カルサイトのブレスレット④
暗い部屋の中、ランタンの光を頼りにヴィオラはカルサイトを削り続けていた。額には汗が滲み、思わずため息が漏れる。それでもヴィオラは手を動かすのを止めない。これは彼女の意地だった。
そんなヴィオラにバトラが紅茶を差し出して声をかける。
「ヴィオラ、もう休め。顔が青白い」
「いえバトラ……これだけはやらせてちょうだい……」
「ダメだ。こんなんじゃいい魔宝飾なんて作れないだろ」
「時間が無いのよ。頑張らないと、フローラさんに申し訳無いわ」
「やめろって言ってるだろ!」
バトラはヴィオラを作業机から引き剥がした。持っていたカルサイトの欠片が手から離れ、カランと机に落ちた。同じように手から離れたヤスリは床に落ちる。ヴィオラは一瞬ぽかんとしてからキッと目つきが鋭くなった。
「ちょっと!邪魔しないでよ!」
「このままじゃアンタの作る魔宝飾に欠陥品が生まれる。それでいいのか?」
「だって……」
「アンタの作る魔宝飾はいつだって完璧だ。けど、今作ってるのはそうなる感じがしない。見てみろ」
バトラはヴィオラに削って磨いたカルサイトを見せつけた。それは加工が終わったカルサイトだったが、よくよく見てみると細かい凹凸が残ってしまっている。ヴィオラに疲労がたまり、集中力と判断力が低下している何よりの証拠だった。
ヴィオラはぐうの音も出なかった。
「夜くらい休め。まだ時間はある。だから一回落ち着け、な?」
「……お節介なんだから、もう」
ヴィオラは肩をすくめてニコリと笑うと、疲れがピークに達したのかバトラの方に寄りかかってそのまま眠ってしまった。やれやれとバトラはヴィオラを抱きかかえると、ベッドに寝かせて布団をかけてやった。
❋❋
『ねぇ貴女、もしかして噂の天才児?』
天才だなんて……そんなの買いかぶりすぎよ。私はただ魔宝飾を作るのが好きなだけ
『その衝動がまさに天才のものなのよ!ねぇ貴女名前は?』
名前を告げると、彼女は一人で盛り上がった。私は彼女を知らない。知らないはずだった。
『私はエラ。エラ・アイリーンよ。その……貴女の作る魔宝飾が気になって』
確かに私は入学試験を一位で通過した。けどそのせいか、私に近づこうとする人はいなかった。
彼女は違った。私がどんな成績だろうと、関係なかったのかもしれない。
あぁ、昔の夢を見るなんて。
エラ、貴女は今どうしているのかしら。
❋❋
夢から覚めたヴィオラは、夜の集中力と判断力の無さが嘘のようになっていた。むしろ丁寧さとスピードが増し、圧倒的な速さでカルサイトを丸く削っていく。
そしてやっとブレスレットにするカルサイトが揃い、今度は紐を通すための穴あけ加工が始まる。石専用の錐を用いて一つひとつ丁寧に、砕けないように慎重に穴を開けていく。これも難なくクリア。仕事が捗っている様子を見て、バトラは満足そうにしていた。
「よーし!あとは石を紐に通すだけね!」
椅子に座って背筋を伸ばすヴィオラにバトラが「お疲れ」と紅茶とクッキーを運んできた。クッキーはヴィオラが趣味で作っているものだ。
「あら、気が利くじゃないの。ありがとバトラ」
「主人が元気じゃないと、オレたち精霊も元気じゃなくなるからな。アンタが元気じゃないと困るんだ」
「それでもいいの。ありがとね」
紅茶とクッキーで休憩を挟み、いよいよ最後の作業だ。と言っても、丸い粒にしたカルサイトを紐に通すだけなので簡単である。
それでも紐に通す時には願いを込める。
フローラが幸せな選択をすることができますようにと。
❋❋
夕闇が少しずつ空を侵食していく中、フローラは今か今かと、家の前でヴィオラが訪れるのを待っていた。彼女は約束を守る人だとフィオレが言っていた。きっと大丈夫だ。そう思いながら。
待ち続けること数十分間、すみれ色の特徴的な髪型をした女性がこちらに向かってくるのが見えた。ヴィオラだと直感したフローラは彼女に駆け寄る。
「ヴィオラさん!」
