表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

点Pは、「未来」を知らない。

 村の空気は重く、湿り、濁った不潔な空気が鼻を突いた。

敷物もなにもない粗末な床に、ましてそれを覆う狭い家に、何人もの人々がその身を横たえていた。

彼女―、点Pは、今日何度めか分からないため息を吐いた。

点Pは藁の上で身を丸め、体温を確かめるように手を擦った。疲労と寒さで指先はしびれ、唇は乾いて割れている。空腹は体中に波のように押し寄せたが、彼女はそれに抗う術を持たなかった。

点Pは、死にかけていた。

彼女が夢を諦めたのは、齢10の頃だった。彼女は朗らかで、誰からも好かれる。そんな娘だった。

しかし10歳の頃、全てがひっくり返った。村の外から侵入してきた部族が、原因不明の伝染病をばら撒いたのだ。その時は村の若人を総動員し、なんとか部族を追い払うことができた。

しかし、伝染病という自然の暴力からは、彼らは逃れるすべを持たなかった。

外では、誰かが呻き、また誰かが倒れた。呼びかけても返事はない。声も、表情も、すべて死の影に溶けているようだった。点Pもまた、倒れる者と同じく、ただ生きることを選ぶしかなかった。

点Pは、諦めていた。

死。夢、希望、幸福。それらすべてが2年前に崩れ去った時とほぼ同時期に、その一文字が頭から離れないようになった。明日の朝、もう息をしていないかもしれない。ひょっとしたら10秒後には、価値のない骸と化しているのかもしれない。怖くはない。どうせ、もうすぐ自分の番なのだから。

水を運び、わずかな食べ物を口に押し込む。泥の混じった芋の皮を噛み砕く。手は震え、爪の間に血と泥が入り込み、肌はひび割れた。誰も褒めない。ふと貧相な己の胸が目に入る。今はもう、ただの醜い塊だ。誰も見ていない。

ただ、呼吸を続け、動き続ける。

「死にたい」と「死にたくない」がせめぎ合い、もはや感情であるかどうかの区別もつかないまま、心の澱に溜まり続ける。

午後になると、村の井戸から水を汲む作業が回ってきた。点Pは仲間の一人の肩を借りて水を運ぶ。彼の隣の人間も、栄養失調でろくに立てず、足元がおぼつかない。二人とも転びそうになりながら、汚れた服と泥にまみれて水を運んだ。

誰も教えてくれない。誰も助けてくれない。自分が生き延びるために動くしかない。

あばら家からは、人々が糞尿や吐瀉物を垂れ流す下品な音が響いている。点Pは決して吐かない。

吐くものなど、とうに残っていないのだ。

点Pは、空っぽだった。

夕方、点Pは屋外に出て、かすかな風にあたった。病の匂い、腐った草の匂い、泥と汗の混じった匂いが鼻を突く。それでも、体は動く。理由など問わない。あの日の点Pはもういない。夢と未来に希望を膨らませていた点Pは、すでにもういない。

点Pは、決意を固めた。

生きる覚悟ではない。死ぬ覚悟だ。

その日の夜、点Pの容態は急変した。夜風に吹かれ、彼女は平野にいた。周りに人はいない。助けなど来ない。

点Pは、安堵した。

人がいないなら、するべきことがある。点Pは最後の力を振り絞って、地面を掘った。小指第一関節くらいの深さの穴が空く。彼女は震える手でとある手記を引っ掴み、地面に埋めた。霞む目で、しっかりと己の最期を見届ける。誰にも見られなくても、せめて自分だけは「生きていた」ことを覚えていたい。

そして彼女は、柔らかく目を瞑った。

幾年後、冒険家であるジャック・K・シーロン氏が遠征した際、滅びた集落を見つける。彼は三日三晩かけて周囲の様相を記録に収めた。そして彼は、地面から先っぽだけ出てきている、妙な手記を見つけた。

現地語で、こう記してあったと後世に語られている。

『私は生きていた』


点Pは、ⅹcm進んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