第310話:(1882年9月・白露)大西洋からの報せ
九月初旬、白露。首相官邸の庭に降りた露が、朝日を受けて細い銀の線になっていた。障子越しの光は柔らかいが、机上に並ぶ電報と公文の束だけは、秋の澄んだ空気と逆に、どこか重く湿って見える。
黒羽織の裾を鳴らして、陸奥宗光が入る。
「総理、外務省より詳報にございます。五月、合衆国にて公布の排華法――内容の全容が判明しました」
藤村晴人は頷き、卓上の砂時計を逆さにした。
「話せ」
陸奥は紙背を人差し指でなぞり、必要最小の語だけを選ぶ。
「大統領チェスター・アーサー署名。中国人労働者の入国を十年禁止。既在の者についても市民権取得は不可。――加えて、各州の執行令が厳格で、居住・就業の制限が現場で拡大解釈されております」
砂時計の砂が、ひと粒、またひと粒と落ちる。紙の匂いと墨の匂いが静かに混ざった。
陸奥は次の電報を持ち上げた。
「さらに深刻なのは、西岸各市の空気です。サンフランシスコ、シアトル……日本人移民への嫌がらせが始まっている、との報。『次は日本人を排斥』と露骨に唱える集会もございます」
藤村の視線が紙から離れ、陸奥の目をまっすぐ射た。
「……日本人も?」
短い問いの余白に、風が庭の笹を擦る音だけが挟まった。陸奥は静かに頷く。
「はい。中国人を名指しにした法であっても、憎悪の矛先は隣に移る――人の群れの常です。新聞の論調も、労働市場の不安を梃にした扇動が目につきます」
藤村は電報を一枚ずつ整え、端を揃えた。乱れた紙を直すように、思考の糸を張り直す仕草。
「遠い大西洋の向こうの話が、この庭の露まで濁すか」
陸奥が続ける。
「移民局より追加の統計。本邦からのハワイ移民は年一千、米本土へは年五百前後。南米行きは計画段階。――送り出す我らが、送り先で傷つく我らを持つ、という構図です」
藤村は肘をつき、指先で額を押さえた。
「我々は人を送り、外貨を得る。その人々が差別に遭う。やがて『日本人も排除せよ』の声が強まる。……二重の矛盾だな」
庭先で燕がひと筋、低く飛んだ。季節は確かに秋へ傾いているのに、胸のうちだけが灼けつくように熱い。藤村は静かに立ち上がる。
「宗光、各州にも直ちに情報を回せ。とくに琉球と蝦夷は歴史と文化の接点が多い。移民と異文化に対する各州の温度を確かめたい」
「承知しました。――それと」陸奥は声を落とした。「世論が割れる気配があります。『外の者を閉め出せ』と『受け入れて共に生きよ』。どちらも正義の貌をして迫ってくるでしょう」
藤村は障子を開け、露の残る縁側に片足を置いた。冷たさが足袋越しに伝わる。
「移民は国家を映す鏡だ。拒絶か、共存か。――鏡に何を映すかは、こちらの表情で決まる」
砂時計の砂が尽きた。藤村は裏返し、再び落とす。
「今夜、家で話す。――三人にも、聞かせたい」
白露の光は薄く、硬い。遠い海を渡ってきた報せは、その光と同じ温度で、日本の決断を促していた。
夜。常陰州・水戸の藤村邸には秋虫の声が絶え間なく響いていた。
藤村晴人は書斎のランプを一段暗くし、夕刊を静かにたたんだ。そこには黒々とした横文字が並ぶ――“CHINESE EXCLUSION ACT”。
活字の列はまるで、遠い国の怒りがそのまま紙の上に焼き付いたようだった。
藤村は欄外に書き込まれた短評に目をとめた。
「自由の国アメリカ、東洋人を拒絶」
その皮肉な一文を読みながら、彼は深く息を吐いた。
「自由を名乗る国が、最も狭い門を造るとはな……」
そこへ、義信、久信、義親の三兄弟が連れ立って入ってきた。
長男の義信は十六歳。軍服のような簡素な詰襟を着て姿勢を正している。
次男の久信は少し柔らかい雰囲気で、ノートを抱えたまま。
三男の義親は小さな手に理科書を握りしめ、まだ幼い顔をしている。
