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クラスペディアのイヤリング④

植物の魔宝飾を作る際に欠かせない技術は花を枯れさせないことだ。専用の液体に浸す方法もあれば、「枯れずの魔法」という植物の時間を止める高度な魔法を使う方法も存在する。専用の液体に浸す方法は魔宝飾技師でなくても可能だが、いつか枯れてしまうという運命からは逃れられない。一方「枯れずの魔法」は魔宝飾技師やその他の植物に関わる専門職の人々に使うことが許されており、植物を永遠に枯れることが無いように加工することができるのだ。しかし時間を止めるということは光合成や水の吸い上げといった植物の機能を停止させるということでもある。生きていながら死んでいる状態とも言えるため、魔法の使用は土から離れた植物にのみ許されていた。


ヴィオラはガーデニングハウスに置かれているクラスペディアの鉢植えの前に立つと、花の様子をよく観察した。花粉は落ちていないか、花が萎んでいないか。特にクラスペディアは湿気に弱いため間違っても濡らしてはならない。ヴィオラは薄い布で作った手袋をした手でハサミを持ち、もう片方の手は指先で花の萼をそっと摘んだ。


パチン、と静かなガラス張りの室内にハサミの音が響いた。三センチほど茎を残した状態にしてからすぐに「枯れずの魔法」を掛ける。微かに青白く光ると、一輪のクラスペディアの時は止まった。これでこの花は永遠に美しいままだ。しかしヴィオラはどこかこの魔法を冒涜的だと考えていた。枯れることができるから花は美しいのではないかと。それでもこれは魔宝飾技師の必須技能だ。覚えないわけにはいかなかった。それに魔宝飾はその持ち主と深い関係を結ぶことになる。そんな魔宝飾がたかだか十年少々で壊れてしまっては話にならない。


もう一輪を茎から切り落とし、「枯れずの魔法」をかけ、ヴィオラはガーデニングハウスを後にした。二つのまん丸な花を手のひらに乗せて、たくさんの素材や道具が集う作業部屋に入った。大きな机は昼間は日光を、夜は月光を取り入れるために窓際に設置されていた。机の右端にはノミや木槌、ヤスリ、ハサミに鉛筆、ナイフなどなど、加工作業に必要な道具が取り揃えられた小さな棚が置かれている。そしてその反対……左端にはネジバネイヤリングやピアスのフック、ペンダントチェーンなどが種類別に保管されている。これらは既製品ではなく、金属を溶かして加工するところから作られているからまた驚きである。


椅子に座り、道具棚からプライヤーを取り出す。片手でプライヤーを持ち、もう片手は萼の部分を支える。三センチほど残しておいた茎の先端をプライヤーで掴み、くるりと円を描くように萼の方へと持っていく。先端と萼が接する面にスポイトで硬化剤を数滴垂らし、そのまま日光に晒した。すると太陽の光の効果で液状だった硬化剤が少しずつ固まっていく。硬化剤で固定されたかどうかをプライヤーで軽く引っ張って確かめ、動かなくなったのを見れば完了だ。


同じ要領でもう一つも茎を輪っか状にし、更にヴィオラは硬化剤を花の部分に薄く塗りつける。硬化剤が固まらない内にと蓋に幾つも穴が空いた瓶を逆さにしてキラキラとした粉末を振りかけた。これは貝殻や宝石、ガラスの破片を粉のようになるまで砕いたもの……別名「光の粉末」である。液状の硬化剤に粉末がくっつき、固まる頃には煌めく花に早変わりだ。


フィオレはまだ小さいのでピアスの穴は開けられない。クラスペディアの茎で作った輪っかにネジバネイヤリングのフックを通し、プライヤーで閉じる。


クラスペディアのイヤリングが完成した。


黄色くてまん丸の花に光の粉末がまぶされ、太陽に翳すと不規則にキラキラと光った。ひとまずイメージ通りだとヴィオラは一安心し、早速試着してみることにした。


鏡の前でイヤリングを着ける。顔を揺らすとゆらゆらとクラスペディアも揺れ動いた。少し小さすぎるかもと思ったが、フィオレの顔の大きさを思い出して丁度いい大きさだろうと思い返す。きっとフィオレが着けたら似合うことだろう。赤毛に黄色い花はピッタリのはずだ。


ヴィオラはイヤリングを外し、綺麗な箱に収めてリボンを結んだ。


「どうか、フィオレちゃんがリンちゃんと仲直りできますように……」


ヴィオラはそっと手を組み、静かに祈った。



❋❋



「お邪魔します」


フィオレの家の前まで来たヴィオラは呼び鈴を鳴らした。するとすぐにフィオレが扉を開けて出てきた。


「おねーさん!いらっしゃい!」


「こんにちはフィオレちゃん。魔宝飾が完成したから来たわよ」


手土産にと魔宝飾以外にもベリータルトを持参し、「おうちの人と食べてね」とヴィオラはフィオレに紙袋を渡した。部屋の奥で家事をしていたフィオレの母が前掛けで手を拭きながら玄関まで赴いてきた。


