【5】
*
「思ったより、えぐられる」
「そんなにエグかったかな」
「ううん、エグくはないけど、なんか、胸に響くなって思ったの」
すっと息を吐いて、山本瑠奈は俺にiPhoneSE2を差し出したから、俺はそれを受け取り、テーブルの上に置いた。俺がそうしている間に、山本瑠奈はグラスを手に取り、カフェオレを飲みきった。
「同級生の小説って初めて読んだんだ」
「俺もだよ」
「ジェラシー抱いているわけじゃないけど、私って、すごい陳腐なもの書いてるなって思っちゃった」
「チープじゃないよ。透明感の中に重さを感じた」
そう言ったあと、『ちんぷ』って言っていたのかもと思い、一瞬、言い直そうかと思ったけど、山本瑠奈がなにか言いたそうな雰囲気を感じ取ったから、自分の些細ないい間違えを修正することをやめた。
「――おだてるわけじゃないけど」
「え?」
「――私、推しになった。川崎くんの」
視線をおとしながら、頬を赤らめる山本瑠奈は可愛かった。
告白でもなんでもない。
ただ、ファン宣言しただけなのにって思いながら、俺は反応に困ってしまった。だから、それを悟られないようにとりあえず、グラスに手を取り、わずかになったカフェオレを飲みきった。
学校の穏やかな印象と違い、意外と積極的なところがあるんだって、自分でもよくわからない上から目線を発動させていることに気が付き、不意に自分のことが嫌になった。
ブコウスキーの小説だったら、このまま口説くのかもしれない。というか、推しになったって言った相手に対して、それは適切な行動になるのだろうか。推しと本人の境界線なんて曖昧な気さえした。仮に今、グラスの水滴を右手の人差し指につけ、その水滴を一直線にテーブルに描けば、それで境界線になるのだろうか。
まったくもって、くだらないことが頭のなかで、言葉がぐるぐると回る。
普段から、こうやって頭のなかで、言葉がぐるぐる回ることが多い。それを整理するために俺は小説を書いているに過ぎないんだ。
「じゃあ、一緒だ」
「えっ」
「俺も好きだな。瑠奈ちゃんの文章」
「ちょっとまって。急なんだけど――」
そう言って、山本瑠奈は左手で口を覆い、下を向いてしまった。顔は真っ赤なままだし、視線をそらされたままだ。しばらく会話になりそうもないなって思い、今度は水が入ったグラスを手に取り、水を口に含んだ。
わざとだ。わざと、下の名前で山本瑠奈のことを呼んでみた。
これで、俺も山本瑠奈のことを意識していることが伝わったかもしれない。
ただ、山本瑠奈が照れくさそうにしている姿を見て、悪い気はしなかった。それ以上に、俺の文章を認めてくれたことの方が嬉しかった。
歌詞がいいねって去年くらいから、先輩や、後輩に言われたことはあったけど、あれは久保田のメロディーがあってこその歌詞だから、正直、嬉しくもなんともなかった。だけど、今、山本瑠奈に見せたこの文章は、0から1、俺が作り出したものだったから、本当に嬉しい。こんなに嬉しんだ。自分がゼロから作ったものが評価されるのって。
ようやく山本瑠奈は落ち着いたのか、あーあ。と言って、俺と同じように水を飲んだ。
「急ってなんだよ。本当に透明感あって、すごくいい文章だった」
「ありがとう。いろいろ、嬉しい」
「ネットに投稿したり、新人賞、応募しないの?」
「まだ、その勇気はなくて、やったことない。というか、私、さっきまで強気でいたけど、自分の小説、人に読んでもらうの初めてだったんだ」
「人に向けて書いてるんでしょって言ってたのに?」
「そう、ずるいでしょ。私」
「ずるくなんかないよ。というか、公開したほうがいいよ」
「川崎くんもね。お互い様だよ」
そう言われて、思わず俺はふふっと笑ってしまった。すると、山本瑠奈も照れくさそうにふふっと笑った。
「ねえ、川崎くん。また読ませてよ。川崎くんの小説」
「山本さんもね」
「――川崎くん、もったいないよ。人の心に響く文章書けるのに」
ポツリと山本瑠奈がそう言ったのが、やけに印象に残った。
*
とにかく俺の小説は、しょせん自分のぐちゃぐちゃした頭のなかを、すっきりさせるために書いた文章に過ぎない。
だから、誰かの心に響く文章を書いているつもりなんてない。
むしろ、それは山本瑠奈の文章のような気さえした。
ただ、今日の帰り際、『また一緒に話ししたいね』って言われたから、『また来週、話そう』って返した。すると、山本瑠奈は笑みを浮かべたから、俺はキモさが出てない回答をすることができたんだと思い、安堵した。
iMacをスリープにして、ベッドに寝転んだ。
間接照明だけの温かい暗さのなかで、俺はiPhoneを操作し、小説を書き始めた。
フリック入力された文章はどれも、陳腐に思える。
ただ、それでもいい。これはただの自己満足に過ぎないから。
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