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AI、100%小説で空なんて飛べない  作者: 蜃気羊


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35/35

【35】



 

 ドアを閉め、鍵を閉めた。

 一度、U字ロックをつい、前の家の癖でしてしまったけど、U字ロックを元に戻し、革靴を脱ぎ始めた。俺はもう、ふらふらだ。頭のなかで無駄な言葉が響き続けている。


 タワーマンションの俺の部屋に戻った。がらんとしたリビングの空気は冷たかった。

 カーテンがされていない窓から、街の青白い夜景が星みたいで、きれいだった。電気をつけるとあっという間に、それらは部屋の反射で見えなくなり、スーツ姿の間抜けな俺が立っているだけだった。

 

 机の引き出しから、あらかじめ書いておいた書類をまとめた封筒を出した。

 そして、がらんとしたリビングの真ん中に座った。こんなのすら意味がない気がした。


 発表会に行けば、気分がよくなる可能性もあるかもと思ったけど、俺の気分は最悪だった。

 AIで書いた小説でみんなを騙す気分はどうだ? って頭のなかで何度も、誰かに言われているような気さえした。ただ、それは気の所為なのはわかっている。


 もしかしたら、自分が夢のなかで作った黒が、囁いているだけなのかもしれない。

 ただ、それが頭のなかで、何百回も囁かれた。


『お前はもうじきバレて、罰を受ける』

『AIで小説書いたのに、公表しないのは詐欺師と同じだ』

『中3が小説家になる日本、終わってる』

『大御所が絶賛って、ただ話題が欲しかっただけでしょ 本なんて売れないから』

『オワコンがガキを使って汚い商売し始めた 怒りを覚える』

『人生なめるな』

『ガキが人生語るな』


 次々に頭のなかでいろんな声が再生され始めた。

 だけど、俺はすべてを無視することにした。

 この会場で発狂したら、俺は終わりだ。発狂してはいけないんだ。


 ぐるぐる回る声を無視するために、俺は自分に言い聞かせた。

 その心の声と、再生される無数の悪口、そして、会場で淡々と進行されるプログラム。


『若干17歳での受賞となります。もちろん、これは最年少記録です。おめでとうございます』と司会がアナウンスする間も、悪口が頭のなかで囁きつづけた。


 永瀬さんは俺の異変に気がついたみたいで、『大丈夫ですか?』って心配そうに聞いてくれた。だけど、俺は、『ここで変なことしたら終わりですから』とか、受け答えになっているのかわからない返答をした。


 この賞は幸い、発表会だけで記者会見とかないから、発表会さえ上手く乗り切れば、大丈夫だった。本当は、祝賀会もあるらしかったけど、永瀬さんが手配してくれて、祝賀会は中止になった。


 そのまま、会場からタクシーで帰ってきた。

 長距離であることと、高校生っぽいのに、お釣りはいりませんって言って、メーターに表示された以上の万札を渡すと驚かれたけど、黙って受け取ってくれた。

 

 俺はリビングの真ん中に倒れ込んだ。右頬をべったりと床にくっつけると、冷たかった。

 ふと、一年前の授賞式の光景が浮かぶ。瀬戸セノトにこう囁かれた。


『お前なんか、どうせ一冊しか出せないよ。今のうちに最年少でちやほやされてろ。お前がいなければ、俺が最年少で、しかも最優秀賞だったはずだ。俺の方が話題を作る作家としてふさわしかったんだ』


「そうだよ。お前がなればよかったんだよ。俺に最年少記録なんて荷が重すぎたんだよ」


 AIで受賞したくせに。

 AIでデビューしたくせに。

 AIで金儲けしたくせに。

 AIでタワーマンションの部屋買ったくせに。

 自分の実力じゃないくせに。

 皆が絶賛するなんて、史上最低最悪の作家だね。


 俺は叫んだ。

 何度も、何度も、叫んだ。

 

 そして、床を何度も叩いた。

 痛みと床の冷たさが右手に響く。


『夏休み、お互いに応募する作品、読みあおうよ。そして、それぞれ別の賞に応募しよう。今年の夏休みの宿題にしよ? 私たちふたりの』


 やがて、夜のプールの水面がふと見えた。

 それは、いつか想像したしたか、うなされる夢のなかで見た光景だ。


 近くのLEDの街灯の白を反射して揺れている。

 その光の揺れ、波未満の水面のゆらぎの凹が平行世界への入口になっているのを知っているけど、飛び込む勇気が出ない。


『小説ダメだったね。悔しい、賞に落ちちゃった。また、頑張っていこうか』

『15歳のふたりの未来なんて、無限にあるんだから』

 と笑いながら言う、山本瑠奈の声が聞こえた。

『ねえ、川崎くん。また読ませてよ。川崎くんの小説』

「山本さんもね」

『――川崎くん、もったいないよ。人の心に響く文章書けるのに』

『約束だよ』

 山本瑠奈がそう言っている途中で俺は右手の小指で、山本瑠奈の小指を結んだような気がした。


 ただ、それは気がしただけで、俺は未だに叫び続けていた。スーツのポケットから、iPhoneSE2を取り出した。そして、朦朧とするなか、メッセージを打ち込んだ。


 《こわれた たすけて》


 メッセージを送信して、俺はiPhoneを床に置いた。







 お願い、間に合って――。

 エレベーターに乗り、24階のボタンを押している最中に扉が閉まり、昇り始めた。


 私は、川崎くんから合鍵を預かった日、ふと頭のなかでよぎった。

 もしかして、川崎くんが消えてしまうんじゃないかって。

 中継された発表会のメッセージでわかった。

 

 本当は、会場まで迎えに行きたいくらいだったけど、まったく川崎くんと連絡がつかなかった。

 エレベーターはどんどん加速し、10階を超える。

 私は川崎くんが壊れるきっかけになった3月29日に決めたんだ。

 どんなことがあっても、私は川崎くんのこと、ひとりぼっちにさせないよ。ずっと味方だから。

  





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