藤村は三人に向かって言った。
「お前たち、アメリカの新聞を読んだか?」
久信が頷いた。「はい。中国人労働者の入国禁止……ですね」
「そうだ。排華法だ。十年の禁止だが、実際は永続になるだろう」
藤村は立ち上がり、書斎の地球儀を指先で回した。
「この大西洋の向こうで起きたことは、やがてこの日本にも届く。
――異国人を拒む国と、受け入れる国。その選択で、未来が決まる」
義信がすぐに口を開く。
「父さん、アメリカは労働を守るために動いたのでは? 外国人が仕事を奪うなら、排除も仕方ないのでは」
藤村はわずかに笑みを浮かべた。「お前らしいな、軍人の理屈だ」
そこへ久信が割って入る。
「でも兄さん、全員が敵ではありません。ハワイやカリフォルニアに渡った日本人も、同じように働いている。彼らも、差別される側なんです」
「ふむ」と義信。
「だが、国家の安全を考えれば、入国者の管理は必要だ。無制限に受け入れれば、スパイや犯罪者も入る」
「けれど、全員を閉め出すのは違います」久信の声は真っすぐだった。
「僕たちが外国人を排除すれば、海外で日本人も排除される。鏡のように」
義親が小さな声でつぶやいた。
「悪い人だけ、来なければいいのにね」
藤村は目を細めた。「義親、それはいい考えだ。だが、悪い人と良い人を分ける線を、誰が引く?」
沈黙。蝉の声がかすかに残る夜の庭を風が渡る。
藤村はゆっくりと語り出した。
「移民は国家を映す鏡だ。どんな国も、自分の恐れと誇りをそこに映す。
アメリカは今、恐れを映している。だが我々は、誇りを映す国でありたい」
久信が問う。「誇り……とは?」
「弱者を見捨てないことだ」
藤村の声は静かだが、深く響いた。
「他国の民を差別すれば、自国の民も差別される。人はいつも、自分と似た者を嫌うものだからな」
机の上のランプが揺れた。油の匂いの奥に、秋の草の匂いが混じる。
藤村は古びた本を一冊取り出した。英語で書かれた憲法書。
「アメリカ独立宣言にはこうある――『すべての人は平等に造られた』。
だが彼らは、すでにその言葉を忘れつつある。
我々は、彼らが忘れた理想を引き継ぐ国にならねばならん」
義信は眉を寄せた。「だが、父さん。理想だけで国は守れません」
藤村「守るとは、排除することではない。守るとは、包むことだ」
久信「……包む、ですか」
藤村「そうだ。国は砦ではなく、家であれ。異なる者を受け入れる勇気こそ、真の防壁になる」
義親が机の上の地球儀を見上げた。
「この丸い地球、どこにも壁がないね」
藤村は頷き、子の頭を撫でた。「壁を作るのは、人の心だけだ」
しばしの沈黙。
ランプの火が小さく鳴り、光の輪が三兄弟の顔を包む。
藤村は再び椅子に腰を下ろし、紙片に短く書きつけた。
『外国人入国原則 差別禁止・犯罪者のみ拒否』
そして一言、付け加える。
『州民平等法 将来案』
「父さん、それは?」久信が尋ねる。
「今夜、お前たちと話して決めた原則だ。――いつか法にする」
義信は少し考え、静かに言った。
「もしこの国が、他国の人を受け入れられるなら……きっと、強い国になりますね」
「その通りだ」藤村は微笑んだ。
「だが、強いとは力ではなく、心が折れぬことだ。
人を拒むより、人と生きるほうが、何倍も勇気がいる」
障子の外、虫の音が一段と高くなった。
藤村は火を絞りながら言った。
「アメリカは恐れを選んだ。
我々は、共に生きる勇気を選ぼう。
それが、この夜の答えだ」
その言葉に、三兄弟は何も返さなかった。ただ深く頷き、父の横顔を見つめていた。
灯が消えるころ、秋の風が庭の水面を撫で、そこに映った三つの影をわずかに揺らした。
その揺れこそ、未来の日本が映す「鏡」の始まりだった。
白露の月、夜風がひんやりと肌を撫でた。
