2024年7月 ――デビュー前、普通の中3だったときの話2【6】
「ねえ、川崎くん。この小説読んでみてほしい」
全ての授業が終わり、教室中がガヤガヤしているときに、山本瑠奈は一冊の文庫を俺の机の上にそっと置いた。俺はそのまま、置かれた文庫を手に取ろうとしたら、手と手が重なった。
意図せず、たまたま触れてしまって、俺は思わず、山本瑠奈を見た。山本瑠奈も驚いたような表情で俺のことを見た。
「――ごめん、事故」
そう言って、とっさに右手を山本瑠奈の左手から離した。
「事故らなくてもいいよ」
「こういう感じの小説、俺も好きだよ」
山本瑠奈の左手が、文庫から離れてすぐ、再び俺は文庫を手に取った。表紙を見たあと、パラパラとページをめくった。よしもとばななの『キッチン』だった。
「知ったような口きいたけど、これは読んだことない」
「きっと、気に入ってくれるような気がするから、貸してあげる」
「ありがとう。読んでみるね」
前から気になっていた。本のことよりも、さらっとホームルーム前に本を手渡されたことが意外だった。これまで、音楽の話ばかりしていて、本の話にはあまりならなかった。自分たちが書いている小説の話はするけど、お互いにどんな作家が好きだとか、この小説よかったよ。とか、考えてみると、そういう話をしていなかった。
「TUGUMIは読んだことあるけど、キッチンはまだ読んだことなかったんだ」
「むしろ、私、TUGUMI読んでないんだ」
「明日、持ってくるよ」
「やった」
思わず、山本瑠奈を見ると、山本瑠奈は、まだなにも起きていない口約束程度にすぎない、たったこのくらいのことで喜んでいた。
「いつかこういう物語書いてみたいな」
山本瑠奈がそうぼそっと呟いている途中で、担任が教室に入ってきて、ホームルームが始まってしまったから、ふたりの会話はそこで途切れてしまった。
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