421話:(1895年・4月22日〜25日)三国干渉の予兆 暗雲、立ちこめる
雪の名残をわずかに残すサンクトペテルブルクの空に、灰色の雲が垂れ込めていた。
冬宮殿の窓は厚いガラスで覆われ、外気を拒むように冷たく光を返している。大理石の床に敷かれた赤い絨毯の上を、長靴の音が低く響いた。
ニコライ二世はゆっくりと歩みを止め、重厚な机の前に立った。
まだ二十七歳の若き皇帝。だが、その表情には青年の柔らかさよりも、帝国を背負う者の影があった。
外相ロバノフ=ロストフスキーが、封を切ったばかりの書簡を恭しく差し出す。
「陛下、日本が下関条約を調印いたしました。遼東半島を正式に領有するとのことです」
その言葉を聞いた瞬間、ニコライの瞳が鋭く光を帯びた。
「遼東半島……」
その名を口にすると、部屋の空気が一段と重くなる。
彼は拳を机に置き、ゆっくりと指を曲げた。
「許せん。あの半島は、ロシアの生命線だ」
低く、抑えた声だった。
「極東の冬は過酷だ。ウラジオストクは氷に閉ざされ、艦も動けぬ。――我らが南へ出るには、不凍港が要る。旅順、大連……それが失われれば、ロシアは凍りつく」
外相が静かに頷いた。
「陛下の仰せの通りです。日本があの地を握れば、シベリア鉄道の東端は孤立します。極東政策そのものが崩壊いたします」
陸軍大臣クロパトキンが一歩進み出る。
「我が陸軍は極東に十万の兵を動かせます。だが、単独で動けば英国が出てきましょう」
その名が出た瞬間、ニコライの眉がわずかに動いた。
「英国……」
「はい。日本の背後にいるのは英国です。もし我が国が単独で日本を脅せば、英国は必ず動きます」
「では、どうする」
「三国です、陛下」外相が答えた。「ドイツ、フランスと共に圧力をかけるのです。三国であれば、英国も軽々には手出しできません」
ニコライは沈黙した。
窓の外では、雪解けのネヴァ川が光を反射しながら流れている。
その白い流れをしばらく見つめ、彼はゆっくりと口を開いた。
「よい。三国でやれ」
重く低い声が、冬宮殿の広間に響いた。
外相は深く頭を下げる。
「ドイツとフランスに使者を送ります」
「必ず成功させろ」
ニコライの視線は机上の地図へと移る。
そこには遼東半島、旅順、大連、そして日本列島が赤線で描かれていた。
彼は指先で旅順をなぞりながら、冷たく笑った。
「東の猿どもに、ロシアの恐ろしさを思い知らせてやれ」
その頃、ベルリンでは冷たい雨が降っていた。
首相ホーエンローエは厚い窓越しに街を見下ろし、ロシアの使者からの書簡を読み上げていた。
「三国で日本に圧力を、か……」
外相マルシャルが問う。
「首相、賛同なさるおつもりですか?」
「無論だ」ホーエンローエは短く言い切った。
「日本が遼東を取れば、次は山東を狙う。だが山東は我がドイツが欲している。膠州湾を租借し、東アジアに拠点を持つ……その計画の邪魔を、日本にさせるわけにはいかん」
机上のランプの光が、彼の瞳に赤く映る。
「それに、ロシアとの関係も悪くない。三国で連携すれば、英国の鼻を明かせる」
外相は深く頷いた。
「では、ロシアの使者に賛成を伝えます」
「よろしい」
ホーエンローエは口元に薄い笑みを浮かべた。
「東アジアでの覇権は、我々の手に渡る。――猿どもの夢は、ここで終わる」
そして翌日、パリの外務省。
フランス外相アノトーの執務室では、雨に濡れた街の香りが窓から入り込んでいた。
机の上に置かれた書簡を読み終えると、彼は深く息をついた。
「……ロシアが動いたか」
