2025年 9月 ――デビュー1年目。高1の夏の話【30】
9月18日に見本誌が届いた。
実質、生まれて初めて自分の手で書いた本だ。数ページめくると、自分で書いた文字が、本の活字になっているということが、本当に嬉しかった。
一方、4月30日に発売した、本来のデビュー作である『人生なんてろくでもない!』は、AIで書かれたものだから、自分が書いたとは今でも、全く思っていない。
AIで書いた小説が、たまたま新人賞を受賞しただけにすぎない。AIで全編長編小説を書いたのが、たまたま15歳の中学3年生だっただけだ。
AIで書いてしまったら、年齢だって関係ない。本文のほとんどは、心なんて持つはずがない生成AIが人間の何百倍のスピードで作られた文章にすぎない。作品への思い入れとか、そういうものなんて一切存在しない。無機質で乾いた完成物だ。
AI小説をたまたま、多くの人たちが15歳が書いた小説として、認めただけにすぎないんだ。
それも、他の応募者を差し置いてデビューすることができたんだ――。
一冊目に対して、そのようなことが次々と浮かび、息苦しさを感じてしまう俺は、もしかすると、社会不適合者なのかもしれないとも思った。
元々の俺の気質は他人のことを、あれこれ天秤にかけない気質だったのに、社会との関わりが薄くなった所為か、陰キャマインドになってしまっているような気がする。
そもそも、今までは、バンドをやっていたり、クラスによっては1軍寄りのポジションの人間だったから、自分のことを社会不適合者だなんて思ったことがなかった。
やっぱり、デビューしてから、一人で作業する時間が増えすぎた所為か、思考がネガティブになってしまうのかもしれない。
ノリの悪い、陰キャなんて大嫌いだったし、独特の陰気さが嫌だった。
そんなジメジメ考えているなら、ギター弾いたり、音楽聴いてればいいじゃんって思っていた。
つまり、俺は心のどこかで陰キャのことをバカにしていた。
だけど、いざ、俺自身が陰キャ気質になって思うことは、陰キャは陰キャなりに、コンプレックスと戦っているということがわかった。
もっとも、俺が陰キャ気質になったのは、3月29日の炎上のコメントを読んでからだと思う。
精神的に未熟な大人の陰キャに総攻撃され、俺の存在価値は俺自身のなかでよくわからないものになり始めていた。
相変わらず、寝ていても、うなされる。
しかも最近は頭が冴えすぎて、上手く眠れなくなってきた。
だから、ドラッグストアで売っている睡眠改善薬を飲んでみてはいるけど、深く眠れるような日が少なくなった。常にイライラしているからか、クラスではひとりぼっちになってしまった。4月にそれなりに立ち回りを頑張って、炎上騒ぎを自分の生活範囲のなかでは、回避できたと思ったのに、結局、自分でひとりぼっちの要因を作ってしまった。
それでも、山本瑠奈とは、中学生だったときと同じように、たまに一緒に学校から駅に向かって歩いたり、1ヶ月に一度くらい、いつものカフェレストランでパフェを食べて、音楽の話をした。
ここ最近、自分のことばかりになっているような気がする。
読みたいはずの山本瑠奈の小説を読めていない。
お互い、腫れ物みたいに小説の話題を避けているみたいだった。
だから、山本瑠奈は、今、なにかの小説の応募を目指しているとか、どんな小説を書いているかも俺は知らなかった。
去年の夏は、楽しく小説の話をしていたのが夢の出来事のように思えた。
もし、出版できたらとか、淡い夢ばかり語っていた日々だ。その、もし本になったらどうする? を、リアルで現在進行している。
だから、せめて去年の夏の、あの淡い夢を消したくなかったから、俺は届いた見本誌をすぐに山本瑠奈に渡したかった。去年、自分の力で書いた『空なんて飛べない』が本になったらいいのにという淡い夢が現実になったから、この本を今すぐ、山本瑠奈に渡したい。
山本瑠奈に《明日、渡したいものがある》ってメッセージを送ると、すぐに既読がついた。
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