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第10章

「おじゃましまぁす…」

私達は恐る恐る中に入ると、大きな応接間のような所に通された。


「節子さん、コーヒー2つお願い」

「かしこまりました、奥様」

家政婦さんらしき人が答える。


家政婦さんなんて、ドラマでしか見た事ない。こんな田舎でもあるんだなぁ…家政婦さんがいるお家って。


私は、部屋の中の置物や絵画などをチラチラと眺める。


「どうぞ、そちらにお座りになって」

おばあさんは、私達に言った。

「失礼します…」

私達は、見るからに高そうな黒いソファーに腰を下ろした。


「あのぅ…加藤さんの奥様ですか?」

祭が聞く。

おばあさんは、私達の向かいのソファーに座ると、にこやかにほほ笑んだ。

「ええ。家内の美津子でございます。」

何と言う上品さだろう。苑子さんと同じようなお金持ちオーラが出ている。


家政婦さんがコーヒーを持ってくる。

「どうぞ召し上がって。節子さん、ホラ、木村屋さんのシュークリームあったわよね。お出しして」

「かしこまりました」

家政婦さんは一礼すると、部屋から出て行った。


「お、お構いなくっ」

一応言ってみた。食べたいけど、言ってみた。


「で、あの…加藤さんが入院したって聞いたのですが、どこか悪いんですか?」

祭が尋ねた。


奥さんは少し寂しそうな顔をすると、小さく微笑んだ。

「主人は…元々心臓病を患っていましてね。長年騙し騙し何とか生活はしてきたのだけれども

なんせ病院嫌いなものだから、体調が悪くても我慢してたみたいなの。


それで、とうとう心筋梗塞を起こして倒れてしまってね…。今も意識はまだ戻らないのだけど、このまま戻らないで逝ってしまう可能性もあるってお医者様が…。」


私は、ビックリし過ぎて言葉が出てこなかった。祭の方をチラッと見ると、両手をギュッと握り締めてうつむいていた。


「せっかく、楽しみにしてたお城も完成させないで…あの人ったら逝ってしまうのかしらね」

奥さんは悲しそうに笑った。


「失礼します」

家政婦さんがシュークリームを持ってきてくれた。木村屋のシュークリームはカスタードがギッシリ詰まっててかなり美味しい。私はじーっと目の前に置かれたシュークリームを見つめていた。


「どうぞ、召し上がって」

奥さんが言う。


「じゃ、頂きまーすっ」

私はガブッとかぶりついた。

あー美味しい。やっぱり美味しい!!

私は幸せな顔して祭の方を見ると、祭はまだ表情を堅くしたままうつむいている。


ヤバイ。何のんきに大口開けてシュークリーム食ってんだ、私は。私は慌てて口の中のシュークリームを呑み込んだ。

口にクリームが付いてないか、手でぬぐってみる。大丈夫みたいだ。良かった。


ったく、空気読めよ、私!!

私はコーヒーを一気に飲み干す。


「あっ…あのっ!!」

私は全部飲み終えてから声を発した。


「あら?おかわりかしら?」

「あ、じゃあ…、って、違う違うそうじゃなくて!!えっと…今日、持ってきた2冊についてる部品があれば、お城が完成するんです!!


せっかく今まで加藤さんが頑張って作ってきたんですから、あの…最後まで完成させて加藤さんの所に持ってってあげたらどうでしょうか!!」

私は一気に言い切った。


「…無駄だよ、そんな事したって」

後ろから声がする。私達は一斉に振り向いた。


そこには40代ぐらいの男の人が立っていた。

「誠人。帰ってたの?あ、こちら、お父さんがいつも行ってた本屋さんの方達よ。こっちは息子の…」


奥さんが言い終わらないうちに息子さんが口を挟む。


「電話で、もう本はいらないと言ったはずだが?こんな風に家にまで押し掛けてきて本を売りつけるわけか?」


なっ…なにっ??

