シェルのロケットペンダント④
「と……とりあえず、中にどうぞ」
ヴィオラは震える声でアーロンをアトリエの中へと招き入れた。アーロンはアトリエの中をしげしげと見回した。ガラス張りの壁と屋根。たくさんの魔宝飾は室内に並んでいる飾り台に置かれて、同じものは一つとしてない。それらを眺めていると、彼女の実力は今も健在なのだとアーロンは感じた。いや、それどころか彼女の腕前は進歩し続けている。魔宝飾の種類も豊富で、アーロンがこれまでに見たことのないものもある。
「相変わらず凄いな、君は」
「エラから離れてからよ。こうして自由に魔宝飾を作れるようになったのは」
「ってことは、ピッコル亭で作ったものか。こんなにすごいな」
「誰も私を止める人はいなかったもの」
「まさか、エラが止めていたのか?」
ヴィオラは顔の横から出てきた髪を耳の後ろに引っ掛けながら頷いた。アーロンは目を丸くする。
アーロンの知る二人は常にお互いを高め合い、時に喧嘩もしていたが素晴らしい間柄だった。三人で仲がよかったのは事実だが、それ以上に二人は仲が良く、アーロンが女同士の友情に軽く嫉妬するくらいだった。ヴィオラはエラに庶民の常識を教え、エラはヴィオラに王侯貴族の文化を伝えた。社会的な立場こそ異なっていたが、養成学校では皆が平等である。お互いがお互いから学び合うのは当然のことだった。
そんな風に仲がよかったヴィオラとエラの間に何があったのか、アーロンは知らなかった。
「教えてくれないか?エラは君をどうしたんだ」
アーロンはヴィオラの両肩に手を置く。ヴィオラはやはり顔面蒼白で、何を言おうか口ごもり、ようやく言葉を喋ったと思ったらすぐに口をつぐんでしゃがみ込んでしまう。
「それは……あぁ言えないわ!私には、とてもじゃないけど言えないの!」
「……エラはそんなに酷いことをしたのか?あの、君の親友だったエラが!」
「それはオレから話す」
シャンデリアから二人の様子を見ていたバトラが人間の姿になって舞い降りてきた。バトラの突然の出現にアーロンはギョッとする。養成学校時代に幾度もヴィオラへの態度を巡ってバチバチの喧嘩やら殴り合いをした間柄だっただけに、そして全く姿があの頃と変わっていないことに驚くしかなかった。
「バトラか」
「久しぶりだな、クロッシェンヌ。悪いがヴィオラはあの女との間に深いトラウマを抱えているんだ。話させるのは酷だ。……ヴィオラ、部屋に戻ってろ」
バトラの言葉にヴィオラは頷くと、低い姿勢のままプライベートルームへと戻っていった。その姿をアーロンは心配そうに見つめていた。相変わらずバトラはヴィオラのお目付け役と言うか、過保護な面が目立つ。ヴィオラの背中を見送り、扉が閉まったのを確認してからバトラはヴィオラの座っていた椅子にどっかりと座り込んだ。足と手を組み、いかにも偉そうな態度だ。少しばかり癪な気分になったが、ふてぶてしさが彼のスタイルだったと懐かしい気持ちにもなった。
「……さて、何から聞きたい?」
「フィアルカとエラの間に何があったのか、そこから」
「多少長くなるが……まあ、いいか」
バトラは眉頭を寄せながら、苦虫を潰すように話し始めた。
❋❋
最初こそ、二人は仲良くやっていたさ。むしろヴィオラは突然王位に就くことになったエラをよく支えたいと思っていた。魔宝飾技師としても、友人としても。
魔宝飾の輸出がこの国の主要産業な以上、宮廷付きになったヴィオラは大役を賜ったと言っても過言じゃない。それでも女王になったエラの力になれるならと激務にも耐えたんだ。
お前が知っているかわからんが、王侯貴族の間ではとにかく派手な魔宝飾が好まれた。そしてそれは諸外国にも伝播した。それを知ったエラはヴィオラにそういった魔宝飾のデザインや製作を頼むようになった。
けれどヴィオラはそんな、華美で見た目ばかりを競ったような魔宝飾は嫌っていた。魔宝飾とは本来、自然から力を借りるために人間が作り出したもの。着飾りたいだけなら普通のアクセサリーでいい。魔宝飾である必要はない。ヴィオラはそう思っていた。それでもエラが頼んでくるならとヴィオラは自分の考えを押し殺していた。
お前も魔宝飾技師ならわかるだろう?自分の作りたいものが作れない苦しみが。ヴィオラはずっとそんな状況だった。
耐えられなくなったヴィオラはエラに意見した。だがエラは……ヴィオラの言葉に耳を貸さなかった。むしろヴィオラの考えを否定し、自分の言うことだけを聞くように命令したんだ。あの時のヴィオラといったら、見てられなかった。本当に、可哀想で、可哀想でならなかった。
エラに何があったのか、オレにはわからない。ヴィオラを傷付けるようなことなんてこれまで言ったこともなかったのに。それでもオレはヴィオラを傷つけたエラが許せなかった。ヴィオラはオレに、何も言うなと言った。
ヴィオラはとうとう仕事部屋に閉じ込められて、日の光を浴びることすら許されず、望まない魔宝飾作りをさせられ続けた。ヴィオラの精神は少しずつ病み、もう魔宝飾を作りたくないとまで言い出した。もうヴィオラは限界だと、オレは思った。ここから逃げ出そうとヴィオラに言い、オレたちは夜逃げした。オレたちを知る人がいないところへ、ヴィオラの精神的な癒やしも兼ねて田舎に行くことにしたんだ。道中、色んな所を巡りながら。ヴィオラに笑顔が戻った時、城から逃げ出してよかったと思ったよ。
❋❋
「これがオレの知ってる全て」
「……そんな、エラが、そんなことを」
アーロンは呆然としていた。こんなことが自分の知らない間に起きていたとは、夢にも思わなかった。
「もしアンタがヴィオラをあの女のところに連れ帰ろうとしているなら、やめておいた方がいい。ヴィオラはもう二度と戻りたくないと言っている。……これ以上用が無いなら、帰ってほしい。ヴィオラのためにも」
バトラは非常にも思える口ぶりで言い捨て、ヴィオラのいるプライベートルームへと戻った。アトリエには一人アーロンだけが残された。
グッドハーブニング!如月霜子です!今回もお読みくださりありがとうございます!!
バトラの口からいよいよ語られたヴィオラの過去。彼女は所謂ブラックな環境で使い潰されそうになったのでした……。しかしこれはバトラの視点。ヴィオラが本当はどう思っているのかはわからないままなんですよねぇ。それはまた後々……ということで。一番可哀想なのはアーロンですよね。女王でもあり友人でもあるエラの命令でここまで来たのに、田舎くんだりまで来たのにこの有様で(笑)いや笑えないか……。
というわけで今回はここまで!また次回からはゲストキャラクターがやって来てアレコレあって……という形になります!