第5話 姉弟
春彦が風呂に入っている時、悠美は台所で夕飯の支度をしているキクのところに顔を出した。
「えっと、何かお手伝いすることありますか?」
悠美は、春吉やキクのことを最初は「春ちゃんのおじいちゃん、おばあちゃん」と呼んでいたが、常に“春ちゃんの”とつけるのも、自分の祖父母でないのにおじいちゃんおばあちゃんと呼ぶのも、何となく馴れ馴れしいかと躊躇っていた。
「あら、悠美さん。
春彦ちゃんはお風呂に入ったのよね。
着替えを出さないと。」
「春ちゃんの着替えは出しておきました。
洗濯物はどうしましょう?
どこへ置いておけばいいですか?」
「まあ!」
(本当に気が利く子だわ)
キクは感心した。
「脱いだものは洗濯籠に入れておいてね。
悠美さんのも洗濯籠に入れといてくれれば、一緒に洗っちゃうけど。
もし、良かったらね。」
「いいんですか?
あ、でも、明日持って帰りますから、大丈夫です。
あと、これでも家では少し料理したことがあるので、お手伝いさせてください。」
悠美は、舞に料理を教わったりして、普通に下ごしらえから焼き物、揚げ物、煮物と全般的に料理が作れるのだが、控えめに言った。
「まあ、嬉しい。
でも、今日はお肉を炒めて、野菜を切ってとあまり手のかからないものだから。
そうだ、きんぴらごぼう食べる?」
「はい、好きです。」
「大根と鶏肉、卵の煮たのは?」
「あっ、それも大好き。」
「へえ~。
あと我家のぬか漬けなんだけど、キュウリとナスが漬かっているの。」
「ぬか漬け大好きです!!」
キクは自分が言うことにニコニコしながら喜んでいる悠美を見て、心が躍り始める。
「じゃあ、キクさん。
何からやりましょうか?」
「大根の煮もの、時間がかかるからそれからかしら。」
「じゃあ、私、大根の皮をむきますね。
皮を向いたら、4等分に切るのでいいですか?」
「そうそう、それでいいわ。」
それから、キクと悠美は二人でたわいもないことを話ながら夕飯の支度をはじめ、すぐに、キクは悠美の手際よさに舌を巻いた。
「悠美さん、お料理、上手ね。
お母さんのお仕込みがいいのね。」
「母は、仕事をしていますので、サキちゃん……、いえ、おばあちゃんと一緒に良く料理しているんです。
でも、とっかかりは、舞ちゃんから教わったのですが。」
「まあ、そうなの。
舞さんも、お料理上手だから、いいわね。
でも、楽しいわ。」
それから、二人は阿吽の呼吸で次々と料理を仕上げていった。
その内、春彦が風呂から出てきて悠美を呼びに来た。
「おじいちゃんが、悠美ちゃんにお風呂って。」
「うーん、今ね、キクさんとお料理しているのが楽しくって。
春吉さんに先にお風呂にどうぞって言ってくれる?
私、ご飯の後で入るから。」
「わかった。」
「あっ、春ちゃん、お風呂上りに何か飲まないと。」
「それなら、麦茶があるわよ。」
「すみません、それもらいますね。
コップは…。」
「これを使って。」
キクから渡されたコップに麦茶を注いで、悠美は春彦に手渡すと、春彦は一気に飲み干し、春吉のいるほうに歩き始めた。
「ちゃんと、髪の毛、拭くのよ。」
その後ろ姿に向かって悠美は声をかけた。
春彦は振り向かなかったが、片手を上げてわかったと合図した。
「まったく…。」
苦笑いしながら、振り向くとキクが笑っていた。
「なんだか、年の離れた姉弟って感じね。」
「そうですよ。
春ちゃんは、私の弟ですから。」
悠美はキクの方を振り向くと、嬉しそうに微笑んだ。
悠美とキクが楽しそうに話していると、春吉が台所に入って来た。
悠美は長い黒髪を後ろで束ね、キクから渡された明るい柄のエプロンをしていた。
春繁たちが家に戻ってくると、必ず、舞とキクのこういう和やかな風景を見慣れていたので、舞ではなく悠美だったが春吉は心が和む気がした。
「悠美さん、疲れているだろうから、お風呂に入りなさい。」
「いえ…。」
悠美はキクの手伝いをと思っていたので、躊躇して言葉を濁した。
「あなた、見てくださいな。
悠美さんがほとんど手伝ってくれて。」
キクはそういうと、出来上がりつつある夕飯のお惣菜を指さした。
「え?
