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±F15  作者: 弓枝 秋
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ハロウィーン編

 ジール家に朝が訪れた。


「サルトー、ネクタイどこ?」


 この家では、母親は滅多に家事をしない。さらに、父も兄もそう言った能力とは無縁の存在だったので、末弟でA型のサルトムスキーがいつも文句を言いながらも、テキパキとこなしていく。


「そこにあるだろ」


 朝食のベーコンエッグを作りながら、不機嫌そうにあごでアイロン台を指した。昨日の夜、眠気と戦いながらアイロンがけをしたのだった。


「あー、あったあった。あ、お茶ちょうだい。ぬるめで」


 横柄な態度で、兄がテーブルにつく。


(お前は嫌なファミレスの客か)


 睨みながら、答えるサルトムスキー。


「テーブルにおいてあるのが見えねぇのか、お前は」

「お、流石は俺の弟。用意がいいね」

(用意がいいね、じゃねーっつの)


 心の中でブツブツ文句を言いながら、今日も見事な半熟ベーコンエッグを作り上げる。

 兄はしばらく黙って与えられた食事を食べていたが、ふとカレンダーを眺めた。


「今日は、十月三十一日か。ってことは、ハロウィーンじゃん。サルト――」

「自分でしろ」

「んだよ、機嫌悪ィなぁ」

「当たり前だ。サルトサルトとやかましいわ、この生活無能力者! 俺はサルじゃねぇし、テメェの妻でもねぇ!」

「そうだなぁ、義兄弟でも結婚できりゃぁ、有り難いんだけどなぁ」

「…………」


 妙な寒気がして、サルトの肌には鳥肌が立っていた。


「男同士だぞ?」

「オランダじゃ、同性婚は法的に認められてるんだぞ」


 知識を自慢するかのように冗談(と信じたい)を言う兄に、サルトは超絶に嫌そうな顔をした。


「問題は法律よりお前の神経だ、この変態っ」

「……本気にするなよ」


 無言でサルトはまだ熱湯の入っている急須を手に取る。次に何が起こるかを予想して、兄は戦慄した。


「ちょっ。だあぁ、わかった、わかったから! 頼むから急須を投げるなよ」

「わかったなら、自分のことは自分でやれ! ったく……」

「はいはい。あ、サルト。晩飯はアジの開きに――」

「早よ会社行かんかいッ!」


 ~10時間後~


「とか何とか言って、アジを買っている自分が悲しい」


 学校も終わり、サルトムスキーは近所のスーパーマーケットにいた。


(しかも奥様方と混ざって買い物をすることになれてしまった自分も悲しいやな……)


 アジをかごに入れたあと、お魚コーナーを通り過ぎると、近くのラジカセから軽快な音楽が流れてきた。

 ハッピーハロウィン、ハッピーハロウィン、お菓子をくれなきゃいたずらするぞ。

 軽快な割に、言ってることが脅迫なのはおいといて。


「あー、ハロウィーンか」


 朝の兄との会話を思い出して、サルトはお菓子コーナーと野菜コーナーの間で足が止まった。


(そういやハロウィンなんて祝ったことねーなー。ここ日本だし)


 兄も弟もロシア人とのハーフだが、生まれたときから日本に住んでいたため、ロシアらしさなど外見にしか出ていない。

 奇妙な感慨が沸いてきて、サルトは一人、ジャック・オー・ランタンとかいうカボチャ提灯のレプリカを見つめていた。


(カボチャ、か……)


 ~2時間後~


「何だこれは」


 帰宅後、兄はテーブルの上に狂気を見た。


「見りゃわかるだろ。今日はハロウィーンだろうが」


 この上なくご機嫌な姿の弟を見て、兄は目眩を覚えたとか覚えなかったとか。


「…………サルト、お前」

「ごたごた言うな。可愛い素敵な弟様が精魂込めて作ったんだ、食え」


 火花が散りそうで散らないにらみ合いのすぐ横で、何事もないように食事を始める夫婦。


『いただきまーす』


「ちょっと、そこのお二人様、なに平凡な家庭装って食ってンですか。ってか、問題はそこじゃねぇ、サルト!」

「はいはい」

「お前、今日の晩飯はアジの開きにしてくれっつっただろーがぁぁあっ! なんでっ、なんで全部カボチャなんだよぅおっ!!」


 きらりとした汗をぬぐいながら、満面の笑みでサルトは答える。


「うん、苦労したなぁ。カボチャってレパートリー少なくて。スープだろ、煮付けだろ、カボチャサラダに焼きカボチャのソイソース炒め、パンプキンパイにカボチャご飯。あ、カボチャのおひたしも作ったっ

け」


 答えになっていない。


「あり得ねぇ、絶対食えたモンじゃねぇ。特におひたし」

「うん、だから食え」


 サルトは微笑むばかりであった。

 返す言葉を失い、悔しげにアギは弟を睨み付ける。


「うう、くっそ。わぁーったよ。カボチャは食ってやる。ただしアジを食ってからだ! アジを出せぃ、このっ!」

「あ、そう?」


 にんまり。


「ヒッ!」


 今までの笑顔を越えた笑顔に、正直にも兄はビクッと反応した。


(な、何だ、あの罠にかけた狸をこれから煮込んで食っちまおう的、日本昔話の老婆の微笑みは)


 たとえがいまいち混乱気味な兄。

 兄のそんな様子を知って知らずか、相変わらず不気味な笑みをたたえて、サルトは一皿前に出した。


「はい」

「……? スープ、じゃん。カボチャの」

「アジだよ」

「どこが?」

「中が」


 ポク、ポク、チーン。

 アギは、言葉の意味を理解するのに、三秒かかった。


(………………中?)


 これはカボチャスープである。故に、底など見えはしない。つまり、何が入っていてもおかしくは、無い。


「まさか……」

「食え、せっかく用意してやったアジだぞ?」

「ぅあ、ア、アジ?」


 すでにビビリまくりである。

 半ば脅迫に近い形で、おそるおそる兄は箸を手にすると、スープの中に突っ込んだ。すると、案の定、何かに箸が当たる。イヤな予感がしつつも、それを引っぱり出した。


 ドゥロ……


 と、カボチャまみれのアジが現れた。

 アジは仲間になりたいようだ。勇者アギタンス、どうする?

 a.食う b.食う c.ガバッと食う


「……………………ゴメンナサイ」

「何が? 冷めないうちに食えよな」

「スイマセン。お茶くらい自分で淹れますんで」

「さぁ、どうぞ」

「あの、これはちょっと……」

「さぁ」

「………………ハイ」


 その夜、アジは胃酸の海を泳いだ。

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