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第14章

「スカウトッ!?」

私達は、大きな声で叫んだ。朝の朝礼終わると同時に咲真さんがポツリと話し始めた。


「うん。何か知らないけども昨日、家にプロダクションの人達が来てさ?

タレントにならないか?みたいな」

咲真さんが頭をポリポリ掻きながら言った。


「だ、騙されてるんじゃないですか??こんな田舎の一市民をスカウトだなんて!! AV出演の間違いじゃないっ??アダルト男優とか??」

私は叫んだ。


皆が白い目で私を見つめる。

「え?何?」

私はビックリして皆の顔を見つめ返した。


「わざわざこんなど田舎に、AV男優なんかスカウトに来るわけねーだろ…。それこそ手っ取り早く都会で見つけた方が早いじゃん」

青登さんが呆れながら言った。


「そ、そんなの分かってますよ。例えばの話じゃないですか、例えばの話!!ホラ振り込め詐欺みたいな、デビューさせてやるから金払え、みたいな!!

そういうの疑った方がいいですよ!!」

私は必死に訴える。


「お前…騙された経験あるのか?凄く必死だけど?」

稀一さんが疑いの眼差しで私を見つめた。


「なっ…ないですよ、そんなの…。とにかく、美味い話には裏があるんです!!高価な矯正下着とか買ったって所詮ナイスバディにはならないんですよ…」

私はしんみりと言った。


「お前…買ったのか?」

稀一さんの言葉に、私はハッと我に返った。みんなが凄く気の毒そうな目で私を見ていた。

「イヤ…あの…。べ、別に私の事はどうでもいいですから、今は咲真さんの話をしてくださいよ、咲真さんの!!」

私は叫んだ。


「でも、特に怪しげでもなかったけどな。なんか、こないだジョンファンがここに来た時の映像が、韓国では流れたみたいなんだ。

で、向こうの芸能プロダクションが繋がりのある日本のプロダクションに、俺と交渉してくれないか、みたいな話がきたらしいんだ」

咲真さんが淡々と話す。


「咲真さん…海外に売り飛ばされるんじゃないんですかっ?肝臓とか腎臓とか…臓器売買とか。もしや、精子バンクとかに種馬扱いで?」

「なぜお前は負の考えしか浮かばない?」

稀一さんが私にデコピンした。


「咲真さんがもし芸能界入りしたら…勿論ここは辞めるんですよね?」

祭がポツリと核心に触れた。


皆が黙って一気にしーんと静まり返った。


「お、お前!!お前が辞めたらシンカンジャーのリーダーはどうすんだよ!!

お前がどうしてもリーダーやりたいって言うから、仕方なく俺が譲ってやったんじゃねーかよ!!」

青登さんが叫んだ。


「譲ってもらったんじゃなく、俺がジャンケンで勝っただけじゃん」

咲真さんが冷静に答えた。


「うるさい!!イチイチ細かい事思い出すんじゃねーよ!!とにかく、一度引き受けたからには、最後までやり通すのがリーダーってもんだろうが!!

辞めるなんて絶対に許さないからな!!」

青登さんはそう言い放つとズンズン歩いて行ってしまった。


何気に青登さんと咲真さんって…仲良しだからなぁ。咲真さんが辞める事になったら、きっと抜け殻みたいになるんだろうな…青登さん。


私は、青登さんの抜け殻状態を思い描きながらずっと背中を目で追っていた。


「でも、なんか話が出来過ぎてますよね。」

祭がボソッと呟いた。みんなは祭の方を向く。

「イヤ…注目するのやめてください」

祭が俯き加減で言った。みんなは不自然に祭から視線を逸らした。


「だって…韓国俳優に似てるってだけでスカウトとか…大体、韓国って整形大国じゃないですか?俳優に似せて整形するのなんて沢山いるみたいですよ?それなのに、日本の…しかも日本のテレビでも話題にならなかった人を似てるってだけで果たしてスカウトするものでしょうか?」

祭は淡々と話をした。


それも…そうかも。

私達はそれぞれ難しい顔をして考え込んだ。

特に咲真さんは、何か思い当る事があるような険しい顔つきになっていた。


その時、突然表のガラスを叩く音が聞こえてきた。

私達は一斉に外の方を向くと、そこには綺麗な女の人が立っていた。


「お客さんかな?まだ開店時間になってないけど」

私は言った。すると、その女の人を見た咲真さんはビックリして叫んだ。

「姉貴!?」


「姉貴??」

私達もビックリして同じように叫んだ。

咲真さんは慌てて店の外に出て行く。


「あれが咲真さんの自慢のお姉さんですか?

