1-1 ニューキッドインヴィレッジ
南国、ヤバミ大島。沖縄県と鹿児島県の間に位置する手付かずの自然が残された秘境であり、隠れたビーチリゾート地のこの島。
ボク、天野川 英輝はこの島で生きている。
真っ白な砂浜、青い空よりも青い海、今も終戦を知らない日本兵の幽霊、毒蛇のハブ、非常食用に植えられたけど毒があるから非常食にならないけど南国感がある見た目の蘇鉄の木、方言が強くて何をしゃべってるのかわからないじいさんばあさん、綺麗な見た目にそぐわない汚い鳴き声を発する天然記念物の鳥、色々なものが本土と違っていて、まるで異世界のようだ。
ボクはこの島のビーチリゾート施設、通称、サノバビーチで働いている。
今、この夏のボクの制服は、色鮮やかなハイビスカス模様のフリルスカート付きビキニなんだ。とっても恥ずかしいけど、来る人みんな、ボクをかわいいと言ってくれるし、チップだってもらえるんだ。ボクは男だけど、みんなが喜んでくれるなら悪い気はしない。
この島に来るまでボクは、自分の女っぽさが嫌いだった。好きでこの見た目になったわけじゃなかったんだ。
話しは遡って、僕が小学生の頃。その時は東京の隅田川沿いの小さなアパートに住んでいたんだ。たまに近所でヤクザが撃ち合いをしている以外は比較的治安がいい所だったよ。流れ弾や流れドスに当たらなければ問題は無いんだ。
ボクが通っていた小学校には同級生でヤクザの組の組長の息子がいたんだ。組と言っても、大きな組の傘下にある小さな一家だったんだけどね。その組長の息子はボクの事をよく、女みたいだってからかってきたから嫌いだった。いつも取り巻きを連れて、ボクに本当におてぃんてぃんが付いているのか確かめると言って、服を脱がそうとするんだ。ボクは必死で抵抗するんだけど、相手は人数いて、それでとうとう全裸にされたんだ。でも、全裸になったという事はもう、脱がされるものがないという状況だ。そう、ボクは無敵だ。ちょうどたまりにたまった尿意を開放し、重力を感じさせない直線起動でイエローウォーターを下半身の銃口から放つ事が出来た。ガハガハ笑っていたヤクザの息子の口に一直線。ボク由来の天然イエローウォーターを生産者の顔が見える状態でぐびぐびと飲む事になったヤクザの息子はその日、急性胃腸炎で病院に運ばれたが、帰らぬ人となった。そう、入院中に敵対する組の構成員に捕まり、帰りたくても帰れない人になったんだ。
それからボクは『幸福の黄色いションベン』と呼ばれ、クラスのヒーロー、いや、クライムファイターとして名をはせたんだ。だけど、そんな調子のいい事は長続きしないものである。息子の件で怒り狂ったヤクザの組長が部下を数人連れてボクの住むアパートに押し寄せて来たんだ。黒いベンツがアパートの前の細いのに一方通行じゃない道に止まった時、もう終わったと、東京湾に沈められると思ったんだけど、何を勘違いしたのか同じアパートに住む共産主義過激派武装組織のおっさん達が手作りの火炎瓶と爆弾でヤクザ達を攻撃し始めたんだ。ヤクザも拳銃で応戦。激しい戦いの末、拳銃の弾が過激派武装組織の保管する火薬庫に命中して大爆発を起こしたんだ。この爆発の衝撃はすさまじく、スカイツリーは0.1°傾いて、ウンコビルは半分が焦げたんだ。東京大空襲以来の大惨事。ボクと家族は生きていたけど住む家を失ったんだ。
僕達はそれから隅田川の高速道路の下で、ビニールシートで作った家で暮らす事になった。父親は浅草で、投資ビジネスで馬券を買って儲けようとして、日々、新聞とにらめっこしていた。新聞は浅草駅のゴミ箱に毎朝色んな新聞がおいてあるから、ただで入手できた。赤旗以外は全部あったと思うよ。そんなある日、新聞を見ていた父親が何か雄たけびをあげながらボクに記事を見せてくれたんだ。その記事は、偽装肉の話だった。牛をふくよかにするために開発されたメスニナール99という薬品があって、それを処方された牛は通常よりも何倍もふくよかに育つそうだが、その牛肉を食べた子供はホルモンバランスが崩壊して、男は女っぽくなり、女は便秘になるとの事。男の場合は女っぽくなる効果が一生続くそうだ。メスニナール99は国際法上禁止された薬物であり、それを接種した牛は惑星外追放処分をされるのが決まり事だったのだが、偽装されたミートボールにそのメスニナール99成分を接種していた牛の肉が使われていたのだ。つまり、父が言うにはボクはその偽装ミートボールを幼少期に食べてしまったため、女っぽい男になってしまったとの事だ。
