表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/137

8話:炊き出し拠点、第二へ

朝の光が町の屋根を照らし始めたころ、晴人は道具を抱えて旧町筋を歩いていた。


 小雨のような霧がまだ残っており、瓦の上に薄く水滴が光る。

 踏みしめる土は、夜露でぬかるみ、草鞋の編み目に泥がまとわりついてくる。

 歩くたびに、湿った藁がくちゅりと音を立てた。


 (ここにしよう……)


 彼が立ち止まったのは、先日、旧町内の古井戸のそばで見つけた空き地だった。

 建物は半壊していたが、敷地は広く、何より井戸の水が清らかで、炊き出しに使うには最適な場所だった。


 すでに日陰には、子どもたちや町人が数人、集まりはじめている。

 昨日、簡単に呼びかけておいた“第二炊き出し場”の整備作業に協力したいという者たちだった。


 「おはようございます、晴人さま!」


 最初に声を上げたのは、髪に布を巻いた少女。

 名は“お糸”。炊き出し第一拠点で食事配りを手伝っていた娘だ。


 「今日は炊き出し場を作るんですよね? 手伝います!」


 「ありがとう。無理のない範囲でね。水場の整備と、火を扱う場所の準備をする予定だ」


 「じゃあ私、水汲み得意です!」


 手を挙げた彼女に笑いかけると、後ろから別の子どもたちも続けて集まってきた。

 よれた服に、日に焼けた顔。けれど、その瞳には“何かを手伝いたい”という気持ちが宿っていた。


 「晴人さん、杭はこれでいい?」


 「こっちの水溜り、どけたよ!」


 「縄、持ってきたー!」


 それは、小さな“町の再建隊”のようだった。


 晴人は道具を置き、周囲を見渡した。


 空き地の端に井戸。中央は少し凹んでいて、水の流れを制御すれば排水にも使えそうだ。

 東側は日がよく当たり、木陰になる一角には休憩所も作れるかもしれない。


 (ここを拠点に、衛生と栄養を広げていく……)


 町を“分散型”で支える構想が、少しずつ形を帯びていくのを感じた。


 「よし、始めよう。今日は第一段階。火を扱う台を作って、水の流れを整備する。皆、手分けして作業を頼む」


 晴人の声に、子どもたちの顔が引き締まった。


 作業は、驚くほど順調だった。


 井戸から水をくみ、傾斜を利用して排水路を掘り、石を敷き詰めていく。

 竹で水受けを作り、鍋が据えられるように整えると、炊き出し場としての輪郭が徐々に現れていった。


 「ねえ晴人さん、ここに地図、作れない?」


 そう言ったのは、お糸だった。

 「地図?」


 「うん。炊き出しがどこにあるのか、知らない人もいるから、場所がわかるように」


 その提案に、晴人は目を細めた。


 「それ、すごくいい案だ」


 すぐに手元の帳面を取り出し、町の略図を描きはじめる。

 “第一拠点”と“第二拠点”に印をつけ、井戸や水路の流れを記していく。


 「これを役人に渡して、掲示板にも貼ってもらおう。……町全体をひとつの身体だと考えると、この炊き出し場は“心臓”のようなものだ」


 「しんぞう……?」


 「栄養と温かさを運ぶ場所。だから、止めちゃいけない。苦しいときこそ、動かし続けなきゃいけないんだ」


 お糸は小さくうなずいた。


 昼が近づくころには、炊き出し第二拠点の骨組みがほぼ完成していた。


 竹で囲った簡易の炊事場。石を並べたかまど。

 地面には藁が敷かれ、土埃が立ちにくくなっていた。

 子どもたちは、疲れながらもどこか誇らしげだった。


 「おじちゃん! これで、お腹すいた人も、来れるよね!」


 「そうだな。ここに来れば、必ず温かいご飯がある。そう伝えていい」


 晴人がそう言うと、子どもたちは自然と拍手を始めた。

 その中に、町の若者や女性たちの姿も増えてきていた。


 “自分たちの手で、自分たちの居場所をつくる”