メチャクチャ美人ですねぇ…」

私は外で話してる咲真さんのお姉さんを見ながら言った。


「メチャクチャ好みのタイプ」

稀一さんが顔を赤らめた。

私と祭は呆れた顔で稀一さんを見つめた。


ま、咲真さんもイケメンだから、お姉さんも美人だとは想像はしていたけども、想像以上の美人さに驚いた。


2人の様子を見ると、何やらお姉さんがお弁当らしき物を手渡してる所から、多分咲真さんが弁当を家に忘れてきたのをわざわざ届けにきてくれた図、って所だろうか。


しかし、最初はにこやかに話してた2人だが

途中から何やら険しい顔つきになり、特に咲真さんの表情が硬くなったのが気になった。

お姉さんはしばらく話をして、中にいる私達に会釈をして帰って行った。私達も店内で慌てて会釈を返した。


咲真さんが店の中に戻って来る。さっきとはまるで違う顔つきになっていた。

「咲真の姉さん、メチャクチャ美人だったなー!!今度俺に紹介してして~!!」

稀一さんが、咲真さんの身体を指でツンツンしながら言った。


軽い…実に軽過ぎる。

咲真さんは深いため息を1つ付いた。

「多分…今回のスカウトの黒幕は…うちの父親だと思う。」

咲真さんは重い口を開いた。


私達は、えっ?みたいな顔をする。

咲真さんの家族構成を全く把握していないせいか、イマイチ意味が分からないでいた。


確かお母さんはいない…ような話は前にしてたような気がするが、お父さんの話は全く聞いた事が無かった。

「俺の父親は…ずっと海外で仕事してて、母さんとは俺が小学生ぐらいの時から別居状態というかで、母さんが病気で入院したって全く帰って来なかったんだ。でも、毎月の生活費は送ってくれてたみたいだけどな。俺が大学の時に母さんが死んで、その時の葬儀の時に会ったっきり、あの人とは全く会ってない。


でも…思い出したんだ。葬儀の時に…あの人電話で韓国語話してた気がするって。その時は、それが韓国語なのか中国語なのか全く分からなかったけどアジア系の言葉だってのは分かったんだ。