アノトーは独り言のように呟く。
「清国には、我が国が貸した借款がある。もし清が完全に日本に屈すれば、あの金は戻らぬ」
窓の外を見やると、曇天の下でセーヌ川が重く光っていた。
「清国を弱らせすぎてはならぬ。日本の勝利は、我が国の損失だ」
机の端には、前年に締結された露仏同盟の覚書が置かれていた。
アノトーはそれを見やり、決意を固める。
「ロシアの要請を断る理由はない。フランスも三国に加わる」
彼は呼び鈴を鳴らした。
秘書官が駆け込む。
「ロシアの使者に伝えろ。――フランスは賛成する、と」
ペン先が紙を滑り、外交史の新たな一行が刻まれた。
かくして、ロシア、ドイツ、フランス――三国の利害が一つに結ばれた。
それは、日本の勝利を覆すための連携であり、同時に欧州の欲望が交差する火種でもあった。
東アジアの空に、静かに暗雲が立ち込めていく。
その気配は、まだ遠く東京には届いていなかった。
四月二十五日、サンクトペテルブルク。
冬の名残を残す風が、宮殿の尖塔をすり抜ける。
冬宮殿の奥深く、重厚な会議室には三つの国旗が並んでいた。
ロシア帝国の双頭の鷲、ドイツ帝国の黒鷲、そしてフランス共和国の三色旗。
その布地は微かに震え、蝋燭の光にゆらりと照らされている。
机の上には、地図が広げられていた。
満州、朝鮮、遼東半島――赤い線が日本の領有を示している。
ロシア外相ロバノフが椅子から立ち上がり、重々しい声を響かせた。
「諸君、日本の遼東半島領有は、三国すべてにとって脅威である」
低い唸りのような声が、会議室の空気を震わせた。
「ロシアは不凍港を求め、ドイツは山東を、フランスは清国の借款を守りたい。――だが、我らの敵は一つ、日本だ」
ドイツの代表、マルシャルが口元を歪める。
「日本は小国だ。だが侮れぬ。東方の小島国が、大陸を飲み込もうとしている。遼東を奪えば、次は山東だ。我々の前に、あの島国を膨らませてはならん」
フランスの外交官アノトーが頷き、静かに言葉を継いだ。
「清国が崩壊すれば、我が国の借款は紙屑となる。日本が勝ちすぎた。清を支えるためにも、今ここで、彼らを抑えねばならぬ」
ロバノフは鋭く頷いた。
「では、三国共同声明を作成する」
側近が分厚い羊皮紙を机に置く。
羽根ペンがインク壺を叩き、重苦しい筆音が響いた。
「第一条――日本国に対し、遼東半島を清国へ返還することを勧告する」
「理由――遼東半島の日本領有は、東アジアの平和を脅かす」
「第二条――もし日本がこれを拒めば、三国は共同で軍事行動をとる」
「ロシアは十万の兵を極東に、バルチック艦隊を日本海に派遣する」
「第三条――本勧告は、五月四日に日本政府へ通告する」
ロバノフがペンを置いた。
蝋燭の炎がわずかに揺れ、羊皮紙に金色の光が反射した。
「……これでよいか」
ドイツ代表が頷く。
「賛成だ。これで日本は沈黙するだろう」
フランス代表も同意した。
「三国の艦隊が動けば、日本など一夜で屈する」
ロバノフはゆっくりと立ち上がった。
「では、決定だ。――三国干渉を、五月四日に実行する」
その瞬間、静まり返った室内に、遠くネヴァ川を渡る鐘の音が響いた。
それはまるで、戦いの前触れを告げる鐘のようだった。
*
同じ頃、海を隔てたロンドン。
曇天の下、テムズ川を渡る風が冷たい。
英国外務省の建物では、情報部長が急ぎ足で廊下を進んでいた。
手には、一通の暗号電報。
「外相閣下、サンクトペテルブルクの諜報員より報告です」
外相は手を止め、眼鏡越しに男を見た。
