316話:(1883年・夏)『京の金と硝子』 ― 美は国の通貨 ―
明治十六年六月。東京・霞が関の朝は、湿気を含んだ風が硝子窓を曇らせていた。
陸奥宗光が分厚い報告書を手に、首相執務室の扉を静かに叩いた。
「失礼いたします。藤村総理、欧州からの報告をお持ちしました」
藤村晴人は書類から顔を上げる。机上には、英国タイムズ紙と仏ル・フィガロ紙の切り抜きが並んでいた。どちらにも「Japonisme」という単語が踊っている。
それは、彼がかつて語った“文明の輸出”が、予想外の形で花開いた証でもあった。
陸奥が報告書を開く。
「総理、欧州では今、日本美術が熱狂的に流行しています。
パリでは浮世絵が画家たちに奪い合われ、陶磁器や漆器が貴族の館を飾っている。市場規模は……年間百万円を超えると推計されます」
「百万円……」
藤村はゆっくりと呟いた。その額は、一地方の歳入に匹敵する規模だった。
陸奥が次の頁をめくる。
「ですが――問題がございます」
彼の声が一段低くなった。
「例えば、京都の七宝細工。職人への支払いは一品につき十円。
外国商人は十五円で買い取り、それをパリでは百円で売っております」
藤村の手が止まる。
「……差額九十円、つまり利益の八十五%を奪われているというわけか」
陸奥は深くうなずいた。
「はい。彼らは“日本の芸術”を装いながら、中間搾取で私腹を肥やしています。
職人は貧しさに喘ぎ、技は継がれず、志ある若者も離れてゆく――」
報告書の末尾には、こう記されていた。
〈このままでは、日本の美術は欧州の玩具と化す〉
藤村は静かに椅子にもたれ、硝子越しに梅雨空を見上げた。
「……文明とは、模倣されることではない。誇りを以て、取引できることだ」
執務室の片隅で、幼い義親がスケッチ帳に鉛筆を走らせていた。
「父さん、これ、外国の人が欲しいの?」
彼の描いたのは、青い瓶と金の飾りを組み合わせた七宝の壺。雑誌の挿絵を真似たものだった。
藤村は微笑む。
「そうだ。だが問題は、その人たちが“誰のために”買っているか、だ」
「……日本の人のためじゃないの?」
「違う。彼らは“日本の美”を奪って、自分たちの部屋を飾っている」
義親の瞳が曇る。
藤村は机を軽く叩いた。
「陸奥君――京都へ行こう。現場を見ねばならん」
「はっ。七宝の並河靖之、陶芸の清風与平、そして濤川惣助。いずれも京の名工です」
「よし、すぐに準備を。……京都で、国の“美の心臓”を見極めよう」
外は、湿り気を含んだ風が新緑を揺らしていた。
文明の行く末を決めるのは、鉄でも軍艦でもなく、金と硝子――つまり、美。
藤村晴人は、再び東海道へ向けて馬車の車輪を鳴らした。
六月中旬。京の町には梅雨の晴れ間がのぞいていた。
藤村晴人は、参謀の陸奥宗光と数名の随行を伴い、堀川のほとりに立っていた。
瓦屋根の向こうに、細い煙がゆらゆらと立ち昇っている。
――並河靖之七宝工房。
小さな門をくぐると、微かな金属と硝子の匂いが鼻を打った。
部屋の奥には炉が赤々と燃え、職人たちが細いピンセットで、針のような金線を器の表面に貼り付けている。
その上から青緑や紅、白磁の粉末が光を帯びて舞い、まるで夏の蛍のように散っていた。
「総理……ようこそおいでくださいました」
白衣に煤のついた男が、手ぬぐいで額を拭きながら頭を下げた。
並河靖之――京都が誇る七宝職人。まだ三十八だが、既に宮内省御用を任される腕前だった。
藤村は微笑んだ。
「君の名は、横浜の商館でも聞いたよ。『並河の青は日本の海だ』と評判らしいな」
靖之は恐縮して笑う。
「お恥ずかしい限りです。ですが実のところ、あの青を出すには半年もかかる。
金属線を置き、釉薬を重ね、焼き、また磨き……十度繰り返して、ようやく一つの皿ができます」