 その光景は、何よりの希望だった。


 その時――。


 背後で、数人の男たちがこちらを見つめていた。

 藩士の装束。先日の意見交換会に参加していた者たちだ。


 晴人は一礼し、作業を止めずに声をかけた。


 「おはようございます。視察ですか?」


 男の一人が、黙って地図に目を落とした。


 「……これは、貴殿が描いたのか?」


 「はい。簡易ですが、炊き出しと井戸の分布図です」


 藩士たちは顔を見合わせ、やがてひとりが呟いた。


 「……なるほど。あの場で語ったこと、口だけではなかったか」


 「むしろ、口より手の方が早い男だったようだな」


 苦笑混じりの声に、晴人も少しだけ肩の力を抜いた。


 東湖が言っていた言葉が、ふと胸をよぎる。


 ――言葉ではなく、行動を見よう。


 まさにその言葉のとおり、今日という一日が、町人たちの心に“何か”を残してくれる気がした。


 (言葉は火種。行動は炎。ならば、俺が最初に燃えてみせる)


 陽は中天に差し掛かり、町には新しい風が吹いていた。

昼時を迎え、第二炊き出し場には、ふたたび人の波が押し寄せていた。


 鍋から立ち上る湯気が風に流れ、炊いた麦と根菜の香りが空き地いっぱいに広がっている。

 火の前に立つ女たちは、汗をぬぐいながらも手を止めることなく、ひたすらに木杓子を動かしていた。


 「はい、次の方どうぞーっ!」


 子どもたちの呼びかけが響き、列の先頭が順に前へ進んでいく。

 飯櫃に盛られる麦飯。器に注がれる味噌汁。

 それだけの食事でも、人々は笑顔を浮かべていた。


 「うちの子、昨日から一度も笑わなかったのに……今日、初めて笑ったんですよ」


 そう言って晴人に頭を下げたのは、目の下に隈を浮かべた若い母親だった。


 「……そうですか。よかった」


 言葉は短くても、胸の内に波紋が広がっていく。

 「ご飯」はただの栄養補給ではない。

 空腹を満たすだけでなく、心を満たす行為であることを、晴人はこの場で何度も見てきた。


 子どもたちの中に、布の腕章をつけた数人の姿があった。

 細い竹を腰に差し、小さな木の札をぶら下げている。


 「おい、そこ危ないぞ! 火の近くではふざけちゃだめだ!」


 「水場の桶がひっくり返ってる! 結び直して!」


 小柄な少年が、必死に声を張り上げていた。


 「晴人さん、できたよ。ぼくらの“見回り隊”!」


 とびきりの笑顔でそう言ったのは、第一炊き出し場でも顔なじみの“弥八”だった。


 「すごいな……名前も自分たちで決めたのか?」


 「うん。みんなで相談して決めた。これから、町の中も見て回るんだ!」


 背筋を伸ばし、胸を張るその姿に、晴人は胸が熱くなるのを感じた。


 (守られる側だった子どもたちが、今は町を守ろうとしている)


