点Pは、「待つこと」を知らない。
灰色の空の下、点Pは静かに家の軒先に座っていた。椅子も敷物もない。
背中を支える壁も、もう半ば崩れかけている。
手には空になった茶碗。空腹ではない。もう食べる力も、食べる気力もない。ここが本当に己の家かどうかすらも、判別がつかなくなっている。
点Pは、理解していた。
自らは、もう長くないこと。そして、最後は一人だということ。
点Pは、長い時間を待っていた。
誰の訪問も、誰の助けも、もう来ないことを理解していた。家族は死に絶え、友は去り、村も町も変わり果てた。今は自分の知らない機械や、自分の知らない人間、自分の知らない環境が世界に展開されている。まるで老い先短い爺はさっさとくたばれと言われているような、そんな疎外感を感じる。
点Pは、孤独であった。
疎外感。確かに疎外感である。時代そのものに置いて行かれる焦燥感。生まれ育った土地や幼き日の思い出が踏みにじられるような、そんな感触。
何をしていたのか、点Pは思い出すこともできない。ただ生き延びるために、手足を動かしていた。
色恋、絶望、希望、転機、失敗、そして繰り替えす絶望...
すべてをくぐり抜けて、彼はこの年齢にたどり着いた。もはや何もかもが曖昧になり、自分そのものの認識すら揺らぎ始めている中、点Pは一つだけ知っていることがある。
絶望と希望の繰り返しこそが人生であるということ。絶望だけ、あるいは希望だけといった単調な時間の繰り返しはただの作業に過ぎない。だから幸福に折り合いをつけ、絶望という苦汁をなめる。そしてその対価として、幸福が途方もなく輝いて見えるのだ。
点Pは、しかし幸福であった。
誰に看取ってもらうまでもない。自分のことは、つまるところ最期まで自分のことなのだ。
午後、点Pはゆっくりと立ち上がる。身体は思うように動かない。膝は軋み、指は震え、目もかすむ。
だが、歩く。歩かなければ、立っている意味さえなくなるからだ。
点Pは、塀をなぞり、屋根の残骸を避けながら、街路を徘徊する。誰も声をかけない。誰も手を貸さない。目の前を通り過ぎる人々も、点Pの存在には目を留めない。
孤独。老い。無力。それでも、点Pは歩き続ける。
夕暮れ、薄暗い街角で、点Pは古い井戸を見つける。
井戸の中に映る自分の顔。しわだらけの顔。血色のない顔。生きた証。点Pの存在証明。消しゴムでこすったら、あっけなく消えてしまいそうなその顔は、しかし年月を重ねたある種の根強さがある。
点Pは誇っていた。
生きているということ。今、確かにこの心臓は鼓動しているという、紛れもない事実。
誰に自慢するまでもなく、限りなく当然に近いこと。しかし点Pは、それが当然ではないことを知っている。生きることとは、他者に依って生きること。それは恥でも何でもない。仕方がないことだ。点Pは回想する。若いころは、自分も確かに依っていたと。それは誇っていいのだと。「自分は他者に依ることのできる、素晴らしい人間なのだ」と。
だが最後くらいは格好つけて一人で逝きたい。
点Pは、意地を張った。
点Pは、x cm 進んだ。