もしかして、今回の事と韓国にいるあの人と何か関係があるのかもって思って…今、姉貴に確かめてみたんだ。姉貴は昔からあの人とたまに連絡を取ってたみたいだから。


そしたら…やっぱり、アイツ…韓国の芸能プロダクションで働いてるらしい。間違いなく、アイツの仕向けたスカウトに違いないと思う。」

咲真さんは、矢継ぎ早に色々と話してくれた。


私達は、口を挟む事も出来ず、ただ黙って聞いているしかなかった。

「で、もしそれが本当だったとしたら、どうすんだよお前」

青登さんが向こうから話しながら歩いてきた。


きっと陰からずっと聞いていたに違いない。

ったく、気になってるんなら最初から素直に戻ってくればいいのに。


「ま、今回の話は最初から乗り気でもなかったしな実際。姉貴と青登を置いて韓国なんかに行けないだろ?」

咲真さんが少し笑って言った。


「ば、バカじゃねーの?俺は関係ないだろうが!!別に俺はお前がどこに行こうがそんなの知るかっつー話で」

青登さんが慌てたように言った。


さっき、リーダーが途中で辞めるのは許さないとか何とか言ってたのはどこの誰だっつーの。

でも、そんなホッとした感じの青登さんをよそに、咲真さんの笑顔は少し寂しげだった。


デビューしたかったのだろうか…。それとも違う理由で寂しげなのかな…。

私は、少し心配になりながら咲真さんを見つめていた。






次の日、私は昼の休憩時間に苑子さんと話しながら昼ごはんを食べていた。


「んー。咲真君が元気ないのはそんな事があったからなのね。

でも、自分のスカウトにお父様が絡んでいたから、その話を断ったんじゃないと思うわ。咲真君には最初からその気が無かったと思うの。

だって、お姉さまが一人でアイスを食べに行くのでさえ可哀想って思ってる人が、お姉さまを残してどこかに行くなんて考えられる?」

苑子さんはクスッと笑った。


「あー確かに…無理だわ」

私は大きなオニギリを頬張りながら言った。

「じゃあ、何で咲真さん…あんなに寂しそうなんですかね?」

私は咲真さんの寂しげな顔を思い出しながら言った。


「そうね…。私が思うには、今まで音信不通だったお父様が、テレビで咲真君の姿を見てコンタクトを取ってきたという事が、多分咲真君にとったらお父様が自分に利用価値があると思って連絡してきたとでも思ってるんじゃないかしら?…でも、これは私が勝手に思ってる事だから咲真君の本当の気持ちは分からないんだけれど」

苑子さんは、大きなエビフライにタルタルソースを付けながら言った。


苑子さんの今日のお弁当は…洋風フルコース並みだ。

私は苑子さんのエビフライをジッと見つめていた。


「でも、咲真君みたいに素直で優しくてギスギスしてない雰囲気って、ご両親がしっかり子育てなさってた証拠だと思うの。だから…お父様がなぜ家族をおいて家を出てしまわれたのか…凄く気になるわ」

苑子さんがエビフライをナイフで切りながら言った。


私的には…そのエビの大きさが何センチあるかの方が物凄く気になります…。

うちの正月の時だけに特別に食べる特大エビフライよりも大きいんだもん。


「…佐和ちゃん、エビ好きなの?」

「えっ?」

「さっきからずっとエビ見てるから…。エビ食べる?」

苑子さんはニッコリとほほ笑む。


私…今、猛烈に卑しい顔して見ていたに違いない。

「…エビ、食べたい」

正直に言ってしまった。


私にはプライドという物はないのか!!…イヤ、プライド以上に…エビが好きだ。

「はい、沙和ちゃん」

苑子さんは笑顔でエビを私の弁当箱に置いてくれた。弁当箱からシッポがはみ出ている。

私は幸せな気分になった。

咲真さんの寂しそうな顔など一瞬にて脳裏から消え去っていた。






仕事が休みの日になり、私は久々に三川のショッピングモールに買い物にやってきた。最近は、休みの日は何かとバタバタしていたので、ゆっくり洋服を買いに来る暇もなく結構ストレスが溜まっていたのだ。


よーし!!今日は気合入れて買い物するぞー!!おー!!

私は心の中で拳を振り上げた。


ショッピングモールの中に入り、早速色んな店を物色して回った。手にとって広げてみたり、鏡の前で合わせてみたり、たとえ買わなくてもこうやってウインドウショッピングしてるだけでも凄くテンションが上がる。


こういう時は、女に産まれて良かったなぁとしみじみ思う。お洒落するのはとっても楽しいんだもん。


私は、赤いチェックのシャツを手に取って広げながら眺めた。

可愛いな~このシャツ。赤は持ってないもんな~。

しばらくずっと眺めていた。


「そのシャツ、可愛いですよね」

1人の店員さんが声を掛けてきた。私はふとその店員さんの顔を見ると、どこかで見た事のある顔だった。

チラッと店員さんのネームを確認すると、『土門』と書いてある。


土門…土門…。あっ!!

