シェルのロケットペンダント③
アーロンは季節の野菜が入ったミルクスープをご馳走になった。ゴロゴロとしたニンジンやカブ、ブナシメジなどなど、具沢山のスープは疲労が重なった体に染み渡った。
「……マトモな食事なんて久々です。ここに来るまでは干し肉とか川の水で済ませてましたから」
「そうかい、喜んでもらえたなら何よりだよ」
ふくよかな店主の妻は照れながらニッコリ笑った。話を聞くと、ピッコル亭は店主のフーガとその妻ロゼ、そして三人の子どもたちでやりくりをしていた。ヴィオラの話を子どもたちから聞くと、彼女はこの宿に滞在したことがあるという。家を森の奥に建てている間、この宿のこの部屋で魔宝飾を作っていたらしき。魔宝飾技師であることを子どもたちが知り、村中の人に知らせたことでヴィオラはよそ者からあっという間に賓客のような扱いを受けることになった。
「魔宝飾技師は、田舎では珍しいですからね」
「彼女とてもすごい方ですよねぇ。仕事も真摯にしているし、立派な方ですわ」
「フィ……ヴィオラは養成学校時代から優秀な奴でしたから」
「あら、じゃあ二人は同級生なのね!もしかして、恋人だったりするの?」
ニマニマと笑いながらロゼが尋ねる。この手の質問は何度かされたが、特に答えることでもないのでアーロンは首を横に振るだけにとどめておいた。
「ヴィオラを探しているのは、とある方からのご命令なんです。オレはたまたま、彼女の友人だったから頼まれただけのことなんですよ」
「まあ……じゃあなおのこと見つけないといかなかったのね」
「そうなんです。……スープ、ご馳走様でした。もう行きます」
アーロンが椅子から立ち上がり、荷物を背負うとロゼは「もう行っちゃうのかい?」と名残惜しそうにした。王都から来た珍しい、あのヴィオラの友人とくれば面白い話の一つや二つでも聞けると思ったのだろう。けれどアーロンにはそんな話をしている時間はなかった。
「できるだけ早く見つけろとのお達しなので。会ったらまたお世話になるかもしれません」
ありがとうございましたとアーロンは礼を言って、ピッコル亭をあとにした。
❋❋
カランカラン、とアトリエ側の玄関に取り付けられた呼び鈴が鳴る。しかしヴィオラはどうしても出る気になれなかった。留守番だと思わせ、諦めさせようとしたのである。けれどもし普通の客だったら……そう思うと申し訳無い気持ちになった。
「バトラごめんなさい、ちょっと見てきてくれる?」
「了解」
バトラは人間の姿から小さな肩乗り孔雀の姿に変身すると、鮮やかな模様の翼を羽ばたかせてアトリエの方へと飛んでいった。誰かがいると悟られないよう、上から……天井から吊り下がっているシャンデリアに乗って玄関の様子を見る。
(やっぱりアイツだ!)
淡い金髪を肩まで伸ばした、身なりこそ旅姿をしているが間違いない。バトラの予想通りの人物がそこにいた。
アーロン・クロッシェンヌ。こんなところまでやって来るとは、しつこいものだ。しかしヴィオラと一緒に王都を夜逃げしたとき、アーロンは王都にはいなかったはず。何故ヴィオラの失踪を知っているのか……と考えかけて、アーロンの視線がこちらに向いていることに気がついた。
(マズイ!)
バトラは飛び去ることはせず、その場で固まることにした。幸い、アーロンはバトラのこちらの姿を知らない。鳥の置物だと思ってくれれば良いと、そう思っていたのに。
(ヴィオラ……!?)
ゆっくりとした、どこかおぼつかない足取りでヴィオラがアトリエの方へと出てきた。あんなに嫌がっていたのに、どんな心境の変化があったのだろうか。ひとまずバトラはヴィオラの動向を見守ることにした。
「はい、どなたでしょうか?」
「わかっているだろう?フィアルカ」
ヴィオラの視線とアーロンの視線がぶつかる。ヴィオラはどこか怯えた目をして、アーロンは怒りを孕んだ瞳をしていた。
「……アーロン」
「久しぶりだな。全く……国中探し回って、辿り着いたのがテランの森とは」
「探した……?誰の差し金?」
ヴィオラの問いかけに、アーロンはわからないのか?と肩をすくめる。
「オレたちの友達。現女王、エラ・アイリーン・シンシア陛下がお前を探していたんだ」
その言葉を聞いた瞬間、ヴィオラから血の気が引いていった。
グッドハーブニング!如月霜子です!今回もお読みくださりありがとうございます!!
やっと再会したヴィオラ(フィアルカ)とアーロンですが、やはりヴィオラはどうしても気が進まない模様ですね……。おまけにエラの名前を聞いた途端に顔面蒼白。果たしてヴィオラは王都へと連れ戻されてしまうのでしょうか?
それではまた明日!お楽しみに!