【3】
*
放課後になり、すぐに教室を出た。
玄関に入るとまだ誰もいなくて、放課後が始まったのと無縁な静けさがそこにあった。日陰で薄暗い玄関は、冷たかった朝の空気をそのまま15時まで保存したように、ひんやりとしていた。
その冷たさは夏と無縁に思えた。
ロッカーからスニーカーを取り出し、上靴を入れたとき、誰かが来る気配がした。
だから、その方に視線を向けると、ちょうど山本瑠奈がこちらへ向かってくるのが見えた。
俺はスニーカーを履き、わざとかがみ込み、靴ひもを締め直した。そうしている間に、ロッカーが開く音がし、それを閉じる音がした。そして、山本瑠奈は俺の隣でローファーを履いた。
「急ぎ?」
「いや、急ぎじゃない。川崎くん、今日、部活じゃないんだ」
「軽音楽部は、大会直前以外、帰宅部みたいなものだよ。ひとりでいるの珍しいね」
いや、俺だって、そんなことわざと聞いているだけだ。思った以上に相手が俺のことを気にしているんだって、自意識過剰かもしれないけど、そういう根拠があるから、そんなことが聞けるんだ。
「たまにひとりで帰りたいときくらいあるんだよ。私にだって」
「別にそこまで言うつもりじゃなかったけどさ。寂しくないのかなって」
「今、寂しくなったかも」
「じゃあ、一緒にさっきの続き話そう」
俺はわざと、腕を伸ばし、両手を組み、身体を大きく伸ばした。そして、すっと息を吐いて、気合を入れたあと、立ち上がり、出口の方へ歩き始めた。
駅ビル五階のレストランフロアにある、カフェレストランで話すことにした。おそらく、同い年くらいの人があまり選ばないような、お店に入った。16時前の店内は、閑散としていて、何組かの主婦や、老夫婦がいるだけで、俺らと同じような10代は見当たらなかった。
ふたりは今、ボックス席に向かい合っている。窓側の席で、窓から白い午後の日差しが入っている。俺と、山本瑠奈はの白い光の中に入っていて、その光の終点は、右側の通路の塩ビ製のふたりにしては広すぎるテーブルの上にグラスに入っているアイスカフェオレが2つがそれぞれの前に置いてある。
グラスには、微かな浮力を持った赤色のストローがささっている。ここまでは、自分の中で予想した通りで、好きなJPOPの話を一通りした。SHISHAMO、ドレスコーズ、ズーカラデル、フラワーカンパニーズ、カネヨリマサル、小山田壮平、坐・人間。
普通、KPOPアイドルの話とか、TikTokでバズってる曲ばかりの話になるところなのに、ふたりは、どっかのフェスが開催できそうなラインナップを次々に話して、お互いに完全にそれらのバンド、アーティストを知っているわけではないけど、代表曲はしっかりおさえていた。
もう、15歳目前で、ガキじゃないから、女子と二人きりでドキドキするとか、そういうことはあまりなく、むしろ、思った以上に話が合う感じの方に胸が高鳴った。
「意外と音楽だけでこんなに話せるなんて思わなかった」
「私は昨日から予感していたよ。川崎くんと話合いそうだなって」
「昨日?」
「そう、隣で久保田と話してる内容、聞いてたら、混じりたくなった」
「へえ、そうだったんだ」
俺は平常心を装うために、グラスに手をとり、カフェオレを一口飲んだ。昨日、久保田と何を話しただろうと、考えてみた。久保田が打ち込みで作った曲がいい感じだったって話をしていた。俺と久保田のバンドは久保田が作曲をして、俺がその曲に作詞をしている。
久保田は俺によく、『音楽に才能全振りしてるから、文才はない』って冗談混じりに言っている。『だから俺がいるだんだろ』とか、相棒ぶって、偉そうに久保田の曲に作詞をしている。
傍目から見たら、青くて痛い奴らに思われているかもしれないと思っている。それにただでさえ、クラスでは『あいつら二人は格好つけてる』『特に川崎は何を考えているかわからないし、一匹狼な感じ出してて、痛い』って思われていることを知っている。
そんな俺みたいな人間に興味を持ってくれる存在が、今、目の前にいることに、異性うんぬん関係なく、驚いている。
「それに本だって読んでるでしょ。私からみたら、一昨日から気になる存在だった」
「そういうことは、小説も読むってこと?」
「そう、こう見えても、私、文学少女だから」
「クラスの中では読んでないよな」
