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雛と黒虎

1つの伝説がある。

獣達がヒトに変わる頃、同じく神が獣に変わった。戯れに、獣になった神は、美しい鬣と美しい毛並みを持ち、澄んだ声で歌い、万里を駆けた。

ある時、獣になった神は、一人のヒトに恋をする。やがて二人の間に子が産まれ、子は獣にもヒトにも変われるようになった。

未曾有の災厄が世界を被い、ヒトが滅びかけた時、神とヒトの子が世界を救った。

神とヒトの子は、人を救い続けたが、慢心したヒトは周りを傷付けるようになってしまった。哀しんだ神とヒトの子は、森に隠れてしまった。

迷った旅人を気まぐれに癒し、誰も知らない山奥で、誰にも邪魔されずに過ごしている。

その獣の名は『神天の子』

今でも、誰も知らない山奥で、澄んだ声で歌いながら過ごしている


グラゾラの市場はとても賑やかだ。

貿易国のせいか様々な人種や容貌の人間が、足早に行き交う。

アエカがグラゾラの王都に来て、一年が過ぎようとしていた。

アエカは、市場のカフェで人通りを見るのがとても好きだ。

近頃は、一人で外出も出来るようになった。市場位なら、道にも迷わない。

特に制約もなく、アエカは生活していた。


ここにつれて来てくれた〝長〟は、グラゾラでは貴族をしている。

グランダル家の嫡男で、いつか廃嫡されるのが夢なんだ。と熱く語っていたのが、心に残っている。

アエカも貴族になるんだよ。と言われたが、あまり興味が湧かなかった。

ダルムと呼ばれ、皆から愛される一族の〝長〟。

とても綺麗なのに、とても人間臭いのも彼らしい。

あまりに綺麗だから、グラゾラの大臣に後見人になってもらってる。

大臣は、アカントレッド家の公爵様で、真っ赤な髪に黒い瞳でとっても格好いい姿をされてらっしゃる。

自分の後ろ楯にもなってくれてるから、とてもいい方だと思う。

何でも欲しいものを言いなさいと、優しく笑いながら、顔を合わせる度に言ってくださるとてもいい人。


ただ、必ずグランダル家の指輪とアカントレッド家の腕輪を付けて、外出するように言われていた。

自分に危害を加えても何の価値もないのに。

といつもアエカは思っていたが、大人しく従っていた。


この2つの紋章のお陰で、誰も手出しをすることは出来ない。

外出には、少し離れて、アカントレッド家の護衛の方が一人付いてきている。

気付いたアエカはいつも一緒に行こうとするのだが、全力で辞退されるので、護衛とはそういうものだと認識していた。

実は、女性に免疫がない護衛が多かったので、何を話していいのか分からずに、離れているだけなのだが、アエカは知らない。



自分の身体は、もう女性ではなくなった。

自分の一族には、いろんな種族が混ざっているらしい。

その中のでも、アエカはとても珍しい血をもっているのだと。

『貴方は性別を、変えれる種族なんだよ』

そういって、地獄から救ってくれた〝長〟は悲しげに笑った。

『けれど、変えれるのは最終手段だ。身体にとても負担がかかるし、子供を産んだ後で変わるなら、男性体になって子供を成すことは出来ないだろう』

何故、そんなに悲しい顔をするのでしょう?