「……読み上げろ」
「ロシアがドイツ、フランスと接触。三国による共同会議が今朝方開かれました。議題は日本の遼東半島領有。三国共同で、日本に返還を勧告するとのこと。拒否すれば軍事行動を検討」
部屋の空気が変わった。
英国外相は一拍置いて言った。
「やはり動いたか、ロシアめ」
窓の外では、濡れた石畳を馬車が行き交っている。
外相は椅子に深く腰を下ろし、机上の書類を押さえた。
「直ちに東京の大使館へ電報を送れ。――日本政府に、三国干渉の情報を伝えるのだ」
情報部長が頭を下げる。
「了解しました。支援内容はどういたしますか」
外相は迷わなかった。
「第一に、三国に対し外交覚書を送る。『英国は日本との同盟関係にあり、日本への圧力は英国への圧力と見なす』――そう記せ」
「第二に、東アジアに艦隊を派遣する。東洋艦隊を強化し、日本近海に展開させろ。バルチック艦隊が動く前に、英国の旗を見せるのだ」
「第三に、日本政府に全面的な支援を伝えよ。英国は日本の遼東領有を支持する――これを明言せよ」
情報部長の目が見開かれた。
「全面支援、ですか」
「そうだ」外相は静かに頷いた。
「英国はこの四十年間、日本を観察してきた。彼らは理を知り、秩序を学び、今や東洋で唯一“文明”を体現している。――三国の暴挙を、黙って見過ごすわけにはいかぬ」
彼は懐から懐中時計を取り出した。
銀の蓋に刻まれた小さな傷が、ランプの光にきらりと反射した。
「サンクトペテルブルクは今、夜明け前だ。……間に合う。歴史の天秤が傾く前に、英国は動く」
外相は立ち上がり、窓の外の空を見上げた。
厚い雲の切れ間から、かすかな朝日が覗いている。
「戦の火種は、すでに大陸で燃えはじめた。だが、我々がそれを止める」
その声には、帝国の誇りと理性が宿っていた。
そして、その言葉は数時間後、電信線を渡って極東へ――東京へと走り出す。
四月二十五日、夜。
東京の空には、薄雲が垂れ込めていた。
昼の喧騒が消え、街は祝賀の余韻だけを残して静まり返っている。遠く、どこかの屋敷で吹く尺八の音が、風に乗って流れてきた。
藤村邸の書斎には灯がともっていた。
障子の向こうに、ゆらめく橙の明かり。
その中央に、白髪まじりの男が静かに横たわっていた。藤村晴人――日本総理大臣。
枕元には書簡の束と電鍵、そして硯と筆が置かれている。
やがて、廊下を駆ける足音が響いた。
襖が開くと、大久保利通が息を切らして立っていた。
「総理、ロンドンからの緊急電報です」
晴人は薄く目を開け、かすれた声で答えた。
「……読んでくれ」
大久保は封を切り、紙面を震える手で持ち上げた。
「英国外務省発――“三国、サンクトペテルブルクにて共同会議を開催す。日本国の遼東半島領有を問題視。清国への返還を勧告予定。拒否の場合、軍事行動を検討。通告予定日、五月四日”」
室内の空気が、ぴたりと止まった。
大久保は言葉を継ぐ。
「続報。――英国政府、日本を全面的に支援す。三国に外交覚書を送付予定。東洋艦隊、日本近海に展開。日本の遼東領有を公式に支持――」
声がわずかに震えていた。
晴人は静かに瞼を閉じ、深く息を吸い込んだ。
「……ついに来たか」
その低い声には、恐れよりも、どこか待ちわびたような響きがあった。
「総理……」
大久保が心配げに言葉をかける。
晴人は目を開き、わずかに微笑んだ。
「大久保。 予想通りだ」
彼は上体を少し起こし、手を差し出した。大久保が支える。
枕元の地図を指で押さえながら、晴人はゆっくりと語りはじめた。