父親は偽装ミートボールを製造した会社、ニートホープキンスを訴え、勝訴して、賠償金でタワマンを購入した。それから家族は上り調子で、父親は社会正義を掲げてあちこちの会社や行政などに裁判をけしかける厄介な慈善団体のリーダーとして活躍。母は月面旅行へ行くも、道中、宇宙船が操縦不能のトラブルに見舞われ、ハレー彗星と同じ軌道上を飛んでいる。次に地球にやってくるのは約76年後だ。
時は流れ、僕は高校を卒業し、就職した。派遣会社に就職し、非正規社員として覇権会社に派遣された。ちょうどその頃、その覇権会社は上がり調子で、千葉県の半分を支配下においていた。ボクは民営植民地となった南房総の、チーバ君の足あたりの運営の仕事に関わる事になった。ボクは自動車免許を取り、房総半島を暴走する日々を過ごす事になる。しかし、運が悪かった。タイミング悪いこの時期に限って、怪獣が勝浦に上陸したのだ。大怪獣ゴリラクジラはボクの派遣先の会社を徹底的に破壊した後、東京の月島に上陸。大怪獣ゴリラクジラは自衛隊の攻撃をものとせず、東京の半分を廃墟にした後、東京湾に去って行った。ボクの父親はタワマンから大怪獣ゴリラクジラを撮影し、YouTubeで動画配信してバズらせようとするも、大怪獣ゴリラクジラの放った高圧放射熱線を浴びてタワマンと共に蒸発してしまった。ボクはもう、勤め先も両親もいなくなってしまったのだ。
頼る先の無いボクは、貯金を全額おろして、あてのない旅に出た。
その旅の途中、海を眺めていたら、黒ずくめの人達に捕まり、無理やり船に乗せられたのだ。そう、北の挑戦する人達だ。北の挑戦者達はボクを北挑戦に連れて行こうとしていたのだ。しかし、道中、ボクの乗船した工作船は海上保安庁の巡視船と遭遇。激しい銃撃戦の末、なんとか逃げ切るも、台風に直撃。工作船は沈んでしまった。ボクは海に投げ出され、意識を失った。そして、目が覚めたら南国の離島、ヤバミ大島にいたのだ。
ボクをはじめに見つけてくれたのは、島にある小さな村、龍宮村の亀さんというお爺さんだった。亀さんはお爺さんだが、体はゴリラ。山の主であり、キングコングと呼ばれている。ボクは事情を説明して、鹿児島県警に保護されるかどうかって話になった時、別に頼れる身内もいないし、母親は76年後にならなきゃ帰ってこないし、実家は怪獣に破壊されてしまったので、行くあてがない事を告げた。すると亀さんは、しばらく使っていない空家を貸してくれた。そこで行き先を決めるまで住んでいていいと言うのだ。とてもありがたい。でも、家賃は払わないとって思ったんだ。財布はちゃんとポケットに入っていたんだ。だけど、お金が無くなっていたんだ。北の挑戦する人達に取られていたんだ。免許書と交通機関系電子マネーのメロンがあるだけだった。亀さんは免許書を見て、「ちょうどいい。運転できる人が必要だったんだ」と言ったんだ。
村には商店が存在しない。昔あったけど、つぶれてしまったそうだ。となりの村に小さな商店があるけど、そこでは品物が限られているそうだ。大きな店に行く為には車が必要で、バスが運行しているけど、バスが時刻表より1時間以上遅れたり、来なかったりする事はよくある事なんだ。とっても不便で、でも、亀さんは80歳を超越していて、運転に自信が無くなってきているんだ。だから、買い物に行くのが大変なんだ。ボクは買い物のドライバーを引き受ける事にした。そしたら亀さんが、近所のおじさんおばさん(っというけど、全員70歳を超えているんだ)達に話をして、村の人達の買い物の代行をすることになったんだ。早速、お店に買い物へ行く事になったんだけど、ボクはまだ免許取り立てホヤホヤのホヤ状態で、運転も暴走フラワーラインを暴走した事しかない。不安だった。