 それは、決して小さな変化ではなかった。


 彼らが作ったのは、たった数枚の札と、竹を差しただけの簡易な“役職”かもしれない。

 だがその心の中には、すでに“責任”という火が灯っていた。


 「……町が変わってきた」


 ぽつりと呟いたその声に、背後から返事が返ってきた。


 「いや、晴人さまのおかげで“人”が変わったのです」


 振り向けば、そこには年配の女性。

 名はお房。町の水売りをしていたが、炊き出しが始まってからは、井戸番として協力してくれていた人物だ。


 「昔はね、誰かが困ってても見て見ぬふりでしたよ。自分のことで手一杯だったから」


 「……それが今では?」


 「誰かが炊き出し場に向かってると、“今日も行けるかな?”って、声かけが始まるんです。まるで……村が、町が、生き返ったみたいで」


 その言葉に、晴人は小さく頷いた。


 彼が未来から持ち込んだのは、道具でも技術でもなかった。

 ただ、“きっかけ”だった。


 人々は、もともと優しさや力を持っていた。

 ただ、それを引き出す場所がなかっただけ。


 「……皆さんが変えたんです。僕は、火を点けただけですから」


 「火……ですか」


 お房はふっと笑い、炊き出し場の鍋から立ち上る湯気に目を細めた。


 「確かに、今のこの場は、薪の火よりも、人の火の方があたたかく感じますねぇ」


 その時、どこからか木の鐘の音が鳴った。

 お糸が竹の柱を叩いていた。


 「休憩しましょう! 皆さん、交代でご飯です!」


 子どもたちの呼びかけに、大人たちも笑って頷いた。

 次第に、笑い声と湯気が交差するなかに、人の輪が育ちはじめているのが見えてくる。


 晴人はその中心に立ちながら、懐から一枚の紙を取り出した。


 それは、町の略図。

 第一拠点、第二拠点。

 そして、まだ空白の地帯――物資が行き届いていない地域。


 (次は、あそこだ)


 炊き出し場を“点”から“面”へとつなげることで、町全体の流動と連携が生まれる。

 それが、人と人を結び直す基盤になると、確信していた。


 「晴人さま」


 再び背後から声がかかる。

 今度は、藩士の装束をまとった若者。昨日、議論の場にいた一人だった。


 「町民の中で、これほど整然とした自助の動きが起きるとは……我々は、見誤っていたのかもしれません」


 「いえ、皆さんがいたから、僕もやれたんです」


 「本日、東湖さまより“町民の行動記録”を出してほしいとの申し付けがありました。“どのように動いたか”を、文として残したいと」


 「記録を……?」


 「はい。できれば、晴人さまの手で、とのことです」


 晴人は軽く目を伏せ、深く息を吐いた。


 (東湖さん……)


 ――言葉ではなく、行動を見よう。


 その姿勢は、すでに“言葉を文に残すこと”へと進んでいた。


 変化は確実に広がっている。


 民から藩へ、そして――藩から国へ。


 晴人は視線を上げた。

 第二炊き出し拠点の空には、柔らかな陽が射していた。


 子どもたちが走り、大人たちが笑い、町が――“人の手”で再生していく。


 それは、何より確かな“革命”の始まりだった。

午後の陽射しが傾きかける頃、晴人は一枚の紙を地面に広げていた。


 旧町全体の略図。

 自ら描いたこの地図は、すでに何度も修正され、縁は指の脂で黒ずみ、あちこちが折れ目で擦り切れ始めていた。


 「ここが第一炊き出し拠点。こっちが今日整えた第二。井戸と水路の流れは……うん、この角度なら、排水もうまく流れるはずだ」


 石炭の代わりに使っている木炭の残り香が、風に乗って流れてくる。

 昼の喧噪が一段落し、町の空気は一時の静けさを取り戻していた。


 (次は……どこに“火”を灯すべきか)


 炊き出し場の成功は、確かに町の空気を変えた。

 だが、それでもなお支援が届いていない区域があった。


 とくに西側の商人街跡。

 大火の被害が甚大で、井戸が枯れ、資産家たちの多くは他所へ逃げていた。

 今なお崩れた家屋が放置され、人影はまばら。

 そこに住む者たちは、助けを呼ぶ声すら持たぬ者たちだった。


 (あそこに、第三拠点を――)


