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第10章 独白(検閲解除済み)

 その日、一九時。首相官邸前は騒然としていた。

 警察発表で二万人。色とりどりのプラカード、のぼり旗、巨大な看板。それらに書かれた主張は様々だった。

「首相は辞めろ」「皇国日本建国の精神に還れ」「No nukes」「仇ナス敵ハ皆殺シ」「移民受け入れ反対」

 あらゆる異なる主張が鍋の中でごった煮されていた。そしてそれは沸騰しすぎていて誰も手がつけられなかった。

 それぞれに書きなぐったそれぞれの主義主張とは裏腹に、シュプレヒコールは統一されていた。


「言葉を取り戻せ」


 仁有は新言語秩序後の連絡があった後、『君にも来て欲しい』と言われ、渋々ついてきた。最初は鎮圧されるのを眺めているだけだろうと予想していたのだが、まさかここまで大規模になっているとは思いもしなかった。

 このデモは言葉ゾンビの若き英雄である希明が捕まり、“再教育”を施された事実でシンパ共の導火線に火をつけたことが発端であり、“テンプレート逸脱”活動は全国に広まり、世論の風向きは瞬く間に変わり、希明が新言語秩序から解放されたと同時に起こったものらしい。

 その証拠にこのデモの中心には夕焼けを共に見た時と何ら変わらない希明の姿が車や資材、足場などを積み上げた簡易的なステージの上に立ち、マイクを握り言葉の自由が必要だと扇動的に捲し立てる。

 ここら一帯は夏祭りの様相で投げ込まれる火炎瓶や爆竹が花火の閃光のように瞬いているのを認め、あの時のことを考えていた。いや、重ねているのかもしれない。

 デモに参加している人やそれを動画に収めている人、言葉ゾンビ、新言語秩序、警察、野次馬、ありとあらゆる思想と思惑で動いている人がいて、それを拡声器やスピーカーで音が割れながらも叫び、ハウリングやどこからともなく鳴っている打楽器、群衆の雄叫びがあちらこちらから聞こえる。

 しかし、何か統一感があり、具体的な主義主張こそ異なってはいるが皆、一つの事について取り戻そうと奮起しているように見える。

 あの時もこんなに人がいたのだろうか。主義主張もバラバラでそれぞれの思惑で動き、私の父もこの多岐に渡る主義の一つに過ぎなかったのだろうか。それとも希明のように私の父もデモの中心にいたのだろうか。そんなことを考えていた時、一人のデモ隊の男が『言葉殺しがいるぞ!』と叫び皆一斉に一人の女性へと目をやった。のどうやらこのデモの中に新言語秩序が紛れ込んでおり、見つかってしまったようだ。静寂の刹那、今度はその女性に対しての怒号が飛び交った。

 このままではあの人が殺されてしまうかもしれない。しかし、女性は希明と何か話している。彼らの会話は周りの音でかき消されてしまって聞こえないが内容はすぐに理解った。彼女の行動によって。


 希明からマイクを受け取った。


 私が私を語るほどに 私から遠く離れてしまうのは何故でしょうか?

 身を投げた漆黒の太陽が遺言のごとく焼き付けたひと夏の影絵は

 トイレの汚物入れの中で真っ赤に滲んで泣きじゃくるばかりです

 殴られた痣はすぐ消えてしまった いっそ消えずに一生残ればよかった

 誰かを憎む理由をこの身体に誇示して 全てを切り裂く免罪符となれ

 物心ついた私は⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎で あなたがそう呼ぶからそれにふさわしい人間になった

「どこにでもいる真面目な子でした」 「まさかあの子が」

 世間様の暇つぶしに辱められた自尊が

 良からぬ企みを身ごもるのも必然で 言葉を殺した あれが死に損ないの言葉ゾンビ

『言葉を殺した』という言葉だけが残った 途方に暮れた十五歳の夏


 流れていった涙や後悔の時間に 今更しがみつくほどの未練は持ち合わせず

 過去の痛みが全て報われたわけじゃない 私の痛みは君の失望にこそ芽吹く

 この物語はフィクションであり、実在する事件、団体、人物との

 いかなる類似も必然の一致だ だが現実の方がよっぽど無慈悲だ




 彼女の独白が終わり、私も仁明もその場にいた全員が一言、、ただ一言を叫び続けていた。


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