その指先には、火傷の痕が無数に刻まれていた。
「だが……報われませぬ」
靖之の声がわずかに揺れた。
「外国商人が十五円で買い取り、それを百円で売る。弟子を養うのもやっとです。
中には、生活のために偽物を作る者も出ております」
藤村の瞳が細くなった。
「つまり、腕のある者ほど搾取されているということだな」
靖之は小さく頷いた。
「はい。誇りを持つほど、貧しくなります」
その瞬間、藤村の胸の奥で何かが軋んだ。
彼の祖国――常陸で、かつて銅貨の改革を行った時と同じ感覚だ。
「制度が人を苦しめているのなら、制度を変えるしかない」
義親が、炉の近くでじっと作業を見つめていた。
「おじさん、どうして色が違うの?」
靖之は微笑んでしゃがむ。
「釉薬に混ぜる金属が違うんだよ。銅を混ぜると青緑に、金を混ぜると赤に、銀だと白くなる」
「金で赤……?」
義親の目が輝く。
「まるで魔法みたいだね」
「魔法じゃない、科学だよ」靖之は笑った。
「でも、心がこもらないと綺麗な色は出ない。温度や湿度で全部変わるからね」
藤村はその会話を聞きながら、心の中でひとつの言葉を繰り返していた。
――これは、科学であり、芸術であり、そして経済でもある。
彼が工房を出ようとしたとき、別の男が門の外で待っていた。
長身で、眼光が鋭く、口元に笑みを浮かべている。
「お初にお目にかかります、総理。濤川惣助と申します」
聞けば、靖之と並び称される七宝の異端児だという。
工房は町外れの坂を登った先――そこでは金線を使わぬ“無線七宝”という新技法を生み出していた。
濤川の工房に入ると、雰囲気が一変した。
天井の高い部屋に並ぶ作品は、どれも大胆で、自由だ。
線で囲われた花ではなく、溶け合う色の波。炎のように揺れる紅、深海のように沈む青。
「金線を捨てました」濤川は誇らしげに言った。
「西洋の絵のように、境界のない色を作りたかったのです」
藤村は唸った。
「並河は伝統を極め、君は革新を極めた。どちらも“日本の美”だ」
「はい、ですが――」
濤川の目に光が宿る。
「この技法を広めたいのです。日本だけでなく、世界へ。
ですが資金も販路もありません。商人に頼れば、並河さんと同じように搾取される。
総理、どうか道をお示しください」
藤村は彼の真っ直ぐな視線を受け止めた。
「道を示す……それは政府の役目ではない。だが――」
少し間を置き、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「国がその道を“整える”ことはできる」
濤川は身を乗り出した。
「整える……とは?」
「品質を保証し、正当な価格で売る。その仕組みを作ることだ。
美は、国の通貨になる。君たちの技は、金貨に等しい価値を持つ」
その言葉に、工房の職人たちがざわめいた。
「美が……通貨……?」
「そうだ」藤村は続けた。
「日本は、剣と鉄で世界と戦うつもりはない。だが、芸術と科学でなら勝てる。
君たちの作品が正当に評価される世の中を、私は作る」
濤川の眼が燃えるように光った。
「総理、もしそれが叶うなら、私は命を賭けます」
藤村は微笑んだ。
「ならば、賭けよう。1889年――パリ万国博覧会だ。そのときまでに、君の最高傑作を見せてくれ」
濤川は拳を握った。
「六年……あれば、やってみせます。世界を驚かせる七宝を」
工房を出た藤村は、夕暮れの京の空を仰いだ。
金と硝子が溶け合うような茜の光が、街を染めている。
「陸奥君、覚えておけ。この国の未来は――」
「――美の力で立つ、ですね」
「そうだ」
梅雨明けの風が、硝子の音を運んだ。
それは、のちに“工芸立国”と呼ばれる時代の、最初の音だった。