「地元に戻る電車の中と、家ではずっと本、読んでるよ。それに小説も書いてる」
「小説書いてるんだ」
そう俺が返すと、山本瑠奈は、穏やかそうに微笑んだ。そして、グラスを手に取り、赤いストローを咥えた。ストローを咥えるために一瞬、前に傾けた動きで、ボブの毛先が茶色くきらりとした。
「引いた?」
「引いてないよ」
そう返して、もう一口、カフェオレを飲んだ。俺がそうしている間、山本瑠奈は俺のことを疑うように目を細めて、じっと見つめてきた。その間に、どうしようかなって思った。向こうは俺のことを作詞しているやつだと思われている。つまり、ポエマーみたいなものだと思ってるんじゃないかって、ふと思った。
痛いポエムと言われたら、それまでだし、こんなもの誰でも書けるって言われたら、確かにそういうことをしているという自負はある。ただ、俺だって、短い文章だけでやっているわけではない。
「川崎くんだって、作詞してるから言ってみたんだ。痛いって思われたり、笑われたりしないかなって思って」
「同じタイプの人間だから、笑わないし、笑えないよ。笑うやつのほうがどうかしてるよ」
「そうだよね。だけど、どんなの書いてるのとか聞いて来ないんだ」
「グイグイいくと、それこそ引くかなと思っただけで、興味はあるよ」
心のなかでは、おそらく恋愛ジャンルを書いてるのかなって思った。夏に雪を舞う力で打ちのめされるような小説なんて望んでいない。砂浜で日向ぼっこして、喉が乾くカエルみたいに、自分が好きじゃないジャンルの小説も望んでいない。
そう考えると、群像小説や、それに絡めた恋愛ジャンルだったら許せる。
ただし、特殊舞台で、ベタで、ありがちな小説は苦手だ。第一印象で、透明感あふれる文体だったら、最高だなとも思った。まだ、一文字も彼女の文章を読んだことがないのに、勝手に脳内でミシュラン・ガイド基準にしても、仕方ないのもわかっている。
「だから、その――。読んでみたい。読ませてよ、俺の小説も読んでほしいから」
「川崎くんも、小説書いてるんだ」
「ただ、ものすごくつまらないよ。俺のは、しょせん、自己満足の言葉遊びに過ぎないから。だから、山本さんとは、対等にはならないと思うけど」
「対等なんて、関係ないよ。気になるな、川崎くんの小説。それに書いているってことは、誰かのために書いているんでしょ?」
山本瑠奈と目が合う。山本瑠奈は、いたずらを仕掛けている最中のような、無邪気な笑みを浮かべている。俺は、その笑みに負けてしまい思わず、視線をそらした。すると、山本瑠奈は、バッグからiPhone を取り出し、それを操作したあと、テーブルの上に置いた。
「残念だけど、自分のために文章を書いてるよ。俺は」
「歌詞書いて、歌ってるのに、小説は人のためじゃないんだ。意外なんだけど。まあ、そんなことより、今、読んでよ。私の短編」
「今?」
「川崎くんのも、読ませてよ。スマホにデータがあるなら」
「わかったよ」
ドキドキし始めている。誰かに自分が書いた小説をみせるのなんて初めてのことだ。強引だとも思ったし、自分の文章が人に読ませるようなものになっているのかさえ、わからなかった。ただ、ベッドの上で、日々、フリック入力で、書き込むくらいの情熱はある。
俺も、バッグからSE2を取り出した。iPhoneを操作し、その弱い情熱のなかで、一番の自信作をタップし、テーブルの上に置いた。山本瑠奈のiPhoneはベゼルレスのフルスクリーンのiPhoneだった。俺のSE2と比較すると、一回り大きく感じた。縁の色はパープルで、カラバリ的におそらく12なのかなって思った。二台のiPhoneはいずれも何世代も前のものだけど、山本瑠奈のiPhoneのほうが、性能がいいことを知っているから、世代が少し前のものでも羨ましい。
山本瑠奈が俺のiPhoneを手に取ったから、俺も山本瑠奈のiPhoneを手に取った。
「言い出したの私のほうだけど、なんだか、緊張するね」
「ここまできたら、お互い様だよ」
「そうだね」
山本瑠奈はそう言ったあと、俺の小説を読みはじめたみたいだ。だから、俺も山本瑠奈の小説を読みはじめた。
三行読んでわかった。彼女の文体はとても綺麗だ。
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