カルサイトのブレスレット②
「いらっしゃいませ」
「あの……ヴィオラさん……ですよね?」
ヴィオラが扉を開くと、そこに立っていたのは気恥ずかしそうに目を泳がせている赤毛の女性だった。赤毛の女の子に好かれているのだろうか、と思ったが顔の部分ぶぶんがよく見ているとフィオレに似ている。
「もしかして、フィオレちゃんのお姉さん?」
「あっ、はい!そうです!フローラといいます。フィオレは十離れた妹なんです」
「十も……あの子お姉さんがいるなんて一言も言ってくれなかったわ」
「遠くで暮らしてて、昨日こっちに帰ってきたばかりなので……」
「一人暮らししてたの?偉いじゃない。こっち帰ってきたのは帰省?」
ヴィオラはフローラをアトリエの中に置かれている椅子とテーブルの方まで招き、紅茶を淹れ始めた。……と、フローラからは返事が無かった。おかしいなと思ったヴィオラは彼女の方を見る。フローラは俯いていた。これは何かあるのだろうと、そして今日彼女がここを訪れたことと何か関係があるのだろうと踏んで話しかけることにした。
「……それで、今日はどんな魔宝飾をお望みかしら」
「フィオレから聞いたんです。貴女の魔宝飾にはとても強い力が込められていると。リンちゃんと仲直りができたのも貴女のお陰だと言っていました。どうかお願いです、私にも、貴女の魔宝飾を下さい。もちろんお金はしっかり払います!」
フローラは頭を下げて懇願した。そこまで請わなくとも、とヴィオラは首を横に振った。けれどフローラは頑なに頭を上げようとしない。
「もう、だから大丈夫だって。しっかりお金を払ってくれば、そして魔宝飾を大切にしてくれると約束してくれるなら喜んで作らせていただくわよ」
ヴィオラはフローラの肩に優しく手を置いた。彼女の肩は静かに震えている。やはりただ事ではなさそうな雰囲気だ。これは深く聞くべきだろう。
「何があったの?」
「ヴィオラさんは、ご結婚なされてるんですか?」
「え?いいえ独身よ。結婚に興味は無いし、私は一人で静かに生活するほうが性に合ってるから……」
「じゃあ隣の方はどなたですか?」
「隣?」
ヴィオラが右を見て、続いて左を見るとそこにはバトラがぬぼーっと立っていた。気配を全く感じなかっただけにこの近距離で迫られたヴィオラは思わず「ヒッ」と短い悲鳴を上げた。
「ちょ、ちょっと何よバトラ!驚くじゃないの!」
「あの子のねーちゃんだっていうから来た」
「いつもはお客さんには無関心なクセに」
「……で、何の御用ですか、お客さん」
バトラはコツコツとブーツを鳴らしてフローラに近づき、恭しく頭を垂れた。ヴィオラは「わかりやす……」と呆れながら紅茶をカップ三つに注いだ。
「まあ、紅茶でも飲みながらゆっくりお話しましょう。えっと、彼はバトラ。私が持っている魔宝飾の精霊よ」
「そ、そうなんですね……!やだ私ってば、てっきり旦那さんかと……」
フローラは頬を赤らめて、まるで蒸気が頭の上から出るかというくらいだった。ヴィオラはそれを聞いて「あはは」と笑う。
「彼が私の旦那ねぇ。そう言われたのは初めてじゃないの?バトラ」
「旦那候補です」
「嘘言わないの。人間と精霊は結婚できないでしょ」
やいのやいの言い合うヴィオラとバトラは傍から見たら痴話喧嘩をする夫婦にしか思えなかった。ムキになるヴィオラと、飄々としてるバトラ。夫婦では無いのだろうけれど、二人の間には確かな繋がりがあるのだろうと、フローラは感じた。
そして、それを羨ましいと。
「あっ、フローラさん、それで何があっ……」
「す、すみ、ません……お二人を見ていたら、なんだか泣けてきちゃって……」
フローラはボロボロと溢れる涙を手でなんとか拭っていた。ヴィオラはポケットに入っていたハンカチを使うよう差し出した。鼻声で「ありがとうございます」と言いながらフローラは涙をハンカチで拭う。
「私も、あの人とそうなれるのかなって……不安になっちゃって……」
「あの人?」
「はい……私の、結婚相手です」
「詳しく教えて頂戴」
聞けばフローラの結婚は突然決まったのだという。フローラはついこの前まで王都シンシアンでお針子をしていた。というのも、フローラは村一番の裁縫上手で、いつか貴族のドレスを縫うという夢を持っており、夢を叶えるために王都で働いていたのだ。服屋で住み込みで働き、その手腕からオーナーに認められるところまでいき、とうとう弟子入り……するはずだった。
しかしテラン村の両親から届いた手紙にはこう書いてあった。『結婚が決まったから帰ってきなさい』と……。
確かに村ではよくあることだった。親同士が結婚相手を決め、子どもはそれに従う。けれど王都という都会で暮らして五年が過ぎたフローラはすっかり村の慣習が抜けてしまった。勝手に結婚相手を決められ、憤りがあったという。
「そんなの断ればいいじゃないか」
紅茶を啜りながらバトラは言うが、そんな簡単なことではないのだとヴィオラは諭す。同じ人間世界で暮らしていても、精霊の感覚はよくわからない。
「断ったら家族が村八分にされる。だから結婚するしか無いのよ……。けど、夢を諦めて結婚する相手なんて愛せるかどうか……」
フローラは泣いて訴えた。魔宝飾がほしいのは、恐らく誰が相手だろうと受け入れることができる自分になりたいから。誰だろうと、夢見る者が自分の夢を捨てる選択を強いられるなど、あってはいけない事だ。ヴィオラはフローラの手を握る。
「フローラさん、相手の方とはいつお会いするの?」
「明後日……」
「じゃあそれまでに魔宝飾を作るわ。大丈夫、きっとうまくいくから」
ヴィオラは嘆くフローラに微笑んだ。
グッドハーブ(((如月霜子です!今回もお読みくださりありがとうございます!!
今回のお悩みを抱えた子はフィオレちゃんのお姉さんのフローラさんです。結婚するしか道は無いけどしたくないと思っている、まあ今の日本に結構な割合でいそうな人です。ちなみに私は結婚する気はありません←
ヴィオラはどんな魔宝飾でフローラを助けるのか、次回の更新をお待ち下さい。それではまた明日!