【7】
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「私ね、夏休みに一本、長編小説書いてみて、応募してみようと思うんだ」
駅まで二人で歩いている。駅まで続くゆるい坂道は、夕方直前の薄い黄色の陽射しでキラキラしている。坂を下り切った先には、踏切があって、さらにその先には、薄い黄色と青が混ざりあった海が広がっている。そう言われたから、俺は山本瑠奈をちらっと見た。山本瑠奈は、前を向いたまま歩いていた。
「いいね、俺たちは受験勉強もないからな」
あと2日で夏休みが始まる。そうだ。そのための私立中学に入ったようなものだ。エスカレーターでそのまま高校まで行くことができる。
「良さそうな小説の賞、見つけたんだ。去年、高校生の人がデビューしたらしいよ」
「へえ、高校生でデビューできるんだ」
「だから、もし応募できたとして、それが選ばれたとしたら、たった1年で私が最年少記録を更新することができるよね」
「そうだね。そうなったらかっこいいな」
「でしょ? だけど、そんな夢物語の甘いことばかり考えないで、私は小説を書かなくちゃいけないんだけどね」
そう言って笑う、山本瑠奈はやっぱり可愛かった。
先月から仲良くなったふたりは、時折、駅に向かって一緒に歩いている。お互いに積極的に誘うわけじゃないけど、玄関で一緒になったら、だいたい、一緒に歩くようになった。そして、駅に着いて、改札をくぐり、ホームにたどり着いても、話し続けている。さらに、帰りの電車も同じ方向だから、それぞれの地元の駅まで、話し続けている。
ここ最近は、山本瑠奈とよく話している。そんなことをしているからか、学校のなかでは自然と、川崎と山本が付き合っている説が噂され始めているらしい。そんな噂が流れても、俺は気にもとめずにいることにした。山本瑠奈もその噂が流されても、なにも思っていないようだ。
そういうことだから、俺はただ、山本瑠奈と話をしたいし、山本瑠奈の小説を読みたいから、ふたりきりで話すこと自体が本当に楽しい時間に思えた。少なくとも、山本瑠奈も俺のことを退屈に思ってないから、少なくともこの一ヶ月はずっと一緒に話をしてくれているんだと思う。
ふたりで話すことも、もちろん楽しい時間なんだけど、なによりも、重要なファクターとして、今の俺と山本瑠奈の中で、秘密が共有されている。それは、小説の創作活動を密かにしているということだ。
「なあ」
「なに?」
「読みたいな」
「じゃあ、川崎くんも書いて、応募してよ。私と同じ賞じゃない違う賞に」
「え、同じ賞はダメなんだ」
「そう、だってライバルが増えるじゃん」
「なんだよそれ」
面白くなって、思わず笑うと、山本瑠奈も俺と同じように、ふふっと笑った。
「俺だって、戦いたくはないよ。てか、小説の賞で、戦うって表現が合ってるのかわからないけど」
「川崎くん、甘いよ。小説新人賞は、熱い戦いだよ。会心の出来で磨き上げられた小説だけが残る厳しい戦いなんだよ」
山本瑠奈は、両手で拳を作り、空にジャブを打つ仕草をした。
「もしかして、出したことあるの?」
「あるよ。3回くらいね」
「すごいじゃん」
「1回は、12万字超えの長編。2回は短編の賞に応募した。ちなみに私、短編ので、2次選考まで行ったことあるんだ」
「ヤバいね。すごすぎでしょ」
そう返したけど、それがどれだけすごいのか、しっかりと理解はしていなかった。ただ、うろ覚えの知識で知っていることは、1次選考すら突破するのは、ものすごく難しいらしいことは知っていた。ほとんどの人が、予選突破することも難しいみたいだから、2次選考まで通過しているのは、きっとすごいことだ。それに、俺たちは、まだ中学生だ。ただでさえ、年齢でハンデを負っているのに、大人に負けないで突破しているのはすごい。
「すごいでしょ? だけどね、親はこれがどれだけすごいことなのかわかってくれないんだよ」
「え、どういうこと?」
「うちの親、小説なんて読まない人間だからか、なんか、心の底からすごいって言ってくれている感じがしないんだよね。私がさ、ハイテンションで『二次選考まで残ってた!』って言っても、『すごい! だけど残念だったね』って言われて。いやいや、二次選考まで残ったんですけどってなってさ」
「わからないものなんだね」
「そう、きっとそういうのって、書き手とかじゃないと伝わらないんだよ。ほら、文字ってさ、しょせん誰でも書けるじゃん。だから、他の芸術よりも、凄みがでないんじゃないかなってたまに思うんだ」
「確かにそれはあるかも」
それはあると思う。だって、文章は誰だって書けてしまうんだ。ただの文章と小説の違いは、大雑把に考えてみると、物語を書き切る根気と、文章にどれだけ細心の注意を払い、丁寧に書き込んでいるかだと思う。いくら、自分が大好きな風景描写をしっかり書き込んでも、それが伝わらなかったり、読み飛ばされたりしたら、それは読み飛ばされる程度だった文章にすぎない。
その点、作詞は音の作り込みとかで、伝わりやすいように思う。文章が短い分、情報量が少ないということも伝わりやすさにプラスになっている。だから、刺さる一文。つまり、キラーフレーズをしっかり作れば、結構、反応がいいように思う。
「ねえ、川崎くん」
「なに?」
「夏休み、お互いに応募する作品、読みあおうよ。そして、それぞれ別の賞に応募しよう。今年の夏休みの宿題にしよ? 私たちふたりの」
「ちょっと、待ってくれよ。俺はまだ一言も、書くなんて言ってない」
「えー、じゃあ、私だけ書いて、川崎くんに読んでもらうの? 私だって推しの川崎くんの小説読みたいのに」
「わかったよ。書くよ、俺も」
「やった。今日、嬉しいことふたつもあって最高なんだけど」
「まだ、両方とも口約束だけどな」
そう言っている途中で、横断歩道の信号が点滅し、そして赤になったから、ふたりは立ち止まった。山本瑠奈を見ると、山本瑠奈はなにかを考えているように両腕を組んで、空を見ているように見えた。数秒して、両腕を組むのをやめて、右手の小指を俺の前に差し出した。
「こうすれば、口約束にならないんじゃない?」
「わかったよ。こう見えても約束は守るよ」
「約束だよ」
山本瑠奈がそう言っている途中で俺は右手の小指で、山本瑠奈の小指を結んだ。
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