「フローラさん、お待たせ。ごめんさないね、こんな時間になっちゃって」
「いえ、今日中に間に合わせてくれて本当にありがとうございました」
「ふふ、よかったわ。着けてみて」
ヴィオラはベロア生地でできた小さな黒い袋を渡す。フローラが袋をひっくり返して手のひらの上に載せる。
淡い緑色が美しくも可愛らしい、カルサイトのブレスレットがあった。
「!素敵!ヴィオラさん、本当にありがとうございます!」
「よかったわ、気に入ってもらえて」
一時はどうなるかと思ったことはフローラには内緒にしておくことにした。この笑顔を停滞してしまった事実で曇らせる必要は無い。
「それで、お値段の方はおいくらで……?」
「あっ、そうね。今回は……銅貨十五枚ってところかしら。ネックレスだったらもっとするんだけど、今回はブレスレットだからそこまで高くはないわ」
「すごい作業量だったはずなのにこんなに安く……じゃあこれはほんの気持ちで」
そう言うとフローラは支払い分の銅貨十五枚に加え、五枚を追加した。それにヴィオラは驚いて「えっ!」と手元の銅貨二十枚とフローラの顔を交互に見た。
「お針子さんの仕事って、そんなに給料良くないんでしょ?なのに貴重なお金を……」
「いえいいんです。これがあればきっと、私、大丈夫ですから」
フローラの表情は、昨日アトリエに来たときよりも晴れ晴れしかった。
❋❋
あれから数日が経つが、フローラからは何の報告もない。結婚相手との面会は、小さな子どもの仲直りのように覗き込むわけにはいかないと様子を探るのを我慢していた。
「……上手くいってればいいんだけど……」
きっと言いたいことを我慢するのがフローラによく見られる傾向なのだろうとヴィオラは考えていた。周囲の意見に振り回されてしまう。それが彼女によくあることなのだろうと。
「……私も、同じだったけどなぁ」
ベッドの上でボーッとしていると、プライベートルームの玄関の戸を叩く音がした。こっちから入ろうとしてくる人なんて珍しい。
「はーい、どなたで」
「ヴィオラ・ウィスタリアさんにお手紙です」
「私に……?」
やって来たのは郵便配達員だった。しかし自分がこちらに引っ越してきたことは、以前住んでいたところの者たちは誰も知らない。それなのに住所を知っている人がいる。嫌な予感がした。住所を知られているということは、いつかここまで来て会うことになるかもしれないということ。
「ありがとうございます」
ヴィオラの声は震えていた。
部屋に戻り、ヴィオラはベッドに腰掛けて封を切る。すると、至極丁寧な筆跡が便箋に綴られていた。
「これ、フローラさんからの手紙だわ」
思いがけない相手にヴィオラは目を丸くした。近くに住んでいるのだから直接会いに来ればいいのにと思っていたからだ。わざわざ手紙という形をとるなど思ってもみなかった。
「……そう、よかったわ」
手紙を一通り読み終えたヴィオラは、ベッドに大の字になって寝転がった。彼女が幸せな選択をできたことを、それの手伝いができたことを、ヴィオラは噛み締めていた。
カルサイトのブレスレット 完
グッド(もうええわ)如月霜子です!今回もお読み下さいありがとうございます!
毎日更新を一週間続けることができました!これも皆さんが読んでくださっているお陰です。本当にありがとうございます。
締切に追われてモノのクオリティが下がることって、やっぱりありますよね。私もそんな節があります。
けどそういうときって、焦って完成させると結構時間が余ったりして、でもやり直すのも嫌になって、最終的に自分の中で納得のいかないものになっちゃうんですよね。
そういう時はやっぱりじっくりやった方がいいと思うのです。そうすればきっと、自分の納得のいくものが出来上がると思いますよ。
……え?フローラの選択はどうなったかって?
それは……皆さんにお任せします。幸せな選択肢って、人それぞれですからね。
それではまた明日お会いしましょう!