藤村邸の書斎では、蝋燭が一本、静かに燃えていた。
机の上には、英字新聞――“THE CHINESE EXCLUSION ACT PASSED” の見出し。
異国の印刷インクの匂いが、室内に重く沈む。
「アメリカが、中国人の入国を禁じたか……」
藤村晴人は、紙面をゆっくり畳んだ。
燭台の明かりが、彼の指先を淡く照らしている。
廊下の襖が小さく開き、三人の息子が順に入ってきた。
義信――16歳、軍服風の詰襟に身を包み、姿勢はいつも真っ直ぐ。
久信――14歳、洋装の学生服、胸には小さな辞書を忍ばせている。
義親――8歳、小さな手に理科の教本を抱え、父の机の前で立ち止まった。
「父上、排華法の件……本当ですか?」
義信が問うと、藤村は小さく頷いた。
「アーサー大統領が署名した。十年間、中国人労働者の入国を禁じ、市民権も与えない」
久信が新聞を覗き込む。
「……‘EXCLUSION’(排除)。嫌な言葉ですね」
「これは中国人だけでは済まない」
藤村は、低く言った。
「西海岸ではすでに『次は日本人を追い出せ』と叫ぶ者が現れている」
義親が顔を上げた。
「日本人も……追い出されるの?」
「まだ、法にはなっていない」
父は静かに言葉を選ぶ。
「だが、風向きは悪い。差別は一度生まれれば、広がる」
義信が拳を握った。
「ならば、我々も同じ手を打つべきです。外国人を制限すればよい」
「理由は?」
「国家防衛です。無制限の移民は、国を揺るがします。スパイや犯罪者が紛れ込み、軍の機密が漏れるかもしれない」
軍人らしい、論理的な回答だった。
しかし、その語気の奥に、若さゆえの硬さがあった。
久信は首を横に振った。
「兄上、それではアメリカと同じ道を歩みます」
「理想論だ。国を守るには線を引くしかない」
「でも、その線を引いた瞬間に、誰かが外に置かれる」
「……」
兄弟の間に、短い沈黙が落ちた。
外では虫の声が、秋の気配を告げている。
やがて、最年少の義親がぽつりと呟いた。
「悪い人だけ追い出せばいいんじゃないの?」
二人が思わず振り向く。
藤村は微かに笑った。
「その発想は単純でいて、正しい」
久信が頷く。
「つまり、移民をすべて排除するのではなく、行動で判断する」
義信も考え込んだ。
「……軍事的にも、合理的です。危険人物だけを排除すれば、国家安全も保てる」
父は満足げに頷いた。
「それでいい。人は出身でなく、行いで測る」
書斎の奥の本棚に並ぶ本が、風で微かに揺れた。
背表紙には『国際法概論』『国家統治論』『移民史』の文字。
その中の一冊――“令和史回想録”。
藤村がこの異世界に転移したとき、唯一記憶に残った未来の断片。
(令和では、排華法が国際問題の火種になった)
(中国人の次は、日本人が迫害された)
(やがて太平洋の戦火にまでつながっていく)
彼の脳裏に、遠い未来の映像が一瞬よぎる。
荒野に並ぶ鉄条網。
“JAPANESE INTERNMENT CAMP” の看板。
制服を着せられた子供たちが、涙をこらえて列をなす。
(同じ道は歩ませない)
藤村は、深く息を吐いた。
「いいか、お前たち」
「はい」
「移民政策は、国の“心のかたち”を映す鏡だ」
「心のかたち?」義親が首を傾げた。
「そうだ。拒絶する国は、恐れの国になる。受け入れる国は、希望の国になる」
久信が静かに問う。
「でも、受け入れれば争いが増えます」
「それでもだ。争いを恐れて扉を閉ざせば、未来は生まれない」
父の声は、ゆっくりと、しかし確かな重みを持っていた。
義信は俯いたまま、拳を膝の上で握り締めた。
久信は沈黙を破るように、机の上の新聞を取り上げ、紙面を指差した。
「父上、この ‘CHINESE’ を ‘HUMAN’ に変えたら……世界はどうなりますか?」
