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61話:剣と学びの砦

春の風が羽鳥の丘を駆け抜け、政庁の屋根瓦をなでるように吹き抜けていった。新たに建てられた政庁庁舎は、藩邸建築と町家の融合とも言える造りで、奥行きある庇が人々の往来を見守るように伸びていた。正面には羽鳥の印が大きく掲げられ、町民たちが足を止めてその門構えに目を細めていた。


 「――ついに、ここまで来たか」


 庁舎の中、晴人は一枚の巻紙を広げながら、静かに呟いた。目の前に並ぶのは、この国を変えるために手を携える者たち――その名を記した家臣団の名簿である。


 「長官、お時間です」


 背後から声をかけたのは藤田東湖だった。かつては主君たる斉昭に仕えたこの男も、今は羽鳥政庁の参謀として主人公を支える存在となっていた。晴人は頷き、書状を巻き取って立ち上がった。


 政庁の大広間には、既に多くの顔ぶれが集まっていた。


 佐久間象山が両手を背に組み、窓際に佇んでいる。その傍らには、軍装に身を包んだ村田蔵六、すなわち後の大村益次郎が無言で座っていた。高知からはるばるやって来た武市半平太も、羽織の襟を正して席につき、傍には清河八郎が鋭い眼差しで集まりを見渡していた。


 さらには――斎藤一、沖田総司、永倉新八、原田左之助、島田魁。


 新選組の剣客たちが、今や主人公の直臣として列席していた。彼らは京都に血風を巻き起こす前に、この羽鳥という未完の地で、己の剣を活かす道を見出していたのである。


 「諸君――本日より、羽鳥政庁は正式に政権機関として発足する」


 晴人の声が広間に響く。全員が一斉に姿勢を正した。


 「ここに集ったのは、藩や出自を越えた“志”を持つ者ばかりだ。われらは主従ではない、同じ未来を目指す“同盟者”である。されど、秩序なき理想に未来はない。よって、今ここに家臣団を組織し、政務・軍務・教育・技術・医療の五局を創設する」


 佐久間象山が目を伏せながら頷き、村田蔵六が懐から帳面を取り出してメモを始める。武市半平太は、斜めに視線を走らせながら、己の「志」がどう試されるかを見極めていた。


 「軍政局には村田、外交局には藤田、教育局は象山、工業局には半平太、医療局には石川泰……そして、局長を補佐する者として、羽鳥の青年からも若き才を登用する予定だ」


 その言葉に一部の人物が顔を上げた。羽鳥の町では、すでに学舎での育成が進んでおり、主人公は地元の若者に政に参画させるつもりであった。


 「さらに――」晴人は言葉を切り、奥の障子に目をやった。


 障子が静かに開き、一人の青年が姿を現した。浅黒い肌に鋭い目つき、しかしどこか柔らかな物腰の男。それが、後に日本経済の父と呼ばれることになる渋沢栄一であった。


 「ご紹介いたします。遠く上州から来られた志士、渋沢殿。今後、我が政庁の経済顧問として加わっていただくこととなった」


 ざわ、と場が揺れた。東湖は目を細め、象山は唇の端をわずかに吊り上げる。


 「お初にお目にかかります。渋沢栄一と申します。微力ながら、この羽鳥の未来のため、尽力させていただきます」


 栄一は一礼し、全員の前に進み出た。その姿はまだ若く、頼りないとも映るかもしれなかった。だが彼の背後には、近代経済という巨大な波が、静かにその胎動を始めていた。


 「――以上が本日、羽鳥政庁発足に伴う人事と組織構想である。異論がある者は、ここで述べてくれ。我々は、決して言論を封じる政ではない」


 しばしの沈黙のあと、沖田総司が軽く笑みを浮かべた。


 「異論なんてありませんよ。こんな面子、幕府でも揃えられやしない」


 その言葉に場がほころび、空気が柔らかくなる。


 羽鳥という名もなき地に集った英雄たち。斬るためではなく、護るためにその剣を振るい、富を奪うのではなく、生むために知を尽くす。


 ここに――「未来を創る家臣団」が、ついに誕生した。

政庁の大広間は、先ほどまでの緊張感を保ちながらも、徐々に現実的な議論の場へと移りつつあった。晴人は中央の畳敷きに置かれた低い文台の前に座り、目の前の巻紙を広げる。そこには、今後の羽鳥政庁の組織構想と役割分担が書き記されていた。


