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第15章

それから数日後。私が店出しをしていると祭が慌てて駆け寄って来た。

「ねえ、沙和ちゃん。なんか不審な人がいる」

祭は怯えたように私の耳元で呟いた。


「えっ?万引き?」

「ううん、そういうんじゃない。なんか店の外から店の中を物色してるというか…ずっと眺めてるんだ」

祭は私を引っ張ると、店の外が見える棚の陰の所まで連れて来てそっと店の外を指さした。


「ホラ、あそこ。いるでしょ?」

「え、どこ?」

私は祭の指さす方向を見てみると、確かにレジのすぐ後ろの風除室のガラスから、店内を覗き見てる人がいた。レジの後ろから顔を出したかと思うと、今度は入り口の自動ドアの所から顔を覗かせたりして、店の中を気にしている。


「明らかに怪しさ全開だね」

「でしょ?」

私達はじっと見ていた。


その男の人は、顔だけ見ればとてもマトモな感じの50代に見える。紳士的というかダンディーな感じのタイプだ。髪はふんわりしててオシャレな感じのヒゲも生やしている。


「変質者にしてはイケメンなオッサンだよね」

私はちょっと気持ち的に、ああいう50代となら付き合ってもいいかもな~、と思いながら言ってみた。


「でも、ああ見えて下半身露出してるかも知れないでしょ。ああ、神様どうかお助けください」

祭は両手を組んで神に祈りを捧げている。


どんな妄想を働かせているんだろう、祭は。

私は呆れた顔で祭を見た。


私達2人の視線に気付いたのか、男の人は私達と目が合うとハッとした顔をして慌ててその場に隠れた。そしてまた、ゆーっくりと日の出のごとく頭を出して、顔を覗かせた。慌てて隠れる所が、やはり怪しい。


私達は目を離さずに、その様子をじーっと見つめていた。

その男の人は観念したのか、恐る恐る店の中に入って来た。キョロキョロと辺りを確認しながら、ゆっくりとこっちに歩いてくる。下半身は露出していないようだ。

しかしあの挙動不審な動き…ますます怪しすぎる。

しかもなぜか薄ら笑顔を浮かべていた。


「沙和ちゃん、に、逃げようよ…」

「そ、そうだね…かなりヤバイよね」

私達は近づいてくるその男を見つめながら、ゆっくりと後ずさりをする。


男は、手に持っている怪しげな紙袋に片手を突っ込んだ。

ま、まさかあの紙袋にはナイフとか、もしかしたらピストルとか入ってて、いきなりグサッとか、バーンとかするつもりじゃ…。こ、殺される…。


「あの…お嬢さん達…。」

笑顔で声をかけてきた。


「いやぁーッ!!」

私達は大声で叫ぶと、丁度そこを歩いてきた咲真さんの後ろに隠れた。

「な、なにっ?どうした?」

咲真さんはビックリして、背後にいる私達に声を掛けた。

「前!!変な客がいる!!銃持ってるかも!!」

私は、咲真さんの背中から手だけ出して前を指さした。咲真さんは指さした方向を振り向くと、一瞬身体がビクッとしたが、その後全く動かなくなった。


「さ、咲真さん?」

私は背後から咲真さんの顔を覗きこんだ。咲真さんは真剣な表情をしながら、その目は真っ直ぐに男を見つめていて瞬きすらしていなかった。


「咲真さん…どうしたの?」

私は心配になって聞いてみた。

「もしかして…お知り合いですか?」

祭が私の背後から言った。


え?知り合い?この男の人と?

私は咲真さんと男の人を交互に見つめた。どちらも真剣な顔をしていて、今から決闘でも始まるの?ってぐらいの緊張感が漂っている。


「咲真…」

男の人が呟いた。

あ、やっぱり咲真さんの知り合いだったのか。

良かった…。とりあえず殺人事件は免れたようだ。

私と祭はひとまず安堵した。


それにしても、名前を呼ばれたというのに咲真さんは無表情のまま黙っているのはなぜだろう。


「咲真、久しぶりだな」

男の人がまた声を掛けた。

「…久しぶりです、父さん」

咲真さんは重い口を開いた。


父さん?えっ?父さん??

と言う事は、つまりこの人は咲真さんのお父さんって事?