私と祭はビックリして、息子さんの顔を見た。

「なんて事言うの、誠人!!」

奥さんが叫ぶ。


「だってそうだろう?誰も頼んだ訳でもないのに、わざわざ本を持ってくるなんて。キャンセルしたら、その分お金が貰えなくなるから、こうやって届けに来たんだろう?」

息子さんは、私達を睨みつけた。


「失礼な事言わないでください!!お金が欲しくて本を持ってきたんじゃありません!!お金なんか要りませんよ!!」

私は叫んだ。叫んでから5秒後に後悔した。


あー…。勢いでお金なんか要らないって言いきってしまった。

自腹決定の瞬間だ。自ら墓穴を掘ってしまった。


ああ…私の3560円がぁ…!!3560円あったら、ONEーPIECEのコミック8冊は買えたな…。まだ最新刊まで揃えてないのに、3560円あったら全巻揃ったよね。あああああ…。


私は苦脳する。脳が物凄く苦しんでいる。でもそんな顔、微塵にも見せてなるものか。


「お金要らない?本気で言ってるのか?ふん。奇特な奴もいるもんだな。」

息子さんが鼻で笑う。


「誠人、もうやめなさい」

奥さんが止める。


「でも、そんな事したって無駄なんだよ。どうせ完成させようがさせまいが、親父はもう目を覚まさないんだ。今更城なんか完成させたって何の意味もない」

息子さんが言いきった。


「意味無くなんてないです!!」

祭が立ちあがって叫んだ。


「毎週毎週、お城が出来上がっていくのを本当に楽しみにしてたんです!!

お年寄りにとって、こんな小さいパーツを組み立てるのがどんなに大変か分かりますかっ?

今まで少しずつ組み立てていって、ようやく完成っていう所でこんな風になっちゃった加藤さんの気持ち、分からないんですか!!


そりゃもう見れないかもしれません。無駄になるかも知れません。

でも、加藤さんが今まで頑張ってきた事を意味無い事にはしたくないです!!私が加藤さんの代わりに、これを完成させます!!」


祭は息子さんに向かって大きな声で叫んだ。


祭が男の人に対して、こんな風に面と向かって、しかも大きな声で話すなんて初めての事だ。目をシッカリ見ている。


「か、勝手にすればいいだろう!!俺はもう東京に戻るんだから知ったこっちゃない。」

息子さんは怒鳴って部屋から出て行った。


祭は緊張の糸が切れたように、フニャっとソファーに腰を下ろした。


「御免なさいね、失礼な事ばかり言ってしまって。」

奥さんがすまなそうに言う。


「ホント、あの温和な加藤さんの息子さんとは信じられないぐらい性格歪んでますよね。親の顔が見てみたいってなもんですよ、全く!!」

私は鼻息荒くして言った。


「…沙和ちゃん。親、前に居るから」

祭が私の耳元でボソッと呟く。


私はハッとして奥さんの方を見た。奥さんはニッコリと私にほほ笑んだ。

ヤバイ。親、ここに居たんだった。


「イヤ、えっと違うんですよ?トンビが鷹を産んだ、というか、イヤ、鷹がトンビを産んだというか、鷹がカラスを産んだというか…

つまり、あれっ?この例えでいいの?」

私は焦って、祭に確認する。

祭は静かに首を横に振った。


「つまり!!親に似ず性格悪いって事ですよ!!」

私は言い切った。

思いっきり、親の前で子供の悪口を言いきってしまった。

周囲が一気に静まり返る。


あーもう帰りたい。

私は泣きたくなってきた。


「主人も、ああ見えて若い時はほんと、仕事一筋だったの。家庭なんか全く顧みない人だったのよ。でも、主人が頑張ってくれたおかげで、今までずっと裕福に暮らせてるのだけど、誠人には随分寂しい思いをさせてしまったみたい。


父親と遊んだり、一緒に出かけた記憶なんて全くないんじゃないかしら。だから私も何かと甘やかして育てちゃったのかも知れないわ。歳を取ってから産まれた子供だったから余計にね。

気が付いたら、大学に入ると同時に家を出て、今じゃ年に一回来るか来ないかの疎遠状態になってしまってたわ。」


「でも、お盆や正月はお孫さん達が遊びに来るって加藤さんが言ってましたけど…」

祭が言う。


「多分…親類の子供達の事を言ってるんじゃないかしら?誠人は一度も孫を連れてきてくれた事がないもの。」

奥さんは寂しそうな顔をする。

「そうですか…」

祭も寂しそうな顔を見せた。


「祭…さんでしたっけ?」

奥さんが祭に言う。

「あ、はい」

「主人からよく話は聞いてたわ。未来屋の人達は、みんな親切で行くのが楽しみだ、って。特に祭さんとは凄く話が合って、祭さんのような孫がいたら、毎日楽しいんだろうなぁって、いつも言ってたのよ」