 視線を落とすと、地図のその一帯だけがぽっかりと“空白”になっていた。

 まるで、記憶の外に押しやられたように。


 「……塗りつぶすんじゃない。“描き加える”んだ」


 独りごちた言葉に、足音が近づいてきた。


 「おい、晴人さま。そんなところで地べたに座り込んで、また何か思案中か?」


 声の主は、例の下士・佐藤だった。肩には薪を担いでいる。


 「ええ。次の炊き出し拠点を、どこに置くべきか考えていました」


 「三つ目か。なるほど、町を“点”で繋いでいくつもりだな?」


 「はい。ですが、点が線になるには、地図と意識の“共有”が必要です。今は、まだ人が自分の範囲しか見ていない」


 佐藤は、広げた地図を覗き込み、ふっと鼻を鳴らした。


 「……藩の者も、そうかもしれんな」


 「ですから、情報を開いていきたいんです。炊き出しの場所も、井戸の位置も、避難できる空き家も。知っていれば、助け合える」


 「ふむ。それはつまり、“民の中に民を支える仕組み”を作るということか?」


 「はい。“官”がすべてを賄うのではなく、民が民を守れるようにする。それが、これからの町には必要だと考えています」


 その言葉に、佐藤は薪を下ろし、腕を組んだ。


 「……言うな、“藩”のやることじゃないとな。わかっています」


 「いや、否定する気はない。むしろ、“やってくれ”という声が、昨日から俺のところにも届いている」


 「え?」


 「……武家屋敷の裏に、今も人目を避けて暮らす町人の一家がいたそうだ。“晴人さまに伝えてほしい”と、こう言っていた」


 そう言って、佐藤は懐から小さな包みを取り出した。


 包みを開くと、そこには小さな石のかけらが入っていた。


 「……炊き出し場の炉に使われていた石と、同じ材質です」


 「そうだ。“いつか、あの火を自分たちのところにも”ってよ」


 晴人はゆっくりとその石を受け取った。


 ただの石にすぎない。

 だが、それは確かに“誰かの希望”だった。


 「……届けます。必ず」


 そう呟いた時、晴人の背後で声がした。


 「晴人さま。ご一緒してもよろしいですか?」


 振り向けば、お糸と弥八、そして“見回り隊”の子どもたちがずらりと並んでいた。


 「次の場所、行くんでしょ? ぼくら、案内できます!」


 「昼間、遊びながら見てたんだよ。こことか、ここ。誰もいない家とか、いっぱいあった」


 小さな指が、地図の空白地帯を次々と示していく。


 「……すごいな。君たち、本当にこの町を見てるんだな」


 「うん。だって、ぼくらも、この町の人だから」


 晴人は、しばらく言葉を飲み込んだまま、その光景を眺めていた。


 子どもたちの背丈では、町のすべては見えない。

 だが――だからこそ、地面のこと、足元のこと、瓦礫の中にある誰かの暮らしに、誰よりも敏感なのだ。


 「君たちに、頼んでもいいか? 第三の場所、選ぶのを手伝ってほしい」


 「うん! 任せて!」


 子どもたちは、いっせいに顔を輝かせた。


 それは、町という“器”の中で、ようやく育ち始めた小さな芽。

 晴人は、その芽に土をかけ、水を注ぐようなつもりで、地図に線を描き加えた。


 西の空は、ゆっくりと赤く染まり始めていた。


 夕暮れの空の下――かつて絶望が漂っていたその土地に、

 今、新たな“灯り”が点けられようとしていた。

翌朝、晴人は子どもたちの案内で、西の商人街跡を訪れていた。


 この一帯は、大火と地震によって最も甚大な被害を受けた区域だ。

 瓦は崩れ、柱は折れ、倒壊した店の軒先が今も道をふさぎ、風が吹けば焼け焦げた板の隙間から灰が舞い上がる。


 「……ひどいな」


 呟いた声に、隣を歩く弥八がうなずく。


 「ここ、夜になると誰も通らないんだよ。真っ暗で、こわいから。でも……誰かは、住んでるみたい」


 「住んでる?」


 「うん。火の跡の奥に、洗濯物が干してあるの見たことある。声は聞こえなかったけど……」


 晴人は足を止め、倒れた壁の隙間から奥を覗いた。

 すると、奥の板塀に、確かに白い布がかけられているのが見えた。


 (この惨状の中でも、人が生きている……)