わたしは二人も、子供を産ませてもらったのに。

アエカは喜んで、身体を男性体へ変えた。



一年かけて、アエカの身体は、ようやく男性体として馴染んできた。

それでも容姿はほとんど来たときと変わらず、幼い輪郭をしていたが、真っ青の瞳と白銀の髪を持つアエカは、見る人間にとって庇護欲しか掻き立てなかった。

とても弱い種族だから、成人するまで大人たちから庇護を受けるように出来ているのだと、ダルムから聞いた。

ダルムはいつもその話しになると、ダグラズ家の対応に憤る。

けれど、アエカにとって、ダグラズ家の場所はとても辛い事ばかりだったが、決して辛いことをだけではなかったのだ。

ただ、私が女だったからだ。

今、肉体はあまり筋肉がついていない中性的な少年であったが、アエカは子供が産めないこの体に満足していた。


多種多様な民族が入り交じるグラゾラでも、輝く白銀とエメラルドの瞳は目を引いた。

青年と言うより少年の姿に近いアエカは、ダルムの従兄弟、もしくはグランダルの隠し子と認識されていた。

いきなり現れた彼は、孤児にも関わらず、グランダル家から手厚い保護をうけていた。籍をアカントレッド家に入れる程の過保護ぶりだ。

この件に関しては、グランダルは肯定も否定もしなかったため、噂に拍車がかかっている。



アエカは自分の腕を眺めた。

貧弱な手足は、男になっても相変わらずなので、女性の相手をすることもないだろう。

だから、好きなことをして人生を楽しもうと思っていた。

ダルムは、アエカが興味を持ったこと全てに、全力で対応してくれる。

優しい兄みたいな綺麗な〝長〟

彼を支えるだけの、知識と技術が欲しいと思う。


テラス席で冷たいお茶に口をつける。

テーブルに影が出来た。

「?」

アエカが顔をあげると、フードを被った大男が立っていた。

ロジム国の方かしら?

耳元がちらりと見え、青い石が光った。

形のよい口元から犬歯が見える。

大柄な男性はアカントレッド家の家人に沢山いたが、ロジム国の特長的な猛獣にも似た鋭い犬歯を持つものは少なかった。

アエカは懐かしそうに目を細めた。

「どうかされましたか?」

「アエ、カ?」

「は、きゃあっ!?」

離れていた護衛が、駆け寄る前に、アエカは、男から担ぎ上げられ、そのまま連れ去られた。




ああ、この子だ。私の知ってるアエカだ。

髪が随分短くなっている。

うん、短いのも、とても可愛い。

早く連れて行かないと。


全速力で駆けたせいで、息が出来ない。

腕の中のアエカは、気を失ってる。

オリオンは、泊まっている宿に飛び込んだ。

一団で来ているので、宿は、ダグス・ラズル家専用になっている。

入口でシアがにこやかに出迎えた。

「御館様、早かったで・・・・・・え?」

さっき、散策するとでかけた主人は、人を抱き抱え戻ってきた。

「連れて来た。部屋に誰も入れるな」

見覚えのある白銀に、シアが一瞬で青ざめる。

「ちょ、待って!誰かっ!御館様が奥様を誘拐してきた!」

「うるさいな、アエカが起きてしまうじゃないか」

そう言ってオリオンは、付いてきたシアを蹴りだし、部屋に閉じ籠った。




身体を包まれる温かい感触に、目を覚ます。

ふわりと、草原の草木と樹木の苦味が入った懐かしい香りがした。

ゆっくりと目を開けると金黒目の大きな肉食獣の瞳が目の前にあった。

「ひっ」

小さな悲鳴に、オリオンは気付いた。

抱き抱えながら、オリオンはうっとりとしながら、ベッドに添い寝していた。

「旦那、様・・・・・・?」

いつも、ぴしりと髪を後ろに束ねているのに、前髪が出来てる。

金黒目のに鮮やかな目は相変わらずだが、眉間に皺を寄せたような覚めた眼差しをしていたのに、今はとろりと穏やかな眼をしてアエカを見ていた。青く光る石が耳元で揺れている。