私はビックリして、お父さんの方を向いた。

咲真さんのお父さんだったのか。どうりでカッコイイ訳だ。さすが親子。恐るべしイケメンDNA。


咲真さんのお父さんは嬉しそうな顔をして

「咲真、元気そうだな。あ、これお土産。店の皆さんにも、と思って沢山買ってきたんだ。

えっと、キムチと韓国海苔と、あとはBBクリームとか、それに…」

そう言いながらしゃがみこむと、持ってきた紙袋から色んな物を取り出して床に並べ始めた。


「BBクリームっ?」

私はBBクリームに反応する。あれは確か…人気があってなかなか手に入りにくいクリームでは?


私はそっと床に置かれたBBクリームに手を伸ばした。

「いい加減にしてくれ」

咲真さんが低い声で呟いた。私はビクッとして、慌てて延ばした手を引っ込めた。


お父さんは咲真さんの顔を見つめた。

「今更、どういうつもりで俺に会いにきたんですか。あなたは俺達家族を捨てたんだ。もう俺には親はいないと思っています。もう二度とここには来ないでください。そのお土産は全部持って帰ってください。…失礼します」


咲真さんはそう言うと、スタスタと振り返りもせず店の事務所の方に歩いて行ってしまった。

咲真さんの後ろに隠れていた私と祭は、取り残された形になって、お父さんと向かい合いながら立ちつくしていた。


「悪かったね、こんな物広げてしまって」

咲真さんのお父さんは寂しそうに笑いながら、床に広げたお土産を1つ1つ紙袋に戻していった。私も拾うのを手伝おうとして、BBクリームを拾い上げた。


BBクリーム…。私のBBクリーム。これで私の肌もキレイになるかも知れない。

私はひたすらそれをじっと見つめていた。


「ありがとう、お嬢さん」

咲真さんのお父さんがニッコリと笑って手を出した。

「あ、いえ…」

私は泣く泣くそのクリームをお父さんに手渡した。


「沙和ちゃん。ガッカリし過ぎ」

祭が後ろから呟いた。

「えっ!?いや、別に私はっ…」

私は慌てて否定する。


「仕事の邪魔して申し訳なかったね。咲真にも謝っておいてくれないかな。それじゃ、失礼する」

お父さんはそう言うと、一礼してから歩きだした。


「沙和。ここはもういいから、咲真のお父さんを休憩所にご案内しろ。せっかく来て頂いたんだから、コーヒーぐらい飲んでってもらえ」

レジにいた稀一さんが言った。


「えっ…」

咲真さんのお父さんは驚いて立ち止まった。

「はーい!!」

私は元気よく返事をした。


稀一さん、たまには気の利いた事するじゃん。


稀一さんはお父さんの方を見てペコッと頭を下げた。お父さんも丁寧に1つお辞儀を返した。


「沙和ちゃん、顔がニヤけてるけど…BBクリームの事考えてる訳じゃないよね?」

祭が疑いの眼差しで呟いた。


「や、ヤダなぁ、んな訳ないじゃん!!じゃあ、あとお願いねっ。

じゃ、咲真さんのお父さんどうぞ、こちらへ。ささ、どうぞどうぞ」

私は少し戸惑い気味のお父さんを隣の休憩室に連れて行った。





「どうぞ、コーヒーです」

私は椅子に座っているお父さんの目の前にコーヒーを置いた。


「申し訳ないね仕事中なのに。それじゃ遠慮なく頂かせてもらうね」

お父さんはテーブルからカップを持ちあげて一口飲む。

「うん、美味しいなぁ。コーヒー淹れるの上手なんだね、ありがとう」

笑顔で言ってくれた。


私はその笑顔にキュンとする。ヤバイ。咲真さんよりも素敵かも知れない。もしかして、私…実はオジサマ好きだったりして?

