【18】
*
学校がある街の駅に着き、電車を降りた。
真冬の冷たさにまだ、電車で暖めた身体が慣れていない。
電車を降りた人たちに続いて、改札まで繋がる階段のほうに歩き始めた。
左側に止まっている電車のドアが閉まり、ゆっくりと電車は加速し始めた。ホーム内に冷たい風に吹き込み、俺は思わず身震いした。
階段近くに来たとき、反対方向から歩いてくる山本瑠奈の姿が見え、俺は思わず、その場で立ち止まってしまった。
山本瑠奈も俺に気がついたのか、その場で立ち止まった。
冬休みが明けてから、学校では毎日、姿を見ていたのに、今、この瞬間、山本瑠奈を見ただけで、思わず立ち止まってしまった。それだけ、俺にとって、山本瑠奈と話さなくなった期間は長かった。
お互いにそうしているうちに、ホームから人がいなくなった。
ホームにいた人たちは、階段に吸い込まれていった。山本瑠奈は学校でもよく着ている紺色のコートを着ていた。両手をポケットにつっこみ、ただ、俺の向かいで立っている姿は、いつものかわいい雰囲気とは違うように見えた。
「ここで川崎くんと会うつもりなんてなかったのに」
「同じ時間に移動してたんだね」
「川崎くん、先に言っておくけど、私だって話したかったんだよ」
「じゃあ、どうして――」
俺がそう返すと、山本瑠奈は一歩ずつゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。自動放送が流れ始めた。列車が通過するらしい。俺はあえて自分から歩み寄らずに、その場で山本瑠奈を待つ。素直になって、歩み寄ればいいんじゃないかって、一瞬、考えたけど、俺はそうする選択をしなかった。
どうしてじゃない。
理由はわかっている。俺が言ったことと、そのあとの態度で彼女のことを傷つけたからだ。
1ヶ月間、憂鬱な日々が続いたなかで、自分なりに考えた結果だ。24年は俺のなかではあっけなく終わり、心に穴があいたまま終わってしまった。7月に夢見ていた感触とは、程遠く、予想外のものになってしまったなと感傷的になった。
そうして、25年になり、得たものと、得た責任をぼんやりと考える日々だった。とりあえず、年明けまでに指定された最終選考用の原稿を完成させたあとは、心の穴を埋めるように書き続けた。たまにギターで適当にフレーズを弾き、どうしたら、もう一度、彼女に振り向いてもらえるかを考え続けた。
そして、今、1ヶ月ぶりに山本瑠奈は一歩ずつ、俺に近づいてくる。
山本瑠奈が俺の前にたどり着くと、山本瑠奈はなにかを考えているように両腕を組んだ。
真剣そうな表情で、じっと俺を見つめてきた。なにを考えているのか、表情からは読み取れない。数秒して、両腕を組むのをやめて、右手の小指を俺の前に差し出した。
7月、夕方の横断歩道、信号待ちしていたときと情景が重なり、あの日の約束を思い出した。そう、山本瑠奈と約束をしたから小説を書き始めたということを。
「約束して。次、賞に出すときは、AI使わないって」
「最優秀賞だった」
「えっ」
山本瑠奈の表情が歪んだとき、赤い電気機関車が引っ張る貨物列車が轟音を立てて、俺の右側を通過していった。高速で駆け抜けていく、貨物列車の所為で冷え切った風を思いっきり受ける。山本瑠奈は、そんな冷たくて強い風が吹いても、右手の小指をさしだしたままだった。
風で山本瑠奈のボブはみだれ、横髪が顔を覆った。長い貨物列車が通り過ぎ、轟音が遠くなっていく。ホームで強く吹き付けた風は、一気に穏やかになった。
「山本さん?」
呼びかけると、山本瑠奈は黙ったまま、顔にかかったままだった髪を左手で直した。山本瑠奈は泣いていた。目元から頬が濡れていて、山本瑠奈はそのまま左手で、左目尻を拭った。俺はどうして、山本瑠奈が急に泣き出したのか、わからなくて戸惑った。
「なんで、こんなすごいこと、簡単にしちゃうの?」
「全くすごくなんかないよ。結果、そうなってしまっただけなんだよ」
「すごいことなんだから、もっとしっかり喜んでよ。川崎くんがAIで書いた小説は嫌いだった。だけど、私、川崎くんが賞取ったことはすごく嬉しい」
「――ありがとう」
そう返すと、ふふっと山本瑠奈は小さく笑った。そして、ようやく最優秀賞を取ったことが、急に嬉しくなり、俺も同じようにふふっと笑い返した。それでふと気がついた。そうか、俺は山本瑠奈に泣いて喜んでくれているのが、嬉しいんだと。
「最終選考の改稿はAIを使わないで、手動でやったよ」
「やるじゃん」
「だから、約束するよ。自分の力もつけていくって」
「それって、自分で書いていくって――」
山本瑠奈がそう言っている途中で俺は右手の小指で、山本瑠奈の小指を結んだ。
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