年相応の青年に見えた。

「うん。目が覚めたか?」

「どう、して・・・・・・?」

また、あの屋敷の夢なのだろうか。いつも、身体が重くて気分が悪い夢。

「私がずっと横にいるから、怖い夢も見ない」

ガタガタと震えだした身体を、優しくさすりながらオリオンが幸せそうに抱き締めた。



アエカが居なくなって、甘美な夢を見なくなった。

アエカは、いつも自分を誘っていた。

いつも、自分を見てくれた。

たとえ、囁く愛の言葉が父親に対しての言葉であっても。オリオンは幸せだった。

どろりと自分を甘美な波に沈ませてれる夢。


夢を見なくなって思い出すのは、泣きそうなアエカの顔ばかり。そして、最後に別れを告げるアエカの美しい凛とした姿。

オリオンは恋い焦がれた。

思いをぶつける相手は、もういないのだ。


「帰してくださ・・・・・・」

オリオンは、アエカが自分の事を嫌いらしいと言われた事を思い出した。

「む、迎えに来たんだ。お前が泣いていないか心配していたぞ。連れ戻しに行きたかったけれど、ずっと部下たちに見張られていた」

おどおどとオリオンは、珍しく吃りながら呟いた。

「旦那様、わたしは男になりました」

「お前は私の妻だ?」

「だから、もう妻になりません」

「どうして?お前はここにいるではないか」

「子供は産めません」

「子供はもういる。私とお前の子だ。ユイとイツだ。女と男だ。世継ぎはいるから、子供は産まなくてもいい。ちゃんと、一緒にいる。ユイとも話したりしてる」

「旦那様、同性同士は結婚は認められていないのです」

グラゾラでは分からないが、ロジム国ではそうだった。

「?」

言われて、オリオンは首をかしげた。

「アエカはアエカじゃないか。アエカは私の妻だ」

本当に分からないのか。オリオンは不思議そうに見つめ返すだけだった。

「もう旦那様の妻では、なくなりました」

「アエカはアエカだから、私の妻だ」

もう一度、呟いた。

「離縁届けはもう受理されています?」

「撤回している。一年たったから、効力も失くなった。土地が穢れたと言われたから、本宅を建て替えたんだ。は、離れはそのままにしている」

「・・・・・・」

黙りこんだアエカに、オリオンは何か言おうと言葉を探した。

「少し身体が大きくなった?」

「は、い。少し背も伸びました」

オリオンの顔が明るくなる。

「服を用意しよう。私とお揃いにしようか。服が違うから、屋敷に戻らないのだろう?こちらの服装は、明るい色が多いな。お前によく似合ってる」

「旦那様」

「私とお揃いなら、シロイシの服を最初に作ろう?そうだ。花を沢山仕入れたんだ。前みたいに、屋敷は花が沢山咲いている。お前が好きだと言っていたから、きっと気に入る。離れの部屋も元通りにしたんだ。前にみたいに、絵や花を飾っている」

「旦那様」

「私は寛大だから、 少しなら森に戻ってもいい。ちゃんと日が落ちる前に帰ってくるなら、安全だし、皆安心する」

「旦那様」

「なんだ?そんな、悲しそうな顔をするな。私は親父に似ているのだろう?代わりでもいい」

「わたしと旦那様は、離縁したのです」

はっきりとアエカは答えた。

「・・・・嫌だ。認めない!嫌だ嫌だ!」

オリオンが取り乱す。

「旦那様」

「何故、そんな事を言うんだ?お金も服も宝石も用意する。子供を作るのが嫌だったのか?じゃあ、もう作らない。」

「旦那様」

「ずっと側にいるのだろう?遺言で、そうだ。お前と世継ぎも作った。・・・・嫌だ。居なくなるなんて、嫌だ。嫌だ」


だだっ子のように、言い出したオリオンに、アエカは不思議そうな顔をして見つめ返した。

「なんで、いないんだ?私が、父親の代わりになれないからか?操られていると言われたけれど、また、髪型も服装も香も同じにしたんだ。父親の替わりでいいから、もう一度屋敷に帰っておいで」