藤村は一瞬、言葉を失った。
「……その通りだ」
「“排除法”が人間全体に及ぶ国は、滅びる」
蝋燭の炎が揺れ、義親の瞳に映った。
幼いながらも、その目には何かを悟るような光があった。
「父さん……」
「うん?」
「もしも、外国から困ってる人が来たら、助けてもいい?」
「助けなさい」
「でも、その人が悪い人だったら?」
「そのときは、正しく裁けばいい」
藤村は膝を折り、義親の目線まで屈んだ。
「人を疑うより、まず信じる勇気を持て。疑うことは、いつでもできる」
義親は小さく頷き、父の胸に顔をうずめた。
藤村は、その幼い髪をそっと撫でる。
「義親、お前が大人になる頃、この国はどうなっているだろうな」
「優しい国になってるといいね」
その声は、まだあどけない。
だが、不思議と胸に響くものがあった。
義信と久信は黙って、その様子を見つめていた。
兄弟の間に流れる沈黙は、温かかった。
その夜、藤村は寝室に戻らず、書斎で夜明けまで机に向かっていた。
原稿用紙の上に、墨で一行だけ書き残す。
――「日本は、排除ではなく、共存を選ぶ」
書き終えた瞬間、外から朝の光が差し込む。
白露をまとった庭の草が、朝日にきらめいていた。
それはまるで、国の未来が、夜明けのように静かに始まろうとしているかのようだった。
藤村は深く息を吸い、窓を開けた。
風が、遠い海の匂いを運んできた。
その風の向こうには――
大西洋。
アメリカからの報せが、確かに日本の心を揺らしていた。
秋雨の名残が石畳に濡れ、議事堂の外では銀杏の葉が色づき始めていた。
1882年、白露の頃。
国会の開会ベルが鳴り響く。重厚な銅の音が、議場の高い天井にこだました。
壇上に立つ藤村晴人は、静かに議員たちを見渡した。
正面には、列を成した保守派の議員たち。その多くが、白髪混じりの古参。
彼らの目には、明らかな警戒の色があった。
対して、若手や地方出身の議員たちは、期待と不安をないまぜにした表情で座っている。
藤村は、手元の書類を一枚掲げた。
「諸君――」
声は低く、しかし議場の隅々まで届く。
「本日、外務省より報告があった通り、アメリカ合衆国は『排華法』を制定した。中国人労働者を排除し、市民権を奪った。
これは、単なる外交問題ではない。人間の在り方を問う問題だ」
ざわめきが走る。
「日本も外国人が増えている。法整備は必要では?」と保守派の一人が声を上げる。
藤村はそれを遮らず、淡々と答えた。
「その通りだ。法は必要だ。だが、法の目的を見誤ってはならない。
排除のための法ではなく、共存のための法を作るべきだ」
その瞬間、保守派の中から嘲笑が漏れた。
「共存だと? 理想論だな。現実を見ろ!」
「アメリカがやっていることは当然だ。文化も血も違う異人を入れれば、国が乱れる!」
「日本人の純血を守ることこそ国防だ!」
議場がざわめきに包まれる。
そのとき――。
議員席の端から、小柄な影が立ち上がった。
14歳の少年――藤村久信。
年齢ゆえに正式な議席はない。だが、この日は特例として傍聴席から発言が許されていた。
「失礼いたします」
若々しい声が、議場のざわめきを切り裂いた。
全員の視線が、一斉に少年へと向けられる。
「久信、お前……」
藤村は制止しようとしたが、その目に宿る決意を見て、言葉を止めた。
久信は一歩前に出て、議場を見回した。
「諸君。三ヶ月前、我々は長州出身者への差別を禁止しました。
それは、過去に“賊軍”と呼ばれた者たちを、法の下で平等に扱うためです」
保守派の一人が鼻で笑う。
「それと外国人を一緒にするな」
「同じです!」
久信の声が、雷鳴のように響いた。
「出身地で人を差別することも、出身国で人を差別することも、何が違うのですか!?」
議場が静まり返る。
久信は続けた。