 「――まずは軍政局から始めよう。」


 晴人の声が静かに響くと、場の視線が自然と沖田総司と斎藤一、そして永倉新八に集まった。

 沖田はまだ若い。だがその眼差しは鋭く、武芸にかけては群を抜く才能があった。彼の剣はすでに何度も羽鳥の稽古場で披露され、若者たちからは羨望と畏敬の念を集めていた。


 「総司、羽鳥での稽古場は評判が良いと聞く。だが、それだけでは足りない。今後は剣術だけでなく、隊列戦、槍や火器を組み合わせた戦術訓練も導入したい。」


 「……火器、ですか?」

 沖田が首を傾げる。


 「そうだ。」晴人は頷いた。「時代は変わる。刀の時代が終わるとまでは言わないが、剣と銃の併用を覚えなければ、いずれ列強の前に膝をつく。新しい戦い方を教え、若者たちに体得させてほしい。」


 その言葉に、斎藤一が無言で頷いた。彼の眼は沖田より冷たく、実戦の匂いを漂わせていた。

 「――俺に任せてくれ。抜刀と銃術、両方を織り交ぜた訓練が必要だ。羽鳥の剣士どもに、現実の戦いを教え込んでやる。」


 その横で、永倉新八が笑い声を上げた。

 「俺の出番は力仕事か? ま、そういう役目なら大得意だぜ。」


 広間の空気が少しだけ和らぎ、晴人は微笑を浮かべる。

 「三人には軍政局の指導役を任せる。羽鳥防衛隊、そして水戸藩の護衛部隊を強化する中心になってほしい。」



 次に、晴人の視線が佐久間象山と村田蔵六へ向いた。


 「工業局は象山先生、医療局は村田にお願いしたい。特に医療局は、養生院の拡張に伴って羽鳥にも診療所を増やし、農村にまで巡回医療を広げる必要がある。」


 村田は深く頷き、帳面を指で叩きながら言った。

 「火薬と鉄、それに薬品の在庫管理は密接に関係します。現状、製薬と鍛冶の燃料が足りない。近いうちに日立の炭鉱を本格稼働させねば、需要に追いつかないでしょうな。」


 「炭鉱……。」

 渋沢栄一が小さく反応した。彼はここ数日、羽鳥の市場や炭焼き場を視察し、資金の流れと収益の可能性を調べていた。

 「資源を握ることは、信用を作ることと同じです。炭を使って鉄を造り、鉄を用いて道具を作る。その道具で農を豊かにする。すべてが繋がる。」


 「そのための資金は、どうする?」

 藤田東湖が口を挟んだ。

 「我が水戸藩は未だ負債を抱えている。借金の返済は順調だが、羽鳥の開拓と工業化で金を使い過ぎれば、いずれ再び首が回らなくなるぞ。」


 晴人は一息つき、栄一の方を向いた。

 「渋沢殿、例の“共同出資”の案をここで説明してもらえますか。」


 「はい。」

 栄一は前に進み出て、紙の束を広げた。

 「今の常陸は、商人や豪農の資金を活かしきれていません。そこで、羽鳥政庁が主導し、出資者に“分益証”を発行します。これは将来の利益配分と引き換えに資金を集める仕組み――いわば現代で言う株券に近いものです。出資者は定めた年限で配当を受け取り、資金は工業・物流・教育に投入する。」


