1-3 ビーチのテラスでテスラコイル
ヤバミ大島の梅雨明けは早い。
ギラギラに照り付ける太陽が、サマーシーズンの訪れを知らせる。ボクは亀さんの車を借りて出勤している。エアコンを全開にして、カゲロウとか走水とか呼ばれる道路上の蜃気楼を遠目にボロボロ軽自動車を走らせている。お金がたまったら、自分の車が欲しいなんて思ってしまう。
ボクの勤め先、サノバビーチに到着。従業員のみんなに挨拶して、さっそく制服の水着に着替える。亀さんからもらった麦わら帽子にハイビスカスの造花を添えて、それもかぶってみた。
「あ、それ、田舎っぺかわいい!」
っと、ボクを指さしてカジリコさんが言った。
「んだ、オラは田舎娘だっぺ」
お望み通りに茨城っぽく返事をした。
「ハゲー、東京出身じゃなかったんかい?」
ヤバミ大島の言葉とエセ茨城弁のコラボレーションだっぺ。
今日はお昼のランチの時間に、家族連れの人達が来て、ホットドックとかパンケーキを食べて行った。
お客さんはこれから増えてくると予測できるいい天気だ。今日は浜辺の清掃活動を念入りに行う事になった。来るお客さんがゴミをポイ捨てしている様子は見えないのに、なぜかペットボトルゴミが結構あるんだ。ラベルを見ても、見たことの無い名前の飲み物なんだ。
「ねえ、このお茶のペットボトル。初めて見たんだけど、ここら辺じゃ有名なのかな?」
「それ、中国のやつだよ」
カジリコさんに言われてはっとした。中国からの漂着物が多いのだ。ペットボトル以外にもビニールゴミも、発泡スチロール箱も、唐変木も、中国から流れ着いたものだったのだ。そう、この星マークの描かれた大きな板も・・・なんだこれは!
「なんだこれは!」
「あー、それ、テポドンの残骸だよ。たまに流れて来るんだよね~」
わあお、軽く国際問題!
他にも、人が流れ着いて・・・人が!
「人が漂着してるよ!」
「あー、これはどっかの会社から逃げ出したベトナムの技能実習生だよ。流してあげなよ」
漂着したベトナム人はボクの顔を見て、うなずいた。
「無事にベトナムに漂着するんだよ・・・」
ボクはベトナム人を海に流した。ベトナム人はそのまま海流に流されて水平線の彼方へ消えて行った。
「ベトナム人はアメリカに勝ったんだから、きっと無事に漂着するよ」
夕方、今日は宿泊客が数名、ビーチのテラスでゆったりとしていた。
「お姉さん、注文いいかな?」
「あ、ボク、お兄さんです」
「え!まじで!す、すげえ・・・」
お客さんは相変わらずボクに驚いてくれる。
「水着が似合うお兄さん。注文お願いします」
お客さんは夫婦のようだ。歳はアラウンド60って感じ。60夫婦はカクテルの『テキーラサンライズガンダム』と『テキーラサンライズイデオン』を注文した。
ボクは出来上がったカクテルと、オマケのピスタチオを持って席まで運ぶ。
「ねえ、インスタ映えじゃないあなた」
「そうだね、インスタ映えだね」
おお、60にしてはなかなか若い趣味をお持ちのようで。
「ねえ、写真、とってもいいかしら?」
「あ、はい。どうぞどうぞ、インスタにあげちゃってください」
カクテルの写真を撮るのかと思ったら、何故かボクの写真を撮りはじめたんだ。
「そーそー、もっと上目遣いで、あざといかんじのーいいねいいね!」
奥様が妙にはしゃいでボクの事を写真におさめている。
こうしてボクはインスタで公開されてしまったのだ。かわいいけど男の子な店員がいるビーチのお店として、ネット上で少々バズったりしたんだけど、ヤバミ大島と日本本土の距離があるせいか、インスタ効果で客が押し寄せる事は無かったんだけどね。
「そういえばカジリコさん。もう一人、店員がいるんですよね?」
「そうなのよ。あの子、彼氏が出来てから無断欠勤が多くて困るわ。『女は愛でバカになる』って田嶋陽子も書いていたわね」
「そうなんですか・・・すみません、それ、知らなかったです」
「まあ、そうだよね~」
今日も姿を見せなかった子、まだ学生のようで、看護学校に通っているそうだ。ヤバミ大島は就職先が少ない。看護学校に通って、看護婦になる道を選ぶ女の子は多いそうなんだ。島にはトクステイツ会という医療グループがあって、島の医療機関はこのグループに独占されているそうだ。もちろん政治にも関与していて、かつては逮捕者を多く出す汚職選挙が行われたこともあるそうだ。でも、トクステイツ会の悪口は島にいる限りしない方がいいとの事。
海がどんなに綺麗でも、人は人。どこかに汚い所があるものなのだと思った。