 近づけば、わずかに土を踏みしめた痕跡がある。

 火災から月日が経ち、崩れた建物の残骸は風雨に削られているが、そこに新しい足跡がいくつも刻まれていた。


 「……この場所だ」


 晴人はぽつりと呟いた。


 炊き出し拠点としては、井戸が遠い、道が狭い、日当たりが悪い――欠点ばかりだった。

 だが、それでもこの場所にこそ、灯りが必要だと直感した。


 「よし、地図に書き加えよう。ここを第三拠点の候補地にする」


 「わーい! やったー!」


 弥八たちは飛び跳ねて喜んだが、晴人の表情は真剣そのものだった。


 問題は、ここまで資材をどうやって運び込むか。

 そして、この場を“拠点”として成り立たせるには、町の理解と協力が不可欠だった。


 (今の空気なら、可能性はある。けれど――)


 そのとき、背後からかすかな足音が近づいてきた。


 「……やはり、ここを選んだか」


 振り向くと、そこには昨日と同じく佐藤の姿があった。

 だが今回は一人ではなかった。

 二人の若い藩士が従っており、その手には竹の巻き物と紙包みがあった。


 「これは?」


 「“東湖さまからの指示”だ。炊き出し場の拠点候補について、調査と記録を進めるように、とのことだ」


 「……本格的に、藩が動き出すということですか?」


 「そういうことになるな。ただし、表向きにはまだ“民の自発”として扱われる」


 佐藤は巻き物を広げながら言った。


 「これは藩が保持していた井戸と水路の図だ。公にされたことはない。……だが、お主の活動は、それを超え始めている。東湖さまは、こうも仰っていた。“この男が描く地図の上に、藩が乗る時が来た”と」


 晴人は一瞬、言葉を失った。


 (俺が描いた地図の上に、藩が……?)


 地図とは、ただの紙ではない。

 そこに描かれた道、井戸、拠点のひとつひとつが、「人の営みと希望の線」だった。


 そこに、藩が“乗る”ということは――

 民の行動が、制度に影響を与えるということだ。


 (この世界で、“民”の動きが“政治”を動かす……)


 その衝撃は、胸の奥に小さな火を灯した。


 「……協力していただけるなら、ぜひお願いしたいです。この場所の整備には、力が必要です。運搬も、作業も……一人では限界がある」


 「無論だ。“一人でやる気”なら、俺たちは来ていないさ」


 そう言った佐藤の顔には、わずかに笑みが浮かんでいた。


 若い藩士たちも、肩に掛けていた包みから竹縄と測量道具を取り出していた。


 「晴人さま、ここの傾斜、緩やかですが、排水が難しそうです」


 「じゃあ、水を集める“受け”を最初に作ろう。上流から流せば、火の近くも使いやすいはずだ」


 町人の子どもたちと、武士の藩士が、ひとつの場所にひざをつき、図面と地面を照らし合わせながら語り合う。


 昨日までは考えられなかった光景だった。


 「晴人さま」


 お糸が、そっと呼びかけた。


 「この場所……こわかった。でも、今はちょっとだけ、明るく見える」


 「……それは、君たちがここに来てくれたからだよ」


 そう言って、晴人は笑った。


 “誰もが避けていた空白”が、少しずつ色を帯びていく。

 藩の地図と、民の地図が、重なり合っていく――その始まりの瞬間だった。


 そしてその日、町の掲示板には新たな紙が貼られた。


 「第二拠点、稼働中」

 「第三拠点、整備予定地」


 町の人々はそれを指差し、互いに情報を交わし始めた。

 誰かが、誰かに伝える。


 「今日も、あの場所で、炊き出しがあるらしいよ」

 「少し遠いけど、行ってみようかな」

 「手伝いたいんだが、どうすればいい?」


 人の流れが、少しずつだが確実に“つながり”に変わっていく。


 晴人は、地図を折りたたみながら空を見上げた。

 町に、ひとつ、またひとつと灯る小さな火。


 それは、戦ではなく、破壊でもなく――

 “人のために動く”という意思によってともされた、

 希望の篝火だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