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AI、100%小説で空なんて飛べない  作者: 蜃気羊


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2024年6月 ――デビュー前、普通の中3だったときの話【2】



 窓越しに見えるプールの水面はキラキラとしている。

 水は張ってあるけど、授業で使うクラスはまだないらしい。


 6月の強い陽射しが、波の影と、白くて強い輝きを作っていた。

 クーラーが苦手な子に合わせて、弱冷房の教室は今日も、若干、蒸し暑く感じる。それは、一番うしろの一番窓側という、最高の席だからかもしれない。


 窓の外の世界の暑さを一番感じやすく、長方形の端で、天井のクーラーの風が届きにくい場所だからかもしれない。

 だからって、冷房直下の席に配慮して、弱冷にされるのは、どうかしていないか。

 こっちの暑いって意見は無視しているようなものじゃん。

 多数派に少数派が負けることを身を持って知らされている気分だ。


 2時間目の社会は退屈そのもので、『ポリティカル・コレクトネスとルッキズム』について先生が淡々と話していた。

 どうやら、それらについて、週明けの授業でディスカッションするらしい。

 考えるだけで、うんざりする。それに俺にとってみれば、今、説明されているそれらは、すでにわかっていることで、わかりきっていることを散々説明されているようなものだった。


 別に俳優のことをこれまで通り、女優って言ってもいいだろって、息が詰まるなと思い、ため息をつくと、右側から視線を感じた。だから、視線をすっとそちらにやると、山本瑠奈やまもとるなが俺のことを覗き込むように見ていた。


 左手で頬杖をついていて、右の前髪の先が、ノートについていた。思わず目が合う。

 微かに唇を尖らせて、右手に持っている赤いシャープペンを揺らしている。山本瑠奈がなにを考えているのかわからず、目が合ったままで、俺は、茶色の瞳に吸い込まれそうな気さえした。


 そんな数秒後、山本瑠奈は、なぜか微笑み、そして、俺の方を向くのをやめ、前を向いた。

 山本瑠奈が一体、なにを考えてたのかなんて、俺にはわからなかった。山本瑠奈は時折、理解できないようなことばかりする印象だ。

 2日前に席替えがあってから、あまり会話はしていない。

 

 山本瑠奈って、猫みたいだなって、ふと思った。

 かわいいけど、とびっきりかわいいわけではない。


 どちらかというと、愛嬌があるタイプで、だけど、実際、隣の席に座るとどことなくミステリアスな感じで、2日前から、実は気持ちはそわそわしている。


 山本瑠奈は、1軍でもなければ、2軍でもない。

 もちろんだからといって、論外の3軍でもない。独特のポジションにいるような気さえした。つまり、分け隔てないということだ。俺は話す時は話すけど、クラスに仲間はいない。それはクラスガチャを思いっきり外したからだ。


 このクラスの男子の構成はいびつで1軍の運動部のサルたちと、3軍のオタクが半々くらいになっているという気持ち悪い配合だった。ただ、共通しているのは、なにかの噂みたいに、1組、2組に問題児や、不登校児が集中しているぶん、3組のこのクラスには、比較的、問題が少ない優等生が集中しているということだ。


 だから、2軍の構成員は、俺ともうひとりの2人だ。つまり、このクラスでまともに話せるのは、久保田翔くぼたしょうだけで、翔がいなかったらと思うと、ぞっとした。

 翔とは、軽音部の仲間で、翔はクラスの1軍とも仲が良いから、たまに話題にまぜてもらったりしているけど、表面的に仲良くできても、なにか根本が違うような気がしている。


 オタク趣味がない。というのは、語弊だ。音楽やサブカル摂取量は、たぶん人よりも多いと思う。

 だけど、3軍が大好きなライトノベルや、アニメは、基本的に受け付けない。

 というか、本当にアニメは観ないけど、アカデミー賞受賞作の映画は必ず観る。小説はエンタメ小説と、純文学、両方とも読む。なんなら、ジャンプ買う感覚で、気になる作家の読み切りの新作が掲載されていたら、ためらいなく、文芸誌を買う。


 だから、芥川賞受賞作掲載号の文藝春秋はここ2年分、4冊持っている。

 そんな、サブカルチックな俺だから、まわりと話が根本的に合わない。合わせられるけど、生理的に話が合わないと思っている。それは、半ばあきらめだ。1軍のノリだってバカらしくてついていきたくないって思うし、3軍のオタクノリなんて、気持ち悪くて、頭悪そうだなって、心のどこかで見下している。フェチズムを刺激する作品なんかより、ずっとためになる作品は世の中には信じられないほど存在している。


 チャイムが鳴り、授業が終わった。

 いつも通り、礼儀の洗脳みたいな先生への礼が終わったあと、クラスの中は一気にざわざわしはじめた。席替えを終えて、先週と違う場所で、おのおののグループが群がっている。

 そんなガキみたいな光景に嫌気がさし、俺はもう一度、深くため息をついた。


「たまに私立じゃなかったら、こういううんざりすることもなかったのかなって思うんだ。私」

「えっ」

 驚いて、思わず声を出しながら、山本瑠奈を見ると、再び、授業中みたいに山本瑠奈と目が合った。ただ、授業中と大きく違う点としては、山本瑠奈は頬杖をついているわけではなく、ただ、まっすぐに俺のことを見つめいているということだった。そんな状況だから、山本瑠奈はやはり、俺に話題を振っていることに間違いはなかった。


「だって、ため息ばっかりついてた。授業中」

「意識して、ため息ついたのは、一回くらいだと思うけど」

「いや、何回もついてたよ。私だって、つまらないなって思ってたけどさ」

「だろうなって思ってた。授業中、目、合ったから」

 手垢がついていそうな表現でそう返して、気持ち悪い返しになったなと思って、自分のことが不意に嫌になった。だけど、そんな俺の内心と裏腹に、山本瑠奈は、なぜか、ふふっと笑った。


「なんか、ドキッとしたんだけど。『目が合ったから』って。小説にありそうな返しみたい」

 あー、やっぱり気持ち悪いって思ったんだと考えが行き着き、一気に自分が嫌になった。だけど、それを悟られないためにも、俺は会話を続けることにした。


「大体、ディスカッションするほどの問題なのかって思うし、知ってる内容だし、うんざりするしの三重苦に感じたんだよ。そんなことやるなら、Spotifyでクリープハイプ聴きたいなって思ってた」

「じゃあ、私はHump Backにしようかな」

「拝啓、少年よとか?」

「恋をしようとか」

「いいね。てか、音楽聴くんだね」

「あんまり、理解されないけどね」

「じゃあ、一緒だ」

 そう返したあと、山本瑠奈にいつもくっついている岡谷瑞帆おかやみずほが、

「瑠奈。ちょっと聞いてほしいんだけどー」と、山本瑠奈に話かけ、俺と山本瑠奈の話は自然消滅した。だから、俺は山本瑠奈の会話を諦めて、バッグから、チャールズ・ブコウスキーの『ありきたりの狂気の物語』を取り出し、読みはじめた。





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