奥さんが嬉しそうに言う。

「私も…加藤さんのようなお爺ちゃんが欲しかったです…」

祭が小さな声で答えた。


「よし!!じゃあ、祭、早速お城完成させて加藤さんに見てもらおうよ!!」

私は叫んだ。

「うん。…加藤さんの奥様、いいでしょうか?」

祭が奥さんに確認を取る。


「ええ、お願いするわ。主人は書斎で作っていましたから、どうぞこちらへ」

奥さんは私達を加藤さんの書斎に案内してくれた。


長い廊下をゆっくりと進んで行く。壁には沢山の名画が飾られていた。

高そうだな、この絵…。

私は、キョロキョロしながら進んで行った。


「ここが主人の書斎よ」

奥さんがドアを開けると、中は壁一面全部本棚で、ギッシリと本が並んでいた。


長い年月を掛けてゆっくりと飴色に変化した高級そうな机や家具も置いてあり、昔のアメリカ的な雰囲気がする部屋だった。

それでいて、中央の大きなテーブルには完成間近の日本の城が置いてあり、このギャップがまた何とも言えない。


奥さんは、ほぼ完成されたお城の模型を黙って眺めている。

私達も、同じようにしばらく眺めていた。

よく見ると、屋根の一部分が欠けている。ここに残りのパーツをはめれば完成するのだろう。


「じゃ、お願いしますね」

奥さんは私達に向かって言った。

祭は紙袋から一冊本を取りだして、そこからパーツを抜き取った。私も、同じように一冊取りだすと、パーツを抜き取る。


「じゃ、私、この部分はめるね」

私はそう言って、手に持ってるパーツを取りつけようとした。が、力を入れ過ぎて逆に屋根の部分を崩壊させた。


「ぎゃー!!」

私と祭は大声で叫んだ。


「待って!!沙和ちゃん、待って!!私、やるから、沙和ちゃんは見てて!!」

祭はそう言うと、崩壊した部分を丁寧に直していく。


「ゴメン、祭。自分…不器用なものですから」

私は高倉健の真似をして言ってみたが、サクッと無視された。


実に悲しい。ギャグが滑った芸人って、今私が感じているのと同じ気持ちになってるんだろうな…。

今度から、あんまり面白くなくても笑ってあげよう…と心に誓った。


祭は淡々と作業を進めていき、最後のパーツをはめ込んでお城を完成させた。

「やったー!!」

私ははしゃぐ。


「沙和ちゃん。跳ねちゃダメだからね」

「はぁい」

私はおとなしくなった。


「ありがとう。祭さん、沙和さん。主人もきっと喜ぶわ」

奥さんが笑顔で言う。

私達は、少し照れくさそうに笑った。


奥さんは、部屋のドアを開けると、

「喜代志さん、いるかしら?」

少し大きな声で誰かを呼んでいる。


すると、しばらくして男の人がやってきた。

「お呼びですか?奥様」

「喜代志さん、悪いのだけど…ここにあるお城の模型を主人の病室まで運びたいの。いいかしら?」


もしかして、この人は執事という感じの人だろうか。苑子さんの送り迎えにもこんな感じの黒服の男の人が付いてくる。この喜代志さんという人も、黒いスーツを着ているし何やら品が良さそうな感じがする。


「かしこまりました、奥様」

喜代志さんは一礼をした。


「では、私達は先に病院に行ってましょう。」

奥さんが言う。

「えっ…私達もいいんですか?」

「勿論よ。だって、完成のお手伝いしてくださったんですもの。一緒に主人に見せてあげましょう」

「はい!!」

私達は答えた。






日本海病院に着いた私達は、大きな個室に案内された。日本海病院には何回も来た事があるが、こんな大きな部屋があったなんて知らなかった。さすがお金持ち。入院する部屋も一般人とは格が違う。


私達は、部屋の中に入る。そこには沢山の花が飾られていて、中央のベッドには加藤さんが寝ていた。身体中に色んなチューブが取りつけられている。


元気な加藤さんしか知らない私達にとっては、かなりショックな姿だった。


「あなた。祭さんと沙和さんが来てくださったわよ。あなたの作ってたお城がまだ途中だったものだから心配してくださって、今日完成させていただいたの。もうすぐここに到着しますからね。あなたも早く見たいでしょう?」

奥さんが加藤さんに顔を近づけて話しかけた。


でも、加藤さんは目を開けなかった。

加藤さん…。


私と祭は、ただ遠くの方から加藤さんを見てる事しかできなかった。


しばらくして、喜代志さんがお城の模型を代車に乗せて運んできてくれた。

私達は、それをそっとテーブルの上に上げた。


「ホラ、あなた見て。お城完成したのよ。こんなに大きくて素敵なお城だったなんて知らなかったわ。ね、あなたも目を開けて見て頂戴」

奥さんはゆっくりと話しかける。


「加藤さん、祭です。加藤さん、お城完成しましたよ?