翌朝。
京の町に蝉の声が響き始めていた。湿った風に乗って、どこか焦げた土の匂いが漂う。
藤村晴人は、三条から北へ歩いた。並河の工房よりさらに奥、山裾にひっそりと構える陶工の家。
門の上に「清風窯」と記された板がかかっている。
門をくぐると、広い庭にいくつもの登り窯が並び、若い職人たちが土をこねていた。
足元には釉薬の粉、白と青と翠が混じり、陽光を受けて淡く光る。
その光景を見た藤村は、思わず足を止めた。
「……これが、京の窯か。」
「総理、ようこそお運びくださいました」
声の主は、頬に煤をつけた中年の男。がっしりとした体躯に、土の匂いをまとっている。
清風与平――京焼の名門に生まれた職人であり、陶工たちの束ね役でもあった。
藤村が名刺を差し出すと、与平は手をぬぐい、深く一礼した。
「お恥ずかしいところをお見せしますが、これが現場でございます」
彼は窯のひとつを指差した。
窯の中では、淡い紅を帯びた器が焼かれている。釉薬が溶け、まるで血潮のように艶を放っていた。
「見事な色だ」藤村がつぶやく。
「ありがとうございます。しかし、この紅を出すのに十回焼いても失敗することがあります」
与平は苦く笑う。
「その失敗を恐れず、我々は挑み続けてきました。だが……最近は、そんな手間を惜しむ者が増えましてな」
「粗悪品のことか」藤村が問う。
与平は頷き、拳を握った。
「ええ。金に困った商人が、腕の未熟な者に仕事を回す。
釉薬を薄くし、焼きを早め、数を稼ぐ。そうして作った品が“京焼”として海外に出回っているのです。
おかげで、パリでは『日本の陶器は脆い』と評判が立った」
その言葉に、義親が顔をしかめた。
「嘘を売ってるってこと?」
与平は苦笑し、少年の頭を撫でた。
「そうだね、坊ちゃん。だが、嘘をついているのは、貧しさに追われた者たちなんだ」
藤村は静かに手を組んだ。
「……質を落とせば、誇りを失う。誇りを失えば、文化が死ぬ」
その言葉に、与平の目が光る。
「総理。まさにその通りです。だからお願いしたい。
“質を守る仕組み”を作っていただけませんか?」
藤村「仕組み……?」
「はい。粗悪品を排し、本物だけを世界に出す。
例えば、輸出前に国の検査を受け、合格した品だけに印を押すのです。
それならば、職人は胸を張って作品を売れます」
藤村はしばし沈黙した。
――この男、ただの陶工ではない。
言葉には、現場を知る者の重みと、政治家をも動かす論理があった。
「清風殿、その考え、採用しよう」
「えっ……?」
「職人が職人を審査する。国は制度を整え、名工が印を押す。
その印が、世界で“日本の保証書”となるようにする」
与平の目が潤んだ。
「……ありがたき幸せ」
「礼は無用だ」藤村は笑う。
「むしろ礼を言いたいのは私の方だ。日本を支えているのは、君たちの手だからな」
その後、工房の奥に案内された。
壁際の棚には、焼き損じた器が山のように積まれている。
中には、ほんのわずかな色ムラで廃棄されたものもある。
「もったいないな」義親が呟くと、与平は首を振った。
「これは“恥”なんです。どんなに美しくても、完璧でなければ世に出せない。
職人の誇りとは、そういうものです」
藤村は黙って一つの破片を手に取った。
釉薬の流れた跡が、まるで風の軌跡のように残っている。
「……この美しさを、誰が値札で測れるだろうな」
与平が言った。
「総理、我々は金ではなく名を残したい。
だが、金がなければ弟子も雇えぬ。家も絶える。名も消える」
「つまり、誇りを守るために、金も必要だということか」
「はい。美も、飯の種でございます」
「よかろう。ならば――その“美”を国の通貨にしてみせよう」
義親が顔を上げた。
「通貨って、お金?」