私は少し顔を赤らめた。


「咲真さんのお父さんて、今は韓国に住んでらっしゃるんですよね?芸能プロダクションで働いてるって聞いたんですけど」

私は、向かいの椅子に腰を下ろしながら聞いてみた。


「ああ、そうなんだ。結構大きくて有名なプロダクションでね。なかなか休みが取れなくて、こうして日本に帰ってくるのも難しくてね」

またコーヒーを飲んだ。


「そうなんですか。大変なんですね。じゃあ、有名な人とかも沢山いるんですか?そのプロダクションに」

ミーハー根性丸出しで聞いてみた。


「そうだね、結構有名な俳優は沢山所属してるよ。韓国に興味あるのかな?えっと…君の名前聞いてもいいかな?」

「あ、沙和です。上仲沙和って言います」

私はエプロンについている自分のネームを見せた。


「沙和ちゃんか。うん、覚えた。ありがとう。

で、沙和ちゃんは韓国に興味あるのかな?」

「全くないです」

私は笑顔でキッパリと答えた。


それを聞いて、咲真さんのお父さんは大きな声で笑った。

「そうかそうか。正直者だなぁ沙和ちゃんは。

じゃあ、知ってる俳優さんとかは居なさそうだな」

「あ、でも、イ・ジョンファンは知ってますよ。本人見たんで」

私は自慢げに答えた。


「ああ、そうだったね。あれには私も驚いたよ。初めてジョンファンを見た時は、私の若い頃にどこか似てるな、とは思ったんだが…

まさか咲真が似てると言われてたとは、本当にビックリだったよ」

お父さんは笑いながら言った。


「もしかして、今回日本に帰ってきたのって咲真さんのスカウトの件ですか?」

私は単刀直入に聞いてみた。

お父さんは、飲みかけたコーヒーを吹きだしそうになった。


「イヤ、違う違う。そんなんじゃないよ。第一、咲真のスカウトの件は私は何も知らなかったんだ。ま、私の知人が咲真が私の息子だと知って、勝手に話を進めてしまったのだから、間接的には私のせいではあるんだが。

咲真、怒ってたろ?」

お父さんは心配そうな顔をして尋ねた。


「うーん。怒ってると言うよりも、なんか悲しそうでした。」

「悲しそう?」

「はい。今まで自分に無関心だったお父さんが、自分に商品価値があると知って利用しようとしている、とでも思ってたんじゃないでしょうか?」

「そんな事するわけがないじゃないか!!」

お父さんが大声で叫んだ。


私は余りの声の大きさにビックリして身体を仰け反らせた。

「す、すまない。つい興奮してしまった」

お父さんはすまなそうに頭を下げた。


「大丈夫ですよ。あ、お菓子あるんですけど食べます?東根堂のきんつばとかお好きですか?」

私はそういうと炊事場の所に行って冷蔵庫を開ける。勿論、この冷蔵庫も苑子さんが搬入したものだ。

少しレトロな感じの真っ赤な冷蔵庫なのだが、私はかなり気に入っている。


私は中から箱を取り出すとパタンとドアを閉めた。箱の中身は和菓子詰め合わせセットになっていて、稀一さんが持ってきてくれた物だ。

稀一さんは酒豪のくせに甘い物も大好きで、いつも何かしらのお菓子を買ってくる。

おかげで私のダイエットは続いた試しがない。

私が痩せないのは稀一さんのせいに違いないのだ。


「東根堂のきんつばかぁ。懐かしいな」

お父さんは呟いた。

「きんつば以外にも色々ありますよ。お好きな物どうぞ」

私はテーブルに箱を置いた。お父さんは箱の中を覗いて

「うーん、どれも美味しそうだが…やはりきんつばかな?じゃ、1つ頂くよ。ありがとう」

箱の中からきんつばを1つ取り出すとコーヒー皿の上に置いた。


「私は断然どら焼きです」

私は箱からどら焼きを取り出すと、すぐに包んであるビニールを取り外して食べる体制に入った。

「いただきまーす」

私はガブッとどら焼きにかぶりついた。


あー美味しい。やっぱり東根堂のどら焼きはアズキが違う。この甘すぎず堅過ぎず…職人技だよなぁ。

東根堂のあのハゲ気味のオッサン、なかなかやるよな。


私は評論家のような気持ちでアズキを堪能した。


「うちの妻も東根堂のどら焼きが好きだったんだよ。中のアズキが美味しいってね。」

お父さんが私の食べっぷりを見ながら言った。


「そうだったんですかっ?やっぱそうなんですよ、このアズキが本当に絶妙なんですよね!!」

私は、私と同じ感覚の人が見つかって嬉しくなった。


「咲真は…小さい頃、甘い物が苦手でね。全然食べられなかったんだけど、私の作る甘い卵焼きだけは本当に好きで、よく食べてたもんだよ。今はもう甘い物は食べられるようになったのかな」

「あ、今は普通に食べてますよ、ケーキとかも」

「そうか。成長したな、咲真も」


私達がそんな話をしてた時、ドアの開く音がして私達は入り口の方を向くと、稀一さんに連れられて咲真さんが入って来た。




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