最後、私が作ってしまいましたが

本物そっくりなお城ですね。凄く綺麗で立派です。」

祭も加藤さんに話しかけた。


でも、加藤さんは目を開けようとはしなかった。


と、その時、病室のドアが開いて誠人さんが入って来た。

私達は一斉に誠人さんの方を振り向いた。


「ふん。結局何も変わらないじゃないか。俺が言った通り、こんなもの作ったって所詮親父は目を覚まさないし、無駄な物は無駄なんだよ!!」


誠人さんは、そう言うとテーブルに置いてあったお城を手で床に払い落した。


お城は床に叩きつけられ、物凄い音を立てて一気に粉砕した。

私達はあまりの出来事にしばし呆然となった。


が、次の瞬間、奥さんが誠人さんの頬を思いっきり平手打ちした。お城が床に落ちる音も凄かったが、このビンタも、相当凄い音がした。


「いい加減にしなさい!!いつまでそんな風に反抗を続けていれば気がすむの!?お父さんの努力も、この方達の善意もあなたが踏みにじっていいものではないわ!!


いい歳して、小さい頃にお父さんに構ってもらえなかったからって、いつまで子供みたいにいじけていれば気が済むの!!


あなたが今まで生きてきたのが、自分一人の力だと思ったら大間違いよ。

お父さんが一生懸命頑張って働いてくれたからこそ、何の不自由もなく大学まで出してもらえたんじゃないの。自分一人で大きくなったような顔して…もう、いいわ。もうあなたとは親子の縁を切ります」

奥さんが少し声を荒げながら淡々と話した。


縁を…切る。

私と祭は、衝撃の展開にビックリしていた。


「分かったよ…もう二度とこっちになんか帰って来るもんか!!」

誠人さんはそう叫ぶと部屋を出ていこうとした。

「誠人…」

誰かが誠人さんの名前を呼んだ。

私達はビックリして、その声のする方向を見ると、加藤さんが目を開けていた。

「あ、あなた!!」

奥さんがベッドに近づいて、加藤さんの手を握った。

「あなた、分かります?私、ここにいますよ?」

奥さんの問いかけに加藤さんが小さく頷く。


そして、入口付近にいる誠人さんを見て

「誠人…来てくれたのか。悪いな、仕事忙しいのに…ありがとう」

嬉しそうな声を出して言った。

誠人さんはただ黙って加藤さんを見つめていた。


「誠人が来たら、渡そうと思っていた物があるんだ…。ホラ、小さい頃に一回だけ一緒に城を見に行った事があるだろう?あの城が模型になってなぁ。お前、あの時凄く喜んで見ていたから、城が完成したらあげようと思ってたんだ。

もう少しで完成するんだが、こんな事になってしまって残念だよ…。」

加藤さんが悔しそうな表情を浮かべて言った。


私達は、足元に散らばった城の残骸をチラリと見つめた。

「俺の為に、か」

誠人さんが呟く。

皆は誠人さんを見つめた。

「そういえば…城、見に行ったな。親父とはどこにも行ってないと思っていたが…一緒に出かけた事があったんだな。」

誠人さんが呟くように話す。

加藤さんは、ニッコリとほほ笑んだ。


「すまない、親父。城の事なんだか…実は…」

誠人さんが床に散らばったパーツを見つめながら話しだした。


「わーッ!!」

私と祭は同時に叫ぶ。


加藤さんは私達に気が付いて

「おや?祭ちゃんと沙和ちゃんじゃないか。

どうしてここに?」

驚いた表情で私達を見た。


「イヤ、あの…」

「えっと、加藤さんが定期の本を2週間も取りに来られなかったので、心配になりまして電話をかけてみたら息子さんが…


その、代わりにお作りになるとおっしゃったので、お見舞いがてら届けにきたんです!!」

私は、しどろもどろになりながら嘘を言った。


代わりに作るもなにも…この床に散らばった残骸が見つかったら何も言い訳ができない。


祭はうんうんと頷きながら、足で散らばったパーツをベッドの下にそっと移動させていた。


「そうだったのか…誠人、代わりに完成させてくれるのか?ありがとうな」

加藤さんは本当に嬉しそうな顔をして言った。


私と祭は、誠人さんの動向を窺っていた。


空気…読めよ?