私はハッと思いだした。


「咲真さんのお姉さん!!」

思わず大声で叫んでしまった。

「えっ?」

咲真さんのお姉さんは、少し驚いた顔をして私の方を見た。

声が大き過ぎたせいか、周囲のお客様も一斉に私の方を振り返って見ていた。


「あ…す、すいません」

私は小声で誰に対して謝ってるのかも分からぬまま、とりあえず謝っておいた。


「もしかして…咲真と一緒に働いてる方かな?」

咲真さんのお姉さんが笑顔で尋ねた。


実に素敵な笑顔だ。勿論、歯も白い。咲真さんの笑顔も人をトリコにするぐらい爽やかな笑顔だけど、さすがお姉さん…更に華麗さも加わって、惚れてしまいそうになる。


「は、はい!!そうです!!初めましてっ!!」

私は慌ててお辞儀をした。

「よく分かったね、私が咲真の姉だって事。そんなに顔似てる?」

お姉さんは、自分の顔を指さしながら言った。


「あ、いえ…あの、この間朝に店に来た時にチラッと顔を見たものですから」

本当は、チラッとどころか穴が開くほどガン見していたのだが。


「あーそっかそっか。咲真のお弁当を届けた時ね。なるほど」

お姉さんは納得したように頷いた。

「あの…咲真さんのお姉さん。」

私は声を掛けた。


「紗弓でいいわよ。えっと…あなたのお名前聞いていいかな?」

「あ、すいませんっ、私、上仲沙和っていいます!!」

慌ててペコリと頭を下げた。


「沙和ちゃんね?うん、覚えた。で、何?」

紗弓さんは、私に尋ねた。

「あの…咲真さんはスカウトの話は断ったんでしょうか?断るっては言ってたんですけどなんかハッキリした事を聞ける雰囲気じゃなくって…」


「うん、断ったみたいよ?でも、最初からやる気は無かったみたいなんだけどね。でも…咲真の様子、やっぱり変なの?」

紗弓さんが少し心配そうな顔をする。


「うーん。普通っぽくはしてますけど、明らかに無理してるような。たまに深いため息なんかついてみたりして。あの爽やかな顔にシリアスさは全然似合わないですよねぇ?」

私はマジメな顔で言った。


私の言葉を聞いて、紗弓さんはクスッと笑うと

「ねえ、沙和ちゃん。今から時間ある?私もう少ししたら休憩なんだけど、一緒にご飯食べない?何か予定ある?」

私をご飯に誘ってくれた。


「いえ、全然ないです!!大丈夫です!!」

私はまた大きな声で叫んでしまった。そして周囲の人の視線を感じて小声で「すいません」と謝った。


「私、咲真のお弁当食べるけど…沙和ちゃんは何食べたい?」

「あ、私…ここに来たら必ず、ビッグネギたこ焼き食べるんです!!あとはアイスをトリプルで!!」

自慢げに言う事ではなかったのに、声高らかに言ってしまった事を少し後悔した。


「じゃ、休憩時間になったら下のフードコーナーの所に行くから、先に行ってて沙和ちゃん。」

「分かりました!!では、あとで」

私は軽く頭を下げて店を後にした。





平日なので、フードコーナーはあまり混んでなく席もガラガラだった。

私は隅の方の席に座った。


とりあえず、先にたこ焼き注文しておこうかな。焼くのに時間かかるし。

私は早速たこ焼きを注文しに行った。


しばらくして、紗弓さんがやって来た。

「お待たせ沙和ちゃん。たこ焼き頼んだ?」

紗弓さんは私の向かい側に座った。


「あ、今できたみたいなので取りに行ってきまーす」

私は席を立って小走りにたこ焼きを取りに行った。

いつ見ても実に大きい。ユラユラとかつおぶしが踊っている。あぁ…芸術だ。

私はたこ焼きをガン見しながら席まで持ってきた。


紗弓さんは、お茶を買ってきてくれたようで

「はい、沙和ちゃん。お茶でいいかな?」

私に手渡してくれた。


なんて気が利く女性だろう。私が男だったら確実に惚れてるに違いない。

「ありがとうございます。頂きます。」

私は笑顔でお茶を受け取った。


紗弓さんは、咲真さんの作ったお弁当を広げる。なるほど。咲真さんのお弁当よりも一回り小さめのお弁当箱に美味しそうにおかずが詰められている。しらない人が見たら間違いなく紗弓さんの手作り弁当に見えるだろう。

