの本屋で手配するという契約を交わす事になった。それだけでも一気に売上げが倍増する。きっと咲真さんが店の閉店の話でもしたのだろう。

ありがたい事だ。


残念なことに、私は念願であったあのBBクリームを手に入れてウキウキだったが、結局肌に合わず泣く泣くお姉ちゃんにあげた。

私…一体何のために必死になったんだろう。切なくなる。


ま、でも

あの1件以来、咲真さんの爽やかさにますます磨きがかかり、沢山のお客様を笑顔で悩殺できるようになったから、いっか。


私は、できれば腕まくりしながら仕事して欲しいな~と思いながらも咲真さんの爽やかな笑顔を見て大満足してるのであった。


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