 「……面白い。」

 象山が腕を組み、感心したように呟く。

 「封建の世に、商人を巻き込むか。時代が変わるのを目の当たりにするとはな。」


 東湖は渋沢をじっと見つめ、最後に頷いた。

 「よかろう。金は血液だ。だが、血が巡るだけでは体は動かん。志が心臓となり、知恵が骨格となる。……その全てを、この羽鳥で形にするのだな。」



 議論が一段落した頃、晴人は障子の外から聞こえる賑やかな声に耳を傾けた。

 庭先では、羽鳥の若者たちが剣の稽古をしていた。竹刀が打ち合う音、掛け声、土を蹴る足音。かつて静かだったこの地が、今や新しい息吹に満ちている。


 「……あの者たちが、未来を作るのか。」


 沖田が静かに呟いた。

 「今の羽鳥の稽古場には、百人を超える若者が集まっています。刀を握ったこともない町人や農民が、毎日汗を流している。武士だけが剣を学ぶ時代は終わるかもしれません。」


 「その通りだ。」

 晴人は立ち上がり、庭に目を向ける。

 「剣は護るためのもの。富も護るためのものだ。戦わずして未来を切り拓くために、我々は剣と知恵を両輪として進む。」



 夜、政庁の会議が終わると、晴人は一人で庁舎の屋上に出た。

 羽鳥の町並みが夜の闇に沈み、遠くでかがり火が揺れている。人口は既に五万人を超え、町には市場、学舎、養生院、工場が並び始めていた。夜空に煙が立ち昇るその光景は、まるで新しい都市の胎動を告げているかのようだった。


 そこへ、渋沢栄一が足音を立てて現れた。

 「長官――いえ、晴人殿。羽鳥は、まるで“第二の江戸”のようですな。」


 「まだ始まったばかりだ。」

 晴人は夜風に吹かれながら笑みを浮かべた。

 「だが、この地を守るために、私はどんな手も打つ。江戸も京都も越え、この羽鳥を未来の都にしてみせる。」


 栄一は黙って隣に立ち、星空を見上げた。

 「金も、人も、志も――今は揃いつつある。あとは、どれだけ早く走れるかですね。」


 「走るための車輪は、もう回り始めている。」


 晴人の視線の先には、昼間に完成したばかりの常陸式自転車の試作品が、庭に並べられていた。

 羽鳥の未来は、もう止まることを知らない。

春の柔らかな陽光が、羽鳥政庁の中庭に注ぎ込んでいた。


 その日、政庁の一角に設けられた儀式殿には、晴人の招きに応じて新たに召し抱えられた家臣たちが集まっていた。彼らの衣服は統一されていない。羽織袴、道着、洋装、そして旅装。だが、その全員が、この地に新たな覚悟をもって足を踏み入れた者たちだった。


 「本日より、そなたたちは羽鳥政庁の直臣として、我が元に仕える。」


 晴人がその場で声を張ると、全員が片膝をつき、一斉に頭を垂れた。その光景を、晴人は心に焼き付けていた。


 ――始まったのだ。ようやく本当の意味で、自分の足で立てる体制が。


 最初に名を呼ばれたのは、清河八郎だった。


 「清河殿には、外政および情報収集を担当する“外事局”を任せたい。羽鳥の動きを、幕府・他藩・外国に広く伝え、逆に外の情報を集めてほしい。」


 清河は黙って頭を下げた。野心と策略に満ちた男だが、その才は抜きん出ている。むしろ敵に回すより、こちら側に引き入れたほうが遥かにマシだった。


 「斎藤一、永倉新八、原田左之助、島田魁――君たちには、羽鳥警備隊の中核として、“剣兵隊”を組織してもらう。沖田総司と共に、新たな治安・軍事の要となってくれ。」


 それぞれが無言で立ち上がり、深く頭を垂れた。四人とも、かつての新選組の面影を背負いながら、羽鳥の大地に新たな誓いを立てた。


 「……俺たちが刀を振るうのは、今や武士の誇りのためではない。」

 島田魁が口を開く。

 「民が笑って暮らせる日常を守るために、振るうんだな。」


 晴人はうなずいた。

 「その通りだ。強さとは、民を屠るためのものではない。守るための力を、羽鳥に築こう。」


 その言葉は、広間にいた全員の胸に静かに響いた。


 次に、晴人は数人の若い男女を前に呼び出した。


 「これより、羽鳥政庁は“五局制”を布く。すなわち、軍政局・外事局・工業局・医療局・教育局である。君たちには、それぞれの局に配属され、初期の事務と制度設計を担ってもらう。」