これを悠美さんが手伝ったのか?」
「そうなんですよ。
おいしそうでしょ。
このきんぴらなんか、全部、悠美さんの手作りなんですよ。」
「おお、本当にうまそうだ。
こりゃー、晩酌が楽しみだ。」
“しめた!”とばかりに悠美は口を開いた。
「私、キクさんと楽しくお料理させていただいているので、お風呂は先にどうぞ。
私、食事の後にしますから。」
「ええ?
それは…。」
“それは悪い”と言いかけてキクの楽しそうな顔を見て春吉は先に風呂に入ることにした。
「じゃあ、悪いがお先に。」
もともと二人暮らしで、物静かなところ、春繁が逝き、重い雰囲気の上、今また不幸なことが起こり舞のことが気がかりで仕方がなかったが、明るく振る舞う悠美を間近に見て、春吉も何か吹っ切れた気がした。
「儂等がうつむいていたらだめだ。
舞さんや春彦を励まさないと。
はやく舞さんも、元気になってもらわねば。」
夕飯はにぎやかだった。
「うん、このきんぴら、うまい!!」
春吉は、美味しそうに悠美の作ったきんぴらごぼうを頬張った。
「春ちゃんも食べてね。」
「う、うん。」
春彦は、恐る恐る取り分けられたきんぴらごぼうを口にした。
悠美のきんぴらごぼうは、ごま油のいい香りと、ほどよく甘辛い味がして、しかもシャキシャキする噛み応えが春彦を虜にした。
「美味しい…。」
悠美は、そう言って夢中で食べる春彦の顔をニコニコしながら眺めていた。
「春彦ちゃん、おばあちゃんの作ったものも食べてね。」
キクも一生懸命自分の作った煮物を取り分けた。
「春ちゃん、キクさんの煮ものもおいしいわよ。
私も大好きになっちゃった。」
「まあ、嬉しい。
でも、これも悠美さんに手伝ってもらったのよ。」
「へえ。」
「そう言えば、玄関の横に植わっていたのはブドウの木ですか?」
「おや、よく気が付いたね。」
実が付いていないと何の木だかわからないでしょうに。」
「ええ、私ブドウが大好きで、よく父や母にブドウ狩りに連れて行ってもらっているんです。」
春吉とキクは感心したように言った。
「もう時期も終わったけど、毎年8月ごろになると実がなるんだよ。
実は小さいけど甘くておいしいよ。」
「わぁ、いいな。
家の庭でもブドウの木って育つんですね。」
「そうだよ。
売り物じゃなくて、勝手に育ってるんだよ。
うちの庭には他にも……。」
悠美は、話しを振ったり、合わせたりするのが上手で、会話が途切れないにぎやかな食卓だった。
夕食後、悠美は片付けの手伝いまでして、キクを感激させた。
「悠美さんのおかげで、夕飯の片付けも早く済みました。
ありがとうね。
一休みして、お風呂に入ってね。」
「はい。」
立花の家は旧家のように広く、そして、風呂も、広くゆったりしていた。
湯舟は、昔ながらのヒノキの風呂で、床には木の簀の子。
壁は板張りで、窓は木の格子といったように和風の風呂だった。
その風呂に浸かりながら窓を開けると遠くの山々まで見渡せる心も体もゆっくり休めるお風呂だった。
また、お風呂場の灯りは柔らかく少し薄暗い感じで、悠美がお風呂に入った頃は、外は真っ暗だったので遠くの山並みなど気色は楽しめなかったが、ぽっかりと浮かんでいる月と星が良く見えた。
風呂に入りながら外の風景を楽しめるのは隣の家まで広い畑を挟んでいる田舎の特権で、悠美の家では近所の家が密集していて、こういう経験はなかなかできなかった。
「いいなぁ、こんな田舎も。
今度は、明るいうちに入ってみたいな。」
悠美は、のんびりと湯舟に浸かりながら考え事をしていた。
お風呂は悠美が入る前に、春吉がわざわざ入れなおし、丁度いい湯加減になっていた。
「あら?
