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±F15  作者: 弓枝 秋
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クリスマス編

『HOHOHO! メリークリスマス!』


 テレビで赤服のひげ面じいさんが、何事かわめいていた。

 そんなくだらない特番を、茶をすすりながら、こたつでミカンをむさぼる。

 これが、ジール家のクリスマスである。


「ただいまー」

「お帰り、サルト」


 リビングのドアを開けると、母である椎奈が一応声をかけるが、振り向きもしない。


「おかえひー」


 これは長兄、アギタンス。ミカンをほおばりながら言ったので、言語になっていない。

 サルトは鞄を部屋の角に放り投げると、そそくさとこたつに潜り込んだ。


「なに、兄貴。今日帰んの、早くない?」

「有給使った。クリスマスまで働いてられっか」

「うわ、もったいな。彼女と過ごすならともかく、家族とミカン食うために会社さぼったのかよ」

「うるへー。俺様につり合う女がいないだけだ」


 アギタンスは黙っていれば、いわゆるイケメンなのだが、いかんせん本人の性格が悪い。さらにブラコンというおまけも付いてくるので、女がいても長く続いたためしがない。

 まさにもったいない男だ、とサルトは思う。


「うう、寒い。もらうよ」


 凍えた両手をすりあわせて、サルトムスキーは勝手に兄の湯飲みを手に取る。

 しかし、アギタンスは眉をひそめて、その手を掴んだ。


「おい、こら。茶くらい、自分で煎れろ」

「じゃあ聞くけど、このお茶、アギが自分で煎れた?」

「……すみません、俺の茶でよければいくらでもどうぞ」


 案の定、アギタンスは母に茶を煎れさせたらしい。小さな勝利にほくほくしながら、サルトは茶をすすった。

 サルトの横には、父が毛布にくるまりながら、一人爆睡している。平和だ。


「それにしても、なに、テレビ。他にやってないの?」


 画面上では、子ども向けのクリスマス番組が繰り広げられている。ジール家にはいささか低年齢向きすぎると思われるのだが。

 アギタンスがミカンの皮をゴミ箱に投げ入れながら、答えた。


「日本のクリスマスと正月なんて、くだらない特番しかやってねーよ。お前「彼氏とドキドキ☆ネズミーパークデート大研究」なんて観たいのか?」

「いえ、結構デス」


 仕方がない。サルトがテレビを眺めると、ちょうどサンタが少年の家に不法侵入している所だった。


『うわあ、サンタさん。また来てくれたんだ!』


 画面上の少年は、ベッドから飛び起きると、開口一番にそう言った。


『ホッホ、わしが嘘をついたことがあったかね』

『でも去年、欲しいものと違ったよ。「ゲ○ムボーイ」が欲しかったのに、あったのは「ゲイボーイ」だった』


 サンタは絶句した。

 ジール家も、絶句した。


「……なによ、この話。最近の子ども番組はこんなシュールなの」

「そりゃ、最近の子どもはひねてるから。なあ、サルト?」

「なんでこっち見て言うんだよ」


 兄はにやりと笑うばかりで、何も返さなかった。

 少しムッとしたが、ここでつっかかるのも馬鹿らしい。会話の流れを変えようと、サルトが無理矢理口を開く。


「そういやさ、子どもん時、すっげえ気になってたんだけどさ」

「何を?」

「いや、うちってオートロックなのに、サンタってどこから入って来たんだろうって」


 弟の台詞に、アギタンスは呆れたように返す。


「お前、サンタだぞ。夢とおとぎ話の住人だぞ。そんな現実を当てはめるなよ」

「いや、でもさ。勝手にサンタだの泥棒だの血にまみれた殺人鬼だのが入って来れたら、まずいじゃん。防犯的に」

「ヤな子どもだな、お前」

「――で、父上に聞いてみたんだ」


 アギは珍しく、一瞬ポカンとした表情を見せた。


「な、親父殿にか! 人選間違ってんぞ、当時のお前!」


 基本的に他人に興味が無い上に、常識というものを知らない父は、この家の中で最も相談に向かない人種であった。

 その父はというと、今も横でのうのうといびきをかいている。


 この人の遺伝子が受け継がれているのか、とサルトは少し泣きそうになった。


「ん。いや……まあ、他に誰もいなかったからさ。で――」


~当時~


「お父さーん!」

「ん?」

「ねえねえ。サンタさんって、実はお父さんの愛人なんでしょ?」


 自信満々に目を輝かせて言う息子を見て、父は黙るしかなかった。


「合い鍵持ってるから、おうち入れるんだよね、ね? 防犯システムのエラーとかじゃないよね?」

「? ああ、モニカのことか」


 父は得心がいったように頷いた。


「やっぱりいるの、サンタさん!」

「サンタ=モニカという女のことだろう。金曜に家に来るから、お前にも会わせてやる」

「ホント? お父さん大好き!」


~現代~


「ぐあい、たたタただっ?! な、なんだ、どうし――!」

「黙れこのスケベ男! 一体何人愛人抱えていやがった!」


 起きた途端、いきなり妻にエビ反り固めをされていた父は、パニックに陥っていた。


「え、いつの?」


 ちなみに母は知らないが、父の歴代の愛人たちはすでに三桁を超えている。もちろん、同時に複数の女を抱えることも珍しくない。


「……貴様、殺す!」


 母の腕に、並々ならぬ力がかけられた。


「ぎゃああああああああーーーーーーーーっっ!」


「あーあ」

「平和だな」


 これもまたジール家のクリスマスかと、子ども達は一晩中、組んず解れつの夫婦プロレスを眺めていた。



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