「琉球州では、清国との関係を保ちながら日本人として生きている人々がいます。
蝦夷州では、アイヌの民が日本の中で共に生きています。
彼らは“日本人”ですか? それとも“外国人”ですか?」
保守派の議員たちは答えられなかった。
沈黙の中で、藤村は息子を見つめる。
その背筋の伸びた姿に、幼かった頃の面影はもうない。
久信は、拳を握りしめて言った。
「我々が他者を排除するなら、いつか我々も排除される側になる」
「アメリカが中国人を拒絶した。次は日本人だ」
「だからこそ、日本は違う道を選ぶべきです!」
その瞬間、議場の空気が揺らいだ。
議員たちは互いに顔を見合わせ、何かを考え込むように俯いた。
藤村はゆっくりと立ち上がった。
「よく言った、久信」
息子の肩に手を置き、前に出る。
「では、私から提案しよう」
議場の中央に立ち、紙束を掲げた。
「『移民基本原則』――そして『州民平等法』の草案だ」
「法の理念はただ一つ」
「出身・文化・宗教・民族による差別を、法の下で禁止する」
「これは、誰のためでもない。
我々自身が、将来どこかの国で差別されぬための“鏡”だ」
保守派の議員が立ち上がった。
「そんな法を作れば、外国人があふれる!」
「いや、あふれはしない」藤村は即座に言った。
「共存には秩序がいる。秩序には法がいる」
「犯罪者は入国を拒否する。だが、まっとうに働き、学び、暮らす者には、国籍を問わず保護を与える」
「それが文明国家というものだ」
議場の壁にかけられた時計の針が、ゆっくりと正午を指した。
窓の外では、雨が上がり、雲間から光が差し込む。
その光が、藤村の黒衣の肩を照らした。
「日本は排除ではなく、共存を選ぶ」
その言葉は、誰よりも静かに、しかし確実に議場へと染み渡っていった。
採決。
木槌の音が響く。
「賛成、五十六。反対、三十九。棄権、五」
藤村は、深く息を吐いた。
「……可決だ」
拍手はなかった。
賛成派も、反対派も、どこか沈黙していた。
それは、歴史の重みを感じたからだ。
廊下に出ると、久信が父の袖を引いた。
「父上……勝てたんですか?」
藤村は微笑んだ。
「いや、勝ち負けではない。今日は“始まり”だ」
「56%の賛成。それだけで十分だ」
その夜。
藤村邸の縁側で、義親が父の隣に座っていた。
庭では秋の虫が鳴いている。
義信は書簡を整理し、久信は議事録の要約を書き写していた。
「父さん、人を守る国が、きっと強い国になるよね」
義親の小さな声に、藤村は目を細めた。
「……そうだ。人を守る国は、必ず強くなる」
「でも、守るのは難しい?」
「難しい。だが、やる価値がある」
藤村は庭の方を見た。
濡れた石灯籠に白露が光り、月がその上を静かに照らしている。
「アメリカは排除を選んだ。
我々は共存を選ぶ。
八十年後、どちらが正しかったか、歴史が答えを出す」
義親が父の手をぎゅっと握った。
「ぼくは、共存の方が好きだよ」
藤村は微笑んだ。
「それでいい」
その夜、遠いハワイの地。
労働に疲れた日本人移民の青年が、祖国からの手紙を手にしていた。
“日本政府、移民の権利を擁護する声明”
彼は粗末な机にその手紙を置き、静かに呟いた。
「日本は……俺たちを見捨てていなかったんだな」
窓の外では、南の海風がヤシの葉を揺らしていた。
その風は、海を越え、遠い日本へと繋がっていた。
――白露の夜。
日本は一つの選択をした。
排除ではなく、共存。
その道は、困難で、果てしなく遠い。
だが確かに、その一歩が踏み出されたのだった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
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