「旦那様は、お義父様ではありません」

はっきりと言うアエカに、オリオンが泣きそうになる。

「父親の替わりでいい。私はそっくりなのだろう?」

すがり付くオリオンに、アエカは首を傾げた。


「いいえ。旦那様は、お義父様の替わりではありません。旦那様は、旦那様です」


その瞬間、オリオンの頭の中で何かが弾けた。

パチンっと音が響いたような気がした。

父親の呪が消滅したのだ。

靄がかかったような感情が、一瞬でクリアになる。

胸に入り込んできたのは、今までの記憶とアエカの顔と自分の行動だった。

混乱する。

目眩にも似た記憶の波に、オリオンが気が遠くなりそうになる。

「?」

「旦那様?」

「どうした、アエカ」

「泣いてらっしゃいます。どこか痛いのですか?」

「泣いている?」

ぼろぼろと自分が泣いている事に気付いた。

「旦那様、旦那様、泣かないでください」


オリオンが号泣した。

アエカが頭を撫でる。

暫くたった。

「アエカ」

オリオンが顔をあげた。

「なんでしょう、旦那様?」

「私は、貴方が好きです」

「旦那様・・・・・・」


「意地悪して、ごめんなさい。酷い言葉を言ってごめんなさい。私を嫌いにならないでください。ずっと、貴方の事が好きです」


初めて言われた事に気付いて、アエカは少し笑った。

「そんな事・・・・、ずっと前から知ってましたよ?」

不思議そうに、アエカは抱きしめるオリオンを見上げている。

幼い顔はどこか聖女然としていた。


ああ・・・・とオリオンは思う。

私はずっと、アエカに負けていたのだ。



オリオンの膝の上で、アエカは大人しく座っている。

アエカは、自分が男に変わっているから、性的な対象と思われていないのだと思い込んでいた。

オリオンの涙を、甲斐甲斐しくハンカチで拭いている。

ぺたりと、アエカの胸をオリオンが触った。

不思議そうにオリオンが言った。

「胸が無くなっている」

女性らしい膨らみもない。まるで少年みたいだ。

「はい。男になりますから」

「・・・・・・男?」

そこで初めて、オリオンはアエカの変化に気付いた。

「だから、妻にはなれません」

アエカは神天だから、両方になれるのかもしれない。

オリオンはどちらにしても、とても綺麗だと思った。

何故、性別が変わっただけで、アエカは自分から逃げようとするのだろう。

「・・・・では、私は男を抱けるようにする」

「?」

「お前なら、男でも可愛らしい」

「・・・・・苦しいのはしたくありません」

アエカにとって夫婦の営みは、痛くて苦しい事をだけだった。

オリオンが震える声で、アエカの両手を握りしめながら答えた。

「苦しくないように、ちゃんと勉強する。それで、いいか?苦しくないように、ちゃんと気持ちよくする。だから、それならいいだろう?」

「・・・・・は、はい」

迫力に押され、アエカがわかっていないが返事をした。





ダルムが、アエカがオリオンに拐われたという報告がいったのは、事が起こった直後だった。

宿もすぐに知れた。

が、オリオンはロジム国の貴族として、グラゾラ国の王都に正式に来ていた。無理に取り返せば、外交問題になる。

潰す気満々の後見人をなだめ、お小言を言われて、書類を作成し、やっと宿の玄関に入れたのは、半日たっていた。

