グースのイヤーフック①
「女王陛下のおとぉーりぃー」
王都の大通りに響く先導の声に、街往く人々は顔を上げ、拍手をし、喜びの声を上げた。金や銀、宝石で作られた鞍を着けた四頭立ての馬が、黄金で作られたまばゆいばかりの馬車を引いて大通りを通る。御者も馬に負けないくらいの豪奢な服を身に着けていたが、その何倍も着飾った女性が満足そうに微笑みながら馬車の中から民たちに手を振っていた。
馬車の中いっぱいにやっと収まったと言えるほどボリューミーな装束はペチコートにオーガンジーをたっぷりと使い、シルクに宝石が散りばめられたドレス、サテンのリボン、パールのネックレスにサファイアのティアラを身に着けている。黄金の糸のような髪を可憐に巻いた、まだ若々しい雰囲気が残る女性。
彼女が、このシンシア王国の女王だ。
魔宝飾輸出を主要産業としたことで国は豊かになり、発展の一途を辿っている。王都に住む人々は皆、女王のことを敬っていた。そして女王もまた、民のことを想い、人々が幸せになれるよう努力を続けていた。
ふと女王は、淡い緑色の石でできたブレスレットが目に留まった。御者に「止まって頂戴」と声をかけ、馬車は止まった。
「そこの、緑の石のブレスレットを着けた方」
名を呼ばれたのはフローラだった。どうやら結婚相手と共に王都に戻ってきたらしく、夫と呼べる男性と並んで立っていた。まさか女王に声をかけられるなど夢にも思わず、フローラは「は、はいぃっ!?」と素っ頓狂な声を上げた。
「もっとこちらへ……そのブレスレットを見せて頂戴」
「ぎ、御意……」
人波を掻き分け、フローラは馬車まで近づいた。ブレスレットを外して、女王がよく見えるようにと渡した。女王は渡されたブレスレットをしげしげと眺める。派手好きで知られる女王が、このシンプルなブレスレットのどこが気になったのだろうと、フローラは不思議に思った。
「このブレスレットはどこで手にしたのかしら?」
「わ、私の故郷の村の、魔宝飾技師さんに作っていただきました……」
震える声でフローラは言った。女王は「そう……」と呟き、フローラにブレスレットを返した。
「その魔宝飾技師さん、名前は何というのかしら」
「ヴィオラ……ヴィオラ・ウィスタリアさん、です」
「……わかったわ、突然ごめんなさいね。ありがとう」
行って頂戴、と女王は御者再度命じると、馬車は動き出した。また他の人々は女王に手を振り、喝采を送る。
馬車に揺られ、人々に手を振りながらも女王は心の中に失意を募らせていた。
(どこに行ってしまったの……私の……)
❋❋
ヴィオラの魔宝飾はすっかりテラン村の評判となっていた。魔宝飾を手にする年頃を迎えた子どもたちは皆ヴィオラに魔宝飾を作ってもらおうと、こぞって森の奥のアトリエを訪れた。もちろん、保護者同伴で。
どんな魔宝飾が欲しいのか、魔宝飾からどんな力を借りたいのか、そんなことを詳しく細かく聞いて、一人ひとりのニーズに合わせた魔宝飾を作ることにした。
「とても受注が多いので、お時間をいただくことにはなりますが」
ヴィオラは子どもたちの保護者にそれだけ了解してもらえるように声をかけた。むしろゆっくりじっくり素晴らしいものを作ってほしいと言葉をもらい、ヴィオラはとても気持ちよく製作に移ることができた。
その中で一人、「これを使ってほしいんです」と数枚の羽根を渡してきた少女がいた。名前はデイジー。素材の持ち込みを含めた魔宝飾製作の依頼は珍しくない。例えば、亡くなった祖母の形見を加工して新しい魔宝飾を作ってほしい、子どもが拾った木の実を使って魔宝飾を作ってほしい、などという依頼はザラだ。
なので、羽根の持ち込みに関してもそんなものだろうと、ヴィオラは思っていた。
「見事に真っ白な羽根ねぇ。綺麗だわ。スワン……いいえ、この羽根はグースの羽根ね」
「ヴィオラさんわかるの?!」
「えぇ。素材の見極めは必修だからね。魔宝飾技師の養成学校で習ったわ」
デイジーはいとも簡単に羽根の正体を見破ったヴィオラに驚きが隠せなかった。同年代の子どもはおろか、大人ですら羽根の種類を見破ることはできなかった。やはりヴィオラは信頼に値する魔宝飾技師なのだと、改めて思った。
「それで……どうしてグースの羽根を?」
ヴィオラが尋ねるとデイジーは俯いてしまった。先程の元気そうな姿とは一転、萎れた花のような表情だ。その様子を見たデイジーの母は訳を話してくれた。
デイジーの家ではグース……所謂ガチョウだけでなくアヒルやニワトリを飼育している。その卵や肉を市場へ売りに行っているのだ。デイジーは小さい頃から家禽が友であり、中でもデイジーが五歳の頃に生まれたガチョウは彼女にとって年下の妹や弟に等しく、「クララ」と名前を付けて大層可愛がっていたのだという。
ところが、どんなに名前を付けて可愛がっていても家禽は家禽。クララは食用肉として卸されることになった。嫌だ嫌だと泣き叫ぶデイジーに残されたのは、クララの羽根が数枚。それからデイジーはクララの羽根を宝物のように大切にし、いつかこれで魔宝飾を作ってもらうのだと思っていたのだという。
「そう……それは辛かったわね、デイジー」
「私、ずっとクララと一緒にいたいの。ねぇ、ヴィオラさん、この羽根で素敵な魔宝飾を作って?そうすればきっとクララも喜んでくれる!」
「もちろん、喜んで作らせていただくわ。これだけ羽根があれば、ボリュームのある、いい魔宝飾が作れそうよ」
完成図を頭の中で展開させながら、ヴィオラはクララの羽根を受け取った。
グッドハーブニング!如月霜子です!今回もお読み下さりありがとうございます!!
皆さん、鳥って触ったことありますか?私は幼稚園と小学校のときに飼育小屋でニワトリと、あと孔雀がいたので一応触ったことはあります。孔雀はオスでした。なのでめっちゃ羽根が綺麗でした。バトラのモデルはもしかしたらあの孔雀かもしれません。
三話に突入して、ヴィオラの過去も少しずつ明らかになっていくと思います。なので今回も重要人物が出てきていたり……。
それではまた明日!次回をお楽しみに!