「四十年、この時のために準備してきた。……ロシアが動くのは分かっていた。遼東は、彼らの“南への夢”だからな」
「ええ。しかし、まさかドイツとフランスまで――」
「欲望に理はないさ。ドイツは山東を狙い、フランスは借金の回収だ。どの国も“正義”を語りながら、自国の胃袋を満たしたいだけだ」
晴人は苦笑を漏らし、ふっと遠くを見る。
「だが、我らには英国がある。四十年前から、あの国と道を重ねてきた。科学も、法も、教育も――彼らの理を学び、追い越してきたつもりだ」
「日英同盟……」と大久保が呟く。
「そうだ。あれは条約ではない。文明の証だ。彼らは、我らが東洋の闇を照らすと信じた。――だからこそ、助ける」
大久保はその言葉を噛みしめるように頷いた。
晴人は小さく笑い、再び視線を地図に落とす。
「遼東を守る。清国の血を流させ、民の汗を搾ったこの地を、我らが理で治めねばならん。……それが、日本の未来への証明だ」
部屋の隅で、火鉢の炭がパチリと弾けた。
その音に呼応するように、晴人の胸が微かに上下する。
「この戦いは、剣ではなく、言葉と信義で決まる。鉄ではなく理で国を守る――最後の戦いだ」
大久保は、静かに筆を取り、晴人の言葉を記した。
「……総理、明朝、緊急閣議を開きましょうか」
「開け。 そして、英国公使を呼べ」
「はい」
「英国の支援を正式に要請する。――だが、我らの独立を損なう形ではならん。対等であれ。下手に出るな」
「承知しました」
晴人は息を整え、静かに目を閉じた。
「……日本が、ようやく“文明国”の列に立つ時だ。刀ではなく、理で世界と渡り合う。そのために、私はここまで来た」
ふと、窓の外に目をやると、庭の桜が闇の中で揺れていた。
風に散る花びらが、夜灯の光をかすかに受けてきらめく。
「桜か……」
小さく呟く。
「来年、鎌倉で桜を見よう。海の音を聞きながら――それでいい」
その言葉に、大久保は胸を熱くした。
「総理……」
晴人は静かに頷いた。
「お前も、そろそろ次を考えよ。……私がいなくなっても、日本は動き続ける。人ではなく、制度が国を支える――それを忘れるな」
大久保の目が潤む。
「はい、総理」
しばし沈黙が流れた。
時計の針が音を刻み、やがて夜が深まっていく。
晴人は再び筆を手に取り、白紙の上に震える文字を記した。
――『緊急閣議召集 翌四月二十六日午前七時』
筆を置くと、彼は大久保に微笑んだ。
「明日は、風が強いぞ。……だが、嵐の先には晴れがある」
その言葉を最後に、彼は背を壁に預け、目を閉じた。
火鉢の火が静かに小さくなる。
夜はなお、長い。だがその静寂の奥で、ひとつの国が次の時代へと踏み出そうとしていた。
同じ頃、北京の空には黄色い砂が舞っていた。
春の嵐が北から吹き下ろし、紫禁城の赤い城壁を容赦なく叩く。鳴り止まぬ風の音は、まるで歴史そのものが軋みを上げているかのようだった。
李鴻章は重い朝服をまとい、謁見の間の中央で深く頭を垂れた。左の目下に走る薄い傷が、なお鈍く疼く。下関で銃弾が頬をかすってから、まだ一月余。痛みは、あの屈辱の刻印として皮膚の下に生きていた。
玉座には若き光緒帝。少年の面影を残す二十四の面差しの奥で、瞳だけが固く結ばれている。隣には西太后。扇の先でわずかに空気を裂きながら、冷ややかな視線に焦燥の色を宿した。
「李中堂」
西太后の声は氷を砕くように冴えた。
「三国が日本に圧力を加える、とある。真であろうな」
李鴻章は深く息を含み、低く応じる。