勿論、そこまで悠長にしていたのは、見張りの人間から、アエカに身の危険はないと報告を受けた結果だった。


まさか、一年後丁度に来るとは思わなかった。

アエカへの執着を甘く見ていた。

ダルムは、この事変が終わった後、アカントレッド家の後見人とのお小言と反省会を思い、憂鬱な気分になりながら宿に向かった。


丸腰を証明するため、護衛である女性のアルルだけを同行していた。

小柄で大人し目な茶髪と茶目は、平凡で安心感だけを与えてくれる。

中身は、全くの別物だとダルムは思っているが。

「静かですね、ダルム様」

「うん。奥の部屋に、集まってるそうだ。オリオンの補佐が見張ってる」

「傷付けないならいいのでしょう?眠らせましょうか?」

くるくると糸を巻きながら、ポケットにしまう。

狭い空間だから、剣よりも有効性がある。

ロジムの男性数人なら、アルル一人で倒せるそうだが、本人は至ってか弱い乙女だと言い張っている。

「時によるよね。アエカが泣いていたら、よろしく頼むよ」

「わかりました」


扉を開けたとき、目の前に広がった光景は、オリオンの膝の上に、困惑気味にアエカが座っていた。

オリオンが甲斐甲斐しく、アエカに紅茶やクッキーを食べさせている。

その様子を、オリオンの部下達が見ていた。

ダルムが脱力する。

「何、してるの・・・・・?」

「ダルム様、旦那様とお茶会しています」

にこりとアエカがダルムに気付き、微笑んだ。

「・・・・・・」

「旦那様と仲直りしました」

「・・・・・そう、良かったね」

「アエカ、食べさせてるときに、他の男と話をするな」

そう言って、オリオンがクッキーをアエカの口に入れる。

アエカが大人しく咀嚼している。


ダルムが嫌そうにオリオンを睨んだ。

「今日は申し訳ありませんでした」

シアが頭を下げ、お茶を二人の前におく。


男が手ずから、食事を相手に食べさせる行為は、ロジム国の一般的な求愛行動だ。相手が食べれば、成立する。

アエカは、雛の延長線上のまま、オリオンからクッキーを受け取っている。

アエカの思考回路はまだ、幼い。やっと自我が出たぐらいとみてもいい。

確実に、求愛と思っていないだろう。

オリオンもそれをわかっているのだろうが、周りに見せつけているのだろう。


オリオンの部下達は、いきなりデレだしたオリオンに、驚愕の眼差して見守っている。

あれだけ腑抜け状態に、なっていたのに。

「君らも大変だね」

「御館様が元に戻ってくださるなら、なんでもいいです」

人望はあるのだなと、生ぬるい目でオリオンを見た。

ふと、気付いた。

オリオンの目に光が戻ってる。

「・・・・・そう。おや、外法が消えてる。ダグラズ公爵、抜けたみたいですね」

何気にダルムが言うと、シア達が一斉にダルムを見た。

「本当ですか!?」

「アエカが解いてくれたんでしょう。今、抑えてた純粋な愛情が溢れてるはずだから、あんな状態になってるのでしょ」

嫌そうに、オリオンはダルムを睨んでいる。

愛しいアエカを引き離した張本人だから、仕方がないだろう。

ダルムは苦笑いをした。



「アエカが、ダグス・ラズル公爵本人に嫌悪感がないなら、今後、面会は許可しましょう。本人に断りなく、誘拐するのは止めてください。非常に手続きが面倒です。私への嫌がらせでするなら、アエカには会わせません」