私はそんな念を送り続けていた。


「あぁ。完成したらここに持ってくるから、楽しみに待っててくれよ。

そしてもう一度…

今度また本物の城を見に行こう、一緒に。」

誠人さんが言った。


加藤さんは少し目に涙を浮かべながら頷いた。


やればできんじゃん。それでいい。

私達は、うんうん頷いた。


その後、加藤さんは検査の為、病室を後にした。

床の惨劇を見て、看護婦さん達は一様に驚いていたが、私達の『この事には一切触れるなよオーラ』が功を奏したのか最後まで黙って出て行ってくれた。


その後、みんなで散らばったパーツを全部拾い集めた。


「頑張って一から作らなきゃいけないな」

誠人さんは拾いながら呟く。

「私も手伝いましょうか?」

祭が言った。


「イヤ…自分のした事だから、自分一人でやってみるよ。祭さん…色々ありがとう」

誠人さんが祭に礼を言いながら頭を下げた。


ちょっとちょっと。もう一人忘れていませんかってんだ。私も一生懸命拾い集めながら不満気に誠人さんを見つめる。


待てよ?もしかして、さっき家で私が誠人さんの事を性格歪んでるとか鷹がトンビを産んだとか言ってたの聞いてたりしてっ!?


私は急に鼓動が速くなった。だから無視されてんのかな、私。


いやいや、だってイキナリこんなに素直な人になるなんて反則じゃん。

さっきまでマジで性格歪んでたっつーのに。


私悪くないし。うん、悪くない悪くない。私は一人、首を横にぶんぶん振りながら自分に言い聞かせていた。






それから数日後。誠人さんは徹夜してお城を完成させ病室に持って行ったとの事。加藤さんは本当に喜んでくれたそうだ。


そして、その完成を待ってたかのように息を引き取ったらしい。本当に眠るように、微笑みを浮かべながら。


祭と私は、葬儀に参列させてもらい、サヨナラを言う事が出来た。

祭は終始泣きっぱなしではあったが。



帰り際、誠人さんから何回もありがとうとお礼を言われた。


「君達のおかげで、最後に親父とやっと家族になれたような気がする。

恥ずかしながら、今まで親父に愛されてないと思っていたが、親父はいつも自分を思ってくれてたんだなぁと、今更気付いたよ。親父は俺達の為に一生懸命働いてくれてた。全部俺達家族を養う為に。


大人になった今、ようやく分かる事もある。

子供を愛してない親なんて…どこにもいないんじゃないかって」


誠人さんの顔は、この間見た時の顔とはまるで違う、加藤さんの優しい面影のある顔に変っていた。





加藤さんの葬儀から一ヶ月後。庄内地区限定の情報誌にうちの店の記事が載った。

酒田市にあるMという本屋のおせっかいな店員さん、という題名での投稿で、他のお客さんから、これ、ここの店の事じゃないの?と言われて発覚した。


内容を読んでみると、

間違いなくこれは誠人さんの投稿で、私達が本を届けに行った事、喧嘩になった事、そしてお父さんと仲直りさせてもらった事までの経緯と感謝の気持ちが書いてあった。


最後には、このような本屋がある事を同じ庄内人として誇りに思う、と締めくくられており、稀一さんを始め、みんな少し照れくさく、そして嬉しく思いながら、その投稿を読んだ。




その記事が功を奏したのか、お年寄りのお客様も更に増え、また売上が伸びていった。


人生、何がどう転ぶか分からないが、情けは人の為ならず、とはこういう事を言うんじゃないかなぁと思った。


自分がした事はよくも悪くも自分に返ってくる。

親切にすれば、人に親切にしてもらえる。良い事が起きる。

人生って上手い具合にできてるなーと私はしみじみと思った。



そうそう。あの立て替えた本代の3560円は、勿論キチンと払ってもらえた。

良かった。

実に助かった。


そして、この払って貰ったお金で…。

「祭、今度、池田団子屋に一緒に団子食べにいこ!私、奢る!」

「ほんと?…うんっ!!」

祭は本当に嬉しそうに笑った。



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