 顔を上げたのは、江戸や水戸から集められた志士や学者たち。中には、名もなき町医者や郷士の息子もいた。だが晴人は、学歴や家柄ではなく“意志”を重んじて登用していた。


 「……我らは、封建の終わりを見ている。だが、混乱の先にあるのは混沌ではない。秩序だ。新たな秩序が必要だ。君たちが、その骨格を造ってほしい。」


 緊張に包まれた中、佐久間象山がゆっくりと口を開いた。


 「我が工業局では、すでに大砲鋳造の準備が始まっておる。だが火薬や金属の精度には限界がある。本格的に欧式兵器を作るには、羽鳥独自の研究所を設ける必要がある。設計、火薬、金属、機械、すべてにおいて“試行錯誤”の場が必要なのだ。」


 「研究所……か。」

 晴人はつぶやいた。

 「象山先生、羽鳥の南端に“野中台”という広い丘がある。あそこを候補地にしてみてはどうか。騒音の心配もないし、地下に貯蔵庫も掘れる。」


 「よかろう。そこの建設は、早急に始めよう。」


 そのやり取りの後ろで、村田蔵六が唇を噛んでいた。

 「……医療局も研究が必要です。江戸で流行っているのは脚気、疱瘡、破傷風。羽鳥の寒冷地では肺病と壊疽が多い。種痘所の設置を許可していただけませんか。」


 「すでに場所を押さえてある。」

 晴人は笑みを浮かべた。

 「旧薬園の裏に土地が空いている。そこに“羽鳥養生所別館”を建てて、病理部門と施療部門を分離しよう。予防接種も、来年から義務化を検討している。」


 村田は目を見開いた。

 「……義務化、とは……! 本気で民を守るおつもりなのですね。」


 「ああ。病を見過ごして発展はない。健康こそが富と生産の礎だ。」


 そのやり取りの背後で、渋沢栄一が手帳に何かを書き込んでいた。彼が目を輝かせて口にしたのは、まったく別の提案だった。


 「商業局の設置を希望します。」


 「……え?」


 「五局制の中に、商業がありません。羽鳥は市場を持ち、物流を持ち、金を動かしています。ならば、産業振興と商取引、貨幣制度と税制を管理する“商業局”が必要です。」


 「それは……」

 藤田東湖が口を挟もうとしたが、晴人が手を挙げて制した。

 「その通りだ。すぐに準備に入ってくれ。“商業局”は特例で創設し、渋沢殿に初代局長をお願いする。」


 「ありがたき幸せに存じます。」


 その瞬間、羽鳥政庁は“六局制”へと姿を変えた。



 夕刻。


 会議の後、政庁前の大通りには兵士と工事関係者、商人、学者、子供たちが行き交っていた。


 木造の大門には、すでに新たな表札が掲げられていた。


 「羽鳥政庁」


 その四文字は、確かに民の目に焼きついた。町の人々が、その前で立ち止まり、指差し、笑い、語り合う。かつて“辺境”と呼ばれたこの地が、いまや“新しき中枢”へと生まれ変わろうとしている。