オリオンがにやりとした顔を見逃さず、ダルムがきつめに言った。

アエカは、隣の部屋でシロイシから連れて来たメイド達と話しをしている。

調度品の置かれた部屋には、ダルムとオリオン、そして双方の部下と護衛が数人が狭そうに座っていた。

「・・・・・アエカとの離縁届は撤回している。ロジムでは、私はアエカと正式に婚姻関係がある」

「それがどうしました?」

にっこりとダルムが微笑んだ。

ここはグラゾラ国ですよ?と呟く。

オリオンが睨み付ける。

「父親に邪魔されたんだ。アエカと婚姻生活をやり直したい」

「アエカは既に、グラゾラで籍を持ってるし、有力貴族の子供として養子に入ってます」

「ロジムに戻ればいいだけの話だ」

ダルムが鼻で笑った。

「勿論、渡しませんよ?」

「何故!?両思いだろうが!」

ダルムがせせ笑った。

「両思い?ただ雛鳥に食事を与えただけでしょう?それに、貴方、今はただの辺境田舎貴族じゃないですか?言ったでしょ。地位も金もない馬鹿貴族にアエカはやらないって」

ばーかばーかと、ダルムが舌を出した。

その言葉にオリオンが切れた。

「シア!帰るぞ!」

「はいっ」

「出直しだ!私が腑抜けになっていた期間を取り戻すぞ!」

嬉しそうにシアが、立ち上がった。

「はいっ!」

オリオンが出で行きざまに、ダルムの胸ぐらを掴んだ。

アルルが手から、糸を取り出そうと構えた。

「おい、神天の主!覚えてろよ!私は汚い手を使ってでも、のしあがってやる!そして、お前からアエカを目の前で、奪ってやるからな!」

「御館様!大事な取引先ですって!」

シアがすがる。

「うるさい!営業を数人おいて、撤退だ。窓口は、こいつに案内させろ。出直しだ」


鼻息荒く出て行くオリオンに、ダルムがにこにこしながら見ていた。

横にいたアルルがため息をついた。

「グランダル家が好む男ですね」

あの激情と行動力は、グランダル公爵も欲しがるだろう。

「そう?面白いだろう。彼は、きっとかけ上がるよ」

「実力があるんですね」

「黒獅子と呼ばれてるみたいだけど、黒虎の間違いだろうね。彼は獰猛で狡猾で頭がいい」

「アエカ様の元旦那でしょう」

呆れたように言うアルルに、ダルムが笑う。

「それくらいないと、アエカに釣り合わない」

「はあ」

癖のある実力者を好むのは、グランダルそっくりだなとアルルは思った。



アエカの手を握り、オリオンは囁いた。

宿の入口で、帰ろうとするアエカをオリオンは引き留めている。

少し離れて、シアがついている。

「アエカ、次は花を渡すから」

「ありがとうございます」

アエカは、にこりと笑い返した。

手を離さずに、オリオンはアエカの顔を覗き込む。

アエカはぼんやりと、オリオンの金黒目の瞳を見ている。

綺麗な瞳・・・・・

ダグス・ラズル家の血の色だ。力強い大地の色だ。

「アエカ、いつか、子供達も連れてくるから」

「旦那様、こんな貧弱な私と血が繋がっていることが知れたら、子供達が悲しみます。それに私は男性になってますから、母親では・・・・・」

「・・・・アエカはアエカだ。あれらの親には変わりない。貧弱じゃない。私の血が入ってるんだ。少し弱くても私がカバーしてる」

「・・・・・・はい」

「ね?だ、だから、一緒にいつか、家に戻って来てほしい。わ、私の・・・・・」

「?」

オリオンが真っ赤になった。

そして、慌てたように胸から小さな袋を出した

「こ、れを付けて欲しい」

アエカの手の平には、真っ黒な土台に見事な金色の目が入った小さな石。虎目石のピアスだった。

「綺麗」

「そうだろう。うちで一番良質のものだ。この大きさて、これだけ輝いているものはない」

「旦那様の目の色ですね」

「う、うん、そうだ。これをあげる。付けて欲しい」

「ありがとうございます」

アエカが嬉しそうに受け取った。

婚姻の証の品だった。

オリオンのサファイアのピアスとお揃いにしてあるが、勿論、言わなかった。

「御館様、意気地無しですよ?」

シアがオリオンにぼそりと言ったが、オリオンは無視した。



馬車の中で、アエカは無邪気に外を見ている。耳元には、オリオンから貰ったピアスが光っている。

その様子を見ながら、ダルムが微笑えむ。

アエカが気付いたように振り返った。

「ダルム様、男同士でも男女のように閨を共にすることが出来るのですか?」

「え?」

ダルムがなんと言っていいか分からず、戸惑った。

