2025年3月29日 ――顔の見えない大人に炎上させられていた話【27】
一週間前にゲラを送り返してから、ぽっかりと心の中に穴が空いたような気分が続いていた。
だから、俺はこういうときこそ、どんどん書いていかなくちゃと、自分にムチを打ち、次の原稿、お願いしますと言われたとき用の長編小説を書き始めていた。
すでにプロットは完成していて、1万字くらい本文を書いたところだ。
今日も、夜中にうなされて、朝10時に起きた。
そこから、いろいろTikTok観てうだうだしたり、ご飯食べたりして、13時を過ぎていた。
リビングから部屋に戻り、机のiMacをスリープから戻した。そして、椅子に浅く座り、とりあえずさっきご飯を食べているときに、ふと思いついたシーンから書き始めた。
そのとき、iPhoneがバイブレーションし始めた。山本瑠奈からの着信だった。
「久しぶり。今、ちょうど小説書いてるんだ」
『……』
しばらくの間、マイクが空気を捕まえている音が耳元に流れた。通信状況が悪いのかと思い、一旦、iPhoneを耳元から離し、Wi-Fiの電波表示を確認したけど、問題なさそうだったから、再び右耳にiPhoneをあてた。
「もしもし?」
『こんなのひどいよ。どうしてこうなってるんだろうね』
「え、なんのこと?」
『川崎くん、SNSで炎上してる。それもトレンドワードにもなってる』
「本気で言ってる? それ」
俺はiPhoneを左手に持ち替え、左耳にあてなおした。空いた右手でマウスを操作して、Google Chromeを立ち上げた。そして、SNSを表示した。検索欄から、トレンドを見ると、俺の悪口がたくさんならんでいた。最初は現実感がなくて、思わず、笑ってしまった。
「本当だ。炎上してるね。俺。売れるかもな」
『……』
笑いながら、そう返したけど、山本瑠奈は黙ったままだった。
「あーあ。すごい怒られてるじゃん、俺。いきなりこんなことってあるんだね。楽しいじゃん、こんだけストレートで日本中の知らない誰かに文句言われるなんて」
『川崎くん?』
「なに?」
『それ、本気で言ってる?』
「いや、その――。」
そう言われて、俺は急に何を言うべきなのか、わからなくなった。マウスをスクロールし、いろんな人のポストを流し読みする。急にマウスを持つ、右手が震え始めた。気がつくと、身体がこわばり、胸の奥も震えているような気持ち悪い感覚がし始めた。
『――すごい悔しいんだけど、私』
何度も息を整えようとしているのか、その息づかいがスピーカー越しに聞こえた。そう言えば、俺、呼吸していただろうかと思い、とりあえず、何度か呼吸を意識的にしてみた。画面はスクロールさせたままで、常に悪口がたくさん、流し読みしていく。
「なあ」
『どうしたの?』
「世界って思ったより、怖いかもって生まれて初めて思ってる」
『川崎くん、私、今、世界で一番、川崎くんの傍にいてあげたい』
「――ありがとう」
そうお礼を言うのが果たして適切なのだろうか。そんなことを考えながらも、画面のスクロールを続けている。あれ、だけど、今はひとりになりたいのかもしれない。誰も俺のことを干渉することのないベッドに横になり、毛布を被りたいのかも知れない。
「ごめん。いろんな感情、処理、しきれないや。会いたいけど、今、山本さんには会えない」
『――そうだよね。ごめんね』
「いや、教えてくれてありがとう。ごめんね、気を使わせて」
『川崎くん、気なんて使ってないんだよ、私。これだけは言わせて。どんなことがあっても、私は川崎くんのこと、ひとりぼっちにさせないよ。ずっと味方だから』
「――ありがとう。切るね」
頭が回らない。お礼が適切なのだろうか。もっと気の利いた言葉で返すべきなんじゃないだろうか。画面のスクロールは続けたまま、悪口に目を通し続けながら、俺はiPhoneを左耳から離し、通話を切った。
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