 晴人は、政庁の玄関前に立ち、深く空を仰いだ。


 西の空に、陽が沈みかけていた。

 だが、夜が来るのはまだ先だ。

 ――この国の夜は、きっともうすぐ明ける。

春の風が羽鳥の町を吹き抜けていく。

 政庁の周囲では、朝から何度も太鼓の音が鳴り響いていた。


 新たに設置された「羽鳥警備隊詰所」――通称《剣兵屯所》では、斎藤一と永倉新八が指導する稽古が始まっていた。


 「そこだ、間合いが甘い!」


 鋭い声とともに、竹刀の音が乾いた空気を裂く。

 稽古場には羽鳥の若者たちが集まり、汗まみれで竹刀を交えていた。農民の息子も、元浪人も、商家の若旦那もいる。だが、皆の目には等しく決意の光が宿っていた。


 「体で覚えるんだ。技じゃない、“意志”を乗せろ」

 斎藤一は厳しく告げる。だが、その瞳には揺るがぬ誠実さがあった。


 一方、稽古場の奥では、沖田総司が年若い少年たちを相手に柔らかな笑顔で指導していた。


 「うん、その踏み込み、なかなか鋭いよ。でもね、肩に力が入りすぎると腕が先に出ちゃう。もっと、こう――すうっと、風みたいに」


 彼の動きはまるで舞のように滑らかだった。無駄な力が一切ない。それでいて、常に間合いの“外”にいる。生徒たちは目を丸くして、彼の背中を追いかけていた。


 「……あれが本物か」

 近くで見守っていた永倉がぽつりと漏らす。

 「昔は血気盛んだったのに、いつの間にか随分と変わったもんだな」


 「変わったんじゃない。気づいたんだよ」

 原田左之助が笑って応じた。

 「誰を守るために剣を振るうのか――今のあいつは、それを知ってる」


 羽鳥での剣術修行は、もはや武士だけのものではなかった。


 町の一角にある空き地では、槍術や弓術の訓練も行われていた。教えるのは旧水戸藩士や流浪の剣士たち。だが彼らも、教える者としての誇りを胸に抱いていた。


 その日、一人の少女が稽古場に現れた。


 「女の子も学ばせてくれませんか」


 そう言ったのは、10歳になる商人の娘だった。最初は門前払いを受けたが、彼女の声が沖田の耳に届いたとき、事態は一変する。


 「なら、護身用の構えから教えよう」

 沖田は笑ってそう言い、木刀ではなく棒を手渡した。


 少女の稽古が始まると、それを見た別の少女たちも少しずつ顔を出すようになった。今や「女子の護身術教室」として週に二度の開放日が設けられ、多くの娘たちが集まっていた。


 その様子を見届けながら、藤村晴人は静かに呟く。


 「……武士だけの時代じゃない。これからは、“身を守る術”をすべての人に与えねばならない」


 その足で晴人は、政庁の西側に新設中の教育局の建設現場へと向かった。板張りの足場には木槌の音が響き、職人たちが柱を組み上げている。


 そこに姿を見せたのは、かつて江戸で寺子屋を営んでいた学者・梅沢静庵。


 「この建物……女子も学べるようにするのかい?」


 「もちろんです」

 晴人は即答した。

 「読み書き、計算、道徳に加えて、衛生・栄養・災害時の避難方法。生活に役立つ知識を重点的に教えます。必要なら助産師や施療師にも協力を仰ぎます」


 「教師はどうする? 特に女子には、女性教師が必要だろう」


 「江戸や水戸から呼ぶ予定です。羽鳥にも女医や看護の経験者がいる。全員に声をかけました」


 晴人の視線が現場奥へと向く。そこでは、瓦を運ぶ少女が休憩所で水を飲んでいた。その隣には、読みかけの本が置かれていた。


 “女は学ばなくていい”――そんな時代は、ここ羽鳥ではもう終わっていた。


 そして夕刻。


 晴人は再び政庁へ戻り、詰所裏の更地に立っていた。簡易的な看板が、夕陽の中で揺れていた。


 【羽鳥防衛隊兵舎建設予定地】


 いよいよ「常備兵制度」が始まるのだ。

 志願制から定数制へ、町を守る軍の形が変わろうとしていた。



■《第一部隊:剣兵隊》

 ・剣士中心の戦闘部隊。

 ・斎藤一、沖田総司らが主導。

 ・町内の治安維持や近接戦闘を担う。


■《第二部隊:火兵隊ひえいたい

 ・火縄銃・洋式銃の運用部隊。

 ・佐久間象山の砲術講義を基礎に育成。

 ・遠距離支援、拠点防衛を担当。


■《第三部隊:工兵隊》

 ・建設・運搬・通信・野営を担う実務部隊。

 ・渋沢らの指導のもと、土木や補給線を構築。



 「――民を守るための軍であることを、絶対に忘れてはならない」

 晴人はそう自らの政令案に記し、署名を添えた。


 この町には、まだ“城”は存在しない。

 だが、信じ合う人々の心こそが、最初の砦となる。


 空を仰ぐと、夕暮れの空に一本の飛行機雲――

 いや、それはきっと、未来への想像の線だった。


 「……俺たちの歩む道は、これからだ」


 その声は、やさしい春風とともに町の屋根を抜けて、遠くへと溶けていった。

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