「ヴィオラさんこんにちは。わざわざこちらまでありがとうございます」


「いえ大丈夫ですよお母様。気になることもあるので、私の方から出向いたのですから」


ヴィオラは居間に通してもらい、こちらにどうぞと案内されたソファに腰掛けた。フィオレは早く魔宝飾を受け取りたくてソワソワしている。フィオレの母は予め用意していた代金を棚の引き出しから取り出して、ヴィオラの正面に座った。二人の間に置かれたテーブルにフィオレの母は銅貨を十枚置いた。


「金額はこちらでよろしかったですよね」


「えぇ、銅貨十枚分。これで大丈夫ですよ。じゃあ、約束の品を」


ヴィオラは青いリボンが結ばれた白い箱をフィオレに手渡した。開けてもいい?と尋ねるフィオレにヴィオラはもちろんと笑って答えた。


するすると解かれるリボン。箱の蓋を開けると、コロンとして可愛らしいフォルムのイヤリングが顔を出した。


「わぁ!かわいい!」


フィオレはそれを見て跳ね回って喜んだ。部屋の中を駆け回り、ソファの周りを何周もした。



魔宝飾を受け取ってくれた人がこんな笑顔を見せてくれたのは久しぶりだと、ヴィオラの胸が熱くなった。


(貴女の魔宝飾は地味なのよ……沢山の人が求めているのは華やかな魔宝飾。どうしてそれがわからないの?)


脳裏に浮かんだのはかつては自分の魔宝飾を喜んでくれた顧客の一人だった。



「おねーさん?どうしたの?」


「えっ?」


「へんな顔してたよ?どうしたの?」


「そ、そう?別になんでもないわ。それよりもイヤリング、着けて見せてちょうだい」


「うん!」


フィオレは母にイヤリングを着けてもらった。想像通り、フィオレの赤毛の近くに黄色い花が添えられたことでフィオレ全体の雰囲気が和らいだ。アクセサリー一つでこんなにも変わってしまうのだから、侮れないものである。


「どう?」


「すっごく似合ってる!よかったわ、ピッタリで」


「じゃあ行ってくるね!」


イヤリングを着けたフィオレは家から飛ぶように出ていってしまった。フィオレの母が「どこに行くの!」と止めようとしたがヴィオラにはわかっていた。


「お母様、一緒に見に行きましょう」


「見に行くって、何を……?」


「もちろん、フィオレちゃんの成長の瞬間です」



二人はこっそりフィオレの後をついて歩いた。ばれないように、静かに。フィオレが立ち寄ったのはフィオレの家から数軒離れた、リンの家だった。フィオレの母は不安なのかハラハラとしている。


「仲直りするつもりかしら……」


「大丈夫、うまくいくわ」


自信たっぷりにヴィオラは言った。遠くから見ているフィオレがリンの家の呼び鈴を鳴らす。はぁいと返事がして、黒髪の、フィオレと同じ年頃の少女が出てきた。きっとあの子がリンだとヴィオラは思った。


「……何?何の用」


「その……リンちゃんと仲直りしたくて」


「……」


「……」


二人の間に沈黙が流れる。これはもうだめだとフィオレの母は目を瞑った。ヴィオラは視線を尖らせて二人の様子を見守る。


「……これ!」


フィオレがリンに、クラスペディアのイヤリングの片方を差し出す。突然のことにリンは目を丸くする。お母様見てください!とヴィオラがフィオレの母の肩を叩いた。


「……これ?えっ可愛い……イヤリング?」


「はんぶんこ!これからも友だちでいたいから!」


リンは自分に差し出されたイヤリングをそっと受け取った。フィオレは受け取ってもらえたことにパッと笑顔になる。


「ねぇ、これどうやってつけるの?」


「わたしがつけてあげる!」


フィオレは先程母にやってもらった要領でリンの耳にイヤリングを着ける。


「はい!できたよ!」


「ありがとうフィオレちゃん!……ごめんね。フィオレちゃんがあやまってくれたのに、わたし、あやまれなくて……」


「もうだいじょうぶ!ねぇ、どんなふうになったか川までみにいこうよ!」


「うん!」


フィオレとリンは仲良く手を繋いで、近くの川まで一緒に走っていった。


「よかった、これで解決ね」


ヴィオラは口元に穏やかな笑みを浮かべた。



クラスペディアのイヤリング 完

グッドハーブ(((如月霜子です!今回もお読み下さりありがとうございました!


クラスペディアのイヤリング編、四日間をもってようやく完結しました!もちろん、まだまだたくさんの魔宝飾が、そしてそれを求める人たちとそれを作るヴィオラの物語は続いていきます。


フィオレとリンのモチーフは小学生の頃によく読んだ、皆さんもご存知であろう赤毛のアンに登場するアンとダイアナです。今後もこの二人がどこかで登場するかもしれません。その時はアンとダイアナのように「腹心の友」になったフィオレとリンであってほしいですね。


では今日はこの辺で。明日またお会いしましょう!それでは!

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