これって柚子ね。
柚子も庭になっているっていってたなぁ。」
お風呂に黄色い柚子が2つ浮いていて、いい香りを放っていて、悠美は、指先で柚子を突っついて遊んでいた。
「柚子って、食べられるのかしら。
食べちゃったら、怒られるかな…。」
好奇心は人一倍あるほうだったが、あとで春吉やキクに呆れられると困るので、ここはじっと我慢をしていた。
髪や身体を洗い、再び湯舟に浸かり、湯舟のへりから腕だけだし、窓の外を眺めながら、今日一日起こったことを悠美は思い出していた。
「今日は、なんて日だったんだろう。
でも、よかった、みんな元気になって。
あとは、舞ちゃんね…。」
悠美は、舞のことが心配でたまらなかった。
お風呂から出て、パジャマに着替え、居間に行くと春彦がテレビを見ていた。
「春ちゃん、宿題はないの?」
「え?」
春彦は、悠美の方を振り返った。
悠美は、もともと細身で着痩せするタイプだったが、パジャマ姿の悠美は胸や腰回りがふっくらしていた。
髪も背中までの長髪で、風呂上がりで乾かした後のせいか、しなやかで流れるようだった。
また、もともと整った顔は風呂でよく温まったせいか、頬もピンク色に上気しており、若い女性の色香が漂い、幼い春彦もどきりとするほどだった。
「ん?
どうしたの?
顔に何かついているの?」
「あ、いや、なんでもないよ。」
悠美はたまに春彦のアパートに泊りにきていたが、こんなにゆっくりと、間近で悠美のことを見たことはなかった。
もじもじする春彦に悠美はいつものように後ろから抱きしめ、耳元で囁いた。
「宿題は?」
「う、うん。
これ。」
春彦が机の上の漢字練習帳を指さした。
「駄目じゃない。
テレビ見ながらじゃ。
もう、時間も遅いんだから宿題の方を“ちゃっちゃ”と片づけちゃわないと。
明日も、病院に行ったりして忙しいんだからね。」
春彦は、背中に悠美の胸の柔らかな感触を感じながら頷いた。
「悠美さん、春彦ちゃん、お布団の支度が出来ているからね。」
キクが居間に入って来て声をかけた。
風呂上がりの悠美の姿に、キクも一瞬戸惑うほどだった。
「ありがとうございます。」
悠美はにっこりと笑って返事をした。
「悠美さん、お風呂上がりで喉が渇いていない?
麦茶でいい?」
「はい。」
「でも、夜は寒いから、湯冷めするといけないわ。
何か羽織るものでも…。」
「大丈夫です。
カーディガン持ってきていますから。」
そう言って、悠美は柔らかなピンク色の毛糸で編んだカーディガンを見せた。
「あら、かわいいカーディガン。
それに温かそう。
じゃあ、大丈夫ね。
それじゃあ、アイスクリームはいいかがしら?」
悠美と春彦は顔を合わせ、「はい!」と声を合わせて返事をした。
「まあまあ、仲のいいこと。
じゃあ、何がいいか、二人とも冷蔵庫の中を見て頂戴ね。」
「はーい。」
悠美と春彦はきゃあきゃあ言いながら、冷凍庫の中を覗き込んでいた。
「すごーい、たくさんあるね。
春ちゃん何食べる?」
「うーん。
悠美ちゃんは?」
「私は、チョコに包まっている小さなアイスが入っているこれ!」
「じゃあ、僕は、このソフトクリーム!」
二人の楽し気な会話は途切れることがなかった。
立花家の間取りは、2階建ての木造家屋だったが、2階は春繁の使っていた部屋が1部屋あるだけで、1階に春吉たちの部屋、居間、台所、客間、納戸など広く取られていた。
もともとは平屋だったが、春繁のためにわざわざ2階を増築し、春繁一家が引っ越して来たら本格的に2階建てに改築するはずだった。
悠美と春彦は、8畳の客間があてがわれた。
客間は、玄関と2階に上がる階段で区切られた居間や台所と反対の方にあった。
1階は全て日本間で、ドアではなく、襖で部屋と廊下が仕切られていた。
二人が部屋に入ると、昼間は部屋の真ん中にこたつ代わりになる大きな家具調こたつが置かれていていたのだが、そのこたつは壁側に移動され、代わりに見るからにふかふかの布団が二組引かれていた。
「わあ、このお布団、ふかふかだよー。
気持ちいいね。」
悠美は喜んで、ピンクの柄の布団の上に転がった。
春彦も悠美を見習うように水色の柄の布団の上に転がる。
二人はしばらく布団の上で転げまわったり、はしゃいでいた。
「さあ、そろそろ眠りましょう。
春ちゃん、ちゃんとお布団の中に入ってね。」
「うん。」
「電気は、どうしよう。
初めてのところだし、夜中におトイレに行きたくなったら困るから、常夜灯を付けておきましょうね。」
悠美がそう言うと、春彦は不思議そうな顔をした。
「とこよとう?」
「あら、知らないの?