きっと、家庭的で料理の得意な完璧な女性に思われているに違いない。


「いただきまーす」

私達は同時に言うと食べ始めた。しばらく他愛もない話をしながら食べていたのだが

「あの…紗弓さん。こんな事をご飯食べながら聞くのもあれなんですが…、咲真さんのスカウトにお父さんが絡んでたって本当なんですか?」

聞きたかった事を唐突に聞いてみた。


紗弓さんは、咲真さんが用意してくれたであろう水筒のお茶をコップに注ぐと一口飲んだ。


「そうなの。韓国のプロダクションって聞いた時に、すぐにパパの仕業だと思ったんだけどね。咲真はパパの話をすると凄く嫌がるから黙ってたんだ。でもいつかはバレるとは思ってたんだけど」

紗弓さんはまたお茶を飲んだ。


「咲真さんのお父さんって…悪い人なんですか?」

私の余りの直球な質問に紗弓さんはお茶が変な気管に入ったようでむせ返った。

「だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫。あービックリした。」

紗弓さんは胸を押さえながら言った。


「咲真は、パパが病気のママを放置して海外に行ったと思ってるから、そこら辺が多分勘違いしてるんだと思うんだけども。」

「勘違い?」

私は聞いた。


「そう。うちのママね昔から身体が弱くて私達が小さい時に大きな手術をしたみたいなの。

その手術は、相当お金がかかる手術だったみたいで、ママはしなくていいって言ったみたいなんだけど、パパはママが元気になるのであればいくらかかっても構わないって言って手術したんだって。


おかげでママは前よりは良くはなったんだけども、結局また具合悪くなっちゃって…。その時の手術代に加え、それからの治療費も相当掛かったみたいで、だからパパは一人海外で働く事を選んだらしいの。


私はママからこの話を聞いたんだけど、パパは私には一切こういう話はした事ないわ。ママは自分のせいで家族が離れ離れになってしまった…って相当自分を責めてたけど、パパは自分が単に海外で仕事したかっただけでママのせいじゃなく自分の単なる我儘だ、って言ってたわ。


咲真には、本当にパパの単なる我儘としか映ってなかったんでしょうね。

病気がちの母親を残して全く帰ってこない冷たい父親。夫婦の関係は冷え切っていた、そう思ってるんだと思う。でも、本当は全然違うの。パパはママの事凄く愛してた。だからママを助ける為に必死で働いてたの。私はママから色んな話を聞く事が出来たからパパの事も理解してあげれたけど、咲真は一切そういう事を聞く機会もなかったし、聞くに聞けなかったのかもしれないしね。」

紗弓さんは、少し悲しげな顔をして微笑んだ。


私はふと、加藤さん親子の事を思い出した。

親の心子知らずとはよく言ったもので、親子が分かり合うという事は簡単なようで難しいんだなぁとしみじみ思った。


幸いにも私の家は、普通に親との確執もなく生活してきたので、親子の関係についてさほど深くも考えた事もなかったし悩んだ事もない。

普通に面白い父親と面白い母親に囲まれて…ま、面白いを通り越して、少しアホ気味な両親に囲まれて、ただただ毎日楽しく過ごしてきた。

おかげで私もこんなにアホな感じに育ってしまったのだが。


「そういえば…職場の苑子さんて人が言ってたんですが、咲真さんが素直で優しい性格に育ったのは、両親の育て方が良かったからだって。

だから、やっぱり…お父さんが本当に悪い人だったら、咲真さんはもっと捻くれた性格になってますもん。やっぱり咲真さん、誤解してるのかも知れませんね。」

私は、苑子さんの言葉を思い出して言った。


紗弓さんは嬉しそうな顔をして、お弁当の卵焼きを箸でつまんだ。

「咲真のこの卵焼きね、パパの作ってくれた卵焼きと同じ味なの。実は、うちのママは料理が苦手でね、うちのご飯はほとんどパパが作ってたんだ。身体が弱かったっていうのもあるかも知れないけどね。私達のお弁当も全部パパ。咲真は多分覚えてはいないんだろうけど、その後ろ姿は見てると思うんだ。だから、咲真は料理するのが好きで料理がメチャクチャ得意なんだと思う。パパのそういう背中見てたから。」

紗弓さんは卵焼きをパクッと口に入れた。


親子は、知らず知らずのうちに似ちゃうのかも知れないな。

私もたこ焼きを1つ口に放り込んだ。




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