亀さんの車、古い感じの軽自動車の運転席に座ったボクは、カーナビが無い事に驚いた。窓もパワーウィンドウじゃなく、手回しなんだ。カーラジオはローカルFMのFMヤバミが流れ、沖縄チックな歌が流れてる。もはや異世界の乗り物だった。亀さんが助手席に乗って、買い物先の店を案内してくれた。エンジンがあまり調子のいい感じじゃないようなボロボロした音を立てて、走り出す。不安だったけど、右を見れば急に山、左を見れば急に海という、海岸沿いの道を走るのは、とても爽やかな気持ちになるんだ。少し開けた窓から吹き付ける潮風は海の臭いを運んでくれる。暴走フラワーラインと似ているようで何か違う道だ。交通量も少なく、運転はしやすかった。トンネルをいくつか越えて、南国感あふれる木々の生い茂る山道を通過し、一面に田んぼが広がる農村の真ん中を突っ切って、目的地のお店に到着した。郊外にあるタイプの大型店。名前はビックリ・スリーと言う。そのお店は食品から家庭雑貨、DIY用の工具、園芸用品と、様々な品揃えがあり、大抵の物は手に入るんだ。100円ショップのダイナソーもあった。ボクと亀さんはみんなに頼まれた買い物を済まし、ビックリ・スリーの隣にあるファミレスでお昼ご飯を食べ、(亀さんにおごってもらったんだ)そして龍宮村に帰ったんだ。村の人達はとても喜んでくれた。交通費としてみんながいくらかずつ渡してくれた。総額5000円になった。ボクは村の人達に感謝を述べ、これからもよろしくお願いしますと挨拶をして、草むしりの続きをはじめたんだ。草と草の間から、しっぽが虹色したトカゲが飛び出してきた。綺麗なしっぽのトカゲはすばやく草が生い茂る所へ逃げて行った。変わった生き物がいるんだなと感心した。
草むしりでようやく道路から玄関にたどり着ける道が出来た。これでやっと借りた家に入る事が出来た。家の中は思ったより綺麗で、テレビもクーラーも冷蔵庫もあった。しばらく電気が通ってなかったからか、冷蔵庫はまだ冷えてない。ブレーカーを上げ、電気を通す。ここでしばらく暮らすんだなって思うと、妙な気持ちになった。その妙な所が上手く言い表せないんだけど、今までと違う環境、これからの生活、いろいろわからない事だらけだから、不安なんだと思う。
外は日が沈み、気温も下がって、海風もあるせいか涼しくて過ごしやすい感じになる。夕飯、ビックリ・スリーで買ったインスタントラーメンにするかなって思った時、家のチャイムが鳴ったんだ。ドアを開けてみると亀さんがいて、村の人達が歓迎会するって言うので亀さん家についていくと、庭で村の人達が集まって、酒盛りを始めていた。みんな各々何か、食べ物とかビールとか持ってきて、楽しそうにだべっている。ボクは歓迎されているようで、かわいい女の子が来たと村の人達が言っているので、素直に自分が男であることを告げたけど、かわいい女の子のような男が来たと喜んでいるから訳が分からなくなった。おじさんおばさん達が持って来た料理、豚肉の炒めたようなやつとか、魚のフライみたいなやつとか、マヨネーズにご飯をかけたようなやつをくれた。ビールはオリオンビールかと思ったけど、普通にキリンのラガービールだった。おじさんおばさんはボクの話を聞きたがっているから、これまでの話をしたんだ。皆、相槌をうつようにハゲー、ハゲーと言うんだ。このハゲーって、どういう意味なのか聞いてみたんだけど、方言である事は確かなんだけど、意味は無いみたいなんだ。ただ、ハゲー、ハゲーって言うもんで、髪の毛が薄いおじさんもハゲー、ハゲー言うもんで、妙に面白くなってしまったんだ。夜も結構遅くまでみんなで盛り上がった。5か所、蚊に刺されたけど、なんか異文化交流のような感じが楽しくて、そんな重要な話しは何もしてないんだけど、みんなの話を夢中になって聞いたんだ。みんな夜行性だ。解散した時、もう夜中の1時を過ぎていた。ボクはシャワーを浴びて、薄いタオルケットに包まれて寝た。明日からどうしようか。そう思いながら目を閉じた。
夢を見たんだ。アイハブアドリーム。夢の中でボクは、まだ隅田川の近くにいた。色々あったけど、もう戻れない過去にさよならを告げた。隅田川の水は臭く、ヤツメウナギと同じ匂いがするけれど、どこか恋しいスメルなんだ。ボクはもう20を超えた。スメルズライクティーンスピリットでいられないんだ。お酒も合法なんだ。夢で確信した。隅田川はボクの故郷だったんだと。そして、さよなら。隅田川。
追記 千葉はそこまで思い入れが無いんだ。ごめんよチーバ君。