点Pは、「意味」を知らない。
凍てつく霜降り積もる夜、点Pは進んだ。
その進度は、決して誰にも分からない。
彼はただ進む。意味を見出せずに。いや、見出そうとしていないという表現が正しいのかもしれない。
霧の中、点Pは歩いた。まだ誰も起きていない港町の路地を、濡れた石畳を踏みしめながら、ただ歩いた。夜明け前の寒さが肩を刺す。息は白く、指先はかじかんでいる。それでも、彼の足は止まらなかった。
目的である港は、若干の寂れが見られる。手入れされてないというわけでもない。単なる劣化だ。
点Pは特に何も感じなかった。
港につくと、倉庫の方から野太い男どもの声が聞こえる。きっと彼らは点Pと同じような仕事を受け持っているのだ。そう思うと、妙な親近感が湧いてくる。不思議なものだ。
点Pは少しだけ、見知らぬ男たちに情を感じた。
点Pは、品物を出し入れする列に並んだ。せいやっと気合を入れ直し、荷物を肩に担ぐ。荷物は指が張り付くほど冷たく、麻の繊維が薄い手袋を破って素肌を刺す。
点Pは少し顔を顰めた。
点Pのような品出し仕事は肉体労働であり、決して社会的に恵まれた者がする仕事ではない。
仕事の報酬は、パン一切れも買えないほど少ないが、文句は言えない。ましてストライキなど、考えてすらいない。
そうすれば、点P自身がこの凍土に埋められる。彼はそれを理解していた。
昼過ぎ。凍土の氷が少しだけ軟らかくなる。しかし、それはいい変化ではない。中途半端に溶けた水が、薄い靴を容易くすり抜け、言いようもない不快感を感じさせる。
先程倉庫で受け取った荷物を担ぎ、点Pは再び進む。
徒歩で荷物を運搬する際中、隣の男が足を滑らせ、凍土に尻もちをついた。通常であればそのまま起き上がることなど容易いはずだが、生憎この仕事を遂行しているものはもれなく、満足にモノを食べていない栄養失調者だけだ。
監視役の男が、地面に鞭を打ち付け、居丈高にがなる。
「置いていけ!」
点Pは、倒れたまま動かない男から目を背けた。
点Pは、少し運動を停止した。
しかし、男の荷物を少し請け負う。決して親切心などではない。余分に働くことによって、賃金が増額されるかもしれないからだ。
ここはそういう世界だ。皆が皆、生きることに必死なのだ。
夕方。日が傾き、報酬を受け取る時間となった。点Pが得た金は、コーヒー一杯すらも満足に買えない値段程度のものであった。余分に働いたことなど、誰も見ていない。誰も知ろうとしない。しかし点Pは絶望しなかった。己こそ、他人の労働などには心底興味がないからだ。
点Pは、言いようのない空虚感を味わった。
意味も、評価も何もない。感情を殺し、人間であることの誇りを捨て、ただ生きることだけを考えなくてはならない。
やりがいだとか、満足感だとか、そんなものを抱いた者から死んでゆく。
夜。凍土に唯一存在する村の路地を戻り、彼は寝床を探す。しかし、彼は知っている。自分は宿などに泊まることのできる、大層な身分ではないことを。
明日もまた、荷物を運ぶ。終わりのない作業。意味も考えない。
翌朝。点Pは、凍てつく凍土の朝に覆われていた。
点Pは、二度と目を開けることはなかった。
点Pは、x cm進んだ。




