#0 母親と少女
「ほら、飲みなさい」
と母親は少女に向かって〝何か〟を差し出す。
少女はその白い錠剤みたいな〝何か〟を一つ手に取り、口に含む。
「ほら、お水」
と母親は水を差しだしてくる。少女はそれを受け取り、何回かに分けてお水を口に含んだ。
その一方、母親は少女に差し出した〝何か〟を沢山口に含み、音を立てながら噛み砕く。そして、先程少女が口にしたお水を今度は母親が一気に口に含み、〝何か〟と一緒に喉に入れて胃に落とし込んだ。
──部屋が暑い。
少女はそう思い、視線を周囲に向けた。
少女の居る部屋は昼間なのに窓やカーテンを閉め切っており、部屋が暗かった。だが、少女や母親を含んだ四人の家族のうち、父親と自分の妹は平然と床で寝ていた。
「早く寝なさい」
と言って、母親はカーペットの上で横になり目を瞑る。
その光景を見た少女は一度母親の真似をして、その場で横になった。が、部屋がどうしても暑く──その部屋に練炭が焚いているということもあり──、少女はその部屋を静かに出た。
リビングを出て、玄関を横切る。横に通じる部屋が、少女の部屋だった。
小さな間取りだが、少女にとって窮屈な気分になることはなかった。──少女はまだ、幼かったから。
その部屋で既に用意されていた──母親が念の為に用意していた──布団に入り、少女は天井を見つめる。
「……一体どうしちゃったんだろ」
独り言を呟く。少女の額には汗が吹き出していた。
時計の針が少女の鼓膜を微かに揺らす。
「……眠い」
欠伸をする。
目を擦る。
涙が一粒流れる。
汗が噴き出る。
暑い。
──そう、少女は感じていた。
「自分の部屋にいても暑い……」
と呟く。突然、睡魔に襲われる。
──恐らく、お母さんが渡してきたあの薬のせいなのかな。
と思いながら、少女は目をゆっくりと瞑った。
──その後、自分のみの周りが一変するとは思わずに。