そうね、春ちゃんの家では、電気、全部消していたからね。
常夜灯って小さな灯りのことよ。
一晩中点けておく小さな灯りのことを常夜灯っていうの。
夜中におしっこで目が覚めても、ちゃんとおトイレに行けるようにね。」
「へえ。」
「春ちゃん、オネショしちゃだめよ」
「しないよ。」
春彦は、そう言って、布団の中に入った。
悠美は、電気を消して常夜灯だけにすると、春彦の傍に来て、春彦がきちんと掛布団をかけているか確認し、それから自分の布団に潜り込んだ。
「明日は、二人で舞ちゃんのところに行くからね。」
「うん。
ねえ、悠美ちゃんは、その後、自分の家に帰るんでしょ?
僕は、お母さんが元気になるまで、この家に居ればいいんだよね。」
何となく寂しそうな声で春彦は言った。
「そうね。
舞ちゃんが退院するまで、春吉さんとキクさんと、この家で暮らさなくっちゃ。
学校までは電車で行かなくちゃいけないし、少し遠いけど大丈夫?」
「うん。」
春彦達のアパートは、立花の実家から電車で2駅の距離だったが、その2駅が電車で20分ほどかかるほど離れていた。
「電車好きだから、平気だよ。」
「駅から学校までは、どの位かかるの?」
「駅から家まで、歩いて10分位。
小学校も家とは方向が違うけど、10分位かな。」
「じゃあ、何とかなるわね。
朝は学校のある駅まで春吉さんが送ってくれるって言ってたし、帰りはキクさんが迎えに来てくれるって。」
「うん。」
「春吉さん、とてもやさしそうだし、それにキクさんの、ご飯、美味しいからいいわね。」
「うん。」
春彦は、だんだん声が小さくなり、明らかに寂しそうな声になっていた。
「春ちゃん…。」
悠美は、その声を聞いてどうしたものかといろいろと考えを巡らせていた。
常夜灯の小さな灯りの下で、悠美と春彦の間に沈黙が流れる。
「ねえ、悠美ちゃん。」
不意に春彦が悠美を呼んだ。
「ん?
なあに。
まだ寝ていなかったの?」
「うん。
ねえ、お母さん、大丈夫かな。」
「え?」
「だって、お腹の赤ちゃん、ダメ…だったんだよね。」
「春ちゃん…。」
「弟だったのかな、妹だったのかな…。」
「……。」
春彦が、弟、妹というと小さな命の灯りが消えたことを悠美は痛切に感じ、切なくなっていた。
「お母さん、元気になるかな。」
春彦は消え入るような声で言った。
「春ちゃん、こっちにおいで。」
悠美はそう言って、掛布団をまくり、自分の布団に入ってくるようにと春彦を促した。
「え?」
春彦は、突然のことで躊躇すると、悠美は有無も言わせぬような強い口調で言った。
「いいから、こっちに入ってきなさい。」
春彦は、もじもじしながら悠美の布団の中に入って行った。
布団の中は悠美の温もりとシャンプーやせっけんのいい香りがした。
悠美は、春彦を招き入れると掛布団をかけ、そのまま春彦の顔が胸に来るように抱きしめた。
悠美は温かく、また、柔らかかった。
そして、春彦の耳元に口を寄せた。
「赤ちゃんは…。
私も会いたかったけれど、こればかりはどうすることも出来ないし…。」
「…。」
「舞ちゃんはもっとね。
具合が悪い上に、精神的にショックで悲しんでいると思うわ。
そう思うでしょ?」
「うん。」
「だからね、舞ちゃんが早く元気になるように、私達で励まさないとね。」
「うん。」
「まずは、私達が元気を出して、その元気を舞ちゃんに分けてあげましょう。」
「うん。」
春彦は自分の元気を母に分けるんだと、少し元気になり頷き、顔を悠美の方に向けた。
「でも、明日お母さんになんて言ったら良いの?」
「え?」
「きっとお母さん、赤ちゃんのこと言うよね。」
「そうね。
舞ちゃんのことだから、春ちゃんにきっと“ごめんね”って言うと思うわ。」
「“ごめん?”
なんで?」
「うん。
春ちゃんも弟か妹、欲しかったんじゃない?」
「うん。」
「だから、ごめんて…。」
「……。」
春彦は心の片隅で、自分にも弟か妹がいたらいいなと思っていたので言葉が出なかった。
「ね、だから、舞ちゃんがそんなこと言ったら、“じゃあ、お母さん、早く元気になってね”って言うのはどうかしら?