「はい。露・独・仏――三国が遼東の返還を勧告する構え。日本が拒めば、軍事行動も辞さぬとの意向にございます」
「……それは清のためか」
疑念の棘が混じる問いに、李は静かに首を振った。
「いいえ。彼らは清を助けるのではなく、日本を抑えたいのです」
光緒帝が眉根を寄せる。
「詳しく申せ」
「ロシアは不凍港――旅順・大連を欲し、ドイツは山東への足掛かりを、フランスは借款の回収と影響力の維持を望む。それぞれの利を掲げ、清土に楔を打つ算段。――助力の名を借りた介入にございます」
言葉は穏やかだが、刃のように研がれていた。
西太后は目を細め、扇をゆるく動かした。
「それでも遼東が戻るなら、清にとって益ではないか」
李は短く沈黙し、顔を少し上げる。
「名目の返還でありましょう。実際には三国の勢力が流れ込みます。遼東を取り戻して、主権を失う――それが始まりかねません。これは新たな屈辱の門出にございます」
太后は答えず、ただ風の唸りに耳を澄ませた。光緒帝が細い声で問う。
「李中堂、いま清は何を選ぶべきか」
「いずれを選んでも試練は逃れられません。――されど、今は戦を避け、気を養うべき時。まずは生き延び、再起の糧を蓄えることにございます」
「生き延びる……」若き帝は遠くを見るように呟く。
李はその横顔を見つめ、胸の内で拳を固くした。
――私は敗者だ。だが、敗者にも託せる道がある。
「陛下、三国の動向は万目して注視いたします。遼東の行方いかんにかかわらず、清が再び立ち上がれるよう備えましょう」
光緒帝は頷き、西太后は扇を音もなく閉じた。
「……よい。任せる」
李は一礼して重い扉を出た。夕闇はすでに黄砂を含み、灯火は滲んで輪郭を失っている。曇り月の淡い光が城壁を鈍く濡らした。
彼は足を止め、低くつぶやく。
「清はまだ眠っている……だが、夢の終わりは近い」
*
その夜、東京。
藤村邸の庭には雨気を含んだ風が渡り、若葉の匂いが仄かに満ちていた。書斎では晴人が椅子にもたれ、窓外の暗に耳を澄ませている。蝋燭の炎が揺れ、机上の地図に海岸線の影を走らせた。
「……暗雲が立つか」
独り言は火の芯ほどの小ささで漏れた。
遼東、朝鮮、満州――指先が紙の上をなぞる。
「三国干渉。露・独・仏――正義を語り、欲望を隠しもしない連盟だ」
遠く、風が唸る。火鉢の炭が赤く息をし、頬に微かな温みを投げた。
「四十年で、ここまで来た」
息をゆっくり吐き、言葉を置く。
「恐れることはない。英国が応える」
銀の懐中時計を開く。ロンドンで贈られた品。繊細な針が静かに時を刻む。
「文明とは、時間を刻み、約束を守る力だ」
口元にかすかな笑みが浮かぶ。
「剣ではなく理で、国を護る時代だ」
視線を窓に戻す。闇に桜の枝が揺れ、数枚の花びらが障子の隙から滑り込む。その一片が膝に落ち、淡く灯りを受けた。
晴人はそっと掌に受け、短く息をついた。
「……よし」
遠雷が小さく喉を鳴らす。空気に、嵐前の匂いが混じった。
晴人は椅子にもたれ直し、瞼を半ば閉じる。
「嵐は来る。だが、嵐の先にこそ光がある」
灯が一度大きく揺れ、外の風が強まった。障子の隙から一陣が吹き込み、紙片が舞い、地図の上を走る。――遼東の上で、花びらがふっと止まった。
晴人はその偶然を受け止めるように見つめ、静かに言う。
「この国の未来は、必ず守る」
声はわずかだったが、炎の揺らぎと同じ律動で部屋に息づいた。雲が流れ、月の輪郭が顔を覗かせる。淡い光が庭を撫で、桜の枝を銀に染める。
夜は深く、準備は整い、志は静かに固まっていく。