アエカは至極真面目だ。

「旦那様が、男でも大丈夫だと。ちゃんと練習するからと」

練習とはなんだ。

変な事をアエカに覚えさせる気か。

ダルムの眉ねが寄る。

「・・・・・・基本、真面目だものね、彼」

「ダルム様?」

「アエカ様、ダルム様も赤の公と恋人同士じゃないですか?二人とも男同士ですよ?」

アルルが尋ねた。

赤の公とは、アカントレッド家の大臣の別称だ。

赤い髪の美丈夫は、ダルムと深い関係になることを望んでいる。


アエカの養子になる話しも、ダルムが赤の公と懇意になっているからだろう。

最初に説明されて、アエカも普通に納得していたはず。

アエカは頷いた。

「ダルム様は特別だから、男でも子供をお産みになるのでしょう?」

「産まないよ!誰が言ってるんだい?」

ダルムが叫んだ。

「護衛の皆さんが言ってました。ダルム様は、赤の公様の子供を産むって。ダルム様に懐妊のきざしがあったら、教えてほしいと」

私は子供を産んだ事があるので、気付くだろうと。

「・・・・・・」

「懐妊しやすい料理も作ってるそうです」

「はあ?」

「身体が冷えない食材とか、漢方薬とか」

にこにこしながら、アエカが言った。

ダルムが無言になった。アルルが笑いを堪えている。

そのまま、馬車がグランダル家に着くまでダルムは無言だった。



「アエカ」

グランダル家の自室に移動しているアエカを、ダルムが呼び止めた。

レイドとアルルが二人の姿を見ている。

「はい?」

「私が子供を産めると話し。アエカもね、特別と思われて、子供が産めると勘違いされてるかもしれないね」

驚いてアエカが大きく目を見開いた。

元々、アエカがどちらでもなれると聞いた周りの連中が、ダルムもそうなのだと楽観的希望を信じた結果なのだが。

「そんな」

「ダグラス公爵も、勘違いしてるはずだよ」

言われて深刻な顔をした。

「そうかもしれません。私が男になったのだと何回も言ったのですが、妻だと何度も」

確かに、オリオンは自分が男になっても子供が産めると勘違いしているかもしれない。

「じゃあ、次に来たときに誤解を解かないとね」

「そうですね。旦那様も、新しい奥様を探さないといけませんから」

アルルが呆れたように、ダルムを見ている。

「知り合いの可愛い子を紹介するって言うといいよ。私も探してあげるから。ダグラス公もきっと喜ぶ」

「ええ、旦那様はとっても格好いいから、すぐに皆好きになると思います」

頭を下げ、嬉しそうにアエカが歩きだした。耳元のピアスがキラキラと光っている。


レイドが静かに、アエカの後ろ姿を見ながら呟いた。

「・・・・・ダルム様、ダグス・ラズル公に、新しい嫌がらせですか?」

イラつきをどうしようもなくなったので、幸せなオリオンをおちょくる事にしたらしい。

「うん、そう。このまま、アエカを取られるの癪じゃない?まあ、アエカは帰る気がないみたいだけど」

へらりと笑う。

ますます行動が、父親のグランダルに似てきたなと、アルルは思った。

レイドがため息をついた。



同刻。

馬車の中、オリオンは向かい合わせになっているシアを見た。

オリオンは、横に大量に書類を積み上げている。それに一つ一つ、目を通している。

耳元の青い石が揺らめく。

「シア、私はのしあがってやる。だから、ついてきてくれないか」

顔をあげ、オリオンがじっとシアを見つめた。

「貴方が私に伺うなんて、なんて弱気な」

苦笑するシアに、オリオンが肩をすくめる。

「・・・・長い間、すまなかったな。少し休憩していたようだ」

「・・・・いいえ。よい充電期間でした」

「そうか。では、ばりばり働いて貰おう。ダグラズ家を一流にしてやる為に、社畜になれ」

「相変わらず、鬼ですね」

シアが楽しそうに言うと、オリオンが笑う。

「あの神天の長を、殴りに行くぞ」



将来、オリオン=ダグス・ラズル公爵は、ロジム国の宰相となり、グラゾラ国との経済的友好同盟を締結させ、文字通りダルムを殴りに王都に国賓として来訪する事になるのは、別の話しである。

お読みくださってありがとうございます。


R18BL 「白銀の道」シリーズ

https://novel18.syosetu.com/n1191gl/


の同系列のお話になっています。

よろしければ、こちらもお読みください。

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