グースのイヤーフック②
たくさんの受注を受けたヴィオラは、一つひとつのオーダーを細かく紙に書き綴った。普段は素材や道具が散乱している机の上は、筆とインクと何十枚もの紙が置かれている。インク壺に筆先を沈めてから、さらさらと紙に使う素材や加工方法、完成のイメージを書き記していく。
「こんなにたくさんの受注を受けるなんて、久しぶりだわ」
「満足してるか?」
「えぇ、もちろん」
大量の受注を受けているのにも関わらず、ヴィオラは笑顔だった。魔宝飾技師である彼女にとって、魔宝飾のことだけを考えられる時間はこの上ない幸せなのだろう。
「魔宝飾を本当に必要としている人たちのために作ることの大切さ、少しずつ思い出せてる気がするの」
「ヴィオラ……」
「特にデイジーの望む魔宝飾は、本当に長いこと願ってきたのだと思うわ。だから、とびっきり素敵なものを作ってあげたいの」
生き生きとした表情で机に向かうヴィオラを、バトラは懐かしそうに眺めていた。彼女がこんな顔をするのは、本当に久しぶりだったからだ。
他者の願いばかりを受け入れ、己を見失っていた頃のヴィオラは本当に見ていられなかった。このままではヴィオラの心は壊れてしまう。そう思ったバトラは元いた場所から離れるよう提案したのだった。
『もうやめよう。ここはアンタのいるところじゃないんだ。どこか静かなところへ、アンタのことを誰も知らないところへ行こう』
ちょうどこの前、カルサイトを必死に削って磨くヴィオラを止めたときのように、バトラは彼女を止めた。バトラの言葉に作業する手を止め、彼の方を見たヴィオラの瞳は光を失い、目の下には隈ができ、げっそりと頬が痩けていた。
『もう、魔宝飾を作りたくないわ、バトラ』
あの日のヴィオラはバトラに泣いて縋った。暗い部屋の中、たった一人閉じこもって魔宝飾を作っていたことはヴィオラの心を蝕んでいた。バトラはそれを、ずっと見ていた。彼女が限界に達するまで、バトラはヴィオラを止めることができなかった。余計なお世話だと思っていたからだ。彼女は強いと、思い込んでいたのだ。
『夜逃げしよう。あの女はきっとアンタを逃しはしないだろう。荷物を詰めて、どこか田舎へ引っ越そう。こんな狭くて暗いところからは、もうおさらばしよう』
『ありがとうバトラ。貴方がいてくれなかったら、私、もうダメだった』
二人はその日のうちに荷物をまとめた。衣服や魔宝飾作りの道具、あらゆる素材を無尽蔵に入るトランクに詰めて二人は逃げ出した。
ヴィオラの病んだ心を癒やすため、バトラはあらゆる場所を一緒に訪れた。秘境と呼ばれる滝や遺跡。閉じこもっていた分、ヴィオラは陽の光を浴びた。追手が来ているのを知った二人は町や村を転々とし、流れに流れてテラン村へとたどり着いた。こんな田舎くんだりに自分たちがいるだなんて思わないだろうと考えたのであった。
「……ねぇ、バトラ的に羽根を染めるのってどう思う?」
「羽根を?染める?考えたことないな」
オレは元から色付いてるし、とバトラはやはりロッキングチェアに座ってゆらゆら揺られながら答えた。そっかぁ、とヴィオラは軽く返事をした。ヴィオラは今、デイジーから預かったクララの羽根を染めるかどうかで迷っていた。クララの羽根は、それはそれは見事に真っ白な羽根で、染料に浸したら素晴らしい発色になるだろうことは明らかだった。
しかしそれでは、白い羽根に込められた力を打ち消すことにもなりかねない。自然の素材をあるがままの姿で使うことを自身の哲学としているヴィオラだが、この羽根を染めてみたいという好奇心もあった。
「でもガチョウって基本的に白いし……デイジーはクララを身に着けたいって言ってるものね……」
「なら染めない方がいいんじゃないか?きっとあの子も、それを望んでいると思うぞ」
バトラの言葉に背中を押され、ヴィオラはクララの羽根を染めないことにした。となれば、当然使うのは羽根と同じ、白い素材だ。
「マザー・オブ・パール……これを使うのも久しぶりね」
ヴィオラは素材を並べた棚の中から、真珠の入った瓶を取り出した。
グッドハーブニング!如月霜子です!今回もお読み下さり、ありがとうございます!
少しずつ、ヴィオラの過去が明らかになってきましたね。と言ってもまだ具体的なことは明らかにしてませんが……( ^ω^)まだですよ、まだ彼女の過去を明かすには早すぎますゆえ……
私はフェザーイヤリングをいくつか持っていますが、イヤーフックは実は持っていません(!)とても欲しいイヤーフックがあるのですが、それはいつか自分のご褒美に買ってあげようと思います。
それではまた明日!