藤村は頷く。
「そうだ、義親。美しいものが高く売れる国は、豊かだ。
だがもっと大事なのは、“美しいものを作る人が尊敬される”国だ。
そういう国にしなければならない」
与平が深く頭を下げた。
「総理……その言葉、忘れません」
しばし沈黙が流れた。
炉の中で火がごうごうと燃え、炎の色が赤から白へと変わっていく。
義親はその光に目を細め、ぽつりと言った。
「火って、怒ってるみたいだけど、実は優しいんだね」
与平が笑った。
「そうだよ。怒ってるように見えて、器を育ててくれるんだ」
藤村は二人を見ながら、微かに微笑んだ。
「火は怒り、土は耐え、水は磨く。人も国も、同じだな」
与平が首を傾げた。
「どういう意味で?」
「怒りがなければ正義は生まれず、耐えなければ理想は育たぬ。
そして磨かれたものだけが、人の手に渡る。……君たちの仕事そのものだ」
外に出ると、夏の日差しが強くなっていた。
京の瓦屋根が白く光り、遠くから祇園囃子の練習の音が聞こえる。
陸奥が小声で言った。
「総理、まるで文化大臣のようですね」
藤村は笑いながら答えた。
「いや、財政の話をしているんだよ。――文化こそ、最も利益率の高い産業だ」
その一言に、陸奥は目を見張った。
「まさか、そこまで……」
「この国を豊かにするのは、鉄でも金でもない。“誇り”の値段を上げることだ」
そして、藤村は懐から小さな手帳を取り出した。
「工芸品輸出検査制度」――新しい政策名を、静かに書き込む。
その筆先は、炎のように迷いがなかった。
帰り際、与平が声をかけた。
「総理、これを……」
手渡されたのは、一枚の未完成の皿だった。
中央には、まだ焼ききれていない薄桃色の花が描かれている。
「これは?」
「私の弟子が作ったものです。火加減を誤ってしまいました。
ですが、もしよければ、励みにお持ちください」
藤村は皿を見つめた。
割れかけた器の中に、柔らかい春の気配が宿っていた。
「ありがとう。……この花の続きを、国が描こう」
彼は帽子をかぶり直し、炎の匂いを背に受けて工房を後にした。
その歩みはゆっくりだが、確かに日本の“経済の未来”を踏みしめていた。
翌週、東京。
霞が関の議事堂には、真夏の熱気がこもっていた。
扇風機もなく、議員たちは団扇を扇ぎながら汗をぬぐっている。
藤村晴人は中央の演壇に立ち、静かに議事録を閉じた。
「諸君。今日は、鉄道でも兵器でもない。……“美”の話をしよう。」
ざわ、と場内がざわめいた。
議員の誰もが、予想していなかった言葉だった。
「京都で職人たちを見た。
彼らの手は火傷だらけだったが、目は燃えていた。
並河靖之――金属線で色を区切る繊細な七宝の名工。
濤川惣助――金属線を排して自由な絵画のような七宝を作る革新者。
清風与平――三代にわたって京焼を守る陶工。
彼らは貧しい。だが、魂は誰よりも豊かだった。」
「……しかし現実はどうだ?」
藤村は声を強めた。
「外国商人が十円で買い取り、百円で売る。
八割の利益を、異国が奪っている。
我が国の職人は、汗と血の対価を与えられず、
誇りまでも値切られている。」
野党議員の一人が立ち上がった。
「総理、商売とはそういうものです。国が介入すれば非効率になります」
藤村は微笑した。
「効率とは、人を使い捨てにすることではありません。
私が守りたいのは、国の財ではなく、“技”です。」
議場が静まり返る。
藤村は一歩、前に出た。
「ゆえに提案します――『工芸輸出管理及び品質検査制度』の創設を。」
書記官が書類を読み上げる。
> 第1条 輸出工芸品は政府認証検査を義務とする。
> 第2条 検査官は名工より選定し、各分野の代表とする。
> 第3条 政府は、職人保護及び技術振興を目的として国営輸出商社を設立する。