謝るんだったら、ともかく元気になってねって。」
「そうだね。
“ともかく、早く元気になってね!”って言うね。」
悠美の言葉は、春彦にとって何でも解決してくれる魔法の言葉のようだった
「そうそう。」
「早く元気になってくれないと、寂しいし…。」
「こら、男の子でしょ。
少しの間、がんばらなくっちゃ。
繁おじちゃんも笑っているわよ。」
「お父さん…。」
春彦は、眠気が襲ってきたのか、とろんという顔をしていた
「そう、お父さん、子供のころ、この家に住んでいたんだよね
お父…さん…。」
春彦なりに、朝から気が張りっぱなしだったので布団の気持ちよさと、それに加え、悠美の温もり、優しい香り、柔らかな感触からいつの間にか眠りについていた。
「あら?
春ちゃん?
寝ちゃったの?」
悠美は、春彦の寝息を立てている無邪気な寝顔を見ながら微笑んだ。
「春ちゃんも今日は疲れたもんね。
ご苦労様。」
そう優しく話しかけながら、春彦の頭をそっと撫でていた。
少しして、悠美は撫でる手を止め、天井や部屋全体を眺めた。
「そう、ここは繁おじちゃんの生れ育った家。
どんな子供だったんだろう。
繁おじちゃん…。」
悠美は眼に熱いものがこみ上げて来るのを感じた。
そして、悠美も春彦の湯たんぽの様な温もりを感じながら、いつしか眠りについていた。
「悠美さん、寝ちゃった?」
襖の向う側から、キクが声をかけた。
キクは二人が寒くないか心配し、見に来たのだった。
聞き耳を立てていたが返事がなかったので、静かに襖を開け、中に入ると悠美の布団で二人が抱き合うように寝ている姿が見えた。
そのままそーっと布団に近づくと、悠美の胸にしがみつくようにして、穏やかな寝顔の春彦が見えた。
「まあ、本当に悠美さんが居てくれてよかったわ。」
そう言いながら、キクは二人を起こさないように、入ってきた時のと同じように、静かに音を立てないように部屋から出て襖を閉めて行った。
「二人は、どうだった?
もう、寝ていたか?」
居間では、春吉が心配そうな顔をしていた。
「はいはい、春彦君たら悠美さんに齧りつくようにして、悠美さんの布団で一緒に気持ちよさそうに寝ていましたわ。」
「悠美さんは?」
「はい、悠美さんもぐっすりお休みになってましたよ。
二人とも、今日はすごく疲れたでしょうから。」
「そうだな。
特に悠美さんが居てくれたから、とても助かったよな。
考えてみたら、初めて会ったころからあの娘はしっかりしていたよな。
春彦が生まれて、すぐにお風呂に入れたり世話を焼いていたもんな。」
「そうですよ。
あの時、私もびっくりしちゃいましたよ。
小学生の腕の細い女の子が、春彦ちゃんをお風呂に入れているんですもの。
それが、あんな美人のお嬢さんに育って。
気立てもいいし、お料理も上手で。」
「そうだな。
それにどこか舞さんに面影があるよな。」
「そりゃあそうですよ。
二人は血がつながっているんですから。」
「あの明るい性格なんてそっくりだよな。
傍にいてくれるだけで楽しくなるしな。」
「ほんとうに。」
「舞さんも早く元気になってくれるといいんだが。
あの娘は、ああ見えてもいろいろ気を回すタイプだから、今回のことで、自分を責めないでほしいもんだ。」
「そうですよね。
私が、もっと気を付けてあげれば、こんなことには…。」
キクは、肩を落とした。
「こら。
そんなことを言っても仕方ない。
もう済んでしまったことだから。
それよりも、これから舞さんを、どう励ましていくかを考えなくては。
な。」
「はい…。」
キクは、眼に涙を浮かべながら頷いた。
「それに儂たちのために、今日は悠美さん一生懸命明るく振る舞ってくれたんだから、元気にならなくっちゃな。」
「そうですね。
元気な顔で舞さんを励まさないと。」
「まったくだ。
あたは、舞さんが早く落ち着いてくれれば…。」
春吉とキクは、そう言うと今の電気を消し、寝室の方へ歩いて行った。
舞の流産は、皆の心を重くします。
しかし、それを励ますように明るくふるまう悠美。
悠美の笑顔に春吉やキクも前を向きます。
春彦もいろいろと思い悩みますが、悠美のおかげで乗り越えて行きます。
しかし、しばらく一人で春吉とキクのもとで暮らさなくてはいけないという現実が心を重くしていきます。
それを知ってか、悠美は驚くべき提案を春吉とキクにします。