> 第4条 将来的に民営化を可能とする。
保守派議員たちは眉をひそめた。
「国営商社だと? 商人の仕事を奪うつもりか!」
「職人の支援は理解するが、国家が市場を支配してはならぬ!」
藤村は腕を組み、静かに応えた。
「市場を支配するためではない。
“誇りを守る市場”を作るためだ。」
改革派議員の一人が賛意を示した。
「では総理、輸出の責任を誰が負う?」
「国だ。だが、利権にはしない。
名工が品質を保証し、国が公平に取引を仲介する。
利潤は職人へ――名誉は日本へ返す。」
拍手が起きた。
反対派も沈黙する。
藤村は、ゆっくりと演壇の縁に手を置いた。
「諸君。日本は、いま転換の時にある。
これまで我々は“模倣の文明”を追ってきた。
だが、これからは“創造の文明”へ進まねばならぬ。
その鍵を握るのが――芸術と科学の融合だ。」
議員たちの中には、以前藤村が掲げた“文明三本柱”を覚えている者もいた。
教育、科学、芸術。
その最後の柱を、藤村はいま国家経済に組み込もうとしていた。
「美は、国の通貨だ。」
その瞬間、場内が静まり返った。
藤村は続けた。
「金や銀は、いつか枯れる。だが、美は尽きぬ。
日本の美術品が尊ばれれば、それは我が国の信用になる。
それが、真の通貨である。」
演壇の下で、陸奥宗光が小さく頷いた。
「……経済の理論を、美に置き換えたのか。藤村晴人、恐ろしい男だ。」
採決の鐘が鳴る。
賛成六割を超え、法案は可決された。
その日、**「工芸輸出管理法」**が成立した。
日本初の文化産業法である。
――その翌日。
藤村は上野の博物館に職人たちを集めた。
濤川、並河、清風、そしてその弟子たち。
皆が緊張した面持ちで、総理の前に立つ。
藤村は、机の上に新しい木箱を置いた。
蓋を開けると、中には小さな金印が収められていた。
中央には桜の紋、そして周囲に刻まれた文字――「日本政府認証」。
「これが、君たちの保証印だ。
合格した工芸品に押すときは、誇りを持ってほしい。
それは国家が君たちの腕を認めた証だ。」
並河が感極まって頭を下げた。
「……これで、弟子を食わせられます」
濤川が笑った。
「いや、食わせるどころか、世界を唸らせてみせましょう」
清風が静かに続ける。
「これで粗悪品は減る。京焼の名が戻る。」
義親が小さく手を挙げた。
「父さん、この印って、金でできてるの?」
「いや、真鍮だ」
「どうして金じゃないの?」
藤村は目を細め、ゆっくりと答えた。
「金は腐る。だが、真鍮は使うほど輝く。
この国の職人も、そうでなければならない。」
場がしんと静まる。
義親の問いが、まるで未来の哲学のように響いた。
その夜。
藤村は自邸で一通の電報を受け取った。
〈パリ市場にて日本政府印付き七宝、通常品の五倍価格で落札〉
陸奥が目を見開く。
「まさか、もう効果が?」
「当然だ」藤村は笑う。
「“美しいもの”には国境がない。だが、“誇りを持って売る国”には敬意がある。」
並河と濤川の工房では、弟子たちが夜通し作業を続けていた。
釉薬の火が、まるで金色の波のようにゆらめく。
清風は弟子に言った。
「値段じゃない。……だが、値段がついて初めて、誇りが守られる。」
――1883年、京都。
街の空に、金と硝子の光があふれた。
並河の工房の窓からこぼれる炎が、鴨川の水面を赤く染める。
義親は川辺に立ち、その光を見上げながら呟いた。
「きれいだね……父さんの言った“通貨の光”って、これのこと?」
背後から聞こえた声は、どこか優しかった。
「そうだ。だが、その光を絶やさないのは――お前たちの世代だ。」
藤村は空を見上げた。
彼の瞳には、火と金と硝子が混ざり合ったような光が宿っていた。